第8話 スタート!!(改稿)

 巨大魔法学校と軍事基地を併せ持ったようなカリーナは、南部地域の海辺にあった。

「スコーン、おはよう」

 ルリに声を掛けられて起きると、私はそっと目を開けてあくびをした。

「あれ、もう起きたんだ……」

「あの、もう朝食タイムが終わってしまいますよ。急ぎましょう」

 ルリの声を聞いて、私は慌てて部屋の時計をみた。

「うわ、寝坊した!?」

「はい、よく寝ていたので声を掛けられなかったのです」

 ルリが苦笑した。

「いいから起こしてよ、着替えないと!!」

 私は慌てて寝間着から制服に着替え、私は慌てて部屋から飛び出した。

 背後にルリが付き添うようにくっついて走り、私たちは寮から中央棟の一階にある学食を目指して、廊下を全力疾走で突っ走った。

「な、なんで、この学校っていちいち遠いの!!」

 私は喚きながら、廊下を歩いている人たちを跳ぶようにして避け、朝食タイムギリギリで学食に飛び込んだ。

「そことっといて!!」

 私は空きテーブルの椅子に投げ込むようにルリを座らせ、券売機の前に立った。

「朝定食ご飯特盛りオクラ納豆マシマシで、わかめとナマコの酢の物で、さらにチーズトッピングで、ついでにサーロインステーキのグラムは適当!!」

 私は無料なのをいいことに、寝ぼけ頭でよく考えないで二人分の食券ボタンを押した。

 大量に出てきた食券をカウンターに出しようやく一息吐くと、寝癖でボサボサの髪の毛を手櫛でせっせと直した。

「よう、朝から食べるねぇ!!」

 どうやら先に朝ごはんを終えたようで、オレンジ色の変な服を着たリズに出会った。

「な、なにその蛍光オレンジの変な服!?」

「うん、パトラがなんか変な魔法薬を思いついたみたいでさ。もし、爆発した時に薬液を被らないようにする防護服だよ。あたしは朝メシ終わったから、先にいくね!!」

 リズがフード状のものを被ってファスナーで留め、酸素ボンベまで背負った重装備で学食を出ていった。

「あ、朝から、ハードな実験やるんだね。さすがだよ」

 私は苦笑した。

 しばらくすると、カウンターに私が頼んだ大量のご飯が並びはじめた。

「……マシマシってニンニクだったんだ。ご飯にたっぷり掛かってるよ。それと、なにこの取り合わせ」

 私はため息を吐き、近くにあったワゴンに大量のトレーを乗せてルリの元にいった。

「……ごめん」

 私はもう一度ため息を吐き、トレーをテーブルに乗せていった。

「朝から豪勢ですね。しかも、独創的です」

 ルリが笑った。

「私って寝ぼけちゃうと、よく考えないで動いちゃうんだよね」

 私は椅子に座って、少しでも味を誤魔化すために、ニンニクご飯にテーブル備え付けの醤油を掛けた。

「それに肉を乗せた方がいいですよ」

 ルリが巨大ステーキにナイフとフォークを立て、切ってはご飯に乗せて食べ始めた。

「……早くいって、醤油掛けちゃったよ」

 私はとにかく食べてしまおうと、まずは納豆を混ぜはじめた。

「……どうしていいか分からないね。まあ、片っ端からいくか」

 私はブツブツ呟きながら、ボソボソ食べはじめた。

「……うん、確かに肉は美味しいよ。でも、ガーリックソースだよ。朝からニンニク祭りだよ」

 私はガツガツ食べるルリをみて、苦笑しか出なかった。


 なんとも珍妙な朝ごはんを終え、私はルリと一緒に研究室に向かうべく、食堂の出入り口に大量に駐まっていた自転車を一台拝借して、荷台にルリを乗せて廊下を走っていった。

「これ便利だね。勝手に乗っちゃったけど!!」

「はい、これはいいですね」

 私は笑みを浮かべ、ゆっくり自転車を漕いだ。

「ところで、今日はどうする。イートンメスはどこにいるんだろ……」

 私は片手をハンドルから離し、ポケットの無線機を取った。

「えっと、チャンネルは……」

 カリカリと片指でダイヤルを回し、イートンメスが普段使っているチャンネルに合わせた。

「おはよう、イートンメス。どこにいるの?」

『おはようございます。師匠、仕事ですよ。今になって校長先生から依頼がきたので、連絡が遅くなってしまいました。お小遣いは五百クローネだそうです。校庭にきて下さい』

 イートンメスの声が聞こえ、私は苦笑した。

「五百クローネって、子供のお駄賃じゃん。まあ、いいか。ルリ、いくよ!!」

 私は力一杯ペダルを漕ぐと、中央棟の出入り口目指して突き進んだ。


 自転車に乗ったまま校庭へのスロープを一気に下り、なにやら荷物が積まれているトラックの脇までいくと、私はブレーキを一杯まで掛けて、後輪を滑らせながら止まった。

「イートンメス、遅いよ!!」

「ごめんなさい、本当に依頼がきたのが数分前なんです。カルカドの村まで、この荷を運んで欲しいと」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「えっと、カルカドって結構遠くなかったっけ?」

「はい、片道で半日くらいかかりますね。実は、パステルの故郷なんですよ」

 イートンメスが笑った。

「はい、そうなんです。久しぶりに帰るので、ぜひ実家に寄ってください」

 ミニバンの準備をしているパステルが、小さな笑みを浮かべた。

「そうなんだ、それは楽しみだね。でも、遠いねぇ。腰が痛くなっちゃうよ!!」

 私は笑った。

「では、荷物を積み込みましょう。師匠じゃないと、扉すら開かないので」

 イートンメスが苦笑した。

「あっ、そうだっけ。急がないと!!」

 私は慌てて運転席の扉を開け、運転席に座った。

 同時にエンジンが掛かり、重たい音を校庭に振りまきはじめた。

「キット、久々!!」

『あいよ、どっかいくの?』

 ……なんか微妙なキット。

「カルカドだって!!」

『うむ、カルカドといえばシオラ峠の先ですなぁ。ということは、あのゴジュンバカンの峠道!!』

 キットの赤ランプが激しく光った。

「……どうしたの?」

『馬鹿野郎、攻めていいんだろ。あんなナイスなヘアピンカーブの連なり。燃えるに決まってるだろ!!』

 キットが喚き、私はダッシュパネルをぶん殴った。

「ダメ!!」

『ヤダ、とっとと荷物積めや!!』

 私はハンドルを思い切りぶん殴った。

「だから、ダメ!!」

『ヤダっていってるだろ。スタッドレスの底地から見せてやる!!』

 私は挿しっぱなしのキーを捻って、エンジンを止め、もう一度掛けた。

「ダメ!!」

『……なんだよ、つまんねぇな。冒険しようぜ』

 ……そういう冒険はいらない。

「スコーン、なにしてるの?」

 開けっぱなしの運転席の扉から、ルリが顔を出した。

「なんでもない。えっと、カーゴハッチだっけ。あれ開けて!!」

 私は運転席から飛び下り、大きく開いた荷台を見上げた。

「ところで、なにを運ぶの?」

「はい、校長先生からの依頼書では、カルドキアという薬品を病院に運んで欲しいです。なんでも、パトラさんが開発したとか……」

 イートンメスが手にした紙をみた。

「そっか、安全なの?」

「はい、回復系の強力な薬品だそうです。爆発性はないと書かれています」

 私は頷きパステルが、せっせとフォークで荷積みしている様子を見守った。

「さて、長旅になるよ。楽しくいこう!!」

 私は空をみて笑った。


 トラックに荷物を積み込み、今回はミニバンを一台率いた私たちは、カリーナの裏門をに迫った。

 トラックが近づいていくと、クソボロい裏門がガラガラと崩れ、遮断棒が地面に転がった

「……あっ、崩れた」

『はい、あれはカリーナ名物『ど根性の門』です。誰か近づくと勝手に崩れて、通り過ぎると秒速で元に戻ります。無意味ですねぇ』

 ……それのどこに根性が?

