第一章2 『RMI』
暗がりと藍色だけが広がる洞窟のような廊下。
変わらない風景を眺め続け、目の前には、出逢ったばかりの少女の姿がある。
そこに少し、おかしく思う。
後悔を手に死を迎えた先は、その後悔をなくすために作られた『蒼の神殿』という辺鄙な場所で。
その番人、黒髪にスカーレットの瞳を持つ少女――『アオ』の絶やさない笑みが懐かしく思えて仕方がない。
まるで、夢のような話だ――。
「ご機嫌だな」
『AGAIN』を選択してから数分。
そのための場所移動をしていたのだが、彼女の朗らかな表情に和んでいた。
「……それはですね」
振り返り気味にアオはその笑顔を見せる。
そのわけを話そうと、ゆっくりと口を開いたのかと思えば、二ヤリと不敵な笑みを浮かべて、
「秘密です♪」
語ることなく前へと向き直っていた。
だから自然と、肩をすくめて、
「秘密か……」
そう呟いてしまう。
そしてふと、何気ない質問が頭の中に浮かんでいた。
「なぁ、アオ。『AGAIN』って、どうやるんだ?」
確かに自分は、後悔を無くすべく、『AGAIN』をすることに決めた。
けれど、具体的にこれから何をするか、全く持って聞かされていない。
今更ながらの問いだった。
「『AGAIN』にはまず、クロの後悔を知らなければなりません」
――俺の、後悔……。
たったそれだけで、嫌な思い出がふつふつと蘇える。
次々と脳裏を過ぎるそれは、間違えようもない、いくつもの後悔。
「今向かっている先は、その後悔の数を知る場所。通称――『R《リグレット》・M《メジャリング》・I《インストロメント》ルーム』。長いので略して『RMI《リメイ》ルーム』と呼んでいます。『RMI《リメイ》』は、後悔測定器という意味です」
わかりやすい説明。
一々英語表記なのは、こちらが理解できるようにというアオの配慮だろう。
まぁそれが、正しい語訳なのかはわからんが……。
「ちなみに、さっきいた場所は、死人がここ『蒼の神殿』に召喚される場所。通称――『
誇らしげに語る姿。
そこに可愛げを覚えるのだが、放った台詞には聞き漏らせない部分があった。
それ故に立ち止まり、
「アオ」
「……?」
「私たちって?」
引っ掛かった部分を尋ねていた。
彼女はハッと、顔を曇らせる。
きっと、まだ触れてはいけない部分だったのだろう。
その証拠に、目を逸らして困った風に動揺し、しばらくの間をおいて、
「それは、後のお楽しみです」
アオはにこやかに内容を先延ばしていた。
「そか」
言わないということは、言えないということ。
無理に聞いても互いに良いことなんてありはしない。
なら、触れないで上げることこそが、この場では得策なわけで。
まさに、知らぬが仏とはこのこと。
なのに――、
「……クロは、気にならないんですか?」
アオは意外そうに、自ら内容を掘り下げていた。
「何が?」
それでも、呆れるように知らぬがためと、惚けた風を装ったのだが、
「その、さっきの『私たち』って部分に過剰反応するもんですから……。もっと気になる反応があってもいいのにあっさりしていて……」
どうやら当人には伝わってないご様子。
口下手故に、説明はあまり得意ではないのだが、この場合は仕方なく、その疑問に答えることにした。
「アオは後のお楽しみと言った」
――後のお楽しみ。
つまり、後で教えてくれるか、出逢う機会、もしくは紹介してもらえる機会があるということ。
「なら、俺はアオを信じる。興味が無いわけじゃない」
いや、本当は違う。
ただ単純に、自分が何もかもに無関心なだけ。
何もかもを当の昔に見限っている所為。
何にも、期待していないから。
「……そう簡単に信じるんですか?」
当然の反応。
嫌な意味で、口元が緩んでしまう。
勘違いさせる言葉ばかりが、頭に浮かぶ。
言葉足らずの、詐欺師や道化のような、戯言ばかり並べることを自然と選んでしまう。
「今この瞬間だけは、な」
疑り深い性格故に、そんな言葉を放ってしまうのもある。
けれど今ここでは、それも嘘になってしまう。
確かに『今この瞬間だけ』だけど、今はただ、何も考える気がしなかった。
自分が気分屋なせいなのか、もしくは――。
胸にある何故かはわからない懐かしさが、アオの言葉に耳を傾けて、身を委ねることを選ばせる。
たぶん、こっちが本命。
自分の気持ちがよくわからなくなるけれど、今の自分にとっては、アオを信じる理由としては、それだけで十分のような気がした。
そんな簡単な理由でさえ口にすることができないのは、死んでからも変わらないよう。
気がかりがあるとすれば、瞳に映った複雑そうに苦笑する彼女の姿。
言葉にしなければ伝わらないことを誰よりも知っているはずなのに、彼女の笑みは不思議と、何もかもを噛み締め、惜しむように、どこか儚げで。
この場では、蛇足に思えて。
「―――」
ふと何かに気づいたのか、自然と彼女の視線の先を追えば、
――あれは……。
タイミング的にも口にすることなく、会話は切り上がった。
「ほら、あれが『RMI《リメイ》』ルームです」
