第35話 材料探し
カリーナから飛行機で移動した私たちは、夜着だった事もあって素直に家で過ごしていた。
地図作りをお願いしたら、パステルが空間の裂け目から本格的な機材をゴロゴロ取り出して、以前からあった簡単なものを参照しながら、真面目な顔をして準備を始めた。
「あのさ、気楽に……」
「いえ、真面目です。かっちり仕上げます!!」
パステルが笑った。
「どっかで、売るわけじゃないんだから……。まあ、任せたよ。さて、ビスコッティはどこどだ?」
家の中にビスコッティがいないので、私は家の外に出てみた。
すると、無線機を背負ったビスコッティが、どこかと交信していた。
「はい、分かりました。お待ちしています。気をつけて」
ビスコッティが無線機の受話器を戻した。
「師匠、どうしたんですか?」
「いや、いないから……。どうしたの?」
私が聞くと、ビスコッティが苦笑した。
「はい、やはりこの島は各国にマークされてますね。ホテルが出来たと聞いて、まだオープンもしていないのに、お忍びなので遠方の国としかいえませんが、そこの王女様が視察したいそうです。私の判断で受けましたので、明日はその対応をします。師匠の側にいられないので、なにかあったら無線で呼んで下さい」
「分かった。耳が早いというか、侮れないねぇ」
私は笑った。
「全くです。これでも、最大限の情報対策はしているんですよ。ダダ漏れなのはピーちゃんがいい加減なせいです!!」
ビスコッティが笑った。
「まあ、甘そうだからね……。そっか、一人でもないけどビスコッティがいないのは珍しいな。リズと遊ぼうかな」
「そういえば、リズがいってましたよ。パトラがここにくるたびに、魔法薬の材料を集めたいってやたらうるさいから、暇なら誰か相手してくれって。ちょうどいいんじゃないですか?」
ビスコッティが笑った。
「パトラか、知ってるようで知らない謎ハーフエルフ。研究しようかな」
私は笑った。
「いいんじゃないですか、たまには。リズはザリガニ釣りに湖まで行きたいらしく、今から竿の準備をしていましたよ」
「ザリガニ好きだねぇ。私も嫌いじゃないけど、デカいから飼えないんだよね。よし、明日はパトラの材料集めに付き合おう」
私がいうと、パトラが家から出てきた。
「呼んだ。耳はいいんだよ」
パトラが笑みを浮かべた。
「うん、魔法薬の材料集めするんでしょ。一緒にやろう」
「よかった。足りないのがたくさんで、かなり困っていたんだよ。リズは面倒がってきてくれないし、これで明日の予定ができた!!」
パトラが笑った。
「よし、ここにいなきゃならない理由がないなら、家に入ろう。ここは蚊がいなくていいね。熱帯なのに変だねぇ。今のところ、興味ないから研究しないけど!!」
私は笑った。
家に入ると、ビスコッティは急いで準備しなきゃとなにやら色々やり始めたので、私は嬉しそうにホウキを改造している様子のキキに近寄った。
「なにしてるの?」
「はい、アイディアが閃いたのでホウキを改造しているんです。このカーナード翼が効いてくれれば……」
なにか ニヤニヤしながらホウキを弄っているキキの事を、私は出会ってからはじめて心底怖いと思った……。
「わ、分からないけど頑張って……」
すっげぇ怖いので、私は早々に逃げた。
「な、なに、キキはなんか変なもんでも食ったのかな……」
私は頭を掻き掻き部屋を歩き、ノートパソコンでカタカタなにかやってるマルシルに近寄った。
「マルシルが、ノートパソコン使うなんて珍しいね。レポートも手書きなのに」
「はい、たまには触ってみようかと。どこかにエロ動画は入っていないですかね?」
私はマルシルの頭にゲンコツを落とした。
「……やめなさい」
「……ごめんなさい」
私は小さく笑みを浮かべた。
まあ、そんなこんなでみんななんか適当にやっている中、犬姉とアリサは一応、少し真面目に警備顔をしていた。
「おう、スコーン!!」
「おう、犬姉!!」
犬姉が笑い、アリサを連れて家の外に出ていった。
「お、思わず反応しちゃったけど、犬姉のテンションがなんか高かったな。徹夜明けかねぇ」
私は苦笑して、実はずっとくっついてきてるパトラをみた。
「ん?」
パトラが笑みを浮かべた。
「うん、ぶっちゃけ、珍しい相棒だからなにしていいか分からん!!」
「そうなんだ。何してるのかなって、ずっと観察してたんだけど、要するに暇なんだね!!」
パトラが笑った。
「リズはどこいったの?」
「うん、お風呂入ってるよ。寝てなきゃいいけど!!」
パトラが笑った。
「今日は一緒じゃないの?」
「うん、スコーンとずっと話したかったから、ずっとくっついてるんだ」
パトラが笑った。
「そっか。そういや、ハーフエルフだよね。なんか、感じが純エルフっぽいような……」
「うん、どっちかっていうとエルフなんだよ。遺伝子とかなんか難しい話があるんだけど、こんなのクソ長いし面白くないからいいとして、ハーフっていっても人間が強く出るかエルフが強く出るかなんだよ。調べたら、私はエルフ八割なんだって」
パトラが笑みを浮かべた。
「そっか、色々あるのか。知ってるようで、知らなかったな。これ、研究したらどうなる?」
「やめた方がいいよ。エルフじゃタブーだから、リズが研究しようとしてガチで殺されかけたからね」
パトラが笑った。
「そっか、危ないな……手を出したらビスコッティにビシバシどころか、へカートⅡで粉々にされるぞ」
私は苦笑した。
「スコーンって王都の研究所にいたんでしょ。どんなところ?」
「最悪だよ。ゴミ溜め!!」
私は笑った。
「そっか、逃げたってカリーナでも話題だったもんなぁ。リズなんて、なんか変なの好きだから、どんな子だろって気にしてたよ」
「まあ、変だよね……」
私は苦笑した。
「うん、私も気にしてた。国家機密が逃げたって、どうせ変な研究だったから逃げたんだろうけど、その変なのってなにって、逆に気になって私も調べたんだけど、コネがないからねぇ」
「あそこはやめた方がいい……。さて、こんな話しててもしょうがないし、どうする?」
「うん、出会った頃に渡した『ラスチャンス』。まだ持ってる?」
パトラが笑みを浮かべた。
「持ってるよ。えっと……あった」
私はポケットから、赤いキャップの薬瓶を取り出した。
「使ってないね。うん、それ交換するよ。こっちが、本当の『ラスト・チャンス』。それはただの生理食塩水だったんだ。はい」
パトラは私の薬瓶を取り替えた。
「これで、リズと同等だよ。信用した」
パトラが笑みを浮かべた。
「さすが、疑るね。私も凄いけど」
私は苦笑した。
「よしよし、どっかいく?」
パトラが笑った。
「夜だし危ないよ。リズの相棒と一緒にいったら、オメガ・ブラスト食らうよ」
私は笑った。
