銃声は都会の海に消えて(part2)

 ――――御銫みせねの時とは感覚が違うが、無音と無風、温度と湿度の違いがにわかに訪れる。こんな現象は二度目だ。瑞希ももう驚かない。さっとまぶたを開けると、夜色が広がった。


「今度はどこ?」


 ローヒールのサンダルは窓へとカツカツと進んでゆく。ダウンライトのオレンジ色が木々の隙間から差し込むような柔らかな木漏れ日のようで、いくつもの縦線を床に落としている。


「ん?」


 足元に広がった、黄色の儚げな街明かりのスパイダー型。再来の全面ガラス張り。両手をあきれたように、瑞希はつけると、ひんやりした感触が伝わっていた。


「また〜? どこのタワーマンション? っていうか、シチュエーションかぶってる!」


 もう少しバリエーションを出してほしかったと、瑞希は思うのだった。しかし、やけに交通量が少ない。テールランプの赤を眺める。


「何だか変だな?」


 まわりを見てみたが、男はどこにもいなかった。CDも行方不明。瑞希は御銫の家でどうやって終了したのかわからない、ターンと言えばいいのか、そうならないように対策を立てた。


「よし、今度は場所を突き止めて、帰る!」


 白いサンダルは落ち着きなく右往左往する、ガラス窓を自身の服で拭き掃除をするような勢いで。


「どこだろう? 目立つ建物ないかな?」


 目を凝らして必死に探す。そうして、彼女の目に飛び込んできたのは、自分の想像を大きく上回るものだった。


「あれ?」


 綺麗にライトアップされた塔が、少し遠くに控えめに佇んでいる。瑞希の吐く息がガラスを白く曇らせた。


「トライツリーじゃなくて、南京なんきょうタワー?」


 三角形だったが、何かがおかしかった。首をかしげると、ブラウンの髪が肩からさらっと落ちた。


「ライトは赤じゃない……黄色だ」


 もう一度、景色を指差し確認。


 交通量が少ない。

 大きなビルが建っていない。

 スパイダー型の道たち。


 とうとう場所を突き止めた瑞希は、


「いや〜〜っ!!」


 大声を張り上げて、頭を抱え、大理石の床へ力なく落ちた。ぺたりと冷たい石の感触が両足に広がってゆく。


「あれはゼッフェル塔! 私がいる場所は外国だ〜〜〜〜っっっ!!!!」


 遠いお空の下に誘拐されていた。爪を立てて窓ガラスを上から下へ、ギギギギーっとホラー映画みたいになぞってゆく。


「自分では帰れない……」


 このターンが終わるまで、踊らされっぱなしの瑞希だった。よろよろと力なく立ち上がり、後ろに振り返った。そこには、椅子はなくテーブルのみが静かに息を潜めているだけ。


「っていうか、どうやってここまで来たのかな? 藍琉らりゅうさんもそうだったけど、何をして、あっという間に場所が変わるのかな?」


 紫のタンクトップを着た背を窓ガラスに預けた。月明かりとダウンライトの相互作用で、自分の影がかき消された大理石を見つめたまま、瑞希は唇に指を当てて、思考のポーズを取る。


「それに、どうして惑星の反対側の国にいるのに、同じ夜なんだろう? ただ場所を移動しただけなら昼間だよね? 時間はどうなって――」


 夜景へとまた振り返ろうとすると、瑞希の目前に何かが急に割って入ってきた。


「データは入れた。これは貴様にやる。ありがたく思え」

「え……?」


 考えていたことも一瞬にして吹き飛び、視線を上げると、こんな男が立っていた。銀の長い前髪は右目だけを隠していて、針のように鋭利でありながら、美的ルネサンスを優美に奏でている。


 顔を隠すようなサングラスはもうなかった。神経質だが綺麗で、無邪気な子供のような可愛らしい面差し。それなのに、鋭利なスミレ色の瞳で台無しだった。しかし、誰がどう見ても眉目秀麗。


「ん」


 貴族的なイメージでもう一度差し出されたCD。瑞希は素直に受け取った。


「ありがとうございます」


 そうして、遅れに遅ればせながら、今やっと理解した。男がさっきした奇怪な行動の真意に。瑞希の首はウンウンと縦に大きく振られ始める。


(あぁ〜、そういうことだったのか。自分はデータだけで、私にCDを渡すためだったんだ。さっきのお金はお店からCDを持ってくるから、代金で置いたんだ。でも、お釣りよかったのかな?)