「ま、まあ、いいや。いこう」

 守衛室だけになったが、トラックが一時停止し、私は外出許可証を守衛に示した。

 トラックは再発進してミニバンと共に街道に出た。

 今のところ常識的な速度で加速を続け、街道を走る他の車と一緒に流すように走っていった。

「スコーン、マクガイバーのテーマが聞きたいです」

 助手席のルリが笑った。

「な、なんで……まあ、いいけど。キット!!」

『また渋いですな。えっと、どっかにレコードが……』

 どこかでガチャガチャと音が聞こえ、車内にはマクガイバーのテーマが流れはじめた。

「なに、冒険したくなったの?」

 私は笑った。

「はい、パステルほどではないですが、お話ししていると楽しそうなので」

 ルリが笑みを浮かべた。

「冒険ね、なにをすればいいのか……」

 私は苦笑して、そっと拳銃を抜いた。

「うん、問題ないね。そういえば、この剣の分析が終わってなかったよ。手間が掛かりそうだから、あえてやってなかったんだけど。これは、お守りだね」

 私は一度外して、座席の裏においた。

 しばらくトラックは順調に進み、北方街道から西北西街道に入り、山がちな方面に向かってトラックは快走していった。


 ちょうどお昼くらいに、私たちを乗せたトラックは、中継地点のサリバという小さな田舎町に滑り込んだ。

「お腹空いたね。この辺で休憩かな……」

 トラックが一軒の店の前で止まり、私は小さく息を吐いた。

「はい。えっと、ここ高そうなお店ですよ。ウナギ?」

 ルリが小首を傾げた。

『しょうがねぇだろ、こんなクソボロい田舎町にはここしかまともな店がねぇんだよ!!あとはしょぼくれたファミレスだよ。どっちがいいんだよ!!』

 キットの声と共に、トラックの運転席の扉が勝手に開いた。

「……ここにしろって?」

『さて……』

 キットはそれきり黙った。

「あの、ウナギってなんですか。スコーン知ってる?」

 ルリが笑みを浮かべた。

「うん、知ってるよ。美味しいんだけど、高いんだよね。イートンメスは、これとビールがあればご機嫌だよ!!」

 私は笑った。

「そうですか、もう香ばしい匂いがします。楽しみです」

 ルリが笑って、助手席から飛び下りた。

「うん、いい香りだね。ウナギは香りを食べるってね!!」

 私は笑みを浮かべ、運転席から飛び下りた。

 後方を付いてきたミニバンからも皆が下りてきて、それぞれ伸びをしたり体を解していた。

「師匠、またご機嫌なお店ですね」

 イートンメスが笑みを浮かべ、手を振った。

「予算いくらか知らないけど、こんなお店入っちゃって平気なの?」

「はい、問題ありません。さっそく、入りましょう」

 イートンメスを先頭に、私たちは香ばしい香りが漂う店内に入った。

「いらっしゃい」

 人の良さそうな店員さんに迎え入れられ、私たちは奥の座敷に案内された。

「靴を脱ぐのが面倒なんだよねぇ」

 私は笑みを浮かべながら、私たちは畳に座った。

「イートンメス、注文よろしく!!」

「はい、師匠。えっと……」

 イートンメスが店員さんに注文をはじめ、私はホッとため息を吐いた。

「師匠、取りあえず生中でいいですか?」

「運転してないけど、運転席だからダメ!!」

 笑ったイートンメスに、私は苦笑した。

 まあ、そんなこんなで予想外に豪華な昼ご飯となったところで料理が運ばれてきて、私は美味しいウナギに舌鼓を打った。

「ここ、ウナギがフワフワしてる。固いのしか食べた事ないよ、おいしいよ」

「はい、初めて食べましたが、美味しいです」

 ルリが笑みを浮かべた。

「ねぇ、イートンメス。その白いのなに?」

「はい、ウナギの白焼きです。これはこれで……」

 イートンメスが、ジョッキ片手に笑った。

「はぁ、お会計はよろしくね!!」

「はい、もちろんです。まあ、経費で落としますが」

 イートンメスが笑った。


 昼ご飯を食べた私たちは、田舎町を出発してどんどん街道を山道に向かって進んでいった。

「ねぇ、キット。無茶はしないでね」

『無茶ってどのくらい?』

 山道が近づくにつれ、徐々にトラックの速度が上がっていった。

 しばらく走ると、坂道やカーブの連なりが始まり、トラックは轟音を上げて山を登りはじめた。

『くっそ、やたら荷が重い。全然加速できません。実はヒルクライムは苦手なんですよねぇ。まあ、面白くないので寝ます』

 キットが怠そうにいって、それきり静かになった。

「こら、寝るな!!」

 私は慌ててハンドルを掴んだ。

『寝るわけないでしょ!!』

 いきなりハンドルの真ん中が開き、猛スピードで納豆が連射された。

「……あのね」

 私は置いてあったティッシュで顔の納豆を拭った。

『ほんのジョークです。さて、カルドキア着まで推定二時間です。これからもっと急坂になるので、速度が落ちますよ……ったく、リズの野郎デチューンしやがって』

 ……なんか、機嫌が悪そうなので、取りあえず無視しよう。

「二時間か……。パステルは山育ちなんだね。いいなぁ、私は王都出身だから」

 私は小さく苦笑した。

「はい、山は初めてなので新鮮です」

 ルリが楽しそうに窓の外をみていた。

 トラックはかなりの勾配と急カーブを器用に抜け、『街道最高地点、千八百七十メートル』という道標をみて、ここが峠だと知った。

「よくこんな場所に街道を通したね……」

 私は眺めがいい景色をみながら、背もたれに身を預けた。

 峠には観光スポットでもあるのか、大きな駐車場があったがそれは無視して突っ走り、街道は徐々に下り勾配に差し掛かった。

 トラックはまた急な下り坂をゆっくり下りはじめ、凄まじい山道を簡単そうに通り抜け、やがて平穏な平原に出て走り始めた。

「はぁ、もうすぐかな……」

『はい、ちと手間取りましたが、もう少しです。ボディ擦っちまったぜ……』

 私の声にキットがぼやき、程なく前方に小さな村が見えてきた。

「ん、あそこ?」

『はい、狭い道なので、気合い入れます』

 赤ランプが少し輝きを増し、トラックはゆっくり村に近づいていった。

「さて、仕事だね。あんなっていったら失礼だけど、狭い場所に入れるのかな」

 私は小さく笑い、ハンドルをポンと叩いた。


 トラックは村に入り、車幅ギリギリの狭い道をゆっくり進んでいった。

 どうやら最近出来たらしく、新しい建物の前に止まると、私は大きく息を吐いた。

「ここか……なにか、いい雰囲気の村だね」

「はい、平和でいいです」

 ルリが笑った。

 私たちはトラックを降り、大きく開いたカーゴハッチの裏側の荷室に積み上げられた、荷物を下ろしに出てきた、病院の人たちの姿をみた。

「大変そうだけど、みんな丁寧に扱っているから、薄いガラス瓶なのかな。浮遊の魔法で浮かせて手伝おうと思ったけど、下手に手出ししない方が得策だね」

 私は苦笑した。

「スコーンさん、ここは任せましょう。皆さんで私の実家にいきませんか?」

 ミニバンから降りてきたパステルが、笑顔で私にいってきた。

「うん、いいのかな。この人数で押しかけて」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、構いません。狭い家ですが、大丈夫ですよ」

 パステルが笑った。

「じゃあ、お邪魔しようか。疲れたし!!」

 私は笑って、ゾロゾロとパステルの実家に向かった。


 パステルに案内された家は、小さな茶色の家だった。

「ここです。おらぁ、帰ったぞ!!」

 パステルが家の玄関の扉を蹴り開けるように開き、大声で笑った。

「うわっ!?」

 私は思わず声が出た。

「はい、どうぞ!!」

 パステルが笑い、私たちを家の中に招き入れてくれた。

「まだお昼過ぎなので、両親は山仕事をしています。私の部屋に案内しますね」

 パステルは笑い、小さなテーブルが置いてあるリビングで、そこだけ蓋のようになっている部分を持ち上げ、地下へと通じる狭い階段を指さした。

「そ、そんなところにあるの!?」

「はい、狭いので気をつけて下さい」

 パステルが床に置いてあったランプに火を点し、先に階段を下りていった。

「こ、こういうの初めてだね……」

 私たちはパステルの後について、そっと階段を下りていた。

 階下に着くと、丁寧に掃除された快適な空間が現れた。

「へぇ……」

 私は壁や床に適度に置かれたなにかの宝物などをみながら、思わず声を出した。

「あまり広くはありませんが、ソファもありますので」

 パステルが笑みを浮かべた。

 上の家より広い感じがする室内は、どこか花の匂いが漂う居心地がいいものだった。

 私はソファに座り、部屋のほのかな灯りの中で笑みを浮かべた。

「師匠、これは資料になかったです。いい場所ですね」

「イートンメス、研究室にこんな空間作れないかな。こっそり、籠もる!!」

 私は笑った。

「はい、上手くやれば出来ると思います。ここまで、素敵な空間になるかは分かりませんが」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「研究室の天井が高いので、いっそ小さなログハウスとか建てたらどうですか?」

 パステルが笑った。

「そ、そこまでしなくても……まあ、検討しようかな」

 私は苦笑した。

「はい、ぜひ。ついでに、私のお宝もちょっと置かせて下さいね!!」

 パステルが笑みを浮かべた。

「うん。お宝って、どこで取ってくるの?」

「はい、その辺の洞窟とか遺跡とか……あっ、思い出しました。カリーナに行く前に発見して、そのまま未踏の遺跡があるんです。ここまできたついでに、皆さんで散歩に行きませんか」

