55

 宮殿をあとにして、陽が沈み掛けた川原沿いの砂利道を1人で歩いていた。

 川原はまるで、キラキラと煌めく黄色い絨毯のようだ。緑が見えないほどに小花がぎっしりと敷き詰められ、夕陽に照らし出されている。


 あれ?


 その向こうに人影が見えた。


 あんなところで、何してるんだろう?


 川岸に立っていた人らしきものが、私に気付き近付いてくる。貧しい服装の少女だ。

 近付くにつれて、違和感を感じた。実在しているのか、映像なのか、よく分からない。


「あの〜、私のこと見えるんですか?」


 えっ、どういうこと? 人間じゃなくて……、もしかして幽霊? 巫女として生きているあいだに、霊まで見えるようになってたの?


 激しい悪寒に襲われ、脳が痺れた。見えないふり、聞こえないふりをしながら、足を速める。


「お願いです! 私を助けて下さい」


 少女が泣いている。


「私は、この川に飛び込んで身投げした者です」


 えっ、身投げって、自殺した霊なの?


 思わず足を止めていた。

 私と同じだ……。


「どうか、私を成仏させて下さい!」


 私の前に来て、泣きながら頭を下げている。元の世界で考えれば、中学生にも満たないような女の子だ。

 不思議と冷静に、その少女をまっすぐに見ることができた。


「あなた様は巫女ですよね? 死んだ人間を成仏させることはできますよね?」


 そっか。巫女は、魂を成仏させることができるんだ……。でも、どうやって?


 とにかく、話を聞いてみようと思った。


「奉公先での暮らしがあまりにも辛過ぎて、逃げだしてしまったんです。でも、両親に合わせる顔もなくて、行く宛もなくて……。気付いたら、この川に飛び込んでたんです」


 似てるような気がした。この子の気持ちが、痛いほどよく分かる。


「苦しい生活から逃れたかったのに、ずっと苦しいんです。何度も何度も川に飛び込んで、何度も何度も溺れたのに、この苦しみから逃れることができません。家族も苦しんでいると分かっているのに、何もしてあげることが出来ないんです!」


 美咲さんの言ってた通り。これが、苦しみのエンドレスということなの?


「いつから……。いつからここに居るの?」


 できることなら、この少女を救ってあげたいと思った。


「もう、よく分かりません。この黄色い花が咲くのを、10回以上は見ています」


 10回って……、10年以上もずっとここで、こんなことを繰り返してるの?


「お願いです! 私を別の場所に送って下さい! もう、この場所は嫌なんです!」


 本当に辛そうだ。立っているのもやっとだというくらいに憔悴しきっている。

 だけど、成仏って、やっぱりお経とかを唱えるのだろうか?

 マヤ様に聞いてみるしかない! と思った。


「私はまだ新人で、神力も霊力も持ってないの。力を持っている人に成仏できる方法を聞いてくるから、少しの間ここで待っててくれる?」


「はい、分かりました。巫女さんをお待ちしています……」


 ホッとしたような表情を浮かべ、少女は振らつきながら川原に座り込んだ。


 救ってあげたい! なんとかして、あの子を助けてあげたい!


 少女を振り返りながら砂利道を走り、私は急いでマヤ様の部屋を尋ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る