身代わり妻(part1)
――――夏の夜の湿り気を帯びた銀盤。
クレーターを見せる彼女の美しい顔は、
光の海を見下ろす高層階の部屋――。
明かりを全て落とした空間に浮かぶ、座り心地のよいソファーに男が一人身を委ねていた。
その瞳に映る月影は銀ではなく、安静の意味を持つ――水色。ステンドグラスやカラーフィルムで変色させたのではなく、男にとってはそれが
南半球の海を連想させるような光を存分に浴びながら、髪をかき上げる手は神がかりな線を描く。
「守る必要があるのなら守ります」
口調は上品で丁寧。声色は
「なければ、放置というお仕置きです〜」
ゆっくりと立ち上がると、ラベンダーの
衝動で着ていたバスローブはスルスルと体から床へ滑り落ち、滑らかな素肌が夏夜を向こうにした、鏡のようなガラス窓に
「僕にとって、彼女がどのようになろうとも……」
一人きりの部屋。全裸のボディーラインは男性とも女性とも取れない。
月明かりに照らし出された長い髪を、一人がけのソファーに川のように残しながら、裸足で窓へとまっすぐ歩いてゆく。
「……関係ありませんからね」
あと一歩足を踏み出せば、ガラスにぶつかってしまうという時だった。水色のレースのカーテンで作られたような幻想的な道が窓の外――夜色の空中にでき上がったのは。その光景は宙に浮かぶ光る川のようだった。
月の光と瞳のヴァイオレットが窓辺で運命の出逢いをし、
すると、不思議なことに男は窓をすり抜けた、水のカーテンでも
ふと建物も何もない空中で綺麗な足は立ち止まり、水色の月の光を存分に浴びようと背をそらし、瞳をそっと閉じた。
素肌だけだと思っていた
どんな星よりもきらめくようでありながら、忍び寄る蛇の毒牙のように鋭く絶命な
何かと対峙するような
*
――――人混みという川から遅れず速すぎず進んでゆく大通り。同じ時間はこれで四回目。
瑞希のどこかずれている頭脳は気分が滅入るどころか、夏の湿った風に吹かれて開放的な気分でアクセル全開。
(ふふ〜ん♪ 久しぶりだなぁ。地上通るのって……)
音楽再生メディアから聞こえてくる曲のスピードに合わせて、リズムを自然と体で控えめに取り進む。
ザビに入ったと同時に、さらにノリノリで人混みを流れてゆこうとしたが、店の軒先に置かれたメニュー表が視界に入った。
(あっ! 高級フルーツパーラー!)
ひとつ何千から何万ギルもする、フルーツたちが顔を並べるパラダイス。バツ二フリーターにはご縁のない場所。離婚する前に一度行ったきりで、また今度と何度も思いながら、訪れる機会を逃し続けた店。
瑞希は今何をしているのかすっかり忘れ、メニュー表に穴があくほど見つめて、バカみたいに口をぱかっと開け、よだれがこぼれそうになる。
(あぁ〜、ケーキだ。食べたい!)
高級フルーツと生クリームがハーモニーを奏でるデザート。瑞希の脳裏でくるくるとケーキが悩殺するように
(そういえば……)
物欲しそうに眺めながら、今までの食事をキュルキュルっと記憶を巻き戻して、記憶力崩壊気味だが何とかたどってみた。
(
仏壇にある
焦点が現実へ戻ってきて、
(海羅さんの時はフルコースだったけど、フルーツだった)
ここにあるのと負けず劣らずのものだったのだろうと、瑞希は思う。あれは果物の甘さではなく、菓子みたいな糖度のものだったのだから。
そうして、気を失う前のビールの苦味と一緒に飲み込んだものを再生させて、
(兄貴の時は……居酒屋メニューばっかりで、女子力ゼロだった)
野郎だらけの飲み会。しかも、途中で泥酔。デザートまでたどり着けなかった、三十四歳女――瑞希。
メニュー表をカバーしているプラスチックの透明に手をかけながら、悔しそうに唇を噛みしめて、涙を流すふりをする。
(甘いもの食べてない……)
よくわからないタイムループに巻き込まれ、神様の言う通りというサイコロで運命に
(よし! 次に何か口にする時には、甘いものにしよう!)