 パステルが笑った。

「散歩って……どんなところなの?」

「はい、四方を山に囲まれていて接近が困難な場所なのでなかなか近寄れませんが、私には移動手段がありますので……もし、よかったら、どうですか?」

「うん、どんな場所か分からないけど、イートンメスどうかな?」

「はい、危険があるかも知れませんが、フィールドワークということでどうですか?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、フィールドワークね。しっかり、記録しておいてね!!」

「はい、分かっています。では、いくということで……」

 イートンメスが笑みを浮かべると、パステルが笑った。

「では、さっそくですがいきましょう。装備はあります」

 パステルが部屋の壁の取っ手を引くと、なんだかんだ武器やらなにやらが詰まっていた。

「……ラ○ボーみたい」

 私は思わず固まった。

「皆さんにお貸ししますね。アサルト・ライフルに手榴弾、RPG-7なんかもあるといいですね。あとは、爆破用にC-4……」

「ちょ、ちょっと、どこに戦いに行くの!?」

 私の声には答えず、パステルは人数分の装備一式を手早く取り出した。

「あれ、今時珍しく銃剣が付いていますね……」

 イートンメスが物珍しそうに呟いた。

「はい、いざという時はこれが物をいうので。そういう場所なんですよ」

 パステルは笑みを浮かべた。

「そ、そういう場所って!?」

「はい、そういう場所の可能性が高いと経験で判断したのです。冒険は嫌いですか?」

 パステルが私をじっと見つめた。

「き、嫌いじゃないよ。でも、これ使えるかな……」

 私は苦笑して、せっせと装備を身につけはじめた。

「では、いきましょうか。日が落ちる前に到着したいので!!」

 パステルが笑った。


 みんなで家を出ると、パステルは首に提げていた銀色の笛を手に取って、思い切り吹いた。

 金属質の甲高い音が聞こえ、しばらくすると近くの山から巨大な影が舞い上がって下りてきた。

「……しゅごい」

 それは、今では希少種とされるグリーンの鱗に包まれた巨大な翼竜だった。

「イートンメス、魔物ノート!!」

「はい!!」

 私はイートンメスからノートを受け取り、せっせとスケッチをはじめた。

「写真もいいけど、やっぱ描かないとね……」

 私は小さく笑みを浮かべながら、さらっと絵を描き上げた。

「はい」

「はい、師匠」

 私はノートをイートンメスの手に渡し、改めて巨大な翼竜を見つめた。

「詰めれば全員乗れると思います。子供の頃から慣らした子なんです!!」

 パステルが器用に翼竜の体をよじ登り、首の付け根辺りに腰を下ろした。

「スコーン、いこう!!」

 ルリが私の手を引いた。

「いこうって、これどうやって登るのかな……」

 私は翼竜の鱗の出っ張りを利用して、ナントカその背によじ登った。

 みんなもなんとか翼竜の背に登り、パステルが手を振った。

「では、行きますよ!!」

 パステルの声と共に、翼竜が大きく羽ばたき、私たちは空に舞い上がった。

「うぉ、風が……」

 吹き付ける風が目に入り、私は思わず半眼になった。

 翼竜は村を離れ、山間を縫うようにして飛んでいき、ある谷の奥深くで空中に止まった。

「あの崖の中腹にある石造りのなにかです。接近しますね!!」

 パステルの大声が聞こえ、翼竜は崖の中腹にある朽ちた石造りの建物にゆっくり接近していった。

「こりゃ、また本格的だね……」

 私は小さく息を吐いた。

 翼竜は建物のギリギリまで接近し、そこでまた止まった。

「反則ですが、陸路では近寄れないので壁を破壊しますね!!」

 パステルがRPG-7を構え、いきなりロケット弾を建物に叩き込んだ。

 爆発と共にいかにも脆そうな壁に穴が空き、パステルがロープを腰に巻いて、その穴に飛び移った。

 それを建物の適当な場所に結びつけ、笑顔で手を振った。

「……綱渡りしろと。浮遊の魔法でいけるのに」

 私は額に汗が出た。

「スコーン!!」

 なんか元気なルリが私の腰を押した。

「い、いや、これはダメ。ダメ、絶対!!」

 私は呪文を唱え、空中に浮いた。

 そのロープに掴まり、私はせっせと手を動かして建物の中に入った。

 イートンメスがいつも通りサクサク縄の上を歩いて建物に入り、ルリが危なっかしく渡り、キキが落ちそうになりながら縄を渡った。

「はい、ここからです。どこが起点かも分からないので、仮にここを起点としましょう」

 パステルがクリップボードに紙を挟み、小さく笑みを浮かべた。


 大騒ぎで遺跡の中に入ると、パステルが呪文を唱え、青白い光球が三つほど浮かんだ。

「皆さん集まって、あまり動かないで下さい。ちょっと、調べます」

 パステルが小型ナイフを抜き、床や壁を丁寧に調べはじめた。

「へぇ、こんな場所もあるんだね。私は初めてだよ」

 埃のニオイ漂う暗い通路をみて、私は笑みを浮かべた。

「あっ、あまり大声を出さないでくださいね。希に天井にスライムが巣くっていたりしますので、うっかり頭から被ると解かされながら窒息死させられますから」

 パステルが小声でいった。

「……そんなのいるの?」

「はい、こういう古びた遺跡では、希に生息しています。声に反応するので、普通に喋る分には大丈夫ですが、テンション上がって思わず大声で叫んで、スライムをしこたま浴びて命を落とした仲間がいました。危険地帯ではありますので、慎重に」

 パステルが目を輝かせていった。

「……うげっ」

 私は手にしたずっしり重い、アサルト・ライフルを握った。

「さて、この周辺には罠はありません。私が先導しますので、まずは装備の点検をしましょう」

 パステルがアサルト・ライフルを手にして、笑みを浮かべた。

「イートンメス、これどう使うの?」

 アサルト・ライフルなどみるだけで使った事がないので、私はイートンメスに聞いた。

「はい、師匠……」

 イートンメスが笑みを浮かべ、マガジンのセットからなにまで教えてくれた。

「7.62ミリ弾なので、威力はかなり強いです。ただし、重いのが弱点ですね」

 イートンメスに頷き、私は重たいライフルを構えてみた。

「うん、なんとか扱えるかな。この先に付いてるナイフみたいのなに?」

「はい、銃剣です。こんな狭い場所だと、撃つより刺した方が効率がいい場合があるんです。つまり、まさに槍なんですよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「私は人から銃を借りた事がないので、試射したいですね。パステル、大丈夫?」

 イートンメスがパステルに聞いた。

「はい、この辺りは魔物もいませんし、罠もありません。試射しないと怖いですよね。大丈夫ですよ」

 パステルが笑みを浮かべた。

「師匠、やります?」

「うん、使えないとダメだから、ルリとキキも大丈夫そうだね。撃ってみるか……」

 外には翼竜がいるので、私は通路の奥に向かって一発撃った。

 独特の発射音と共に強めに反動がきて、マズルフラッシュが一瞬辺りを照らした。

「拳銃とは違うね。でも、安定しているような……」

「キックで銃口が跳ね上がっているので、師匠は銃剣狙いの方がいいかもしれません。ライフルは拳銃より反動が小さいので、大威力が得られる代わりに練習が必要ですね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、これカリーナに持っていっていいかな……」

「はい、たくさんあるので構わないですよ。使い込んでいますが、プレゼントしますよ」

 パステルが笑った。

「うん、ちょっと研究しよう。イートンメスは詳しいでしょ?」

「はい、メインで使うにはいい銃ですが、自衛用で通るかどうか……。まあ、ビクトリアスかリズ辺りに聞いてみましょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「さて、ゆっくり準備を済ませて下さいね。いざという時、これしかないという感じで」

 パステルが頷いた。

「うん、そうするよ。銃剣なんて聞いた事はあったけど、みたことないよ」

 私は銃口の先に鋭く伸びる鋭い刃をみて、小さく笑みを浮かべた。


 それぞれが準備を済ませ、空間の裂け目から背嚢を取り出したパステルが、武装満載でそれを背負った。

「では行きましょう、必ず私の五歩後ろを歩いて下さいね。罠の危険もあるので、できるだけ同じ場所を歩いて下さい」

 パステルが小さく笑みを浮かべ、ゆっくり通路を歩き始めた。

「床の様子を見る限り、こちらが最奥部に向かう方だと思います。やむを得ず通路の真ん中に穴を空けたせいで、空気圧の変動で床の埃が流れてしまったので、確証はないですが……」

 パステルが床に片足を付け、真顔でいった。

 私は頷き、そっと身構えた。

「……ストップ」

 やや先を行くパステルが足を止め、ナイフで床を軽く叩きはじめた。

「……あった」

 パステルが手を止め、僅かに音が変化したところの石の隙間にナイフを差し込んだ。

 その片手でもう少し下がれと合図を送ってきたので、私は並んでいたイートンメスと一緒に一歩下がり、背後にいたキキをそっと押した。

 パステルが石をひっくり返し、なにやら作業を始め、カチッと小さな音がした。

「……あっ」

 パステルは短く声を上げ、そのまま飛び込むように床に伏せた。

 瞬間、バスッという音が聞こえ、パステルの背中の服が破り裂かれた。

「ぱ、パステル!?」

 私が声を上げると、パステルは苦笑して私をみた。

「やっちゃいました。単純な機械式の矢で良かったです」

 パステルが小さく笑った。

「や、やっちゃったって、大丈夫なの!?」

「はい、この程度ならありがちですね。それに、罠があるということは、なにか大事な物を保管している証拠です。なるべく身を低くして歩いて下さい、中腰で疲れると思いますが」

