クエスト12:『決別の覚悟』
繰り返される地帯変化の中、最後の草原地帯を抜けた一行。
徐々に気温は下がり、若干の肌寒さを感じていれば、うっすらと息が白いことに気づく。
――そして、
「あれは……」
ふと視界に入った光景。
そこにあったのは、聞いていたよりもはるかに広大な氷山地帯。直径360キロにも亘るフィールド。その中心に聳え立つは、目的地である北の大神殿:《ログロスト》。
飛び交う竜に、地から生える文字通りの氷山。そこを住みかとするこの地帯特有のモンスターたち。
目にした全てに圧倒される一行。
この中にいるイフ以外の《
皆が笑みを浮かべ、高揚感に抱かれていると、ブルーノはまたも口を開いた。
「なぁイフ」
「なんだ?」
「関係ない話をしていいか」
「お前、空気ぶち壊すの好きだな……それで?」
「俺も、お前を探してて知ったんだが……《Creator's》の団長:《テイル》、《白竜騎士団》の副団長:《アシスト》、《Gamer's》の参謀:《クラッカー》。そいつらがどうやら俺の同期みたいなんだ」
「まじか……」
「ああ。このプログラマー業界……その輝かしい歴史の中でも特に、10年に一人の逸材とまで謳われた俺たち五人の天才。そのほとんどがこのゲームに参戦してるなんてなぁ」
「お前どこのキセキの世代だよ!というか、ほんと関係ねぇな……」
空気をぶち壊されたうえ、突然のぶっちゃけに忙しいイフだった。
※
――氷山地帯、南口。
辺りは若干の草木が生い茂り、目の前には高さ5メートルを超える氷が壁を作るように聳え立っている。
その隙間から吹く風は白く、吐く息もまた白いもので、肌寒さは眺めていた場所とでは格段に違うほどのものだった。
この先に噂の氷山地帯が広がっており、目的地である北の大神殿:《ログロスト》がある。
そのため一行は、考え深く眺めていたのだが、
「ええっとー……どれどれー……」
到着し、噂の掲示板へと向かったブルーノ。
パスを提示して何かしらの操作をしている様子。
「これで、よし」
操作が終わったのか、「お前ら行くぞ」と声を掛けるブルーノ。
だがイフは、入っていく皆の背中を眺めながら、自然とブルーノが触っていた掲示板へと近づいていく。
軽くタッチすると、テキストウィンドウが表示され、目を通していくイフ。
そこにあったのは、言葉にできないほどのえげつないものだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ハーイ、陰キャ・ニート・引きこもり・オタクなどの社会不適合者(クソゲーマー)諸君。ここは君たちなんかじゃ到底敵わないモンスターがうじゃうじゃいる最低最悪最凶の地、氷山地帯だ。入ったからには最後、君たちは必ず死を迎えるだろう。それでも挑もうとする愚か者共、現実を知るがいい』
※注意事項:挑戦される方々へ
・ここは入れば最後、クリアするか死を迎えない限り脱出不可能なエリアです。
・ここでは一切の回復系のスキルやアイテムが使えません。
・ここではユニーク・エクストラスキル、課金アイテムなどが使えません。
・ここで死を迎えた者のデータは初期化されます。
・一度に入れる人数は100名までです。
これらに気をつけ、皆様どうか死なないよう頑張ってみてください(笑)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……」
――なんだこれ……ここは地獄か何かか?