流れ続ける人混みを背中にして、瑞希は握りこぶしを高々と頭の上にかかげた。別腹さんがご所望するのだ。頑張っている自分にご褒美をそろそろ与えようと。
決意を新たに瑞希は振り返って、再び人の流れに乗り出した。
(よしよし、行こう行こう!)
地上を通れとチビっ子が言うものだから、地下道よりも誘惑が多くなった。瑞希が少しだけ進むと、反対側の歩道に青い看板が出てきた。
(あ、本屋さんだっ! あれ? そういえば……)
一人切り離される、黄色とピンクのメルヘンワールド。シャボン玉が飛び回る世界の天よりも向こうにある、チビっ子の手元でカサカサ言っている書類。あの中にどんな行き先が他にあるのだろうかと、瑞希は想像してみた。
(ここにも誰かいるってことかな?)
書店の看板が後ろへ通りすぎるのを目で追う。そうして今頃、こんな疑問が浮かび上がった。
(考えてみれば、西口のロータリーでそれぞれ会えばいいよね? それなのに、毎回違う場所に行く……。バラバラでいるのって何か意味があるのかな?)
できれば一気に出てきて、一気に片付けたい、大雑把な瑞希であった。
(直接会いに来てもおかしくないよね? 何かで忙しいのかな?)
白いローヒールサンダルは無意識のうちに歩道の柵へ寄って、
(それとも乗り気じゃないとか? でもそれもおかしいなぁ〜。だったら、断るよね?)
瑞希が見上げた夜空は星明かりも届かない、ビルで四角く切り取られたただの闇だった。どうにも腑に落ちない話で、彼女はまた地面へ視線を落とす。
(本当に何のタイムループなんだろう?)
何かに自分が狙われているのは何となくわかったが、それはパズルの枠組みだけ。瑞希にはそんな気がしてならなかった。
彼女は人混みの切れ目を探し、さっと柵から離れて流れに乗り、デパートへ向かって歩き出す。
(と、とにかく急ごう)
何かの歯車のひとつに自分が組み込まれているならば、遅れるわけにはいかない。男たちが忙しいのならなおさらで、時間をわざわざ割いてくれているのなら、申し訳ないと瑞希は思うのだった。
しかし、客引きのために強めにかけたエアコンの冷たく乾いた風が、店の入り口から手招きする、いらっしゃいませと言って。
(ここの上に映画館あるんだよね? そういえば、最近見てないなぁ〜)
ピンクのミニスカートと紫のタンクトップは、フラフラ〜っと人の川からはずれて、また寄り道。
あのカラオケエコーつきのチビっ子ボイスに叩き起こされたように、瑞希はハッとして、
「っ!」
煩悩を振り払う。天の声のため。いやマジでおかしなやつに会うために。
(いやいや、急ごう! あと少しでデパートに着く――)
瑞希が人の流れに乗ろうとした時だった。彼女に見えない。いや誰にも見えないところで、金の粉があたり一帯にふわっと飛んだのは。
出そうとしていたサンダルの足をぴゅっと引っ込めて、瑞希は一段高くなっている店の敷居から背伸びをした。
(あれ? あれって何の行列?)
大踊りを挟んだ斜め向こうで、アミューズメントパークの人気アトラクション待ちみたいな長蛇の列を発見した。
(限定物の販売?)
綺麗に一列になり、デパートの脇へと続く小道に曲がり込んでいるようだった。今は夜。日も落ち、夕暮れも過ぎた時間帯。瑞希は首をかしげる。
(でももう十八時すぎてるよね? それはおかしいなぁ〜)
携帯電話をいちいち見ていないが、一回確認しているから、ロータリーからここまで歩いてきているから、その時刻だと瑞希は信じて疑わなかった。
通り過ぎてゆくタクシーの車体に、街明かりが横線を引いてゆく。瑞希の脳裏で電球がピカンとついた気がした。
(あっ! わかった! これだ! チビッ子が言ってたのは!)