 パステルがそっと立ち上がり、息を吐いてまた歩き始めた。


 魔法の灯りに照らされた通路を進んでいくと、少し広い空間に出てパステルが足を止めた。

「……ん、なにか感じるな」

 パステルがそっと身を下げて後退すると、天井から派手な音と共に鉄格子が落ちてきて、通路の先を塞いだ。

「……そうきたか」

 パステルはクリップボードになにか書き込み、鉄格子に向かってなにか作業を始めた。

「一応の作業です。最悪はこれを爆破するので、C-4を仕掛けます。鉄格子に近寄らないで下さいね」

 パステルが笑みを浮かべ、壁や天井を眺めはじめた。

「今までの通路に仕掛けボタンはありませんでした。常識的に考えて、この広間にスイッチか何かがあるはずです。皆さん、気をつけて壁や床を探って下さい。なにかあったら、声を掛けて下さい」

 パステルの声に、私たちは広間に散って、慎重に壁や床を探った。

「スイッチっていってもな。どれも同じにしか見えないな……」

 私は壁や床をそっと探った。

 広間は何かをモチーフにした石像が乗った四本の柱があり、なにやら意味深だったがどうにも怖かった。

「スコーンさんも感じ取れるようですね。この支柱にはなにかあります。近寄らない方が、いいかもしれません」

 そっと寄ってきたパステルが、私にいった。

「うん、なんか意味深でね。撃ってみようか?」

 私は背中のRPG-7を構えた。

「そうですね、ヒントが欲しいです」

 パステルが笑みを浮かべ、私は簡単な標準器をのぞき込んだ。

 とりあえず、ここから一番遠い対角線上の石像を狙い、私は引き金を引いた。

 炎を上げて飛んだロケット弾は石像を粉々に破壊し、同時に想定外の大爆発を起こした。

「な、なに!?」

 爆風にやられて床を転がった私は、慌てて立ち上がって目を見開いた。

「お、恐らく、火炎系の罠が仕込まれていたのでしょう。燃料油が爆発したようですね。派手にいきましたねぇ」

 パステルが笑った。

「……こ、怖いな。ちなみに、作動させると?」

「はい、よくあるのは火炎放射でこんがりローストです。命拾いしました」

 パステルが肩を叩いた。

「はぁ、ビックリしたよ。でも、これいいね。なんかイラッときたら、撃っちゃおうかな」

 私は笑った。

「でも、結局鉄格子は開きませんね。みなさん、気をつけて下さい」

 パステルがいった途端、なにか風切り音が聞こえ、目の端に捕らえていたイートンメスとルリが倒れた。

「うわ!?」

「恐らく、毒針です。急がないと!!」

 私はパステルと同時に二人の元に走った。

 遠くのイートンメスを足が速いパステルに任せて、私はルリの元に移動した。

「大丈夫……なわけがない!!」

 私はルリの介抱に当たった。

「呼吸と脈はあるね。まいったな、回復魔法のイートンメスまで倒れちゃったよ……」

 私はポケットを漁り、一応持ち歩いている怪我をした時に使おうと思っていた魔法薬を取り出した。

「これじゃダメだね。回復魔法は使えるけど、解毒ってあったかな」

 私はノートを取り出し、パラパラと捲った。

「なんか魔法、なんか魔法……」

 私は額の汗を拭いながら、必死に魔法を探した。

「解毒って難しいんだよね。何個か作ったけど、適当にやると危ないし」

 私は小さく息を吐いた。

「お待たせしました、これは一般的な薬局で売っている毒消し薬で解毒出来ます。一時的に意識を失っているだけですよ」

 駆け寄ってきたパステルが、急いでルリの手当に掛かった。

「はぁ、なにも出来なかったな。私の修行も甘いな」

 私は苦笑して、ノートを閉じた。


 結局、二人の意識が回復するまで、私とパステルは床に座って、冒険話に盛り上がっていた。

「へぇ、そんな事があったんだ……」

「はい、十人パーティで挑んで、残ったの三人ですよ。だから、ドラゴンはナメてはいけません」

 パステルが苦笑した。

「ドラゴンね。たまに飛んでるのみるけど、絶滅危惧種だしなんか寂しそうなんだよね」

 私は笑った。

「はい、数が少ないので滅多にみませんけどね。ヤバいのはレッド・ドラゴンです。ドラゴン族最強ですからね。あのブレス食らったら、骨も残りませんよ。まあ、絶滅したというのが定説ですが、しぶといのでどっかで生きてるはずなんです。みるだけなら、私もみたいです」

 パステルが笑みを浮かべた。

「そっか、そんなのもいるんだね。イートンメスなら、やるだろうな。戦闘機で追いかけっこ!!」

 私は笑った。

「まあ、ドラゴン族最速のウインド・ドラゴンなら、戦闘機でもいい勝負が出来ると思いますよ。滅多にいませんが」

「最速か……イートンメスなら、ムキになって追いかけるだろうな。負けるの嫌いだから!!」

 私は笑った。

 瞬間、ドベッと私の頭になにか落ちてきた。

「おっと!!」

 パステルが慌てて素手でそれを振り落とし、小さく笑った。

「……今のなに?」

「はい、グリーンスライムです。吸着する前なら、素手で落とせますよ。もっとも、消化液は手についてしまうので、ちょっと溶けますけどね」

 パステルの左手に白い煙が上がっていたが、笑顔を浮かべていた。

「ああ、待った!!」

 慌てて私がポケットを漁った時、またドベッと落ちてきたスライムをパステルが素手で弾き飛ばした。

「大声厳禁です。ちなみに、この程度これで治します」

 パステルが笑みを浮かべ、ポケットから取り出した薬瓶の中身を自分の手に掛けた。

「よ、用意がいいね。それにしても、これが冒険なの?」

「どうですかね、なにか伝わってくれると嬉しい」

 パステルが笑った。

「そうだねぇ、この先どうなってるのかな」

 私は床に寝袋で包んだ、イートンメスとルリをみた。

「まだ、鉄格子の解除スイッチを発見していませんしね。二人が目を覚ましたら、再開しましょう」

 パステルが笑みを浮かべた。

 しばらくして、モゾモゾと寝袋が動いて、イートンメスがもそっと起き上がった。

「あれ?」

「あれじゃないよ。なにやってるの」

 私は苦笑した。

「あっ、気が付きましたね。まだ、しばらく痺れが残ると思います」

 パステルが、起きたばかりのイートンメスを体で支えた。

「よし、あとはルリだけか……」

 私はそっとルリの寝袋に近寄った。

 片膝をついて寝袋のジッパーを下ろし、すやすや寝ている様子のルリをみた。

「……ん?」

 私はなんとなく変だなと思い、口と鼻に右手の平を近づけた。

「……」

 ついで、頸動脈の部分を指で押さえ、寒気が走った。

「マズい、心肺停止!!」

「はい、分かりました!!」

 まだぼんやりしている様子のイートンメスをそっと寝かせ、パステルがすっ飛んできて、静かに様子を覗っていたキキが慌てて近寄ってきて、ルリに心臓マッサージと人工呼吸をしはじめた。