 CDを裏返し、薄暗い中で値段を見つける。


(一万ギルだったよね? これは三千ギルぐらい。ということは、七千ギルが〜〜〜〜! お金に羽が生えて飛んでゆく〜〜〜!)


 バツ二フリーターには大打撃の出費である。瑞希は目を閉じて、心の中で大きく嘆きながら、飛んでゆくお金をただただ見送る。


 男は思いっきり上から目線で、バカにしたように鼻で笑った。


「ふんっ! つり銭のことを気にするとは、しょせん庶民だな。貴様のそのなりによく似合っている」


 瑞希は悔しそうに唇を噛みしめたが、


「む……。まぁ、あってるので何も言えないです」


 現実は現実。古着屋で服を探しているようなご身分だ。ワンルームのアパートで一人暮らし。


 また言い返してくるだろうと思っていたのに、瑞希が素直に認めてしまって、男は気まずそうに咳払いをした。


「んっ!」


 瑞希はそこで違和感をなぜか持った。


(あれ? 今何かおかしかったな? 何だろう?)


 男は腰のあたりで腕を組み、ビーム光線という視線のワルツを、窓を切断しそうな勢いで右へ左へステップを踏むを往復リフレイン


「……おかしくはない」


 放り投げるように、奥行きがあり少し低めの声をよこしてきた。瑞希は持っていたCDを唇にトントンと当てようとしたが、さっきと同じ違和感が首をもたげた。


「ん? やっぱり変だなぁ〜」


 真実に向かってカントダウンをするように、CDが瑞希の唇に縦の線を描き続ける。


 男のエメラルドグリーンのピアスは、オレンジ色のダウンライトの下で横にずれた――顔をそむけた。


「……じょ……だ?」


 ごくごく小さな声だったが、悔しさがにじみ出ていた。瑞希はCDで唇を封印して、男の横顔を不思議そうに見つめる。


(ん? 何か言ってるみたいだけど、独り言かな?)


 男はイラついていた。地底深くで活火山のマグマがグツグツと煮えたぎり、密かに活動しているような怒り。


「そうだ。独り言だ、気にするな」


 真正面を向いた男の顔を、ダウンライトの下ではっきりと見て、瑞希はCDを持つ手を思わず、脱力して脇へ落とした。


(綺麗な人だなぁ〜。天使が降りてきたみたいだ。でも、どこかで見たことがある気がする……。どこで?)


 服はシワが一本もないほどスマートな着こなし。ファッションがわからないから黒を選んだのではなく、こだわり抜いた挙げ句の選択。全てが完璧というように男は立っていた。


 しかし、見覚えがある顔で、こんなに秀美な男はそうそういるはずもなく。記憶力が崩壊気味の瑞希は懸命に探そうとした。だが、男の色艶いろつやのいい唇がかすかに動いた。


「気のせいだ」


 めぐりめぐって、同じ違和感がまたやって来た。鋭利なスミレ色の瞳の奥を、瑞希はじっと見つめる。


「え……?」


 釈然としない。瑞希は当たり前のことを聞いた。


「名前を聞いてもいいですか?」


 しかし、


「……………………………………」


 男の針のような輝きを持つ銀の長い前髪は一ミリも動かなくなった。聞いてはいけない質問だったのか。御銫はすんなり名乗っていたが、この男は違うのか。


 それとも、


(あれ? またノーリアクションだ。今度はどうしたんだろう?)


