クエスト13:『過去現在未来進行形』
瞼を開いた瞬間、イフは先の場所に似た別の世界へと飛ばされていた。
触れている鏡。後方に広げられた12芒星の魔法陣。
唯一違うのは、先の場所とは対照的な空間づくりで入口が無いということくらいだった。
「ここは……」
触れている鏡から手を放し、空間を見渡すイフ。
すると魔法陣の一線が途切れていることに気づく。
近づき、しゃがみ込んでみれば、そこだけが円状のパズルピースになっており、線と線が繋がるように回転させてみる。
繋がった線。完成された魔法陣。
その瞬間、神殿内が地響きを起こし、気づけば魔法陣中央に地下へと繋がる階段が現れていた。
直線の階段。
石段を一歩、また一歩と下っていくたびに両壁に灯される蝋燭を不気味に思う。
そんな階段も終わりを告げるように、光が身を包んでいく。
晴れた先にあったのは、暗がりの中、光り輝く湖が広がる洞窟――鍾乳洞だった。
「《鏡の洞窟》……?」
視界にふとして現れた、エリアの名。
湖へと手を触れてみれば、同様に《癒しの湖》と表示され、回復のエフェクトが発動される。
辺りを見回し、景色を眺め、マップを確認しながら進んでいくイフ。
どうやらここは、広いフィールドでありながら直進で済むという簡略化されたエリアだった。
進んでいった先、そこにはまた新たな鏡が設置されている。
そのため、また触れてみようと手を伸ばすのだが、
「……っ!」
何かに引きずり込まれるように身体は一瞬の光に呑み込まれ、転移した。
――《鏡の洞窟》:エリア2
転移した先。
そこに広がっていたのは、先ほどのエリアと何ら遜色のない空間で、洞窟だった。
だが、明らかに違うものが一つ――。
「……やっと会えたな」
それに声を掛けるイフ。
その声に反応してか、『彼』はそっと口を開く。
「――おせぇよ」
岩に片膝を立て、座る一人。
見覚えのある容姿。聞き慣れた声。
そこにいたのは正しく、もう一人の自分だった。
「すまん。……で、俺はどっちで行けばいい?」
単純な質問だった。
過去の自分に対し、今の自分はどうあるべきなのか。彼はどちらを選ぶのか。
『偽りの俺と、弱い僕……。お前はどちらを選ぶんだ?』と――。
「……そんなもん、どっちでもいいさ」
「……っ」
「お前は結局お前だ。そんで、お前は俺でしかない……何者でもない」
「……何が言いたい?」
「気を張りすぎ、緊張しすぎ、態度でかすぎ」
「……」
「お前は俺で、俺はお前で。自分を相手にするだけなのに、お前は気負いすぎなんだよ。それにお前は、変な勘違いをしてるしな」
「勘違い?」
「ああ。『記憶を取り戻した時、今の自分は消えるかもしれない』ってな。そんなこと、あるはずないのに」
「どういうことだ?」
「だって、ここへ来たところでお前の記憶なんて戻らねぇもん。普通に考えてわかるだろ」
「なっ……!?」
――じゃあ、俺の記憶は……。
「ただし、記憶を取り戻す手助けぐらいはできる」
「……」
――なんなんだこいつ……。
「上げて落とす、これが俺のスタイルなんだろ?」
「それは……っ」
――俺がマサにやった……。
「俺はここの創造主だぜ?このゲームをしている奴ら……プレイヤー全員の個人情報がインプットされてる。そして、そいつらが考えていることなんぞ、VR機器を通して簡単にこちら側に伝わってくる」
「最悪だな、お前」
「最高だろ、俺」
「……そんで?俺の記憶がないのならどうすればいい」
「おお~、素直で助かる」
「……」
「とりあえず、お前の現状……冒険するしかないな」
「端的すぎる……っ!」
「……言ったろ?俺はお前の手助けしかできない」
「……」
「お前の現状、記憶探しの旅、記憶の欠片……《フラグメント》つったっけか。そいつを探すなんぞ、無くなったパズルのピースを探すみてぇなもんだ。いわゆる、砂漠に落ちたコンタクトレンズを探す的な」
「……そうだな」
「そして、俺にできるのは、昔のお前をその目に焼き付けさせること。その思い出を共有してやるくらい……」
「……」
「だから現状、俺と共にこの世界を攻略(クリア)するの一択しかない」
「だからどうして――」
「そうすることで、お前は記憶を取り戻すきっかけを得る。俺と共に旅をすることで、昔の俺について知ることができ、俺がこの世界で何を夢見たのか、何を感じていたのか、どうしてこんな世界を作ったのか。その目で見て、感じて……そういう思い出すきっかけを与えることくらいしか、俺はお前にしてやれない」
「……」
「さぁ、どうする?」
「……どうするっつっても」
「お前は俺と旅をするのか、しないのか。将又、記憶を取り戻したいのか、したくないのか」
「記憶は取り戻したいさ。けど……」