「私はそういう壁をなくしたいんだよ。普段はリズにくっついてスコーンのところにいってるけど、もう共同研究者に近いじゃん。変な遠慮やめようよ」
パトラが小さく笑った。
「そうだね、今さらだし」
私は笑った。
「さてと、リズがどうなったかみてくる。待ってって!!」
パトラがパタパタと風呂に向かって行った。
「はぁ、面白い子だねぇ。さすが、リズが選ぶだけの事はあるよ。ただの仲良しなわけないんだけど!!」
私は笑った。
椅子に座ってしばらく待っていると、リズとパトラがやってきた。
「なに、珍しくパトラがこないからどうしたのかと思ったら、スコーンと話し込んでいたのか」
リズが湯上がりの瓶ビールを飲みながら笑った。
「うん、珍しいからちょっとね。ビスコッティは忙しいし、暇でダラダラしてた」
私は笑った。
「そっか、そんな時もあるよ。あたしだって、年中なんかやってるわけじゃないし」
リズが笑った。
「私は魔法薬やってるとき以外は、基本的に適当にやってる。助手はたまにだけ!!」
パトラが笑った。
「ったく、結局自分で全部用意して研究するんだよ。パトラは魔法薬命だから」
リズが苦笑した。
「そっか、私はビスコッティがいないとなにするかわからないって、常に監視されてるから!!」
私は笑った。
「なるほどね。まあいいや、パトラとセットなんて滅多にないだろうし、私は湯冷まししてるから、適当に歩いてくれば。あっつい」
リズはビールを片手に椅子に座った。
「うん、いってくる。スコーンが嫌じゃなければだけど、散歩しよう!!」
パトラが笑みを浮かべた。
「いいよ、真っ暗だけど……」
「夜風に当たるだけでいいじゃん。さて、いこうか」
私は笑みを浮かべ、パトラと外に出た。
「あっ、お出かけですか?」
玄関の扉を開けると、アリサが声を掛けてきた。
「うん、散歩だよ」
私が答えると、アリサは笑みを浮かべた。
「護衛します。隊長は見回りにいってるので」
「分かった、行こう」
私は頷いた。
といっても、わざとでもあるが、街灯の整備をしていないので、足下も見えないような闇の中で、月明かりで微かになにか見える程度だった。
「まあ、どうでもいいんだけど、私ってのエルフの血が強いから、多少は夜目が効くんだよね。スコーンの顔は見えてるよ!!」
パトラが笑った。
「私は暗視装置でもないと見えないよ」
私は苦笑した。
「貸しましょうか?」
アリサが双眼式の暗視装置を貸してくれたので、私はそれを付けた。
緑がかった景色が浮かび、パトラがなにか楽しそうだった。
「よし、歩くか……」
とはいえ、森の方は怖いので、危険防止のために多少明かりがある駐機場の方に行こうとしたら、パトラが手を引っ張って、真っ暗な森の方に向かって進み始めた。
「やっぱり、エルフといえば森?」
私は苦笑した。
「そういうこと、落ち着くんだ。怖がらないで」
パトラが笑った。
「見えてはいるけど、森は怖いねぇ」
「怖いのは当たり前だよ。人間の世界じゃないから」
パトラが笑った。
歩きを進め、肉眼ではなにも見えないであろう森の中を、パトラを先導にして進んで行った。
「いいなぁ……。スコーンは、魔法薬興味あるの?」
パトラが笑った。
「あんまりないかな。資格が必要な場合があるし、そういうの全然取ってないから、なにも出来ないよ」
私は笑った。
「エリクサーは要資格だぞ。逮捕しようか?」
パトラが笑った。
「だから、こっそり……」
私は笑った。
「まあ、みんなそうだけど。『試薬』扱いにして!!」
パトラが笑った。
しばらく進んでいくと、フラッシュライトを片手に歩く犬姉がやってきた。
「ん、夜中は出歩かない方がいいぞ。今のところ、問題はないけどね。どっか行くの?」
「いや、パトラと散歩してるだけ。一晩中歩いてるの?」
「まあ、そういう役目だからね。まあ、どっかでこっそり寝てるけどね」
犬姉が笑った。
「隊長、このまま付いていきますので、お任せ下さい」
「うん、よろしく。放って置くとどこまでもいっちゃうから、適当なところで無理矢理にでも帰してよ!!」
犬姉が笑って、すれ違っていった。
「パトラ、このままどこに行くの?」
「そんなに遠くないよ。雪ばっかでムカついてたから、森林浴してるだけ」
パトラが笑った。
「確かに、雪には困ったねぇ。あれじゃ、どこにもいけないから、気象操作なんてするなっての!!」
私は笑った。
「このへんでいいか……」
パトラが森の地面に寝そべると、静かに目を閉じて笑みを浮かべて楽しんでいるようだった。
「ストレス発散か……慣れてきた」
私はパトラと少し距離を開けて座った。
『師匠、どこですか?』
無線にビスコッティの声が入った。
「パトラと森の散歩中だよ。そんなに遠くないし、護衛のアリサもついてる」
『分かりました。風邪引きますので、早く帰って下さいね』
ビスコッティが無線越しに答えたあと、誰もなにもいわない時間が過ぎていった。
「よし、帰ろうか。リズが心配しちゃうよ」
「分かった。私もビスコッティのビシバシは嫌だからね!!」
二人で笑い、私たちは夜の森から家に戻った。
家に帰るとパトラはガンガン飲んでるリズの隣に座り、私はビスコッティの姿を探した。
「あれ、いない……。お風呂かな」
「スコーンさん、ビスコッティさんなら温泉でまったりしてますよ!!」
荷物を整理しながら、パステルが笑った。
「……絶対、ガンガン飲んで入ってる。酢でも持っていってやろうかな」
私は笑い、ちょっと冷えたので私もお風呂に入る事にした。
鞄から着替えを用意して脱衣所のカゴに放り込み、服を脱いで露天の湯船に向かった。
「あっ、師匠。おかえりなさい」
案の定、お酒を飲みながら湯船に浸かり、ビスコッティが笑みを浮かべた。
「また飲んでるよ……」
私は苦笑して、洗い場で体を洗ってから湯船に浸かった。
「パトラと何していたんですか?」
「森の地面に座って森林浴していただけ。変な敵も出なかったし、平和なもんだよ」
私は笑った。
「変な敵が出たら、今頃大騒ぎです。さて、明日は朝早くに国籍を微妙にぼかした大型機が到着する予定です。はるばる大洋を越えてくるので、正確な時間までは確定できないのですが、気流の関係で下手すると明け方とか、変な時間に着いてしまうかも知れません。絶対的なルールで、私以外は接触禁止です。挨拶もダメです。その関係で私はちょっと忙しいので、困ったら誰かにいって下さい。いいですか?」
「分かった、のんびりパトラの魔法薬の材料探しに付き合うよ。はぁ、どこの怪しい大物だか」
私は笑った。
「全くですね。さて、私はこの瓶を開けたら上がります。早く寝ておかないといけないので」
「分かった。まさか、酒臭いままじゃまずいもんね!!」
私は笑った。
「……瓶で殴りますよ?」
ビスコッティが睨んだ。
「や、やめて、痛いから!!」
私は慌ててに逃げた。