「こら、イートンメス。なんとかして!!」

「わ、分かっていますが、体が……」

 イートンメスが再び床に転がった。

「ああ、こっちもダメだ。私はイートンメスを治さないと!!」

 私はイートンメスに近寄り、回復魔法を使った。

「師匠、そうではないです……。そ、それでは、効き目が……」

 イートンメスが床を転がりながらいった。

「ええ、違うの!?」

 私は慌てて呪文の開発をはじめた。

「自立呼吸回復しました、心臓も動いています。まだ、余談を許しませんが……」

 慌てる私の耳に、キキの声が聞こえた。

「よ、良かった。イートンメスは、じっとしてて!!」

 私がいった時、今さっき通った通路がガラガラと音を立てて、天井から落ちてきた鉄格子で塞がれた。

「あっ、このパターンは。スコーン、ルリを壁際に!!」

「うん!!」

 パステルがイートンメスを無理矢理立たせて、広間の隅の壁に寄りかからせた。

「え、えっと……」

 私も渾身の力で、寝袋ごとルリを壁際に引きずっていった。

「キキは二人の様子をみてて!!」

「はい」

 私はアサルト・ライフルを手にして、イートンメスを壁際に寄せたばかりのキキに頷いた。

「魔物の気配がします。このまま壁際にいた方がいいですよ」

「分かった」

 私はそっと、アサルト・ライフルのセレクターをオートに切り替えた。

 しばらくすると、床に魔法陣のようなものが浮かび、巨大な何かがせり上がるように出てきた。

「これ、召喚円だよ。なにか、呼び出された!!」

 私はアサルト・ライフルを構えた。

「はい、たまにある罠のようなものです。かなり大きいですね……」

 パステルがRPG-7を構えた。

 私はアサルト・ライフルの照準器を覗き、小さく息を吐いた。

「……なにがくるか」

 私が呟いた時、実体化した巨大な魔物が大きく咆吼を上げた。

「で、デカいよ。これ、ドラゴンじゃないの!?」

「いえ、見た目は近いですが、なにか様子が違います。どちらかというと、トカゲに近い魔物です。なんですか……」

 パステルが目を細めた。

「みたことないの?」

「はい、なんですかね。ドラゴンだったら、もう全滅しています。取りあえず、撃ってみましょう」

 パステルがRPG-7を構え、ロケット弾を発射した。

 オレンジ色の本炎をたなびかせた弾体は、敵の首下に命中した。

「ダメですね。穴が開いただけです」

 パステルがRPG-7を放り捨て、銃剣付きのアサルト・ライフルを水平よりやや傾けて構えた。

「スコーン、いくよ!!」

「うえ!?」

 私は見よう見まねでアサルト・ライフルを構えた。

 クビの下辺りに白煙をたなびかせた敵は、咆吼を上げながら首を大きく振り、巨大な足をドタバタさせた。

「突っ込みますよ!!」

「や、やだよ。あんなの、無理だよ!!」

 私の額に変な汗が浮いた。

「師匠、お待たせしました。全くもう!!」

 イートンメスがため息を吐き、私の手からライフルを奪い取った。

「パステル、援護!!」

「はい!!」

 パステルが銃を構え直し、いきなり連射をはじめながら移動を開始した。

「さて、ぶっ潰しますか……」

 イートンメスが口角を上げ、銃を構えて小脇に抱えた。

「ぶ、ぶっ潰すって!?」

「師匠はお昼寝していて下さい。いきますか……」

 イートンメスが銃を構え、一気に敵懐目がけて突っ込んでいった。

「お、お昼寝って、怒ってるよ……」

 私はそっと体育座りをした。

「はぁ……強くなりたい」

 私は小さくため息を吐いた。

 パステルの射撃が終わり、そのまま銃を構え、やはり敵目がけてつっこんでいった。

 パステルとイートンメスが銃剣で派手に攻撃し、敵は大暴れしながら広間をのたうち回った。

「パステル、弱点見えた?」

「まだです!!」

 イートンメスとパステルの声が聞こえ、私は胸にぶら下げておいた手榴弾を手に取った。「……いざとなったら」

 私は立ち上がり、敵を睨み付けた。

 安全ピンを一回抜いてもう一度挿し、私は小さく息を吐いた。

「……いいな、楽しそうだな」

 私は手榴弾を手に持ったまま、ちょっと呟いた。


 結局、敵のなんか変なのはパステルとイートンメスに寄って倒され、私は手榴弾を持ったままぼけーっとしていた。

「師匠、終わりましたよ……あれ?」

 イートンメスが私の手にある手榴弾を目にした。

「あの、もしかしてピン抜いちゃいました?」

 イートンメスの問いに、私はこくりと頷いた。

「危ないどころではありません。捨てて下さい!!」

 イートンメスが慌ててその手榴弾を取り、敵の死骸の奥にねじ込んだ。

 イートンメスが跳ね退く、しばらくしてブシュという鈍い音ともに死骸が跳ね上がった。「ダメです、手榴弾はオモチャじゃありません!!」

 イートンメスが、私の口にイカの燻製をねじ込んだ。

「……うん、しょっぱい」

 私は頷いた。

「あれ、抜いちゃったな!!」

 元気なパステルに、イートンメスのゲンコツがめり込んだ。

「ごめんなさいは?」

「……はい」

 イートンメスがため息を吐いた。

「全く、私がいないとこれなんだから。ちょとみないとすぐこれだ!!」

 イートンメスがライフルを肩に担ぎ、もう一度大きくため息を付いた。

「イートンメス……怒ってる」

 私は小さく息を吐いた。

「そりゃ怒りますよ。説明しない方が悪い!!」

 イートンメスがパステルを睨むと、パステルは笑みを浮かべた。

「はい、忘れました!!」

「……げ、元気いいね」

 私は苦笑した。


 とりあえず、敵を押しのけ、私たちはルリの回復を待った。

「どのくらいかかるかな……」

「そうですね、数時間かかるかもしれません。容態は安定しています」

 頸動脈で脈を取り、パステルが頷いた。

「ちょっと、診ましょうか?」

 イートンメスが、小声で呪文を唱えた。

「そうですね、まだかかるでしょう。念押しで、回復魔法をかけておきます」

 イートンメスが呪文を唱え、ルリの体が青白い光に包まれた。

「では、引き続き私は先に進むために、鉄格子の開け方を探りますね」

 パステルが笑みを浮かべ、広間の壁や床を探りはじめた。

「ルリ、大丈夫かな……」

 私は安定した呼吸をして、目を閉じているルリを見やった。

「師匠、問題ないですよ。はい、これ」

 イートンメスが私のアサルト・ライフルを返してくれた。

「これ使いにくいかもね……」

「そんなことはありません。トレーニング次第では、拳銃より楽ですよ」

 イートンメスが笑った。

「そうかなぁ、重いし……。でも、構えやすいね」

 私はアサルト・ライフルを構えでみた。

「一番バランスの取れた形の銃ですからね。さて、私たちはルリの容態を見守りましょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そうなんだ……。そういえば、イートンメスって元は狙撃をやっていたんでしょ。こういうの得意なの?」

「はい、嗜み程度ですけれどね。得意といえば得意です。武器全般は扱えますよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、教わろうかな……」

「師匠は難しいです。まず、性格的に向いていません。覚えるならこれですね」

 イートンメスが私の手にあった、アサルト・ライフルを叩いた。

「そっか、ダメなのか……」

 私は苦笑した。

「はい、そういう事は私がやります」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、分かった。これいいね、少し重たいけど」

 私は笑った。

 しばらく、イートンメスとルリの様子を覗っていると、小さな声と共に目を開けた。

「あっ、良かった。大丈夫?」

 私が声を掛けると、ルリが小さく息を吐いて小さな笑みを浮かべた。

「よかった、大丈夫みたいだね。まだ無理しないでね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、無事です。もう大丈夫」

 ルリはソロソロと床の上に身を起こした。

「あっ、ありました!!」

 パステルの声が聞こえ、ガコンという音ともに進路を塞いでいた鉄格子が開いた。

「師匠、先に進めるみたいですよ。爆破覚悟だったんですけどね」

 イートンメスが笑った。

「うん、さすがパステルだね。ルリ、立てる?」

 私が声を掛けると、ルリが頷いて立ち上がった。

「大丈夫です。行きましょう」

 ルリが近くの床に置いておいた銃を取り、笑みを浮かべた。

「よし、いこうか」

 私は銃を肩に提げ、小さく息を吐いた。


 パステルを先頭に再びゆっくり進みはじめた私たちは、真っ暗な通路を闇の奥に向かっていった。

「ねぇ、パステル。こういう事よくやってたの?」

 私は先を進むパステルに声を掛けた。

「はい、小さな頃からお転婆で……」

 背を低くして床をチェックしている様子のパステルが小さく笑った。

「そっか、私も暴れん坊だったけどね。それにしても、空気が淀んで酷いね……」

 私は苦笑した。

「これなら、まだマシな方ですよ。さて、勘ですがこのフロアも終わりに近いです。張り切っていきましょう!!」

 パステルが小さく笑い、一歩踏み出した。

「そっか、まだ先があるんだね。イートンメス、あめ玉ちょうだい。小腹が空いたよ」

「はい、師匠。ハッカ味です」

 イートンメスが服のポケットをモゾモゾして、私の口に放り込んだ。

「……あの、怖がらないで下さい。私は魔法使いとして、黒魔法の心得があります。どうにも、嫌な魔力を感じます。気をつけて下さい」

 私の後ろにいるキキが小さく呟いた。

「そりゃ、血の契約が結べる以上、黒魔法の心得があるのは分かってるよ。嫌な魔力ね……」

 私は小さく笑みを浮かべた。

 しばらく進むと、パステルが足を止めた。

「……微かに空気の流れを感じます。恐らく、階下に続く階段か何かがあるでしょう。気をつけて下さい。階段付近は罠が多いので私も慎重に進みますが、取りこぼしがあるかもしれません」

