26

「あっ、入って」


 柔らかな水色の衣装に着替えながら、第3夫人が奥へと誘導する。


 南殿の中は予想以上だ。部屋数だけでも幾つあるのだろうか? 高級家具や壁に施されている金箔が、目に眩しい。


 そのまま進んでいくと、木彫りの小さな机の前に座るよう指示された。改めて、第3夫人と向かい合う。


 本当に、綺麗な人……。

 目を合わせることができないほど、透明感のある美しい女性だ。兄であるあの人に、よく似ている。


 何かを考えているのだろうか?

 難しい表情で、私をじっと見つめている。張り詰めた沈黙が、だんだん息苦しくなっていく……。

 勇気を出して、さっきの件について聞いてみようと思った。


「あの……。門の前で、“ホームから飛び降りた子だ”と言いましたよね?」


「えっ!」


 直球過ぎたのか、第3夫人が目を丸くして驚いている。

 覚悟を決めて、更に続けてみる。


「なぜ、第3夫人がそれを知っているのですか?」


「それは……」


 何かを言い掛けたのに、第3夫人はまた黙り込んでしまった。私が自殺したことを知っているのだとしたら、さすがに言いにくいのかもしれない。

 自ら、話すしかないと思った。


「実は、私はこの世界の人間ではありません。第3夫人が言う通り、ホームから電車に飛び込んだらここに来てたんです」


 全てを打ち明けると、第3夫人の眼差しが友好的なものへと変わっていくのが分かった。まるで別人のようになり、第3夫人が一気に話し始める。


「あのね。私、その時、あんたの隣りに居たの。あんたが電車に飛び込むのを目撃してたの」


「えっ……」


 目撃してたって、第3夫人もあのホームに居たっていうこと?


「でも、なんで、この世界に居るんですか? 私は死んだから、天国かどこかに来たのかと思ってました」


「それを聞きたいのはこっち! だいたい、自殺した人が天国に行ける訳ないでしょ! 死んだ時の苦しい想いを抱えたまま、この世より苦しい地獄を彷徨うって決まってんだから! あっ、自ら命を絶った重罪もプラスされるし、もう苦しみのエンドレスだよ」


「苦しみの、エンドレス?」


 結局、死んでもあの苦痛からは逃れられないの? だけど、あの世についてこんなにキッパリと言いきるなんて、第3夫人はスピリチュアルか何かに関わっている人なのだろうか?


「って、誰かが言ってた」


「はぁ〜」


 無責任な発言に、思わず拍子抜けしてしまう。


「それに、人身事故ってほんと迷惑なんだよね。電車止まっちゃうんだから! みんな一気にタクシー乗り場に行って何万人もの人が動けなくなるんだよ……」


 第3夫人の言葉にハッとした。

 他人に迷惑を掛けるなんて、考える余裕はなかった。本当に、自分のことしか考えていなかった。


 飛び込み自殺だなんて、私はどうしてそんな愚かな選択をしてしまったのだろう。


 一瞬、両親や妹の顔が浮かんだ。家族に自殺者が居るなんて、とんでもなく重い十字架を背負わせてしまったんだ。きつい言い方だけれど、第3夫人が言っていることは最もだと思った。


「確かに……、そうでした」


 どうして私は、そんな大切なことに気付けなかったのだろう……。

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