すると、発砲音が聞こえビスコッティの酒瓶が粉々になった。
「ぬわ!?」
「ほげぇ!?」
ビスコッティと二人で間抜けな声を上げると、アクアラングを装備した犬姉が頭だけ浮上した。
「……クリア」
アクアラングを外して呟き、再びマウスピースを加えて潜行した。
「と、特殊部隊ですか!!」
「……うん、ビックリ」
私は慌ててお湯に潜ってその姿を探したが、大して広くもない湯船で透明度抜群なのに、もうどこにもいなかった。
「……これが、プロだ」
私はポツッと呟いた。
「プロっていうか、どっかに蓋と通路でもあるんですかね。どこにでもいるから……」
ビスコッティが苦笑して、湯船から立ち上がった。
「お酒がなくなってしまったので休みます。魔法でガラス片は掃除しておきました」
ビスコッティが笑みを浮かべ、湯船から上がっていった。
「……蓋、探すかな。まあ、いいや。いい湯だ!!」
しばらく一人で浸かっていると、アリサが入ってきた。
「あれ、休憩?」
「いえ、サボりです」
アリサが笑った。
「サボっていいの?」
「やる事がないんです。明日は要人がくる予定なので、もうとっくに陸海空全てで警備ぎっちりなんですよ。ところで、ビスコッティはいませんでしたか?」
アリサが問いかけてきた。
「さっきまでいたよ。明日早いから、もう寝るって」
「そうですか。私もご一緒します」
アリサは体を洗い、湯船に入って隣に座った。
「サボってると、怖い犬姉に怒られるよ」
「お互い様です。隊長も、さっき入ったいっていっていたので、怒らないでしょう」
アリサが湯に浸かりながら、拳銃を取り出した。
「あ、危ないよ。なにすんの!?」
「……あっ、うっかり持ってきてしまいました。どうかな」
アリサが拳銃のスライドを引いたが、凄い変な音が聞こえ、さすがに引き金は引かなかった。
「……これ、やっちまったかな。直すかこっそり誰かのと代えるか……。やっぱこれですね。どこでも平気」
アリサが拳銃を放り捨て、ナイフを取り出した。
「……なんで入浴するのに、武装してるの?」
「はい、スコーンさんの護衛なので。体術でもいいのですが、石けんでも踏んで怪我すると痛いので、なんか持ってないと落ち着かないのです」
アリサが笑った。
「……知らないよ。犬姉に怒られても」
私が呟いた時、遠くから銃声か聞こえて、アリサが手にしていたナイフが弾き飛ばされた。
『……クリア。始末書』
防水仕様なのか、アリサが付けているインカムから犬姉の声が漏れるほどデカい声が聞こえた。
「み、耳が……。やっぱり怒られました。どこからでも、監視してるからなぁ」
インカムを外して指で耳をほじりながら、アリサは笑った。
「ほら、怒られた。怖いんだから、気をつけなよ」
私は苦笑した。
「慣れてます。新入りは、隊長にまず徹底的にボコボコにされますからね。でも、怖くはないですよ。怪我は痛いですが、痛みを知れって」
アリサが、笑みを浮かべた。
「……研究者でよかった。ビスコッティがビシバシするけど」
私は苦笑した。
『アリサ、師匠が呼びましたか?』
外してあるアリサのインカムから、ビスコッティの声が漏れ聞こえた。
「ええ!?」
『はい、師匠。そのお風呂の各所には高性能防水マイクが設置されているんです。異常があったら、すぐ検知出来るように』
「あ、アリサ、風呂くらいそういうのやめてっていって!!」
「はい。ビスコッティ、やめろっていってます」
アリサがトークボタンを押して、ビスコッティに返した。
『安全のためです。では、寝ます』
なぜか、アリサのインカム越しに、ビスコッティと会話して終わった。
「アリサ、それ音量大きくない?」
「はい、これボロいので、大きくしないと聞こえないのです。新しいの下さい」
アリサが苦笑した。
「それは隊長にいって!!」
私は笑った。
そのうちガラガラと音が聞こえ、パステルが入ってきた。
「あれ、皆さんお揃いですか」
パステルが笑って、洗い場で体を洗って湯船に浸かった。
しばらくすると、ギャーと夜空にドラゴンの声が聞こえ、ジェットエンジンの轟音が響いた。
「て、敵!?」
「いえ、通りすがりのドラゴンを空軍が追い払っているのでしょう。ノンビリしていますが、厳戒態勢なので」
アリサが笑った。
「……可哀想。通りか掛かっただけなのに」
私は小さくため息を吐いた。
「隊長ならみたいでしょうね、ドラゴン対F-35A。しかも、夜戦ですよ」
アリサが笑った。
「……すっげぇみたい」
アリサの外したままのインカムから、犬姉の声が漏れ聞こえた。
「ほら」
「だから、高性能防水マイクやめて!!」
私は頭を抱えた。
「あっ、いい隙間みっけ」
パステルが小さなナイフを取りだし、お湯に潜ってなにか始めた。
「取れた!!」
パステルが湯船の底から石を取り上げ、満面の笑みを浮かべた。
「こら、壊すな。戻せ!!」
「はい、戻します……あれ、これトラップが仕掛けられた痕跡があります。上手く処理されていますね」
「はい、さっき隊長が弄ってましたよ。また、こんなに仕掛けてって……」
アリサが笑った。
「ああ、せっかくのお風呂が落ち着かない!!」
私はもっと頭を抱えた。
「慣れです」
「はい、慣れです」
アリサとパステルが笑った。
「私は慣れないよ。せっかく、作ったお風呂が台無しだよ!!」
「ある意味、仕方ないんです。各国の工作員だらけなので、一番無防備なお風呂は狙われやすいんです。これでも、みんなで頑張ってますので、許して下さい」
アリサが私をそっと抱き寄せた。
「うん、頑張る……」
「はい、落ち着かないなら、ビスコッティの代わりにビシバシしましょうか?」
「……うん、やって」
アリサが私をビシバシしたが、凄まじく痛かった。
「無論手加減はしていますが、ビスコッティほどの手抜きは出来ないんですよね」
「うん、痛い」
アリサが苦笑して、私は小さく息を吐いた。
「スコーンさん、逆に私たちでトラップ仕掛けませんか。邪魔者退治に!!」
パステルが笑った。
「混ぜるな危険!!」
私はビシッと言い放った。
「はい、困ります。地雷なんて、どこの誰だか分かりませんから」
アリサが笑った。
「あっ、そういえば隊長専用機の二号機が完成したと連絡があったんです。だから、これでもご機嫌なんですよ。ヘリじゃなくて、最新型のハリアーⅡですよ。ノリでエアウルフ弐号機とか呼んでましたけど」
アリサが笑った。
「……使うの?」
「はい、年に一回くらいは飛ばすんじゃないですか。私は壱号機の戦闘ヘリでガンナーやってるだけなので、よく分からないですが」
アリサが笑った。
「あーあ、なんで情報漏れてるの。この島大掃除しないとダメじゃん」
私は苦笑した。
「やりますか、許可を求めます」
アリサが湯船から立ち上がり、素っ裸でビシッと立った。
「なに、計画してたの。いいよ、許可する!!」