 パステルが床を這うような体勢になり、慎重な様子で床を軽く叩きながら進みはじめた。

「うん、いくら私でも勘でヤバいって分かるよ。さて、なにがくるか……」

 私は銃を構え、小さく息を吐いた。

「師匠、微かですが変な魔力を感じます。用心して下さい」

 イートンメスがナイフを抜いた。

「分かってる、微か過ぎてなんだか分からないけど、なんかいるよ」

 私は銃を構えた。

 そのまま進む事しばし、先を行くパステルが弾けたような勢いで立ち上がった。

「敵です!!」

 パステルが後方の私たちに、ハンドシグナルを送ってきた。

「えっと、なんていってるの?」

「はい、『私が先頭を進んで様子をみるから、みんなは戦闘準備して、ゆっくりついてきて』ですね」

 イートンメスが、表情を引き締めた。

「そっか、やっぱなんかいたんだね……」

 私は不慣れなアサルト・ライフルを肩に下ろし、代わりに軽く呪文を唱えた。

 右手と左手の平に一瞬青白い魔力光が閃き、私は一人小さく頷いた。

 そのまま進むと、宙に浮かんだ灯りの光球に照らされて、黒光りする巨大な何かが通路を塞いでいるのが見えた。

「アイアン・ゴーレムです!!」

 叫ぶや否や、パステルがRPG-7を肩に担いだ。

 ほぼ同時に金属が掠れるような音が聞こえ、アイアンゴーレムの胸に当たる部分にオレンジ色の光が点った。

「師匠、いきますよ!!」

 イートンメスがナイフを収め、同時に呪文を唱えはじめた。

「アイアン・ゴーレムか。厄介だね……」

 私は呟き、呪文を唱えはじめた。

 アイアン・ゴーレムとは、いってみれば鋼鉄で出来た動く人形のこと。

 その材質から生半可な武器は利かず、倒すには魔法が必須という感じの面倒な相手だ。

「危険です。近づかないで!!」

 パステルが叫び、RPG-7でロケット弾を発射した。

 轟音と派手なオレンジ色の炎が砲身の後ろから吹き出し、放たれた弾体がアイアン・ゴーレムの左足の付け根に命中したが、さしたるダメージを与えた様子はなかった。

「パステル、伏せて!!」

 イートンメスの声でイートンメスが攻撃魔法を放ち、アイアン・ゴーレムが氷に包まれたが、すぐさまヒビが入って包んでいた氷を強引に弾き飛ばし、戦闘のパステルをねらって、強烈なパンチが突き刺さった。

「パステル!!」

 ルリの声が響くと同時に、私は光の矢を放った。

 アイアン・ゴーレムに突き刺さった矢は、その体を貫いて鋼の体に大きな裂け目を作った。

「はい、大丈夫です。さっさと片付けましょう!!」

 どうやら無事に横に跳ね飛んで逃げたらしく、パステルが床に伏せたままこちらに顔を向け、小さく右手の親指を立てた。

「よかった。イートンメス、一気に畳むよ!!」

 私は笑みを浮かべ、イートンメスが笑みを浮かべた。

「師匠、アレですか?」

「そう、アレ。一発で仕留めるよ!!」

 私は笑みを浮かべ、イートンメスと同時に呪文を唱えはじめた。

「……ファルス!!」

 その間に、私の後ろから飛び出したキキが、いきなり極太の光の濁流を放った。

 アイアン・ゴーレムの胴体に突き刺さったそれは、私が開けた裂け目をさらに広げ、そこで私とイートンメスの合成魔法が完成した。

『激光!!』

 私とイートンメスが同時に右手を前方に差し出し、それぞれから放たれた青白い魔力がすぐ前方で合流して一本の槍のようになり、アイアン・ゴーレム目がけて飛んだ。

 ただでさえ大穴が開いていたアイアン・ゴーレムの胴体が縦に裂け、真っ二つになって重たい音を立てて床に崩れた。

「よし、倒したよ。キキ、攻撃魔法使えたんだね」

 私は肩で息をしているキキの頭を撫でた。

「は、はい、ここぞという時に備えて、一つだけ使える攻撃魔法です。あまり、精度は良くないですが……」

 キキが苦笑した。

「正直、ビックリしたよ。非精霊系なんてやるじゃん!!」

 私は笑った。

「さて、邪魔が消えました。先に進みましょう」

 パステルが笑い、私たちは再び先に進んだ。


 しばらく進むと、闇に射す灯りの魔法に照らされて、朽ちかけた階段が見えてきた。

「待って下さい。えっと……」

 先を行くパステルが歩みを止め、階段付近の床や壁をチェックしはじめた。

「まだ先があったんだね。ちょっと、楽しくなってきたかな」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、師匠。私もです。滅多にないので」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「……やっぱり、あった」

 パステルの微かな声が聞こえ、パキッという音が聞こえてきた。

「はい、もう大丈夫です。行きましょう」

 パステルが笑みを浮かべた。

「うん、なんか分かった」

 私は頷き、ゆっくり歩みを進めた。

 パステルに続いて、ボロボロの階段を下りていくと、程なく下のフロアに到着した。

「あれ、感じが違うね……」

 今までのボロボロではなく、まるで鏡のように磨かれた床や壁に包まれた通路は、どこか空恐ろしくすらあった。

「状態保存に近い魔法が使われていますね。かなり古いようです」

 イートンメスが頷いた。

「こういう場所ほど、危険なんです。ゆっくりいきますね」

 パステルが頷き、先に進み始めた。

 私たちがついていくと、パステルが足を止めた。

「へぇ、こんな場所もあるんだね……」

 私は念のため銃を手に、壁を調べ始めたパステルの様子を覗った。

「えっと……」

 壁を調べていたパステルの手が止まった。

「ここかな……」

 パステルが壁を押すと、そこだけ押し込まれた。

 地鳴りのような音が響き、すぐ近くの壁が横にスライドして開いた。

「うわ!?」

 私の声が裏返った。

「はい、隠し部屋ですね。たまにあるんです」

 パステルが笑い、ゆっくり部屋の中に入っていった。

「こ、こんなのもあるんだね。入ってみよう」

 私はパステルに続いて、隠し部屋に入った。

「スコーン、変な場所は触らないで下さいね」

 パステルが笑みを浮かべ、元からあった灯りの光球を部屋中無数に増やした。

 その灯りの下に見えたものは、大量かつ乱雑に積み上げられた金色の山だった。

「これは、当たりですね。金メッキかもしれませんが、それでもそれなりの価値はありますよ。この迷宮は、ファマス王国時代後期のものと分かりました」

 パステルが笑みを浮かべ、金色のカップのようなものを床から取り上げた。

「ど、どうするの、これ?」

 私が問いかけると、パステルが笑った。

「もちろん、全部頂戴します。これも、ロマンの一つですから」

 いうが早く、パステルが空間に裂け目を作り、せっせと積まれた金色のなにかを無造作に放り込み始めた。

「ほら、スコーンも早く!!」

「い、いいのかな。これ、限りなく泥棒だよ……」

 私は苦笑して、呪文を唱えて空間に裂け目を作り、パステルと同様に回収作業を始めた。

「私はいくつかもらえればいいです。あとは、研究室に置きますので、ぜひ研究して下さい」

「うん、分かった。ほら、ルリとビスコッテ、とキキも手伝って!!」

「はい、師匠。これは、大変ですよ」

 イートンメスが目を丸くしているキキの背を押しながら、苦笑してやはり回収作業を始めた。

「恐らく、ここはファマス王国が健在だった時代の宝物庫でしょう。進めば、まだあると思いますよ」

 せっせと回収作業をしながら、パステルが笑った。

「へぇ、宝物庫ね。あんまり興味なかったからねぇ」

 私は小さく笑った。

 結局、体感時間で一時間近くかけて全員で宝物の回収を終え、私は空になった部屋の床に腰を下ろした。

「ちょっと疲れたよ。休憩しよう」

 私が額の汗を拭うと、パステルが笑った。

「そうですね。ずっと休んでいないので、小休止しましょう。紅茶を淹れますね」

 パステルが装備していた携帯コンロやらなにやらを背嚢から取り出し、同じように床に座ったイートンメスとキキ、ルリが大きく息を吐いた。

「たまにこういうのもいいね。でも、疲れた。鈍ってるなぁ」

 私は苦笑して、パステルが配り始めたパック入りの食料を受け取った。

「ダメですよ、運動しないと」

 パステルが笑った。


 紅茶と軽食の休憩を終えた私たちは、再び通路に出て迷宮の奥を目指して進んでいった。

 鏡のような床や壁は相変わらずで、やや肌寒い空気はどこまでも続いていた。

「罠はなさそうですね。魔物などの敵の気配もなし。比較的、安全だと思います。まあ、宝物庫にそんなのがあったら大変ですけれどね」

 前を行くパステルが笑った。

「そっか、それもそうだね。それにしても、どこまで続くんだろ?」

 私は小さく笑った。

「ここに出たという事は、さほど深くないと思います。終点も近いでしょう」

 パステルが笑みを向けてきた。

「なるほどね。そう思うと、ちょっと惜しいな」

 私は笑った。

「師匠、こんな場所そうそうないですよ。私も興味があったので、ちょっと楽しいです」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そうだねぇ、どっかにあったらまたいこう」