 コミュニケーションの取り方を、いよいよ本格的に考えないといけないと、瑞希は対策を練ろうとした。


 その時だった。鋭利なスミレ色の瞳が大理石の床を見て、ガラス窓の外に広がる夜景を見て、応接セットを見て、最後に瑞希をまっすぐ見つめ返したのは。


「……イリアだ」

「そうですか……? 聞いたことがない名前だ」


 記憶という引き出しのどこにもないイリア。温度管理までバッチリだと言わんばかりの、エアコンの風が、瑞希の髪にさざ波を立てていた。


「気のせいだったのかな? 見たことがあると思ったのって……」


 もう一度よく見る。珍しい銀の髪。鋭利なスミレ色の瞳。無邪気な子供のように可愛らしいのに、超不機嫌で台無しになっているが、誰がどう見ても眉目秀麗。


 やはりどこかで見たことがあると瑞希が判断しようとした時、いい匂いが急にしてきた。肉を焼いた香ばしい食欲をそそる香り。


 イリアは人差し指を立て、自分の方へ二度ほど曲げて、来いと仕草だけで瑞希に指図した。


「…………」

「?」


 円を描くように続き間になっている室内を、左手に夜景を引き連れて、黒のショートブーツは長い歩幅でどんどん進んでゆく。瑞希は小走りになり、必死にあとを追いかけた。


 いくつかの間仕切りを通り過ぎると、ろうそくのアナログチックで儚げな炎が彩りを添えるテーブルが、窓際にひとつセッティングしてあった。


 白いテーブルクロスの上に、若草色のそれが八角形を描くように互い違いに敷かれた、洗練されたセンス。


 クリーム色の花びらにピンクの縁取りが可愛らしさを振りまくカーネーション。降り積もる雪のようなかすみ草。彼女たちは細く小さな花瓶で、恥ずかしげにろうそくに照らし出されていた。


 男はさっそうと向こう側の席に座り、かたわらに用意されていたナプキンを慣れた感じで取り上げた。


 ふたり分用意されている食事。高級レストランも顔負けな、様々なフォークとナイフたちが横並びしているフルコース。


「貴様、こっちに来て座れ」


 夜景を眺めながら、一緒に食事をと誘っているようだった。瑞希は仕切りのところに立ち止まったまま、まるで甘い夢から覚めてしまったように、一気に表情は色をなくした。


 瑞希は自分でもわかっている、可愛げがないと。


「お金を払ってないので食べません」


 CDももらったのに、これ以上 おごってもらいたくなかった。自分は誰かのために生きたい。だから、修道院へ行って煩悩を捨て、みんなの幸せを祈るのだ。自身に正直に向き合うと、瑞希はやはりうなずけなかった。


 イリアは両腕を組んで、堂々たる態度で華麗に足を組み替え、


「俺が払ってやる。ありがたく思え」


 瑞希はテーブルまでさっと走り寄り、手を勢いよくつくと、花々が揺れた。


「いや、私が払います!」

「俺が払ってやる」

「私が払います」


 ふたりの微笑ましいやり取りを、間にいたカーネーションとかすみ草が、まるで視線を左右にやりながら、うかがうような行為が繰り返される。


「俺だ」

「私です」


 他に誰もいない空間で、続いてゆく言葉の応酬。


「俺だ」

「私です」


 さっきも店で他の客に痴話喧嘩と勘違いされていた瑞希とイリア。張り合ってしまうほど、最初から仲がいいのだった。


 ある意味ふたりきりの世界。イリアの天使のように綺麗な顔がふと歪み、瑞希に人差し指を突きつけた。


「貴様までハルカと一緒で、ルールはルールか!」

「ハルカっ!?!? 誰のこと? 女の人だよね?」


 瑞希は怒っていたことも忘れて、他の人物の介入にただただ驚いた。イリアはバカにしたように鼻で笑い、これ以上ないほどのひねくれ言葉をお見舞いしてやった。


「貴様の頭は細胞分裂を一回もしていないんだな。しょせんその程度だ」

「かちんと来るな」


 滅多に怒らない瑞希だったが、また堪忍袋の尾が切れそうになった。しかし、三十路には知恵がある。深呼吸をして視線をそらす。


「まぁ、それは置いておこう。ハルカさんはイリアさんの奥さんとか恋人ってこと? でもそれじゃニュアンスがおかしいなぁ〜? ここでいきなり出てくる話じゃないよね?」


 聖女になるつもりの瑞希。目の前のイケメンがどんなに素敵であろうと、彼の恋愛事情に興味はない。しかし気になるのだ。このおかしなタイムループに関係するのならば。


 鋭利なスミレ色の瞳は窓ガラスを切り刻みそうなほど見つめている。


「貴様、ステファから聞かなかったのか?」


 ゴーイングマイウェイで真相が闇に葬り去られそうになっていた。瑞希は激しくまぶたをパチパチさせる。


「ステファは誰? また女の人? っていうかいっぱい出てくるな」


 そうしてまたやって来てしまった。


「…………………………………………」


 男だけ時が止まってしまったように動かない――ノーリアクション。瑞希は彼を放り出して、真剣な顔で考え続ける。


「さっき会った人のことを言ってるんだよね? あれ? 藍琉 御銫さんだったよね? それとも、あのチビっ子の名前がステファってこと? でも、男の子だよね? ずいぶん口調が砕けてるもんね。それとも見逃してるのかな? 他にも誰か出てきたっけ?」