「了解。直ちに実行します!!」
アリサは外していたインカムを付けた。
「隊長、スコーンさんのGOが出ました。オペレーション・島の夜明けGOです!!」
アリサが湯船から飛び出て、素っ裸のまま脱衣所から出ていくのが見えた。
「計画していたら、勝手にやってくれてよかったのに……」
「そうもいかないでしょう。ここは、スコーンさんの島ですからね。植生がとっても特殊でいいです。これで、迷宮でもあれば面白いのですが……」
残ったパステルが笑った。
「逆に好みの迷宮作っちゃえば?」
私は笑った。
「それでは、攻略する楽しみがありません。魔物がいなくなってしまったので、魔獣も捕まえて放たないと面白くないですし、罠もゴテゴテと……あっ、面白いかも」
パステルが笑った。
「全く、予算出さないよ!!」
私は笑った。
さらにしばらく浸かっていると、マルシルが入ってきた。
「あっ、お疲れ様です」
マルシルは複雑に編み込んだ長い髪の毛を全部解いて、長い髪の毛から丁寧に洗い始めた。
「エルフの髪型には意味があるんです。私はこんな長い髪の毛は手入れが面倒なので嫌なのですが、必要なのでやってます」
私が聞く前に、マルシルが笑った。
「そうなんだ。私は髪型なんてどうでもいいからねぇ」
私は笑った。
「そういう人は、意外と髪型を気にしているんですよ」
パステルが笑った。
「そうかなぁ、私はおでこが出てればいいから。おでこ塞いじゃうと、自分で手を当てて体温計れないから」
私は苦笑した。
「どんな基準ですか」
パステルが笑った。
なんかみんなくるので、久々に長風呂していると、今度はキキがやってきた。
「あれ、いっぱいますね。お風呂入ります」
キキは体を洗い、湯船に浸かった。
「ホウキできた?」
私は笑いながら聞いた。
「はい、完成しました。凄まじく小回りが利くようになりましたよ。これで、ミサイルでも搭載出来たら、格好いいのですが」
キキが笑った。
「ホウキはそう使っちゃダメでしょ。ったく、私のチームは面白い!!」
私は笑った。
「あの、スコーンさんに相談なのですが、『光りの矢』を使っていいですか。研究して、やっと撃てるようになったんです」
キキが嬉々として聞いてきた。
「えっ、裏ルーン使えるようになったの。偉い!!」
私は心の底から喜んだ。
使えるどころか、裏ルーンの存在自体を知らない魔法使いも多いので、これは思わぬ収穫だった。
「はい、使えるなんておこがましいですが……」
キキが笑った。
「危ないから気をつけてね。そっか、ついにパクられたか」
私は笑みを浮かべた。
「失敗も多いです。暴発だけはしないように、細心の注意は払っていますが……」
「だから、危ないんだよ。暴発なんてさせたら、骨も残らないよ」
私は小さく息を吐いた。
マルシルの洗髪はなかなか終わらず、パステル、私、キキは並んで延々と湯船に浸かっていた。
そのうち、なにか始めたらしく、爆音やら銃声やらが響き、私は苦笑した。
「大掃除が始まったね。ビスコッティがいたら、うるせぇ!! って酒瓶でビシバシされるところだよ」
私は笑った。
「はぁ、やっと終わった。あとは、リンスにトリートメント……」
マルシルのお風呂は大変。
そう心にメモした。
「さすがにのぼせてきたな……」
私は湯船から立ち上がり、湯冷ましも兼ねてマルシルに近寄った。
「手伝うよ」
「あっ、ありがとうございます。塗ったくるだけでいいので……」
マルシルが笑みを浮かべた。
「そうもいかないでしょ」
私はマルシルの長い髪の毛を踏まないように気をつけて、さっとリンスする作業を手伝った。
「はい、終わったよ。流すから……」
私はじっとしてるマルシルの頭に、シャワーでお湯を掛け、リンスを流す作業を続けた。
「これ、このあとタオルで軽く水分を取ってトリートメントでしょ。いつもこうなの?」
「はい、だから面倒なので基本的には洗わないのですが、いい加減汚れてしまったので」
マルシルが笑みを浮かべた。
一体何時間掛かるんだろうと思いながら、私は苦笑した。
走行しているうちに、パトラを引きずってリズがやってきた。
「な、なに、集会でもやってるの。一杯いるけど……」
まだアルコールが抜けていないのか、顔が赤いリズが声を上げた。
「そうじゃないんだけど、たまたま時間が合ったらしくて……」
私は笑った。
「そっか……。パトラ、臭いから洗うよ!!」
「い、いいよ。やるの……」
なんか面倒そうなパトラを洗い場に座らせ、リズがパトラの洗浄をはじめた。
「あたしはお酒入っちゃってるから、もうお湯はいいけど、醤油被っちゃったからな。このあと洗うだけ洗うかな」
パトラをゴシゴシしながら、リズが笑みを浮かべた。
結局、女子陣がほぼ全員集まってしまい、お風呂は大混雑になった。
「まあ、平和は平和だねぇ。マルシル、コンディショナーいくよ!!」
私は笑った。
なかなかの長風呂で、全員居間に集まった頃には、マルシルのおばあちゃんが夜食を作って待っていた。
「ジャガイモがたくさんあったのでポテトサラダを作りました。お口にあうか分からないですが」
マルシルのおばあちゃんが、笑みを浮かべた。
「……食べ物、お酒」
すでにハンモックで寝ているビスコッティが、寝言で呟いた。
「……ビスコッティ。寝ながら我慢してるな」
私は苦笑した。
「静かに飲んで食べよう。これは、ビスコッティが起きると、メチャクチャになるよ」
私は小さく笑った。
私たちは夜食を食べながらお酒を飲みはじめ、ふと思い立って、鞄からビスコッティには内緒にしていたとっておきを出した。
「うぉ、こ、これは!?」
詳しいのか、パステルが声を上げた。
「ビスコッティには内緒。ラベルだけ、おでこに貼っておこう」
私は笑った。
「フフフ、しかも、無理矢理経費で落とした。ビスコッティに内緒で」
私は笑みを浮かべた。
「ズルいですねぇ、師匠」
音もなく起きちゃったビスコッティが、額を怒りマークだらけにして、指をバキバキ鳴らしながら、私に近寄ってきた。
「ぎゃあ、怪物が起きた!?」
「寝たふりして聞いていれば、師匠、覚悟はいいですか。ビシバシどころではないですよ。赤ですか、いいですねぇ」
「怖いよ、ビスコッティが怖いよ!?」
ビスコッティが、鞄から縄を取り出し始めた。
「に、逃げる!!」
「ダメです!!」
いつも以上に素早い動きで私を捕まえたビスコッティは、縄で縛り上げてくれた上に床に転がされ、ガシガシ蹴られて踏まれて座られて一服され、そのままテ-ブルに付いた。「ビスコッティ、許して!!」
「ダメです。許すまでそのままです!!」
結局、私抜きで酒宴は進み、とっておきはすぐになくなってしまった。
「あーあ!!」
「うるさいです」
ビスコッティが、その辺に落ちていた布きれを私の口に押し込み。軽く蹴ってから、再びテーブルに戻った。