 私は笑みを浮かべた。

 そのまま歩いていくと、まるで通路を堰き止めるように、大きな観音開きの扉が見えてきた。

「はい、きました。恐らく、ここが終点でしょう」

 私たちが扉の前に着くと、パステルがなにやら調べ始めた。

「やはり、鍵は掛かっているようですね。押しても微動だにしません。鍵穴はここですね。錆び付いているので、大変かもしれません。罠はないので、皆さんはここで休んでいて下さい」

 パステルが笑みを浮かべ、ナイフを抜いて鍵穴の周りを一周させた。

「それ、なにかのおまじない?」

 私は小さく笑った。

「いえ、鍵穴付近に不正に開けようとした者を退けるための、毒針などが仕掛けられている事があるので、念のためです。ここは大丈夫そうですね」

 パステルはナイフを腰の鞘に戻し、一息吐いた。

「……あれ、ん?」

 変な気配を感じ、私は自分の腰をみた。

 すると、ピーちゃんから貰ったショート・ソードから脈動のようなが伝わってきているのが分かった。

 確認のために鞘から抜くと、刀身が青白い光に包まれていた。

「なんだ、これ?」

「あ、あれ、それドラゴンスレイヤーですよ!?」

 パステルの声がひっくり返った。

「な、なにそれ!?」

「は、はい、世界に一振りしかないという、対ドラゴン専門ともいえる剣です。こ、こんなところでみるとは……」

 パステルの目が丸くなっていた。

「そ、そんなに凄い物なの!?」

「は、はい、噂には聞いていましたが、実在するとは……。ドラゴンスレイヤーが反応しているということは、この向こうにドラゴンがいるという事です。戦った事ありますか?」

 パステルの問いに、私は首を横に振った。

「あ、あるわけないよ。ドラゴンなんて!?」

「で、ですよね。ま、まいりました。ここに入っていいかどうか……」

 パステルが、私たちを見回した。

「……危険すぎる。撤退するべきかな」

 パステルの呟きが聞こえた。

「あ、危なかったら帰ろう!!」

 私がいったとき、キキが上着の裾を引っ張った。

「あ、あの、ここにはタチの悪い黒魔法が使われています。中のドラゴンの怨嗟のような声が聞こえます。早く解放してあげるべきです」

 キキが遠慮がちにいった。

「……そっか、ならいくしかないか」

 パステルが顎に右手を当て、小さく息を吐いた。

「スコーン、危険を承知でいきますか。ここでは、上司の判断を仰ぎます」

 パステルが真顔で私に頷いた。

「いく。それしかないでしょ」

 私は頷き、ドラゴンスレイヤーを抜いた。

「即断即決ですね。私も覚悟が出来ました。皆さんも同意でいいですね?」

 パステルの問いに、イートンメスとルリ、キキが頷いた。

「では、決まりです。鍵を開けるので、少し待って下さい」

 パステルが頷き、ポケットからなにやら取り出して鍵穴に差し込んで作業を始めた。

「こ、これ、そんな凄い剣だったんだ……」

 私は青白く輝く刀身を見つめた。

「伝説では、ドラゴンが近くにいると反応して、刀身が青白く光るとか……。本当だったんですね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「へぇ、そうなんだ……。戦った事ないけど、解放するって『死』も含まれるの?」

 私が小さく息を吐くと、キキが頷いた。

「当然です。こんなところに、永劫閉じ込められているよりは、何倍もマシでしょう。もっとも、勝てればの話しですが。怨嗟の声は二つ聞こえます。かなり、苦戦すると思いますよ」

 キキが真顔になって頷いた。

「に、二頭もいるの……。でも、やるしかないね。可哀想だもん」

 私はドラゴンスレイヤーを構えた。

「これでも、剣技は多少自信があるんだよね。拳銃の方が得意だけど……」

 私は一度、ショート・ソードを素振りした。

「師匠、ドラゴン相手では私は攻撃に回れません。四大精霊魔法では、竜鱗に弾かれてしまいますし、ナイフや銃などお話しになりません。サポートに徹しますので、よろしくお願いします」

 珍しく、イートンメスが真顔でいった。

「分かってるつもりだよ。ルリとキキはここで待機でいいかな?」

「はい、分かりました」

 ルリが頷いた。

「私は黒魔法の解除をしなければなりません。どんなイタズラをするか分からないので、部屋の中に入らないといけません。足手まといにならないように頑張ります」

 頷いたキキに、私は笑みを浮かべた。

「じゃあ、悪いけどルリはここ待機ね。もしなんかあったら、即座にカリーナまで翼竜で飛んで、危機を知らせて!!」

「はい、分かりました。ご武運を」

 ルリが頷いた。

「よし、決まりだね。さて、あとは……頑張るしかないか」

 私は苦笑して、鍵開け作業をしているパステルの背中をみた。


 しばらくしてカチッと音が聞こえ、パステルが小さく息を吐いた。

「解錠しました。いきますよ」

 パステルの声と共に、私はドラゴンスレイヤーを構えた。

「師匠、無理はしないで下さいね」

 真剣な表情のイートンメスが、小さく息を吐いた。

「もちろん。キキ、準備はいい?」

「は、はい」

 キキの声が聞こえ、早くも呪文を詠唱しはじめた。

 パステルが扉を押し開けた瞬間、猛烈な熱気が吹き出してきた。

「まずい、レッド・ドラゴンです!!」

 叫びながら、パステルは手榴弾を扉の向こうに放り投げた。

 爆音と同時に室内に飛び込んだパステルの背を追って、私は一気に部屋に飛び込んだ。「よりによって、最強の……しかも、二頭」

 私は呟きながら、室内にいた赤い鱗が特徴のレッド・ドラゴン一体に迫った。

 攪乱のためか、パステルがアサルト・ライフルを連射し、見上げるような高さの赤い鱗に向かって、私は一気に突っ込んでいった。

 パステルの射撃に腹が立ったのか、メチャクチャに暴れ出したレッド・ドラゴンに向かった私は、巨大なかぎ爪がついた前足の攻撃を避けるのが精一杯で、攻めあぐねた。

「この野郎、もう一頭いるのに!!」

 思い切り叫んだ時、私は危険を察して一気に床を跳びながら間合いを開けた。

「イートンメス!!」

 私が叫ぶまでもなく、イートンメスの結界魔法が発動し、その青い壁を目がけて吐き出されたもう一頭の火炎ブレス攻撃をなんとか弾き飛ばした。

「一回ブレスを吐くと、大体十分ぐらいはもう一度吐けません。まずは一頭!!」

 さらに先ほど狙っていた一頭がブレスを吐いた直後、イートンメスの結界魔法が解け、私は再度、銃を乱射しながらドラゴンに突っ込んでいったパステルの後ろを走った。

 室内の温度がさらに上がり、全身から汗が噴き出たが、そんな事に構ってはいられなかった。

 私はドラゴンスレイヤーを水平に構え、ブレスを吐いたあとのせいか、動きが緩慢になっている一頭目がけて再度突っ込み、まずは邪魔な前足を斬り飛ばそうと、向かって右側の足に刀身を突き立てた。

 瞬間、剣から光が放たれ、レッド・ドラゴンの前足がズバッと斬れて吹き飛んだ。

 それでバランスを崩し、ややもたついたところを、今度は逆の前足を斬り飛ばし、前転するように床に崩れたレッド・ドラゴンのお腹を一気に叩き切った。

「これで、こっちはしばらく黙ってるか……」

「はい、お見事です。もう一頭、いきましょう」

 体液を吹き出しながら床でバタバタしているレッド・ドラゴンは取りあえず放っておいて、イートンメスが結界魔法で攻撃を防いでいるもう一頭に向かった。

「師匠!!」

「分かってる!!」

 イートンメスの後ろで必死に呪文を唱えているキキの肩を軽く叩いてから、私はパステルを伴って、もう一頭に向かって突っ走った。

 ちょうど、ブレスを吐いて隙だらけのレッド・ドラゴンに向かって、パステルが素早くRPG-7を構えてロケット弾を叩き込み、アサルト・ライフルを猛射した。

 そちらに気を取られた様子で、パステルの方をみたレッド・ドラゴンの脇腹目がけて、私はドラゴンスレイヤーを横薙ぎに振って斬った。

 ほぼ無敵の竜鱗をあっさり切り裂いた私の剣は、二頭目のレッド・ドラゴンに深手を負わせたようで、その巨体が大きく揺らいだ。

 その傷口目がけて素早くダッシュしたパステルが手榴弾をねじ込み、くぐもった爆音と共に、派手に血肉がはじけ飛んだ。

「キキ、まだ掛かる?」

 そこまでやってから、私とパステルは素早くキキとイートンメスのところに戻り問いかけたところ、キキが小さく頷いた。

 私も黒魔法の心得はあるので、部屋に入った直後にとんでもない魔法が使われている事は分かっていた。

「……不死の魔法なんて、クソッタレがやる事だよね」

 私は徐々に傷が回復しつつある、先に攻撃したレッド・ドラゴンをみた。

「はい、私には魔法は分かりませんが、ただならぬ事が起きている事は分かりました。どうなっているんですか?」

 パステルが私に聞いてきた。

「うん、この部屋に繋ぐ時にやったんだろうけど、あの二頭はこの部屋から出られないどころか、永遠に生きるように黒魔法が掛けられてるんだよ。だから、どれだけ攻撃しても、時間は掛かっても元に戻っちゃう。だから、今はキキ頼りなんだよ。魔法を解かないと、いつまでも戦い続けるハメになっちゃうから」