 自国の夜景と、今広がる外の景気を頭の中で重ね合わせたまま、首を傾げていると、吐き捨てるような、ささやき声が途切れ途切れで聞こえてきた。


「くそっ! なぜ、じょう……えい……するんだ?」

「ん? あれ? 何か言ってるみたいだけど、また独り言かな?」


 瑞希がかがみこんで男の様子を見ようとすると、ブラウンの長い髪が肩からさらっと落ちた。


 いつまでも負けているわけにいかない。イリアは刺すようににらみつけ、挑戦状を叩きつけた。


「ふんっ! 払えるものなら払ってみろ!」


 瑞希はバッグに勢いよく手を突っ込み、意気込んで財布に手をかけた。


「いくらですか?」

「三十万六千ギルだ――」


 バツ二フリーターとは世界も桁も大きく違っていた。


「え……? 三十一万ギルも必要?」


 高級感漂う空間で、瑞希の手は力なくバッグからのろのろとはい出てきた。


「はぁ〜……。二十五日が給料日、今日は十八日……持ってない。っていうか、給料日が来ても、三十一万の大金は持ってない……」


 どうやっても追いつかない支払金額。瑞希はピンクのミニスカートに両手を乗せて、涙を流す音を再現し始めた。


「シクシクシクシク……」

「八十一だ」


 二桁の数字が、イリアの俺様この上ない声でいきなり登場。瑞希はびっくりして、泣き真似モードを急停止した。


「えぇっっっ!?!? シク(四×九=)三十六です!」


 どこかつながっている感のある瑞希とイリア。彼はデフォルトの超不機嫌顔で、宙を見つめたまま動かなくなった。


「…………………………………………」


 百九十六センチのすらっとした体躯。容姿端麗。ファッションセンスも抜群。今も組まれている足は、モデルのような写真映えするポーズ。ゴシックなイメージでスタイリッシュ。


 態度は超不機嫌、俺様、ゴーイングマイウェイ。それなのに、どこかボケている感が否めない。やはり完璧な人はいないのだと思い、瑞希は親近感を持った。


「もしかして、数字に弱い……?」


 計算機を使っているのに、計算間違いをするほど、瑞希の数学能力はひどかった。だからこそ、イリアは他の分野に才能があるのかもしれないと、彼女はちょっぴりほっこりした気分になった。


 テーブルの上に乗っている料理が飛び上がるほどの強さで、イリアはテーブルクロスをバンと叩いた。長々とイライラというマグマが降り注ぎ始める。


「貴様、最初から俺の言うことを黙って聞いておけばいいんだ! 人間のくせに生意気だ! 貴様のような貧困層で払えるはずがないだ――」

「じゃあ、あとで分割して返すので、何イリアさんか教えてください」


 火山噴火している山肌を無装備で登り続け、落ちてくる赤オレンジの灼熱をした石を素手で払いのけるように、瑞希は話を途中でさえぎった。


「貴様に名乗る義理などない」


 そっぽを向いてしまったイリアの横顔を、瑞希はにらみつける。さっきから同じ繰り返し。


「む……」


 ここは強行突破を図るしかない。瑞希はバックから財布を取り出し、チャックを全開にして、テーブルの上で逆さまにした。


「じゃあ、足りないですけど、これが持ち合わせ全部なので、この分だけいただきます」


 しかし、札は出てこず、小銭たちがチャラチャラと音を歪ませて、テーブルにこぼれ落ちてゆくだけ。作戦失敗に終わりそうだった。瑞希の両手首は無防備に財布のそばで揺れている。