……結局、そのままポテトサラダもなくなり、みんなどうしていいか分からない様子で私をみた。
「師匠はこれから私が折檻しますので、皆さんは休んで下さい」
「い、いいんですか?」
キキがポソッと聞いた。
「はい、大丈夫です。希にやる事ですから」
「そうですか……ごめんなさい、眠くて」
キキが心配そうに私とビスコッティ見てから、ハンモックに移動した。
「ビスコッティ、ほどほどにしなよ」
リズが苦笑して、ハンモックに移動した。
深夜もいい時間で、お風呂で温まってお酒や食べ物まで食べてしまえば眠くなるのは当たり前で、結局みんなハンモックに移動してしまった。
「さて、師匠。なにかいいたくてもいえませんね。ごめんなさいは、まだ言わせませんし、聞きませんよ」
ビスコッティが笑みを浮かべて。私の顔の前に座った。
「高いお酒を買ったのは自由ですが、なんで経費で落としちゃったんですか。いいことですか?」
ビスコッティは、笑みを浮かべて私の頭を撫でた。
「しかも、それは私の仕事ですし、正直、ムカつきました。どうしましょうか?」
ビスコッティは、煙草に火をつけて、ゆっくり吸いながら、たまに私に煙を吹きかけた。
「ダメですね。ちゃんと私を使って下さい。実は、怒られたんですよ。変な領収書を無理矢理押しつけられたって、どれほど怒られて謝ったと思ってるんですか。全く、こういうのはやり方があるんです。教えませんが」
ビスコッティが、私の頭を撫で続けた。
「たまには、助手の苦労を労って下さいね。まあ、そこは問題ないですけど。体動きますか。動けないでしょ。可哀想ですね。もう、逃げられませんよ。ここで、寝て下さいね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
なんか涙が出てくると、ビスコッティはそれを優しく指で拭いた。
「泣かないで下さい。ただのお説教です。キツいですか?」
私が小さく頷くと、ビスコッティはさらに縄を足した。
「もっとキツくしました。これで、あいこではないですからね。私が怖いですか?」
素直に頷くと、ビスコッティは小さく笑った。
「私はそうでもないつもりなのですが、これ何年ぶりですかね。どうしてもヤバい魔法を作るってごねた時以来ですか。こうでもしないと、またやりそうなので」
ビスコッティは縄を改めてキツく縛り直し、笑みを浮かべた。
「遊んでないですからね、誤解しないように。さて、可愛くなったところで、ちゃんと私の忠告を聞きますか?」
私は頷いた。
「嘘ですね、師匠がこんなに簡単に折れるわけありません。ただ、逃げたいだけです。私はずっとみてるので、すぐにわかりますよ。嘘は通じません」
何本持ってるのか、ビスコッティはさらに縄を増やした。
「例えトイレ行きたくても解きません、そのまま漏らして結構です。私が片付けますので。このままです。もっと、キツくしましょうかね」
ビスコッティはどんどん縄を増やし、どうやってもどうにもならなくなった。
「芋虫ですね、まさに。血管や神経を痛めるような縛り方はしていませんし、これでも緩くやってます。なにかいいたいですか?」
ビスコッティは、小さく笑みを浮かべた。
「みんなには、このまま触るなといってきます。目隠しでもしておきますね」
ビスコッティは、テープで私の目を塞ぐと口までテープで固め、耳になにか詰めてあまり、周囲の音が聞こえにくくした。
「これでも聞こえるでしょう。反省中、触るなって紙に書いて貼っておきます。明日は朝が早いので、私も寝ますね。おやすみなさい」
遠ざかる足音が聞こえ、私は内心ため息を吐いた。
マルシルのおばあちゃんが食器を片付ける音が微かに聞こえ、それもなくなると私は一人で床に放り出されたままになった。
こうして、夜は過ぎていった。
不自由なまま横になっていじけていると、不意に耳栓が取られ目隠しが取られた。
「おはようございます。といっても、もうお昼近いですが」
ビスコッティが笑みを浮かべ、床に座った。
「お忍びの皆さんたちの対応は終わりました。ぴーちゃんの好意だけで、まともな手続きを踏んでいないという事情が事情なので、視察が終わったらとんぼ返りで帰りました。無事に終わりましたよ。存在自体が秘密なのは、師匠も自分で分かっていますよね?」
私は頷いた。
「さて、ごめんなさいしますか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「まあ、それを決めるのは私ですか。たまにはスッキリさせて下さい。さて、解きましょう」
ビスコッティが、私の縄を解き始めた。
ゆっくり時間を掛けて私の縄を解くと、ビスコッティは私を座ったまま抱きしめた。
「お疲れ様でした。さて、聞きましょうか」
ビスコッティは、私の口に詰めていたものを取り、頭を撫でた。
「はい、どうぞ」
「……本当にごめんなさい」
私は小さく息を吐いた。
「はい、分かればいいです。エスカレートすると、犯罪になってしまいますからね。お風呂でもいきましょう。パトラが魔法薬材料探しの準備をしていますので、早くしましょうか」
ビスコッティは私を立たせ、手を引いてお風呂に向かった。
脱衣所で裸になり、洗い場に入ると誰もいなかった。
「師匠、体を流すので座って下さい」
私が座ると、ビスコッティが体を流してくれた。
「もう普通ですよ。喋ってくださいよ」
ビスコッティが笑った。
「……うん、なんていっていいいか」
「はいはい、とっとと温まりますよ。ぐじぐじsないの!!」
ビスコッティが笑った。
「分かった。みんなどこ行っちゃったの?」
二人で湯船に浸かり、私はビスコッティに聞いた。
「はい。リズは気合い入れて、竿を三本も持って湖にザリガニ釣りに行きましたよ。三十メートル級を狙うとかいってました。あとは、いつも通り各々遊んでますよ」
ビスコッティが笑った。
「そっか、変な所見せちゃったから、心配してたけど……」
「みんな分かってます。問題ありません。あっ、師匠の鞄に取って置きを入れておきましたよ。なにが内緒ですか。あんな高いお酒、ちゃっかり二本も買って一本、私の秘密ボックスに放り込んでおくなんて」
ビスコッティが笑った。
「いいじゃん、どうせ買うなら一緒だし」
私は小さく笑みを浮かべた。
「はいはい、師匠はそういう人です。さて、温まるのは適度なのでもう出ますか。あっ、そうでした。お忍びがこっそり、置き土産にパステルに迷宮をプレゼントしていったんです。痕跡を残すなっていったのに。もう喜んじゃって、今日中に帰ってくるといいですね」
ビスコッティが笑った。
「なにそれ、どうやったの?」
「はい、秘密だそうです。魔法なのバレバレでしたが」
ビスコッティが苦笑した。
「ど、どんな魔法!?」