珍しく笑顔になった。あり得ない光景はマジでおかしなやつ、だとはじき出した。右に顔を向けて、地下へと降りている階段を眺める。
(本当だ。あと数歩で駅なのに、わかりすぎるくらいわかる登場だった)
鳴り続けている靴音とクラクションが瑞希の思考回路を狂わせる。
(また有名な人? それにしても、何だかおかしいなぁ〜)
いや狂わせているものは別のものだった。それは誰にも見えず感じることもできない、金の粉――幕。それを目の前で誰かにちらつかされているような感覚。
振り払えばいいのだが、人はこれをつかんでしまう。つかんだら最後、その金の粉の名前は――誘引だから。
(まぁ、マジでおかしいって言ってたから、覚悟して行こう!)
瑞希はすでに相手の手中に落ちてしまっていた。しかし、彼女は自分の意思で判断しているものだと勘違いしたまま、歩行者信号が青になったの合図に、
(よし、行くぜ行くぜ!)
妄想世界へとダイブした――
*
――どっと流れ出した人混みが、同じ軍の兵士のように思えた。腰にある無線機ががなり立てる。
「今から敵の本拠地へ上陸する!」
横断歩道の白いストライプは反対側の歩道――孤島へと続く海。
「ラジャーッ!」
瑞希が勢いよく敬礼すると、パシャパシャッと海面が揺れ動いた。アサルトライフルを背中に斜めがけして、警戒態勢――腰を低くし、迷彩柄のズボンは浅瀬を素早く走り出す。
「ゴーゴーゴー!」
順調に進軍していたバツ二軍だったが、敵地へ足を踏みれると――
*
――反対側の歩道の石畳に乗ると、あまりの人の多さに驚いて、現実へと引っ張り戻された。人一人分狭くなった道。金曜日の夜。首都の主要駅。一段と混雑のひどい雑踏の前に、瑞希はただ立ち尽くす。
(うわっ! すごい人だ。どんな人が待ってるんだろう?)
花束やプレゼントを必ず手にした人々。何かを待っているわりには、誰も話をしていない静かな列。瑞希は少し不思議な気持ちになる。
(騒いでる人いないね。ずいぶん行儀よく待ってる……)
人数が半端ではなく、デパートの幾つもあるガラス扉を余裕で通り越し、交差する大通りに曲がり込んで、コの字を描いていた。
(あれ? 女の人しかいないみたいんだけど……。おかしいなぁ)
瑞希は先頭へは行かず、足早に列の
(だって、画家もヴァイオリニストも、男性ファンもいるよね?)
(兄貴なんて仕事聞かなかったけど、野郎どもだらけだったよね)
最初に歩いていた通りと平行に走っている車道へとやって来た――デパートを間に挟んでワンブロック移動した。
列をのぞきこむと、向こうの角で並びはさらに曲がっているようだった。つまり、デパートを一周しているほどの長蛇の列。
(今度の人、本当に何の職業なんだろう?)
足早に瑞希は列に並ぶ人を目で追っていくが、男が一人もいない。アウトレットのバッグはふと立ち止まって、車道の向こう側に広がるまったく違う街並みを眺めた。
(もしかして、一本向こうの道だけどホストとか?)
しかし、瑞希はいまいちピンとこなかった。列の最後のほうまで歩いて来たが、答えは見つからなかった。
(本当に女の人しかいない。百聞は一見にしかず! とにかく一番前に行って見てみよう!)