読み終わり、沈黙と驚愕を浮かべたイフ。
ウィンドウをそっとしまい、ため息交じりに『生きたくねぇなぁ!』と思いながら、仕方の無さから止めていた足を動かす。
重々しくも、とぼとぼと、しくしくと――。
氷の壁を潜った先、氷山地帯へと踏み入れた先には、先ほどの寒さはあまり感じられず、あったのは遭遇するも敵対する意識のないモンスターたちが、ただ住みかである氷山地帯をプログラム通り徘徊している光景だけだった。
町の中を歩いているのと何ら変わらない光景。
最初は90レベルの大型ボスモンスター級がゴロゴロいることに驚きを浮かべていたマサも、今では平然と退屈そうに歩いている。
ただイフは、先の掲示板のせいか気分が優れていなかった。
まぁ、理由はそれだけではないのだが……。
今向かっている先。そこにはイフの記憶が眠っている。
――北の大神殿:《ログロスト》。
そこには何があるのだろう。
何もない空間とは聞いていても、自分の記憶があるところ。
しかも、これほど厳重な場所に、バグのようなセキュリティで守っている。
だから内心、複雑でしかない。
この先に記憶がある。それはつまり――、
――今の
心の奥底の弱さ。記憶が戻ることの嬉しさ。そこから生まれる恐怖。
不安と焦り、緊張感と高揚感。
そんな類のものがイフの心を犇めき合っている。
「……」
「イフ?」
「……っ」
複雑そうな表情を浮かべるイフに、そっと声を掛けるリリィ。
心配そうにこちらを窺っている。
「何でもない」
それを目にした瞬間、イフは微笑を浮かべて立ち直る。
その理由は至って単純。
彼女に心配を掛けてはいけない。彼女にかっこ悪いところは見せられない。その程度の理由。
住む世界は違えど、唯一なんの枷もなく自分自身を肯定してくれる存在。気楽に接することができ、愛しくも恋をしてしまった。
何より、そこにあった彼女の姿が可愛かったのだから、そんな些細なことは気にするまでもないと、思っている節が無いわけでもない。
――ただ、
心残りがあるとすれば――、
「なぁ、リリィ」
「何ですか?」
「リリィは、俺のこと好き?」
「……」
突然される何気ない問いに、驚き気味に沈黙を浮かべるリリィ。
――けれど、
「……何を改まって聞くのかと思えば、そんなのあたりまえじゃないですか」
平然と答えるリリィ。
そのことが嬉しく、イフは眉を寄せながらも笑みを溢す。
「そうか」
「そうですよ」
微笑を浮かべ合うこの瞬間。
イフの中に、どす黒い感情が渦を巻く。
一点にさした光。
それを頼りにここまでやってきた。甘えながらに支えてもらっていた。愛しくも恋をしてしまっていた。
――だから、
「リリィ」
「……?」
「俺も、リリィが大好きだよ……」
「はぅ……」
「ははっ」
リリィの気持ちを確かめ、お返しをするイフ。
嬉しさと面白さのあまり笑いこけてしまい、そして――、
――ありがとう。
感情の何もかもを押し殺し、イフはここに、決別の覚悟を浮かべた――。
※
――北の大神殿:《ログロスト》、入口前。
外からチラリと拝見したオブジェクト。今回の目的地。
ただそれを至近距離で目にしていることに誰もが口を開けていた。
錆びた銅のような、朽ちたレンガのような、そんな類の建造物。
歴史を感じるとでも言えばいいのか。
作った本人たちでさえ、見るのが久しぶりなのか、初めて見るリリィやマサと同様に圧倒されている。
「……」
ただその中でも、イフの気持ちは沈んでいくばかりだった。
目的地に近づくにつれそれは大きくなり、今やそれはもう処刑台に立つ罪人の気分。
そんな中でも逃げ出さずにいられるのは、立ち向かっていられるのは、きっと――、
「さぁてと、行くか」
「……」
偽りの笑顔。そこに秘かな眼光を浮かべるブルーノ。
足を一歩、また一歩と扉の前へと近づけていく。
扉の前に立ち、手を触れるイフ。
古びた屋敷の戸のようにキィという不気味な音を立てながら、ゆっくり解放していく。
途端、バタリと自然に開(ひら)け、外の光が暗がりに包まれた空間に一気に差し込む。
踏み込んだ神殿。見渡す空間。
そこには本当に何もなく、あるとすれば、壁に組み込まれた縦長の鏡と足元に描かれた十二芒星の魔法陣くらい。
疑問符を浮かべる一行。
――だが、
迷うことなく、イフの足は自然と鏡の方へと近づいている。
頭には、何かに呼ばれているような、そんな直感が働いている。
鏡の前へ立つと、そこへ映し出される自分を眺めながら、イフは先の扉同様に触れてみる。
広がる静寂。
外から差す光が、徐々に鏡へと近づいていく。
その光が鏡へと触れた瞬間、鏡はその光を帯びて星のような輝きを放つ。
瞼を閉じ、変わらぬ態勢のまま身を委ねるイフ。
周りはそれを心配そうに眺めながらも、心の中に起こるざわつきに必死に堪えている。