「知りません。知らない方がいいでしょう。師匠はねちっこく検証と研究しちゃうので」
ビスコッティが立ち上がった。
「行きましょう。昨夜、大規模に警備部総出で大掃除をしたようですが、危ないので私も同行します」
「分かった、いこう」
私も立ち上がり、お風呂から上がった。
ビスコッティとお風呂から出ると、パトラが笑みを浮かべて待っていた。
「準備出来た?」
「うん、もうできてるよ」
私はハンモックエリアに行き、空の背嚢を背負った。
「師匠、武装は忘れずに。巧妙なヤツがいるかも知れないので」
「分かってるよ。そういえば、アリサが拳銃をお湯に突っ込んでぶっ壊したよ!!」
私は笑った。
「あのバカ、なにやってるんだ。ベレッタって高いんですよ。だから、警備部は常に予算不足で、犬姉が爆発するんです」
ビスコッティが笑った。
「水にいれた拳銃の整備は大変だよ。買い換えた方が早いかも。基本なのにね」
パトラが笑った。
「当たり前です。私でもやらないミスですよ。さて、あのバカはいいので、行きましょう」
ビスコッティが笑った。
こうして三人で家を出て、明るい森に向かって歩いていった。
ここはパトラが主導なので、先頭を任せた。
「うん、この鬱蒼感。いいなぁ」
嬉しそうに鉈で邪魔な木枝や下草を払いながら、先頭を行くパトラが笑った。
「あっ、変なのみっけ。これ採っておこう。笑い薬が出来るよ!!」
変なキノコを見つけたパトラが掘り返して私によこし、それを背嚢に入れた。
「笑い薬なんて、なにに使うの」
私は苦笑した。
「遊びでも使えるけど、戦闘でも使えるよ。笑っちゃって、もう戦えなくなるから」
パトラが笑みを浮かべた。
「師匠、あれ食らうと最悪ですよ。そのまま、拘束されますから」
ビスコッティが苦笑した。
「さては、食らったな」
「はい、痛い目はたくさん見てます」
ビスコッティが苦笑した。
「私も裏仕事でリズと組んでよくやるけど、フラッシュバンで黙らせるより楽しくていいよ。自分まで食らったら、もうわけ分からないけど」
パトラが笑った。
こうして森の中を進み、貴重な材料をいくつも見つけ、私の背嚢がどんどん膨らんでいった。
「この島いいな、たくさんある。買うと高いんだよね……」
「私には分からないけど、昼の森はあまり怖くないな」
私は笑みを浮かべた。
「師匠、人間は闇を恐れます。当たり前ですよ」
ビスコッティが笑った。
パトラは森の中をどんどん進み、途中で果物を食べながらバリバリ進んでいった。
「よし、こんなもんか。背嚢一杯だしね」
私が背負った大きな背嚢は、もうなにも入らないほどパンパンだった。
「じゃあ、帰る?」
「もうちょっと進もう。森なら迷わないから……」
パトラがいった時、ビスコッティがいきなり目の前のブッシュ目がけてライフルをぶっ放した。
小さな悲鳴が聞こえ、あえて結果は見ないことにした。
「……ほら、いた」
ビスコッティが、ニヤッとした。
「よく気が付いたね……」
「はい、そのために同行しているので、今は索敵モードで敏感なんです。ちょっとでも殺気を感じれば、反応できますよ」
ビスコッティが笑った。
「この島は隔離されてたせいか、魔物みたいなのはいないね。ゴブリンくらいいそうなのに、珍しい」
パトラが笑った。
「だから安心なんだよ。怖いのは人だけ!!」
私は笑った。
そのまま森の中を進んで行くと、最初に開発した時にスラーダ一同が作ってれたログハウスがあった。
「あそこで休憩しよう。整理したいし」
私たちはログハウスに入り、床に座った。
ビスコッティが銃の手入れを始め、私が下ろした背嚢からパトラが魔法薬の材料をより分けはじめ、整理してから空間の裂け目に入れ始めた。
私は暇なので、鞄から出したノートに書いた研究中の魔法を検討しはじめた。
「そういえば、スコーンってなんで魔法薬の研究しないの。聞いたっけ?」
パトラが笑った。
「専門外だよ、あんな小難しいの。攻撃魔法弄ってる方が性に合ってる。変な魔法作る方が楽しい」
私は笑った。
「師匠は変な魔法を作るの好きですからね。スケスケとか女の子同士でやってどうするんですか」
ビスコッティが笑った。
「男のなんか見たくないし、それ攻撃魔法じゃないでしょ!!」
私は笑った。
「ある意味攻撃魔法なんですけどね。そういえば、搭乗かのうなゴーレムって、いつ完成するんですか?」
「もう出来てるよ。でも、操作はできないし、乗ってるだけで怖いからやめた」
私は笑った。
「なんで操縦出来るようにしないの。出来たら、リズが喜んで破壊工作を始めるよ」
パトラが笑った。
「出来ないんだよ、理屈的に。最初に出した命令しか出来ないし、『意のままに動け』なんてファジーな命令は効かないから、無理矢理移動には使えるかもしれないけど、遅いし変に目立って格好いいだけで意味がないからね」
私は笑った。
そのまましばらく経つと、パトラの仕分けは終わった。
「準備出来たよ、この調子で夕方まで探そう。その頃には、リズも帰ってるよ」
パトラが笑みを浮かべた。
夕方までパトラに付き合って私たちが家に戻ると、巨大なザリガニを積んだファン王国海兵隊のトレーラーが何両も連なって渋滞になっていた。
「……しゅごい」
私はポカンとした。
「アハハ、大漁大漁!!」
嬉しそうなリズが、私たちに近寄ってきた。
「あの湖凄いね。ザリガニしかいないんじゃないの。久々に百メートル級が釣れたよ。小島かと思ったら、ザリガニなんだもん!!」
「こんなにどうするの?」
「食べるに決まってるじゃん。ちょっと、多いかな……」
「いや、かなり多いと思うよ……」
私は唖然としながらいった。
「大丈夫、ファン王国海兵隊の野郎どももいるし、なんとかなる。マルシルのおばあちゃんが、さっそく料理を始めてるし、犬姉とアリサが殻に向かって撃って、なんとか貫通させようと頑張ってるけど、へカートⅡでも弾くから、手が出せないみたいで悔しがってた。あの殻はアホみたいに頑丈だから、戦車砲でもないと穴も開かないよ。家に入らないから、晩メシは野外パーティーだ!!」
リズはまるで豚骨ラーメンをしこたま食べたあとみたいに、極めて上機嫌だった。
「ま、まあ、ザリガニの処理は任せるよ……」
「そっちはどうだったの?」
リズが笑みを浮かべた。
「うん、十分以上」
パトラが笑みを浮かべた。
「それじゃ、おばあちゃん手伝わないと。殻は魔法で切らないといけないから」
「おう、手伝え!!」
リズがパトラを連れて、ザリガニの処理に向かっていった。
「ビスコッティ、これ大丈夫かな。不味くないんだけど、大量に食べると消化不良起こすんだよね……」
私は苦笑した。
「師匠、若者がなにいってるんですか。まあ、私も消化不良で苦労しますし、アリサなんて、当たって医務室行きになりましたからね」
ビスコッティが笑った。