誰一人としてもれず、ばっちりメイクしている女たちの列を最後部へと瑞希は走った。デパートの脇道で、人通りはだいぶ少ない。
ブラウンの長い髪は真相へと迫るように、蛇がとぐろを巻くような列の先頭へ背後から近づく。
女たちが持っている花束の透明フィルムが風を受けて、街明かりを乱反射させていた。
瑞希は通り過ぎるふりをして、確かめようとした。マジでおかしなやつだ。嫌でも手足は緊張でプルプルと震え出す。
鼓動は速くなり、やけにうるさい。あと一歩踏み出せば、人々の陰から姿が拝めるという位置までやって来た。
ガチガチになっている体を緊張感から解放しようと、大きく息を吐き、
「ふー。よしっ!」
気合いを入れて一歩踏み出したが、拍子抜けするような人がそこには立っていた。瑞希は思わず、人混みモードを解除し、大きく声を出してしまった。
「あ、あれっ!?!?」
どこかずれているクルミ色の瞳に映っていたのは、女性らしいボディーラインを惜しげもなく見せる、白いチャイナドレスと同じ色のピンヒール。
はっきりとしたピンク――マゼンダ色の腰までの長い髪を持つ美女が、列の先頭に佇んでいた。髪が夜風に妖しく揺れる。
「女の人だ。ここじゃないのかな?」
腰までのスリットからはみ出した足は、色気も跪くような曲線美。そばを通り過ぎる男たちが釘付けになりながら、遠ざかってゆくのを繰り返している。
キョロキョロしていた瑞希だったが、黄色とピンクのメルヘン世界での話をふと思い出した。
「でも待って! チビっ子、男の人しかいないって言ってないよね? だから女の人も出てくるのかも」
ピンヒールを抜かしても、女の背丈は瑞希より数センチ高いくらいで、
「っていうことは、今度はこの女の人だ。飛んでると捕まるの意味がよくわからないけど……」
誰にも見えない世界で、今もあたり一帯を漂う金の粉――。
女自身もそれに気づかず、列に並んでいる人々から花束やプレゼントを受け取るたび、細い手首でシルバーのブレスレットがか弱く揺れる。
瑞希は通りの端で立ち尽くしながら、違和感を抱いた。
「女の人に女の人がたくさん並んでる……? 何をどうすれば、こんなに同性に人気なるんだろう?」
男性もそうだが、女性をより魅了する美女。列を作ってまでもプレゼントや花束を渡したいと思う原因。瑞希は首を左右に傾けながら、ボソボソとつぶやく。
「綺麗だからかな? 確かに、あんなに綺麗な女の人初めて見た。神様か何かみたいだ。あんな神がかりな美人いるんだね。隆武も綺麗だけどさ」
ニコニコと人当たりのいい笑顔で、ベビーピンクの口紅が唇を動かすたびに、風に吹かれた花びらのように可愛らしさを振りまく。髪をかき上げる仕草は、それだけで色香が漂うようだった。
瑞希は腕組みをして、白いサンダルの右足を、アスファルトの上にパタパタと叩きつける。
「どうしようかな? 話しかけるのは申し訳ないよね。他の人が並んでるから……」
白いチャイナドレスを着た女に、何万もするであろう花束をちょうど渡し終えて、こっちへ歩いてくるモルガナイトの宝石がついたヘアドレスアクセサリーをした、女が瑞希の横を通り過ぎようとした。
「すみません」
「はい?」
瑞希に呼び止められた女は、ハイヒールの足をふと止めた。
「あそこに立ってる人は誰ですか?」
「ランジェさんですよ」
ニコニコと微笑み、マゼンダ色の長い髪が背中で揺れる美女。彼女をじっと見つめて、瑞希は何度もうなずく。
「ランジェさん……。女らしく綺麗な名前で、あの人にぴったりだ……」
しかし、記憶という引き出しのどこにもない、ランジェ。
「何をしてる人ですか?」
「世界的に有名な占い師です」
「あぁ〜、占いだから女子がいっぱいなのか」
瑞希の納得した声が、都会の喧騒に入り混じった。
しかし、街角にいる
という疑問が、いつもの瑞希なら浮かぶはずなのに、ただただのんきに首を縦に振るだけだった。
呼び止めた女のまわりに、誰にも見えない金の粉が舞う。彼女は興奮した様子で、女占い師の丁寧な説明を始める。
「ランジェさんの能力は素晴らしんですよ。人の未来をピタリと当てるんです。今まではずしたことがないんです。ですから、世界中の人から依頼が来るんです」
「あぁ、そうですか」
瑞希は二重がけしたペンダントヘッドを指先で弄び、独り言を言う。
