未来の選択11

美咲side

74

 腰が抜けているようで、すぐに立ち上がることができない……。


 人だかりの中から駅員が現れ、私達は車椅子で駅長事務室に運ばれていた。放心状態のまま、応接用のソファに世奈と並んで腰を下ろす。


 駆けつけた警官3人と、そこに居る5〜6人の駅員に囲まれ、事情聴取のようなものが始まる……。


「私が、飛び込もう……」


 世奈がそう言い掛けた時、


「貧血か何か起こして、倒れたみたいです!」


 とっさに、そう言っていた。

 自分から飛び込もうとしたなんて言ったら、かなり面倒なことになるに違いない。


「あの、美咲さん?」


 キョトンとした顔で、世奈が私を見つめている。

 私は、知らない振りをした。


 本当は、あの世界であった出来事を、世奈と語り合いたい。命懸けで私を守ってくれた世奈に、お礼が言いたい。

 けれども、全てを話したら、世奈が自殺をしようとしたという事実を認めてしまうことになる。だいたい、前世の世界に行ってましたなんて言ったら、今度は救急隊員がやって来て精神病院に運ばれてしまうだろう。

 全く、型にハマった世の中だ!


 私達が入ってきたドアから、血相を変えた中年女性が飛び込んできた。世奈の母親のようだ。どことなく、巫女のリーダーに似ている。


「世奈!」


「あっ……、ママ!」


 そのまま走り寄ってきて、泣くのを堪えながら世奈の肩を抱き締めている。


「こちらが、助けて下さった成瀬美咲さんです」


 小太りの警官が、世奈の母親に私を紹介した。


「成瀬、美咲さん……。なんとお礼を言ったら良いのか……。本当に、本当に、ありがとうございました!」


 世奈の母親が私の前に跪き、両手を握り締め涙を流している。

 冷たい手が震えていた。

 連絡があってここまで来る間、生きた心地はしなかっただろう。


 そんな様子を横目に見ながら、別の警官2人が、学校に連絡するかどうかで揉め始めている。


 全く、この人達に心はないのか! 

 マニュアル通りに生きている、本当につまらない人間達だ。


 私は、世奈の母親を立たせてから、立ち上がった。


「倒れそうになった子を私が支えただけです! 電車だって普通に動いてるし、別に問題ないんじゃないんですか!」


 2人の警官に強気で言ってみると、意外にもそこに居る全員が納得していた。


「成瀬さんがそうおっしゃるなら、こちらとしても特に問題はありません」


 そう言って、小太りの警官が感心したように私に笑い掛けている。


 誰だって、死にたくなるくらい辛い時がある!

 苦しみから、逃げだしたくなる時がある!

 自殺なんて、一瞬の気の迷いだ!

 まさに、魔が差してしまったのだろう。

 そんなことは忘れて、

 そんな過去には囚われずに、

 世奈には世奈らしく、これからを生きて欲しい。


「あの、仕事があるんで、もういいですか?」


 迷惑そうに警官達に告げると、


「あっ、お時間取らせてしまい申し訳ありません。ご協力、ありがとうございました」


 深々と頭を下げて、小太りの警官が私を見送ろうとする。


「あの、連絡先を教えて頂けますか? また、改めて、お礼をさせて頂きたいのです」


 母親の言葉に、私は立ち止まった。

 本当なら、「お礼なんて……」と断るところなのだろうが、すんなりと携帯番号を教えた。世奈と、繋がっていたいと思ったからだ……。

 これからの世奈を、ずっと見守りたい!


 事務室を出る前にもう一度振り返ると、世奈が私を見つめて泣いていた。


 世奈は、もう大丈夫!

 元気でね!

 心で号泣し、私は事務室を出た。

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