そのビスコッティのシルバーブロンドが揺れ、段々夜風になってきた。
「はぁ、こりゃハードだね……」
私とビスコッティが話していると、大爆音と共にファン王国海兵隊のヘリが飛来し、あらゆる武器でトレーラーのザリガニを攻撃し始めた。
「馬鹿野郎、危ない。逃げろ」
「これだから、悪乗り部隊っていわれちゃうんですよ。もう!!」
私たちは慌てて逃げた。
しかし、ヘルファイアなど効かず、三十ミリチェーンガンの猛射を受けてもザリガニは弾き飛ばし、全く手に負える状況ではなかった。
「だから、効かないって!!」
リズが怒鳴ったが、ありったけの弾薬をばら撒いてスッキリしたのか、エアウルフのテーマを流しながら、ヘリの大軍は去っていった。
「はぁ、あれ怒られないの?」
「的の中古戦車じゃ物足りなくなったんですかねぇ、もちろんバレたら懲戒ものです。知った事ではありませんが」
ビスコッティが笑った。
きょうの夜ご飯は、かなり盛大な野外パーティになってしまった。
この島にこれだけ人がいるのかというくらい集まってしまい、メシと酒が入り乱れる騒ぎになってしまった。
「な、なんか、どっかの工作員まで混ざってない?」
「はい、いますね。みんなとんでもなく不味いメシばかり食べてるので、我慢出来なくなったのでしょう」
ビスコッティが笑った。
「おう、スコーン。やってるか?」
アリサを連れた犬姉がやってきた。
「犬姉、工作員いるよ」
「うん、当然知ってる。でも、いいじゃん。ただメシ食ってるだけだし、ヤツらも人の子だ!!」
犬姉が笑った。
「そっか、ならいいや。撃たれるかと思った」
「こっちが撃たなければ、食ってる時に撃たん。満足したら配置に戻るだろ。何事も適量だ!!」
犬姉が上機嫌で、そのままどっかの工作員のところにいって、話し込み始めた。
「……今さらだけど、なんだこの島?」
「……さぁ?」
ビスコッティまで、ポカンとしていた。
まあ、ともかく食材は捨てても惜しくないくらいあるので、私たちはたらふく食べて飲んで、終わったのは結局明け方だった。
「あーあ、夜明けだよ。まだ、食ってるし……」
私は小さく息を吐いた。
「師匠、今度はなにが出来るんでしょうね。もう打ち止めですか?」
「なに、今度はサーキットでも欲しいとかいわないでよ。なにげに、ビスコッティって車の運転好きだから……」
私は苦笑した。
「それはいいです。疲れた時は、街道でパトカーと遊んでますから」
「それは、ダメ!!」
私は思わず拳銃を抜きかけた。
「冗談です。やってるのは、パトラですから。切符集めて喜んでます」
ビスコッティが笑った。
「リズ、パトラにお説教!!」
私は怒鳴った。
「ん、聞かないからダメ。先生も困ってる」
リズが笑った。
「じゃあ、私が……」
「やめときな。言いくるめられて、そのまま助手席乗せられて、一緒に警官に怒られるだけだから」
リズが苦笑した。
「……ダメだ」
私はため息を吐いた。
「それそうと、師匠。そろそろ休みませんか。付き合っていたら、昼間でかかかります」
ビスコッティが苦笑した。
「……そうだね。この有様じゃそうなる」
というわけで、私たちは宴を中座して、早々に休む事にした。
家に入ると、私たちは寝間着を持って、風呂に向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、そのまま洗い場で汚れを落として湯船に浸かった。
「はぁ、疲れたよ。久々に、散歩したからなぁ……」
「師匠、弱ってます。歩きで街道を雪中行軍三十キロとかやりますか?」
ビスコッティが笑った。
「やだよ、研究室で寝てる方がマシ!!」
私は苦笑した。
「寮じゃないんですか?」
「うん、個室で快適なんだけど、研究室から遠いんだもん。そのまま机に伏せて寝るか、談話コーナのテントで寝ちゃった方が早い!!」
私は笑った。
「だんだん師匠になってきましたね。王都の研究室でもそうでしたから」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「だって、あそこの寮って、全フロアなんか汗臭いんだもん。換気扇がぶっ壊れてるのに、全然直さないから」
「はい、あれにはまいりました。まあ、悪条件は慣れていますが、嫌なものは嫌です」
ビスコッティが笑った。
「うん……。そういや、パステルはちゃんと地図作ってくれてるかな」
「確認しましょう」
無線機はお高めの防水型だが、私は邪魔なので脱衣所で外してしまうのが常だ。
しかし、みんなの管制塔ビスコッティは律儀に持ち込んでいた。
「パステル、約束しましたよね。地図作りはやってますか。はい、崖降りてるって、そこまでやらないでも……あっ、やる。分かりました」
ビスコッティが苦笑した。
「師匠、ちゃんとやってますね。今、ザイル一本で深い崖を降りてるそうです。拘りタイプなのでやらせておきましょう」
「そ、そこまで……。まあ、やると思ったけど。どこまでも、冒険好きだねぇ」
私は笑った。
「この調子じゃ、いつまで滞在するんだろ……」
「どうですかね。さて、上がりましょう。長風呂すると、目が冴えて寝られなくなりますよ」
「そうだね。上がろう」
私たちはお風呂から上がると、脱衣所で寝間着に着替えて居間に戻った。
「なに、寝るの?」
ちょうど家に入ってきた犬姉が、私たちを見て声を掛けてきた。
「うん、ちと眠いから」
「そっか、じゃああとは仕切っておく。アリサが食い過ぎで満腹通り越えて腹壊しちゃって、全然トイレから出てこないんだよ。相棒なしじゃさすがに怖いから、私はただ避難しただけ」
犬姉が笑みを浮かべた。
「そうなんだ。私は寝るよ」
「うん、おやすみ。ところで、ザリガニってあんなデカかったっけ。昔、自分の国で見たヤツはちっこいエビみたいな野郎だったんだけど……変な国」
犬姉が笑った。
「私が知ってるのは、ザリガニっていったらあれだよ。他は知らないけど。買うと高いんだよね。一応、高級食材だから」
私は笑った。
「まあ、美味いからいいや。それにしてもウケたぞ、見回りで家に入ったらスコーンが縛り転がされてたから、なんか変な事件じゃないかって一瞬焦ったら、ビスコッティにやられたんだって。大変だねぇ」
犬姉が笑った。
「大変なのは私です。やりたくないですよ、あんな事なんか」
ビスコッティが笑った。
「まあ、変に可愛いから笑った。さて、寝るんでしょ。もう一度おやすみ」
「おやすみ!!」
私たちはハンモックコーナに向かい、誰もいないので適当なところに乗った。
寝転がっていると自然に瞼が重くなり、私は睡魔に任せてそっと眠りについた。
ふと目を覚ますと時間は朝ご飯時に近く、マルシルのおばあちゃんが起きだして、朝ご飯の支度を初めていた。
「あれ、もう起きちゃったの?」
