クエスト 2:『まさか……』

 ――飛び込んだ世界の先。



 広がっていたのは、本当にその世界に飛び込んでいるのではないのかと錯覚せざるを得えないほどのリアルさで、どんなゲームでも最初にあるゲームメニュー覧の場だった。


 VRゲームの始まり方は、このゲームメニュー覧の場からその世界へダイブするという入りになっている。

 そのため、今あるこの空間は、ほとんど何もないと言ってもいいほど殺風景な場所だった。


 周りは暗闇。

 立っている場所は、小島のように大きな円柱(フィールド)の上で、目の前には、ゲームメニューウィンドウがあるくらい。


 この場の操作としては、手をスクロールさせて選択する方法と、音声で入力するかで、光太郎がとったのは前者だった。


 自分のデータを開き、表示されるセーブデータに少し微笑する光太郎。理由はいくつかあるが、主にはアバターのステータスとこのゲーム特有のシステムについてのこと。


 そこに若干の複雑さを感じながら、手をスライドさせてログイン選択画面へと移行する。


 そして、勢いに身を任せるように、OKボタンをタッチする。


 途端、『ようこそ』という歓迎の言葉が表示され、同時に、ダイブしたとき同様、白い光がまたも身を包み込んでいった。



      ※



 目を開き、瞬きをしながら視界に映る光景に微笑を浮かべる。


「さすが大人気ゲーム、人の数が違うねぇ」


 左上に映るは自身のアバターネームとHPゲージ。

 それ以外のものとして、目立ったものがあるとすれば、周りにいるこの人ごみの多さぐらいだった。


「オンラインってのが醍醐味、か。司の言葉も強ち間違いじゃないな」


 町中を歩き、辺りを見渡す。

 人通りの多さも目立つが、何より、この世界にも目を惹かれるものがあるということに、同じくらいの感動を覚える。


「やっぱり、何度見てもすげぇな、ここ」


 一通り目を配ると、自然と足はとある店の前で止めていた。

 そこは西部劇に出てくるようなとある酒場だった。


「情報は、何であっても苦労はないよな」


 そう呟くと、スイングドアへと手を触れ、奥へと足を運ぶ。


「……っ!」


 一歩踏み出した途端、一本の瓶が勢いよく飛んでくる。

 一瞬にして目と鼻の先まで接近してきている瓶。

 もう駄目かと思うこの一瞬。

 だが、生憎のステータスのおかげでぎりぎり回避に成功する。


「あ、あっぶねぇ……」


 隣の壁へと衝突し、ポリゴンの破片と化す瓶。

 散っていくその姿に目をやると、視線を飛んできた方向へと移す。


 そこには、一人の大男と胸倉を掴まれた青年が何やらもめているという光景があった。


「おいテメェ、今なんつった!?あぁっ!!」


 力強い眼光を怒りと共に滾らせる胸倉を掴んだ大男。

 蟀谷やガタイから溢れ出る迫力は、こっちも現実あっちも変わらないほど険悪なものだった。


「何度でも言ってあげますよ。あなたは、弱い」


 対する青年はというと、胸倉を掴まれていながら全くの無抵抗で、苦しむ素振りもなく大男を余裕にも睨みつけていた。


「この野郎っ、上等だ!表出ろ!!」


「……いいでしょう」


 会話はひとまず喧嘩と言う名の対人戦デュエルに委ねられ、外へと移動する二人。



 ――喧嘩、か。



 それが気になってか、将又、酒場の悪乗りする周りの雰囲気に呑まれてか、見に行くことにする。



 ――噴水広場。



 酒場の近く、大木と時計台がシンボルとなっているこの広場は対人戦デュエルにはもってこいの場所だった。


 見合う二人。

 睨み、構え合う姿は研ぎ澄まされており、真剣勝負と言わんばかりの凄味を覚える。


 デュエル開始までのカウントが刻まれるそんな中で、二人の喧嘩の発端について知るべく、ギャラリーの一人に声を掛ける。


「なぁ、なんであの二人は対人戦デュエルをやっているんだ?」


「ん?ああ、それは……あっちにいる大男いるだろ?あいつのギルドとあっちのギルドがパーティーを組んで、ボス攻略に挑んだらしいんだけど、最後、ボスのHPゲージがレッドラインになったあたりであの大男――《ヨロイ》が猪突猛進して、負けたらしい」