 私は小さく鼻から息を吐いた。

「そ、そうなんですか。許せませんね……」

 パステルが小さくため息を吐いた。

「そう。だから、やりたくないけど、魔法が解除出来るまで、私たちはひたすら動けるようになったレッド・ドラゴンを行動不能に続けないといけないんだよ。胸が悪くなるよ……」

 私はため息を吐き、ドラゴンスレイヤーを構え直した。

 一回目でかなりの重症を負わせたようで、二頭のレッド・ドラゴンはなかなか動けるようにはならなかった。

 私は胸の内で動くなと呟いたが、一頭目より傷が浅かったようで、二頭目がゆっくりこちらを見た。

「ブレス、きます!!」

 パステルの声と共に、イートンメスが結解を展開し、ド派手な火炎攻撃をがっちり防いだ。

「パステル、いくよ!!」

「はい!!」

 再びパステルが銃を乱射して攪乱を開始しし、反対側から私はドラゴンスレイヤーを片手に赤い鱗を目がけて突撃した。

 今度は脇腹ではなく胸に一突き入れ、さらに全ての足と尾まで斬り飛ばし、再び床に転がったレッド・ドラゴンから素早く間合いを空けた。

「いつまでこんな事を……」

 パステルが小さく息を吐いた。

「私も同感だけど、この魔法はややこしいから、キキを急かしちゃダメだよ」

 私は小さく息を吐いた。

「はい、分かりました。それにしても、嫌ですね……」

 パステルが首を横に振った。

 私は全身が魔力光に包まれたキキをみて、ドラゴンスレイヤーを構え直した。

「パステル、あともう少しでキキの解除魔法が発動するよ。これだけやったら、多分大丈夫だから」

 私は苦笑した。

「せめて、最後は一太刀で……」

 パステルが頷いた。

「分かってる、竜鱗を斬り飛ばして一瞬で終わらせるよ。胸くそ悪くて仕方ないから、パステルの実家でお酒でもちょうだい」

「はい、喜んで」

 パステルが小さく笑みを浮かべた。


 キキの解除魔法は成功し、私はドラゴンの弱点である後頭部にある竜鱗と呼ばれる部分を一撃で斬り飛ばし、どうにもスッキリしない戦いを終わらせた。

「はぁ、終わったか……」

 私は倒したレッド・ドラゴンが、淡い光に包まれて消滅していくのを見つめながら、ドラゴンスレイヤーを鞘に収めた。

「これが燐光ですか。これで、無事に輪廻に戻るでしょう。何千年もここで苦しんだはずなので、せめて来世はまともであって欲しいですね」

 パステルが笑みを浮かべた。

「全くだよ……。さて、パステル。まだあるの?」

「はい、あそこの扉の先が、いわば大金庫でしょう。この際なので、全部持ち帰りましょう。気が済みません」

 パステルが小さく笑った。

「全くだよ、じゃあ回収にいこうか」

 私は笑い、魔力の使いすぎ特有の白髪になってフラフラしているキキを介抱しているイートンメスをみて頷いた。

 イートンメスが笑みを浮かべ、私はパステルと一緒に部屋の奥にある大扉に向かった。

 パステルが鍵を開け扉を開け放つと、かなり広い部屋に天井まで黄金色が津詰まっていた。

「これは、大収穫です。こんな大当たりは初めてですよ」

「確かに凄いね。複雑な思いだけど!!」

 私は苦笑した。

「忘れるしかないですね。とにかく持って帰りましょう。ここまでさせられたからには、容赦しません」

 パステルが笑った。

「そうだね、そうでもしないとやってられないよ!!」

 私は呪文を唱え、空間に裂け目を作って片っ端から宝物を放り込んでいった。

 かなりの時間掛かったが、宝物庫を空にした頃、元の黒髪に戻ったキキを連れたイートンメスと、部屋の外で待機していたルリが部屋に入ってきた。

「師匠、用事が終わりましたね。帰りましょう」

「うん、そうしよう。これが、冒険なんだね!!」

 私は笑った。


 パステルを先導に迷宮に入った壁の大穴に戻ると、空は夕焼けに染まっていた。

「そういえば、何日かかったのかな……」

「し、師匠、思い出しました。今回の外出許可は、あくまでも荷物運びだけです。どう考えても、期日までに戻れませんよ!!」

 イートンメスが叫んだ。

「……あっ、そうなの。期日過ぎちゃうとどうなるの?」

「は、はい、噂によると反省文を書かされるとか。ちなみに、歴代トップはリズだそうです……」

 イートンメスがため息を吐いた。

「は、反省文なの。それ、ちょっと恥ずかしいよ。パステル、お酒飲んでる場合じゃないよ。早く帰らないと!!」

「そ、そうですね。これは、私のせいです……」

 パステルがため息を吐いた。

「それはいいから、早くいこう!!」

「はい」

 パステルがもう一度ため息を吐き、係留してあった翼竜の背中に向かって綱渡りを開始した。

 私はきたときと同じように、浮遊の魔法でせっせと翼竜を目指してロープを引っ張り、全員がその背に乗った時、パステルがロープをナイフで切って、村を目指して飛んでいった。

 山間の村は日が落ちるのが早く、村に着いた時には夜闇が迫っていた。

「ごめん、ゆっくりしてる暇ないや。すぐに帰らないと!!」

「はい、分かっています!!」

 私たちは、病院前に駐めてあるトラックとミニバンに分乗し、慌てて村を後にした。

 

『はい、おめでとうございます。二日オーバーです』

 真っ暗になった山道を走りながら、キットが楽しそうにいった。

「めでたくないよ。急いで!!」

 私は運転席でため息を吐いた。

 助手席のルリがクスリと笑い、鼻歌を歌いはじめた。

「ルリ、楽しそうだね……」

「はい、反省文なんて書いたことないので、なんでも新鮮なのです」

 ルリが笑った。

「私は嫌だよ。あーあ……」

 私は頭を抱えた。

 トラックは狭い山道を夜闇を切って走り、きた時と同様に峠をを越え、やがて平坦な街道に出ると速度を上げた。

「スコーン、お腹空いてない?」

 ルリがスティック状の携帯食を差し出し、笑みを浮かべた。

「まあ、お腹空いたね。ありがと……」

 私はそれを受け取り、モソモソ食べた。

「私は仕事していないので、これです」

 ルリがスティック状の菓子をガリガリ食べはじめた。

「やっぱり、たこ焼き味ですね」

「……普通にご飯食べなよ」

 私は苦笑した。

 こうして、私たちは無事にカリーナに戻った。

 到着時刻は午前六時半。寮が開くギリギリの時間だった。


 トラックとミニバンが校庭に入ると、校長先生がにこやかに立っていた。

「はい、お疲れさまでした。これが、お小遣いです」

 校長先生から受け取った小切手には、聞いていた額の倍の数字が書かれ、そっとあめ玉が添えられていた。

「あれ、多い……」

「そうですかね。まあ、それはそれとして、大分道草を食ったようですね。寮の机の上に、反省文用紙を置いておきました。今後は、気をつけて下さいね」

 校長先生は小さく笑い、校舎の方に消えていった。

「ほ、褒められたんだか怒られたんだか……」

 私は苦笑した。

「スコーン、早く寮に戻ろう。シャワーも浴びたいです」

 ルリが笑った。

「そうだね、いこうか」

 私とルリはトラックを降り、ミニバンチームと一緒に校舎に戻った。


 寮に戻ると、机の上にうず高く反省文用紙が置かれていた。

「……何枚あるんだろう」

 私は目眩のようなものを覚え、自分のベッドに座った。

「スコーン、シャワーを浴びて朝ごはんを食べよう。あとで書けばいいよ」

 ルリが笑った。

「そ、そうだね。一回忘れよう……」

 私は苦笑して、ベッドから立ち上がった。

 学食に行くと、げっそりとしたリズと元気なパトラに出会った。

「お、おはよう……」

 今にも倒れそうな感じで、リズが挨拶した。

「ど、どうしたの?」

「……うん、パトラッシュの実験が大失敗して、強烈な酸性の液体を研究室中にぶちまけちゃってさ。責任取らされて、今までお仕置き部屋にぶち込まれていたんだよ。水しかくれないから、腹減っちゃってね。早くなにか食べないと」

 リズがフラフラと食券機に向かい、パトラが笑ってついていった。

「た、大変だね……」

 私は苦笑したのだった。

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