ソファに座ってうたた寝をしていた様子の犬姉が、目を覚まして少し驚いた顔をした。
「うん、起きちゃった。まあ、寝ないよりマシ……」
私はハンモックから降りて、寝間着から着替えた。
「そっか、ならいいけど。アリサは、結局ダメでパトラの薬を飲んで寝てる。効くから、すぐ治るんじゃない」
犬姉が笑った。
「そっか、災難だね。まあ、ゆっくり過ごそう……」
私は立ったまま伸びをして、欠伸をした。
「犬姉こそ寝なくて平気なの?」
「私は慣れてるよ。この程度問題ないし、寝ちゃったら誰が見張りするの。外は酔っ払ってハイな野郎どもも大勢いるんだよ」
犬姉が笑った。
「そういう事か……大変だねぇ」
立ったままなのも不自然なので、私は犬姉の話し相手にでもなろうかと、ソファに向かった。
「おっ、どうした?」
ソファに座ると、犬姉がちゃんと座り直した。
「まだ早いから、暇つぶしにきた」
私は笑った。
「そっか、よしよし。一人で退屈してたから助かる。眠気覚ましにもなるし」
犬姉が笑みを浮かべた。
「まあ、話すネタもないんだけどね。最近、撃ってないから鈍ってるかな……」
「それはいかんな。毎日やらないと鈍る」
犬姉が小さく笑った。
「やっぱそうか。カリーナに帰ったらやるか、ここの射撃場を使って練習するか……」
「それがいいよ。勝手に作ったのはいいけど、お遊びでたまに誰か撃ちにくる位で稼働率低いらしいいし」
犬姉が笑った。
「分かった、朝ご飯食べたら、ビスコッティ連れていってくる」
「そうしなよ、どうせ暇でしょ?」
犬姉が笑った。
「まあ、パトラの魔法薬の材料以外、特に目的なしにきたからね。最近、ちょっと真面目に研究してたから、息抜きにきたようなもんだよ。犬姉は魔法の練習してる?」
「うん、せっかくだからってちゃんとやってるよ。銃と合わせ技なら、大抵出来るなって考え始めたところだよ。まさか、私が攻撃魔法を撃つとは」
犬姉が笑った。
「無茶して変なのぶっ壊さないでよ。あとが大変だから」
私は苦笑した。
「そりゃそうだ。一応、プロの自覚はあるし、無駄な破壊はしないよ」
犬姉が笑みを浮かべた。
「そうだ、いい魔法教えてあげる。明かりは使える?」
「使えない。あれば便利な時もあるんだけど、どうしていいか分からない」
犬姉が難しい顔をした。
「エラーヒ、これが呪文。こんなの自分でやれって程の魔法じゃないから、やってみて」
「うん、エラーヒね……」
犬姉が呪文を唱え、明かりの光球が宙に浮いた。
「おっ!!」
犬姉が笑みを浮かべた。
「うん、出来たって事は、基礎が出来てるね。出来てないと、呪文を唱えても、何も起きないから」
「だから、毎日練習してるっていったでしょ。嫌でもコツは覚えるって」
犬姉が笑みを浮かべた。
「うん、間違いないね。あと、マジック・ポケットっていうんだけど、空間に裂け目を開いて、物をしまったり出したりするヤツは?」
「それこそ知りたいんだよ。どれだけ楽になるか」
犬姉が笑った。
「ヒラーレ。はい、どうぞ」
「ヒラーレね……」
犬姉が呪文を唱え、空間に裂け目が出来た。
「おお、出来た。手を突っ込んでもいい?」
「うん。そこに物を入れるんだけど、棚とか中の作りはイメージで勝手に変えられるから、好きにして。すぐ使わないなにかを入れるときいいよ。最大収容量は、魔力次第なんだけどね」
私は笑みを浮かべた。
「こりゃいい。銃もそうだけど、予備弾がかさばって困るんだよ。結構広いな……」
犬姉が裂け目に手を突っ込んでなにか始め、いつも背負ってる小さな背嚢から、予備弾の箱を取り出してしまいはじめた。
「いいこと知った、ありがとう。いっつもアリサと練習してるから、あとで教えておくよ。これで、どこでも効率良く戦えるな」
犬姉が笑みを浮かべた。
「このくらい出来れば、初心者魔法使いだよ。おめでとう」
私は笑った。
「よしよし、いいねこれ」
犬姉が満足そうに頷いた。
朝ご飯が出来てきたようで、いい匂いがキッチンからしてきた。
「うん、損はないと思うよ。私はないと困る」
「だろうね。さて、暇だしスコーンでちょっと遊ぶか」
犬姉は笑い、手錠を取り出して私を後手に拘束した。
「ビスコッティごっこ。いいっていうまで、取ってあげないっていったら?」
「なにするの。懲りてるんだけど」
私は苦笑した。
「別に大した事じゃないんだけど、かなーり前にスコーンの事狙ってるっていったでしょ。あんまり接点がないからあれだけど、付き合えっていったら嫌っていう?」
犬姉が小さく笑った。
「だって、なにするの。犬姉の事まだあんまり知らないし、答えろっていわれてもね」
「そりゃそうだ。私だって同じだもん。いわれて嫌って思わない?」
犬姉が笑った。
「そりゃ、嫌とはいわないよ」
「ならいいや、その手錠まだ取ってあげないからね。しばらく、このままにしておいてやろう」
犬姉が笑った。
「はぁ、またこれか。いいけどね」
私は笑った。
「さて、捕まえた。なにしようかな……」
犬姉はポケットを漁り、スティック状の食べ物を出した。
「はい、口開けて。不味いの無理矢理食わせてやる!!」
私が口を開けると、犬姉はそれを私の口に入れた。
「パサパサだし、味なんてろくにしなくて、保存料のニオイがキツいだけ。私は大体これ食ってるよ。いつも外にいるから。ちゃんと全部食べるんだよ。もったいないから」
犬姉が差しこんだものは、確かに薬品臭しかしなかったが、私は全部食べた。
「まさに餌でしょ、これ。食えればいいって感じで、もうちょっとなんとかならないかねぇ」
犬姉が笑った。
「たまにはちゃんとしたもの食べなよ。これじゃ、いくらなんでも酷い」
私は苦笑した。
「それが出来ない警備部なんだよね。まあ、時間があれば食べるけど。さて、どうしようかな」
私の頬をつつきながら、犬姉が笑みを浮かべた。抵抗できないって怖いでしょ。警備のいうこと聞く?」
「うん、そりゃ聞くよ」
私は笑った。
「真面目に聞くんだよ。さて、痛いだろうから取ってやろう」
犬姉は、私の手錠を外した。
「さて、一応ご飯だけ作りました。みなさんバラバラのようなので、おにぎりにしておきました。味噌汁は温め直して飲んで下さいね。私は、少し散策してきます」
マルシルのおばあちゃんが笑みを浮かべた。
「分かった、ありがとう」
私は笑顔で答えた。
おばあちゃんが家から出ていき、扉がしまった。
「さてと、見張りしててくれる。私は仮眠してくるよ。余力は残しておかないと」
「分かった、おやすみ」
犬姉がフラフラとハンモックに横になり、すぐに寝息が聞こえ始めた。
「みんな大変だね。さて見張り。変なのきたら困るから……」
私は拳銃を抜いてテーブルに置き、静かにおにぎりを食べたのだった。
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