「けど?」
「ここへ来て、完全に趣旨がずれてんだよなぁ……」
「全部が全部、シナリオ通りになると思ったら大間違いってことだ。現実はそんな甘くはねぇんだぞと」
「誰のせいでこんな目に合ってると思ってんだ」
「俺のせいだけどー、結局はお前自身の問題だしー、自業自得じゃね?」
「なんかムカつく」
「ほほほ」
「……じゃあ、記憶を取り戻す方向として、一つ聞きたい」
「何かな?」
「お前はどうして、事故に遭った?」
「……」
「避けることはできただろ、わかってたんだから」
「……どうしてそう思う?」
「事故の時、お前は俺に宛てた手紙を持参していた。それだけで、お前はこうなることを予知していたってことになる」
「……わざと事故に遭った、という可能性は考えなかったのかい?」
「確かにその線もある。けど、今のお前の表情からして、わかっていたようにしか思えん」
「……」
「成功するかもわからん奇跡的な事故。それは、記憶を失くす前提のもの。それをお前はわかっていながらあえて利用している。この現状のために」
「ほう。つまり君は、私がなんらかの方法で予知していた事故、もしくはあえて装った偶然を必然とした事故を利用し、記憶を失くすという現状を図っていたと、そう言いたいのかね?」
「……違うか?」
自分自身との会話。それはおかしなもので、不思議なもの。
こうやって自分自身と対面することを誰が予想していただろうか。
だが彼は、目の前にいる人物は、それを予知していた。それをあえて利用していた。
記憶を失くす前提での事故など、誰が予知できただろう。どうすればできるのだろう。
普通にやれば単なる事故。下手をすれば死をもたらすほどの。
そこに僅かでも『記憶を失くすという事故』にする可能性があったとしても、1パーセントもないだろう。
けれど現状、記憶は現に失くされており、手紙通りに事は進んでいる。これが偶然で済むのならそれでもいい。
ただ彼の口ぶりからして、『こうなることを予知していたうえで利用していたのではないか』という可能性が頭の中から離れない。そんなこと、できるはずがないのにと、頭ではわかっているのにだ。
「……」
長い沈黙。他愛もない会話をしえおきながら、彼はなおも黙り込む。
わかっている。自分が想像力豊か故の発想をしているということは。
それでも、思ってしまうのだ。自分には何か、特別な力があるのではないかと。
よくマサに不可能を可能にする男だと思われているのだ。仕方のない事なのだ。
そんな言葉だけで片付けてはいけないことなのに、こんな時にもそんなことを考えてしまう。それ故に思う。
『何かを求めてしまうこの現状、やはり自分は探求者(シーカー)なのかもしれない』と――。
「……俺はよく、予知夢を見るんだ」
長い沈黙。途端に開かれた口。
そこに思うものがあればただ一つ。
「厨二?」
「違う。イタいだけだ」
こんな茶化しにもちゃんと応えてくれる彼。
やはり自分自身なのだと、そう思わされた。
「んで、予知夢が何だって?」
「あー、まぁ、細かい話は後ってことで」
「え?あ、ちょ……っ」
「はいドーン」
背中をドンと岩場近くへと押してくる彼。
すると足元には、小型の12芒星の魔法陣があり、すぐさまどこかへと二人とも転移させられる。
だが、その転移させられている瞬間ですら、交わされる会話があった。
「そういえば、俺はお前をなんて呼べばいい?」
「んー……じゃあ、《ゼロ》で」
「あいよ」
何気ない会話。それでもおかしな会話。
自分自身と対面し、目的であった記憶を取り戻すことはできず。
けれど、それに一番近いものを手にすることができた。
――ただ、
今から行く場所は、先ほどの《ログロスト》の入り口のようらしく、お別れを告げてしまったのに、記憶が戻らないまま戻ってしまうというのがとても気まずかった。
――そして、戻ったその先で。
転移し、皆の前に現れたイフ。
記憶が戻らなかったことを説明するも、《ゼロ》のことについてはイフにしか見えない存在らしく皆には話さなかったのだが、そこにいた誰もが複雑そうにも安堵を浮かべていた。
それでも一番の感情は、戻ってきてくれたことの嬉しさのようで、イフはそのことに嬉しくもこそばゆく、苦笑してしまっていた。
記憶が戻らなかったことへの残念さ。これで良かったのかもしれないと思う安心感。
その二つの感情が混ざり合い、この場の空気は複雑のものになると思っていたのだが、生憎、うちにはマサやリリィがいたためにイフのそんな心配は余儀なくして終わった――。
――はずだった……。
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