今日この瞬間ほど、皆の感情が混ざり合った時はない。
――だから、
「ブルーノ」
「……」
「止めるなよ」
「……わかっているさ」
ふと溢した忠告。
複雑な心境を抱き、そのことに飽き飽きしながらも空を仰ぎ見るブルーノ。
その呆れ声に申し訳なさを感じながらも、イフは苦笑を浮かべてしまう。
その会話に疑問符を浮かべる他三人。
わからなくていい。わからないままでいい。わかられると困る。
別れが、つらくなるから――。
そう強く念じていれば、時の計らいか良くも悪くもそれが叶いそうで、イフは軽く振り返ると、そっと最後の言葉を口にする。
今までで最高の笑顔を装って――、
「皆、今までありがとう……」
泣き出しそうになる顔を、弱い自分を見せないように取り繕って、閉じていた瞼をそっと開き、皆の前からイフの姿形が消えた――。
※
「なんだあいつ?今までに見たことない顔してたけど……」
イフが光の速さでどこかへと消えてしまい、呆気に取られている中、マサはふと口を開く。
ただその言葉に応える者はおらず、しんとした空気がこの場を覆いつくしていた。
「どした、皆?」
それが不思議で周りへと目を向けるマサなのだが、《製作者(ゲームマスター)》である三人は目を逸らし沈んだ空気を醸し出している。
そのことにリリィはと言えば、マサと同様の反応をしている。
重苦しい空気。どうしてこんなにも思い空気感をしているのかわからず、疑問符を絶えず浮かべてしまう。
イフの記憶が戻るというのに、何故この
「……?」
この場に違和感を覚えるマサ。
すると、『違和感』ということから先ほどの場面が蘇る。
イフが最後に残した言葉。その前に行われた会話が――。
「ブルーノ」
「……なんだ」
「『止めるなよ』って、どういう意味だ?」
「……」
沈黙を浮かべるブルーノ。
背中をこちらへと向けている彼が、何を考えているのかわからない。
まぁ、ブルーノが何を考えているのかわからないのは、いつものことなのだが。
それでも、この現状でのそれは歪でしかない。
何より、イフの最後に見せた表情。
そこにどこか悲しみが感じられて、それが自分の勘違いではないことが、この場をもって証明している。
そのため、何か知っていそうなブルーノへと声を掛けたのだが、
「は~あ~……。嫌な役押し付けやがって……そういうところはほんと変わんねぇのな……」
「……?」
大きなため息を溢すブルーノ。その後に溢される愚痴に疑問符を浮かべるマサ。
するとブルーノは、観念したのか口を開いた。
「マサ、お前はあいつをどう思う?」
「はぁ?お前、何言って―――」
いるんだよと、そう口にしようとしたマサ。
だが真剣味のある空気から言葉を切り、その問いに答えることにした。
「すげぇ奴だって思うよ」
「だよな……」
「……?」
「でもな、今のあいつは全然そんなんじゃないんだよ。今のあいつは、心の中に弱さを抱えている」
「あいつが、弱い……?」
「そうだ。そしてあいつは、強くなろうとしている。そいつはつまり、今の自分を否定する行為だ」
「……何が言いたい?」
「記憶を取り戻す行為……そこにデメリットが無いわけないだろ」
「……っ!」
「そんなことすれば、今のあいつは消えるかもしれない……」
「それをあいつは……っ」
わかっているのか、知っているのか。
そんな言葉を並べようとした時だった。
――『止めるなよ』。
その言葉が脳裏を過(よ)ぎり、自然とその言葉の意味を理解してしまった。
わかっていたからその言葉を放ち、わかっていたからあの笑みに秘かな悲しみを覚えたのだと。
「……そういうことだ」
「……っ」
ブルーノの言葉に納得がいかないマサ。
だが反論を述べようにも、言葉が出なかった。
そんなことをすれば、《イフ》の願いを無下することになってしまう。
イフはずっとそれを願っていた。その覚悟はとうに出来ていた。
それ故に、マサの心の中は複雑で、ただ何も言わずに去って行ったイフへの怒りだけが、残った――。
「――大丈夫ですよ」
途端に響く誰かの声。
その声の主をと振り返ってみれば、そこにいたのは微笑を浮かべたリリィだった。
「……どうしてそんなことが言える?」
その言葉に対し、鋭い目つきで答えるブルーノ。
そんな表情に臆することなく、リリィはそのわけを口にする。
「だって私、この先に行ったことありますもん」
「……っ!」
「……それに、『彼』はそんなことしませんよ。きっと」
澄み切った瞳。満ちゆく光。
その全てが、彼女の言葉に説得力を持たせる。
――そして、
「だから、大丈夫ですよ」
その一言に、誰もが少なからずの安堵を浮かべた――。
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