彼女の指を差した場所。
あっという間に辿り着き、共に立ち尽くす。
「……」
そして、言葉を失う。
まぁ、無言なのはいつものことなのだが……。
――ここが、『RMI《リメイ》』ルーム……。
驚いているわけじゃない。圧倒されているわけでもない。
ちゃんと理解はしている。
どこかのシェルターのように幅広く、天井は見上げれば10メートル相当の位置にあり、薄い暗闇が膜のように覆っている。
そうやって見渡している矢先、アオは準備に取り掛かっていたようで、こちらにアイコンタクトを送ってくる。
「クロ、準備完了です」
「ああ」
平然とアオのもとへ近づいていく中で、視界に入ったのはこの空間を壁のように占める錆びれた機械で。
張り巡らされた褐色の鉄パイプ。青く光る画面。
今までに見たことの無いそれを一言で表すならファンタジー。
古代と現代の科学力が合わさったような魔法の一台。
こちらに向くマッサージチェアのような椅子に、サイドでアオが何やらノートパソコンのようなものを弄っていることから、それがコントロールシステムなのだと把握する。
「ささ、ここにお座りください」
「……」
お
言われるがまま、素直に腰を下ろせば、
「これを着けてください」
手渡されたのは、VRのようなヘルメットで。
被れば視界は、クリアパープルのアイシールドで。
取り付けられたコードから、データを読み取ると言った感じだった。
「最後に、そこのアームに腕を通してください」
「アーム?」
肘置きに注目し、気づく。
それは何と言うか、血圧検査で使うような形をしていた。
そのため、容易に指示に従うことができたのだが、
「ん……」
腕を通した瞬間、マッサージ器と遜色ない圧迫感が生じ、思わず声が漏れた。
「痛くはないので、気楽にしててください」
すると耳元でそんな声が聞こえ、「わかった」と相槌を打って、張っていた肩の力を抜き、リラックスする。
真剣味の増す空気の中で、「行きます」というアオの静かな掛け声がし、視界が暗闇に包まれていく。
自然と目を閉じれば、頭の中にいくつもの後悔がその合図と共に流されていた。
「……っ」
歯を食いしばり、捨てたはずの感情がまた騒めきだす。
アオは痛くはないと言った。
けれどそれは、外傷などの物理的な意味でだろう。
これは、心が痛い。
擦り減らし続け、心なんてないんじゃないかと思うくらい、何も感じなくなっていた心が悲鳴を上げている。
ただひたすらに息苦しい。
嫌なくらいに心臓が脈打っている。
痛いのは、生きている証だと言うが、死んでからも痛みが伴うとは感慨深い。
瞼の裏に映し出された、後悔の数々。
その時その時の感情が、記憶を辿って歯止めの利かなくなった噴水のように溢れ出す。
だから逃れるように、身体に力を入れるのだが、左瞼を持ち上げるだけで精一杯だった。
ぼやけながらに何が起こっているのかと、確かめるようにアオの顔を窺えば、険しい表情と一滴の汗が頬を伝っていた。
「アオ……」
『どうした?』と聞きたいのに、舌が回らない。
その呼び声すら、当然の如く届いていない。
アオはひたすらにコントロールキーを叩いている。
そのため、未だに流れ続ける後悔に抗うべく、他の景色を見て気を紛らわそうとすれば、後ろにあるパラメーターに目が行く。
そこにあったのは、カレンダーのように捲られるパラメーターの数値で。
それが何となく、異様な空気を醸し出しているのは確かで。
「ぁ……」
不意にアオの微かな息の音が耳に届く。
それによりアオに視線を移せば、アオは動きを止めて画面に釘付けになっていた。
そこにはどうやら、エラー表示が出ているようで、何があったか考える暇もなく、アオは作業を再開する。
おそらくはエラーの原因を調べているのだろう。
もう一度、パラメーターに視線を移せば、相変わらず上昇し続ける数値がある。
エラー原因が出たのか、アオに目を向けた瞬間、自分の中にある何かが高らかに鼓動を強く打ち鳴らす。
と同時に、機械が熱蒸気を噴出しながら危険信号を発令し、パラメーターがガラスのようにいとも容易く罅割れる。
頭の中では、止(とど)まることを知らない後悔がドス黒い渦を巻いて襲い掛かる。
視界が赤く点滅しながら、誰かの声が流れて、『蒼の神殿』が騒がしく雑音に塗れていて。
意識が遠のいていく――。
徐々に痛みは引いてくるのだが、身体は熱を発して汗をかき。
意識が途絶える寸前、最後に理解できたのは、現状が異常事態を示していることだけだった――。
「クロ……」
そんな中、アオは空を仰ぎ見て、大きなため息を溢す。
表情からは険しさは薄れ、少しの疲労感に打ちひしがれる。
「クロの後悔……」
言葉を途切り、当人に目線を向けるも、気絶した彼には届きはしない。
けれど今は、呆れるように心配せずにはいられなかった。
ずっと見てきた自分には、これほどとは思いもしなかったから。
「多すぎですよ……」
そう呟いた頃には、何もかもが手遅れだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます