蒼のAGAIN

「S」

第一章 終焉からの幕開け

プロローグ 『始まりの死』

 透き通った青空。朱色に染まる夕暮れ時。

 ゆっくりと動く雲が、頬を撫でるそよ風をより一層、肌に感じさせる。



 ――13階建てビル屋上。



 柵の無いお気に入りの空間。たくさんの思い出に溢れた地。誰も寄り付かない、静かな場所。

 そこから眺める街の風景は絶景で、何度訪れても飽きることを知らない。



 ――ただ、



 今から取る自分の行動が、この場所を不幸の色に染めてしまう行為だと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 それも仕方がない。

 今まで、いろいろなことがあった。いろいろなモノを失った。


 瞳の奥に映るのは、思い出の数々。

 本当に、何を恨めばよかったのだろう。


 大切なモノがどんどん、手の届かない遠くへと離れていってしまう。

 後悔ばかりが、このぽっかりと空いてしまった胸に溜まっていく。


 息苦しい世界。


 忘れることなんて、できるはずもない。

 忘れようとすれば、『忘れるなよ』と誰かが言っているみたいに夢に出る。


 悪夢じゃない。

 ずっとここにいたいという、居心地のいい夢。


 けれど覚めれば途端に、嫌な現実が喪失感と虚しさを連れてやってくる。

 凄く、質が悪い。


 そして何度も思い知らされる。


 『真蒼黒竜まそうくろう』は、取り戻せない『時』をそこへ置いてきたのだと。


 現実世界でもいいことはあった。

 それを忘れさせるような、上回るほどの感情を齎す幸せが確かにあった。


 夢があった。希望があった。

 才能と言えるようなモノもあった。

 努力をすれば、実を結ぶものもあったかもしれない。


 それでも今、自分がこの世界で見出せる答えはたった一つ。



 ――俺も、そっちへ行きたいよ……。



 弱弱しい本音が、心の中で渦めいている。

 感情を捨て、どれだけ自分を取り繕っても、正直な自分は常に泣きべそをかいている。

 それほど大切なモノだったのだと、そう思わされる。


 今の自分には、何が残っているのだろう。

 きっと、限りなくゼロだ。


 あるモノを数えようとするのに、ないモノばかり頭の中に浮かんでくる。

 寂しさだけが、広がっていく。

 だから、何もかもを捨てて楽になりたいと思ってしまう。


 今の自分に残っているのは、この先に待っているかもしれない未来を手放そうとする後悔だけ。

 そんな曖昧で不鮮明なモノに期待しても意味はない。



 ――だから、



 覚悟を決めて、勢いよく駆け出す。

 風を切って、ふわりと身体が宙を舞う。

 加速し、吸い込まれるように沈んでいく。


 投げやりになったわけでもなく、取り戻すためでもない。

 逃げたというのも違う。諦めたというのも違う。

 この行動をわかるものはいないだろう。


 脳裏に浮かぶは、今までの出来事。

 思い出したわけではない。振り返ったわけでもない。


 流れるは後悔。幸せなモノもあっただろうに。

 こんな時に見せるのも、そのただ一つ。


 気づけばもう、身体は地に着こうとしている。

 抗えばまだ、生ある瞬間を引き延ばすこともできるだろうが、瞳は自然と閉じていた。


 するとすぐさま、強い衝撃が全身を駆け巡る。

 頭には亀裂が入り、視界に入ったのはそこから溢れる自分の血。

 ゆっくりと命が削られていくような感覚に、指一本たりとも動かせない。


 視界がぼやけ、耳も聞こえない。



 意識が、遠のいていく――。



 4月1日、午後5時44分。



 この瞬間、世界から一人の少年の―――、



 命の灯が、消えた――。


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