 ノーリアクションをしているが、瑞希と違って落ち着きのあるイリアは、彼女の両手首を片手で手錠をするように着実に強くつかんだ。


「っ!」


 いきなりかけられた拘束。


「えぇっ!?!? え、え……??」


 瑞希の声は裏返りそうになった。イリアは椅子からさっと立ち上がり、つかんだ手はそのままに瑞希の背後に向かって、長い足で足早に歩き出した。


 絨毯の上で強制的にターンをさせられた瑞希。彼女の財布からバラバラと小銭が散らばり、童話のお菓子を落として迷わないようにしました的に、線を描き出した。


「っ……っ……!」


 無遠慮に、ゴーイングマイウェイに、どんどん連れていかれる。部屋の間仕切りをいくつも抜け、バスルームも追い越し、


「ちょ、ちょっと、ど、どこに、い、行くんですか!」


 人ではなく物扱い。無理やり歩かされている瑞希の声はどうやっても、衝撃ではずんでしまう。


 そうこうするうちに、イリアは空いているほうの手で、ドアノブを勢いよく回した。部屋に連れ込まれた瑞希は、そこがどこか確認する暇もなく、


「っ!」


 イリアの力む声が響き渡ったと同時に、彼女の体は投げ飛ばされた。


「っ!」


 床や壁にぶつかるかと思い、思わず閉じたまぶた。だったが、ギシッと何かがきしむ音がすると、ふんわりした感触が背中に広がった。


 真っ暗な視界。その中で、太ももの横が下に押される感覚がした。危険な予感――。瑞希は慌てて目を開けると、ベッドの上に仰向けに倒れていた。


 その上に乗ってこようと、イリアが左ひざを布団の上にかけているところだった。予感的中。


「えぇっ!?!?」


 電光石火な急展開。食事をするはずだったのが、ベットの上にいる。バツ二の三十路女は思う。ここまでの経緯がもっとあってもいいはずだと。


 それとも、最近はやりの、ポリネシアンセック◯にある、食事をあまり摂ると、感度が落ちるということか。瑞希は色々考えてみた。


 のんきに倒れたままでいると、イリアの右足は瑞希の体をまたいで、反対側のシーツの海に落とされた。完全なる押し倒し。


「え、えぇ……!?!?」


 あとはどんな意味がと瑞希は、イリアに見下ろされたまま考えてみる。銀の長い前髪が重力に逆らえず、瑞希の三十路バディーにまっすぐ落ちてきていた。


 両目があらわになった鋭利なスミレ色の瞳。鋭さが倍になっただけだった。


「…………」


 まだ逃げられる。足はまたがれているが、挟まれてはいない。それよりも、この意味を大人的――煩悩で解釈したかった、瑞希は。


「あ、あの……?」


 そうして、とうとうやって来てしまった。イリアの右手が瑞希の頭の横――枕の上へドスンと落ちた。次に左も同じようにやって来て、瑞希はついにベッドの上に拘束されてしまった。


 彼女のクルミ色の瞳は大きく見開かれ、ムンクの叫びみたいな変顔をして、心の中で思い切り叫んだ!


(いや〜〜! いつの間にか――っていうか、ゴーイングマイウェイ的にベッドドンなんですがっっ!!!! イリアさ〜ん!)


 そうして、妄想世界へと飛ばされてしまった。


    *


 いきなり押し倒されたベッドの上。どこかずれているクルミ色の瞳と鋭利なスミレ色のそれは一直線に絡まる。


 イリアの繊細な指先が瑞希のあごにそっと添えられた。彼女の顔を優しく持ち上げる――あごクイ。


 瑞希がうっとり見つめる先で、超不機嫌ばかりのイリアの顔は、無邪気な子供が新しいことができた時のような飛び切りの笑顔を見せた。


 奥行きがある少し低めの声で、そっとささやく。


「――イカせてやる。ありがたく思え」


 瑞希は両手で顔を覆って、ベッドの上で手足をジタバタさせ、叫び声を上げた。


「いや〜〜〜〜っっっ!!!! イリアさん、何て言葉を並べるんですか!」


 少々息切れをしている彼女は、リピートしてみた。


「――イカせてやる。ありがたく思え」


 瑞希は悶え死にそうなほど、濡れたザクロをもぞもぞと太ももにこすり合わせる。


「いや〜〜〜〜っっっ!!!! イリアさん、どんだけエロティックな俺様なんですか!」


 お気に召した瑞希姫はもう一度リピートしようとした――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る