「自分も霊感があるから未来を見たりするけど、ちょっとしたことで未来って変わるから、まず当たらないよね? それが当たるんだ。世の中にはすごい人がいるんだなぁ」
非の打ち所がない人物だと、瑞希は尊敬の眼差しを、白いチャイナドレスの女に向けた。
「何の占いですか?」
「霊感です」
「霊感……」
浮かれた気分から、瑞希は一気にシリアスへ切り替わった。
自分と同じような感覚を持つ人がいる。しかも相手はプロ。自分の比ではないだろう。そう考えながら、曲げた指の節を歯で軽くかむ。
(あの人に聞けば、自分の未来がわかるかも……しれない)
さっき感じた、修道院へ行って、聖女になれないかもしれないという不安を払拭できるかもしれないと、瑞希はどんな運命が待っているのかを知ろうと、決意を固めた。
引き止めたしまった女の前で、ブラウンの長い髪がお辞儀で、縦の線を力強く描いた。
「ありがとうございました」
白いサンダルは素早く振り返って、ピンクのミニスカートがふわっと舞い上がる。
「よし、聞いてみよう! 並べ並べ!」
マゼンダ色の長い髪をした女に背を向けて、列の最後尾に行儀よく加わり、占いをしてもらうために待ち時間を過ごすこととなった。
少しずつ消化されてゆく女占い師へと続く行列。しかし、全体の人数が減ることはなく、次々とパーティドレスを着た女たちが贈り物を手に並んでゆく。
列は順調に進んでいたが、一人普段着の瑞希は時々顔だけではみ出して、あたりをうかがっていた。
(占いでも男の人が並んでてもおかしくないよね? 本当に女の人しかいないんだけど……)
瑞希は首を傾げながら、注意深く列を見ていたが、やはり男は誰一人としていなかった。そんなことをしているうちに、再びデパートの脇道へさっきとは反対側から戻ってきた。
(女性限定の占い師なのかな? それとも――)
その時だった。何かを警告するような女の悲鳴が上がったのは。
「きゃあっ!」
列の先頭から聞こえてきて、瑞希は顔だけ出して、広がった光景に思わず目を見開いた。
この列とは関係ない女が一人、道端に倒れていて、まわりの通行人がびっくりして立ち止まっているところだった。
(えっ? どうしたのかな?)
女占い師のすぐそば。それなのに、彼女は気にした様子もなく、プレゼントや花束を受け取り続け、ニコニコと微笑んでいる。
気絶した女で歩行者が困惑しているところへ、次の混乱する出来事がやって来る。
瑞希の横をバタバタと靴音を響かせて、数人の女たちが後ろから通り過ぎてゆきながら、
「すみませ〜ん! これよかったら使ってください!」
「私も〜」
「私もです〜」
占い師のそばに集まった。横入り、割り込み。しかし、誰も文句を言う者はいない。白いチャイナドレスの女も注意するどころか、ニコニコの笑顔で普通に対応している。
(ん? 何か渡してる?)
手のひらより少し大きい、四角い箱みたいなものが女たちの手から、占い師へ次々と渡ってゆく。
それが少しだけ傾くと、側面に印字されていたのは肖像画だった。瑞希は自分の目を疑った。
(え……? お金? あれって数十万じゃないよね? 数百万だよね?)
帯つきの札束が、女占い師の手にどんどん渡っている。占いの代価ではない。占い師が仕事をするにしては時間が短すぎる。無償で手渡されているような札束の山。
(どうなってるんだろう?)
ゲリラのようにやって来て、金を渡すと去っていった女たち。瑞希が真意を確かめようとすると、足を引っ掛ける罠でも張られているように、占い師のすぐ近くで女の悲鳴がまた上がった。
「きゃあっ!」
まだ前の人が救護されていないのに、別の女が気絶。無関心な都会人もさすがに騒然となった。
(えっ!? また倒れた! 暑いから倒れた? でもさっきと同じ場所で倒れてる……)
マジでおかしいやつはわかっている。しかし、詳細が不明のままで、瑞希は頭を悩ます。
(だけど、飛んでると捕まるとは関係ないと思うんだけどなぁ〜)
未だあたりに飛行物はない。虫取り網も見当たらない。デパートの壁を見て、空を眺めて、大通りへ振り返って、瑞希は首をかしげた。
誰にも見ることができない別次元の空中で、金の粉が竜巻のように舞い上がる――
(たまたま他の出来事と重なってるだけ――)
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