「……」


「ぎりぎりの戦いが繰り広げられるこの世界で、ボスのHPゲージがレッドラインを越える局面ともなれば、全員で確実に仕留めるのが定石。なのに、ドロップアイテム欲しさに突っ込んで、挙句負けたというのに、あいつは酒場で『お前らのせいだ』ってぼやいていたんだ。そこをあっちは『負けたのは、あんたが弱かったからだ』って言って、今のこの場があるってわけ」


「なるほど」


 視線をもう一度、あの二人へと移す。


 大男には余裕の笑みが、青年には真剣な眼差しがあった。


 会場の空気は緊迫し、真剣味が増していく。

 周りはどちらがかつだろうかという一心なのだろうが、その結果が正直、光太郎には目に見えていた。


 ヨロイは、身長二メートルはあり、筋肉質なガタイをしている。

 拵えているのは斧系の武器『アックス』。シールドのように丸く大きな刃をしており、重量も相当。それを二本も構えており、ある意味二刀流と化していた。


 装備としては、軍隊のような格好で、上が黄緑色のタンクトップで下がベージュのズボンと革のブーツ。髪型も黄緑色でモヒカン、タンクトップは下の筋肉が透けるほどに張り付いている。顔と身体はより一層、いかつさを際立たせている。


 対する青年は、中肉中背なのだが、また違った筋肉質のいい体系をしていた。


 武器は腰にさしていた双剣を引き抜いており、金色の刃に赤色の模様が入ったエッジ系のものだった。


 装備は、同種の模様の入った兜無の鎧系防具でまとめられており、肩には腰にかけて白色のマントが煌びやかにも靡いている。顔は陰で隠れて見えにくく、わかったのは、意味深な笑みを浮かべているということ。



 そのことに違和感を覚えていると、カウントは3を切っており――、



 ――2、1、GO!



 合図と共に二人の足は動き、周りは歓声をあげる。

 先行したのは双剣使いの――《マサ》だった。



 開始と共に一振りの剣がヨロイへと放たれる。



 余裕の笑みで器用にも防ぐヨロイ――だったのだが、もう一方の剣がまたヨロイを襲う。



「くっ……」


 間一髪というところでシールド型アックスで防ぐヨロイ。

 力と力の勝負で、体格の差がありながらも両者互角という攻防。

 

 じわじわと減少していくHPゲージ。

 切り替えるべく、マサが勢いよく後方へと飛び、間合いを取る。


 そのことに気が抜けながらもヨロイは高らかにも笑いを上げる。


「けっはっはっはっはっ、怖気づいたかぁ?やめたきゃやめてもいいんだぜぇ?」


 厭味ったらしく垂らす言葉は、明らかにお調子者の面構え。


 その言葉に対し、マサはというと、相変わらず表情は見えず。


 あるのはやはり、あの笑みだった。


「まさか。もうじき終わりますよ」


「あぁ?」


 突如として、溢された言葉。


 それを機として、周りにいるギャラりのーの内、人が僅かに数名ほどこの場を離れて行く。


 そこに自然と身体は傾き、一部のフードを被った人に声を掛ける。


「見ないんですか?」


 フード被りは立ち止まると、観察するかのように顔を振り向かせた。


「……ああ、だってもう、結果は見えているじゃないですか。あなたも、気づいているんでしょう?」


 言葉が詰まる。一瞬にしてそこまで見抜くのかと。

 


 フード被りには一理ある――だが、



「まぁ、そうですけど……それでも、最後まで何が起こるかは誰にもわかりませんよ?」


 視線をあの二人へと戻すフード被り。思うところでもあったのか、ニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。


「最初から、己の力に自惚れ、過信し、相手の力量も見抜けないようじゃ、勝負はついていますよ」


 影の中から一線の眼光を二人へと飛ばすと、その場を去っていくフード被り。


 先の言葉に、眉を顰めながらも、もう一度、あの二人へと視線を戻す。


 そこには何か仕掛けようとする一人がおり、案の定の呆れを浮かべてしまう。


「確かに、そうかもしれないけどさ……」


 視線の先の一人。走り出し、閃光の如く、ヨロイの周りを駆け回る。


「な、なんだ……っ!?」


 動揺するヨロイ。

 何をしようとしているのか、全くの見当がつかないようだった。


 速さで圧倒する一人と、一撃の重い一人。

 普通なら、どちらが勝ってもおかしくはないだろう。

 だが、ここにあるのは圧倒的レベル差。勝負は目に見えている。



 ――何故なら、



 駆け回り、風が渦を巻き、徐々に竜巻の如く旋風を巻き上げる。

 風の包囲網がヨロイを包み込み、マサは旋風へと姿を消す。



「フレイム・ストーム――アタック……!」



 秘かな掛け声とともに、風を掴み足場とする閃光の如き動き。


 取り囲み、逃げられない場に追い込んでの一撃。

 旋風を駆け上がりながら放たれていくそれらは、竜巻の天辺へと行くと、最後の一撃だというように、落下する勢いを加えて放たれる。



 ――だが、



 最後の一撃だけ、勢いよく偶然にもアックスへと的を外してしまう。

 鳴り響く金属音、飛び散る火花。旋風は解放されるように散っていく。


 そのことに誰もが唖然とし、空気が沈んでいく。

 そんな中、気を取り戻したのか、ヨロイは頬を緩ませ、高らかな笑いを再度あげた。


「あーはっはっはっはっはっ!バカめ!外しやがったよ!ざまぁねぇ――――…………ぁ?」


 喜んだのもつかぬ間、散った火花がひらひらと不自然にも舞っており、ヨロイを含めた他全員が疑問符を浮かべていると、マサは平然の如く技発動時の床にしゃがみ込む態勢から立ち上がる。


「……俺の、勝ちです」


 引き抜いていた双剣をしまい、同時に、散った火花が地面へと落ち、導火線に着火するかの如く、先の渦が炎となって巻き上がる。


 天にも昇るほどの高さで吹き上がり、灼熱と熱風が広場を包み込む。


 煙が水蒸気のように舞い、晴れると、そこにはHPゲージが0へと持っていかれ、白目をむいて倒れているヨロイの姿と、マサに《Winner》という表示があり、紙吹雪のエフェクトが舞っていた。


「ふぅ~……」


 息を整えるマサ。湧き上がる歓声。


 そんな中で、視線を集中させ、先の光景を黙然と思い出す。


 とある思い出と重ねるように。



 ――俺は、あいつを知っている。



 このゲームを始めて数か月が経たった、レベル10の時。


 当時、とある森のクエストで苦戦しており、危うくHPゲージがレッドラインから0へと尽きかけていた。



 無限に沸くモンスターの群れ。レベル差は12。討伐数残り30というところまでは追いつめたものの、逆に状態異常へと追い込まれ、負けたと確信していた。そんな瞬間――。



 白き一閃が背後から目の前のモンスターを貫き、ポリゴンの破片と化すと、空から一人の男がモンスターとの間に降り立った。


「ちょっくら、加勢するぜ?」


「あ、ああ……」


 その言葉を合図に、一人で無双していく『マサ』。


 動きから見るに初心者ではなく、気づけば、討伐数は残り10となっていた。


 すると、眺めるだけの自分に対し、視線をこちらへと向けると、モンスターへと戻し言うのだ。


「いいもの見せてやるよ」


「……?」


 駆け出すマサ。モンスターを中央へと誘導し、その周りに円を描く。


 旋風を巻き起こし、足場にするように上昇しながらモンスターへ攻撃を放っていき、天辺までたどり着くと、そこから勢いよく落下する。


 モンスターの群れの中心へと飛び込み、最後の攻撃はモンスターではなく、剣に剣をぶつけ、金属音が鳴り響く。


 旋風は途切れ、火花が花弁のように舞っている。

 森はざわつき、モンスターはフリーズしたかのように止まっている。



 立ち上がり、ゆっくりと剣を腰へと納め、こちらへと近づいてくるマサ。カチャンッという剣が鞘へしまわれた音が鳴り響くと、火花も調度、地面へと落ち、瞬間――、



 導火線に着火するように、先の渦をなぞるかの如く旋風が炎をまとって竜巻と化す。天にも昇るその勢いは火柱そのものだった。


 ミキサーにかけられたかの如く、宙を舞って、体にはやけどを負い、かき混ぜられるモンスターたち。次々とHPが0となっていき、ポリゴンの破片と化していく。


 そんな火柱が解放される頃には、《Congratulations!!》というクエスト攻略(クリア)の表示があり、マサが対面するように笑みをこちらへと向けて立ち尽くしていた。


そこには不思議な安堵があり、火花が、それこそ花弁のように、森でおかしくも舞っているというこの状況に、頬は自然にも緩んでいた。


 これが、俺とマサの出会いだった。



 気づけば、周囲の皆は徐々に解散していき、残っていたのは数名のギャラリーと中央で立ち尽くしているマサだけだった。


 手をスクロールさせ、メインメニューウィンドウを開くマサ。

 そこから《Calling》をタッチしたのが遠目にも見える。

 どうやら誰かと連絡を取っているようだった。


 繋がったのか、笑顔に焦りを浮かべながらも何かを話している。

 終わったのを確認すると、空を仰ぐマサの姿が一つ。


 自然と眺めていると、マサの口が動いており、そこに注目してしまう。


 マサが溢した言葉。それがなんとなく違和感のあるものだった。


「まさか……」


 言い放った一つの言葉を脳裏に蘇らせながら、手をスクロールする。

メインメニューウィンドウを開き、同じくして、《Calling》してみる。


 宛先としては、このゲームを始めた時のために、司から教えてもらっていたアカウントのメールアドレス先。



 ――『お前は、いつ来るんだろうな』。



 その言葉が、不思議にも自分に対して言っているような気がして、確かめるべく掛けている。


 《Calling》音がじりじりと耳元に響き渡る中、視線は未だ立ち尽くしているマサへと向けられている。


 そんなマサはと言えば、何かに気づいたのか、開かれるウィンドウを見ていた。


「……ん?光太郎?」


 何かぼそぼそ呟いているのが見えるが、何を言っているかはわからず。

 画面をタッチして、意識を集中している辺り、再び《Calling》をしているように見える。



 ――そして、



『もしも~し?光太郎?』


 聞き覚えのある、いつも通りの声が脳内に響き渡る。それは案の定の司の声。



 ――繋がったな。



 確かな光景を目に、全てに納得をいかせる。

自分が《Calling》をして、相手も《Calling》をしているというこの状況に。


 目を瞑り、相手がこちらに気づいていないことを確認すると、合わせるように呑気な会話を始める。


「よぉ、司。ちょっといいか?」


 電話越しに問いかける。本当にお前なのかと、自分の考えを正すために。


 視界には呑気に腰に手を当てて、片耳は《Calling》に傾けられているマサの姿があることを確かめながら。


「ああ、問題ねぇよ?」


 その許しに、これから起こることへの面白味を感じながら、あざとくも返す。


「今さっきさー?この『ICG』に入ってきたんだけどさー。俺は右も左もわからない初心者じゃん?だからさ、レクチャーしてほしいんだけどー」


 どうだと言わんばかりの棒読みっぷり。

 平静を保ちながら、いつも通りの口調だと、誤魔化せているかどうか相手の反応を見る。


「レクチャー?別にいいけどよ」


 安定の疑問符。ばれていないようなので続行。


「よかったぁ。お前以外に頼る奴いなくてさぁ。ソロプレイは結構きついって言ってたしー、オンラインが醍醐味って言ってたからさー?俺もゲーム内だけでも人と繋がりを持ちたいっていうかー」


「おお……っ!ぼっち極めていたひねくれ者のお前がとうとう人と関わりを持ちたいと!父さん嬉しいぞ~……」



 ――うっるせ~。余計なお世話じゃっ。



 勢いよく詰めてくる大げさな解答。

 地味に耳元がきんきんすると同時に、内心、そこまで言うかと思いながら、平然のツッコミを上げる。


「よぉしわかった!とことん付き合ってやるぜ!」


 やけに気合が入っていることに地味にも気が削がれながらも、若干の微笑を浮かべる。


「お~、助かるよぉ。個人的には、さっき見た凄い奴ぐらいになりてぇからなぁ」


 気づくだろうかという念押し。目の前にいる相手を視線で指しながら、これはどうだと不思議な掛け合いをする。


「すげぇ奴?」


 けれど解答は、案の定のものだったので、会話をさっきと同様に合わせ戻す。


「いーやー、気にしなくていいよー」


 相変わらずの棒読み。だが、そろそろだと、歯車がかみ合う音が聞こえるのを感じながらお望みの回答を待つ。



 ――そして、



「そっか。で、『今お前どこいんの?』」


 期待通りの回答。そのことに自然と頬が緩む。



 ――チェックメイト。



 来たと言う思いを胸に率直に答える。


「ああ、お前の後ろ」


「え?」


 ゆっくりと、それでいて、あどけなく振り返る視線の先の人物。

 間抜けで、なんだか遅い一瞬。


「よ」


 振り返り、固まるマサ。

 驚きにより目は見開いているものの、その分、口が閉じており、無言と化している。


「oh……」


 口が開いたと思えば、ニュアンスが英語気味なことに違和感を覚えるが、どうやら気づいてもらえたようだった。


 お互いの目の前にいる相手。それが『茂神光太郎』のアバターであり、逆に《マサ》が『真宮司』であること。それが一瞬にして光太郎によって割れた。


 そのことにマサは、ラグを起こしたかのように未だ固まっている。



 今までの会話が、この瞬間の為だけにでっちあげたものだということを、光太郎の顔が物語っていたために――。


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