また逢う日を楽しみに
松野椎
また逢う日を楽しみに
また今年も、この時期がやって来た。
暦の上ではもう秋だというのに、夏の暑さは衰えることを知らず、今日も肌を刺すような日差しが地上へと降り注いでいる。そんな外の様子を尻目に、私は涼しい和室の中でだらんと寝転んでいた。
外の炎天下で活動している人には悪いが、こんなに快適な空間に居ると、まるで自分が天国に来てしまったかのような錯覚を覚える。このままずっとここに居たいと心の底から思うが、天国気分もあと数時間。今日、この休暇が終わってしまえば、私もまた地獄へと逆戻りだ。
毎年この時期になると、私のいるところでは約4日間の休暇が強制的に支給されるようになっている。しかし、どこかに出かける当てがない私はこうして、毎年実家に里帰りしている。
でも、私が帰ってくると恒例のごとく、「今年も帰って来たんだね」と私が実家にしか行き場がないような言い方をするのは、本当にやめてほしい。だって、実際その通りなんだから。
あぁ、ないものねだりをしても無駄なことは知っているが、私もたまには実家以外にも行ってみたい。遊園地とか動物園とか水族館とか……。うん、やっぱりぼっちで行くのは寂しいから、おとなしく家でのんびりしていよう。外、暑そうだし。
それに私みたいな親不孝者は、こうして休みの時ぐらいは両親に顔を合わせるべきだろう。たとえそれが、私の自己満足であるとしても。
まぁ、色々文句を言っているが、私は家族が嫌いなわけでもなければ、どこかに行く当てもないので、こうして実家に帰省するのに不満があるわけではない。むしろ、こんな娘を歓迎してくれる両親に感謝しているぐらいだ。
ただ、一つ贅沢言わせてもらえば、久しぶりに帰ってきたんだからもう少し私に構っていただきたい。ご飯を作ってくれるのはありがたいし、私が帰って来る際には飾りつけをして出迎えてくれることなどは大変嬉しいのだが、いかんせん会話が少なすぎる。具体的には、両親が私に話しかけてくる回数が1日に1回あるかないか。私に会いに来てくれる友達の方がよっぽど会話が多いというのは、私への両親の愛が薄いように思えて些か寂しい。
構ってほしいけども、必要以上に私に触れてほしくない。困ったジレンマを抱える私は、面倒くさいタイプの人間だ。
あぁ、そうだ。今の話で思い出したが、そろそろその友達が私の元へやって来る頃ではないか。
その友達、陳腐な表現をするならば大親友とでも言おうか。そいつは、毎年私に逢いにやって来る、一言で言えば騒がしい奴だ。だが、その騒がしさも会話に飢えている今の私にとってはありがたい。それに、あいつの元気な姿を見るのは、私にとって夏の風物詩であるので、年に一度の楽しみだったりする。
「こんにちはー!」
「あらあらいらっしゃい、桜ちゃん。今年も来てくれてありがとうね」
噂をすれば玄関の方から声が聞こえてきた。桜と言うのは、今話していた友達の名前だ。相変わらず、桜の声は聴いていて心地が良い。桜と共に過ごした懐かしい日々が、つい昨日のことのように思い出される。
「これ、つまらないものですが」
「わざわざありがとうね。鈴音も喜ぶと思うわ。さぁ、上がってお茶でも飲んでいきなさいな」
「はい。それじゃあ、スズとお話しながらいただきますね」
どうやら、桜がこっちへ来るようだ。大したもてなしは出来ないが、ここにはふかふかの座布団もある事だし、桜にはそれに座ってもらおう。なにか足りないものがあれば、きっと母がなんとかしてくれるはず。
私、スズこと鈴音は、かなりの楽観的思考の持ち主である。
「スズ、おじゃまするよー」
さて、襖を開ける音と共に、桜と一年ぶりのご対面を迎える私。久し振りだし、桜にどこか変わったところは無いかと、彼女の姿をまじまじと見つめてみるが、あまり目立つものは無かった。強いて言うなら、ちょっと胸が成長したような気が……、いや、やっぱり気のせいだったようだ。
「なんか今、すごく失礼なことを考えられた気がする」
ぼそっと呟きながら、ジト目をする桜。
どうやら私の考えていることは、桜にはお見通しのようだ。さすがは私と小中高の約12年もの間、共に苦楽を過ごした仲。下手したら、家族よりも私の事を分かっているかもしれない。
そんなことを考えていると、桜は昔とおんなじ屈託のない笑顔をして、私に言う。
「なにはともあれ、今年も逢いに来たよ。スズ」
うん。今年も来てくれて、ありがとう。桜。
私と桜が出会ったのは、今から15年前。小学校の入学式でのことだった。
当時の私は極度の人見知りで、誰かに話しかけることはもちろん、話しかけられてもうまく言葉が出てこなかった。だから、幼稚園ではいつもひとりぼっち。ろくに人と遊んだ経験すらなかった。
でも、入学式の日。隣の席に座っていた桜が、私にニコニコと屈託のない笑顔を浮かべながら、
「はじめまして。あたし、さくらっていうの。これからよろしくね!」
と言って、手を差し出してくれたことで、私にも初めて友達ができたのであった。
とはいえ、その時の私はそんな社交的な桜に戸惑ってしまい、「あ、えと、その、は、はい」みたいになっていたが。ちなみに、握手はちゃんとした。
さて、これを切っ掛けに仲良くなった私たちは、健やかなるときも、病めるときも、いつも一緒に喜んで、泣いて、笑って、楽しい学生生活を過ごしたのである。
……本当に、幸せな時間だった。
そういえば、昔。私たちが小学校の高学年だった頃であろうか。一つ、私の中に深く刻まれた出来事がある。
それは、ある秋の日のこと。その日、私は病院に行ってから登校したので、学校に着くころにはもう昼休みになっていた。今も昔も、私は桜大好きっ子だったから、ランドセルを置くとすぐに桜を探す。その頃、桜はよく男子に交じってドッチボールをしていたので、校庭に居るだろうと見当をつけて行ってみるが、桜の姿はそこにはなかった。
あれ? と思いながら他の場所を探してみると、桜は学校の花壇に咲いたリコリスの花をじっと眺めていた。
「こんなところで、何してんの。桜」
「あ、スズ……」
私に話しかけられて、顔を上げた桜。その目には真っ赤に泣き腫らした痕があった。これに驚いたのは私。一体何があったのかを桜に尋ねてみれば、男子から仲間外れにされて、悔しくて泣いていたと言う。
そんな桜の言葉を聞いて、私がまず最初に思ったのは、桜らしくないなというものだった。私の知っている桜は、へこたれない、諦めない、挫けないを体現したような子だったのに、と。
……今だから分かることだが、多分桜は私にカッコつけていたんだと思う。だから、この時のようにカッコつける相手が居なければ、途端に弱くなってしまう。
もちろん、そんなこと当時の私が知る由もないので、何とかして桜を慰めないとと、私は一生懸命だった。
「ねぇ、桜。この花の花言葉って知ってる?」
「花言葉? いや、知らない。ただ、不思議な形の花だとは思っていた」
「確かに、こんな花は珍しいよね。それに、不吉な花だと言われることも多い。でも、花言葉は素敵なんだよ。『情熱』『独立』『悲しい思い出』『あきらめ』」
「明らかに最後二つ、素敵とは程遠いんだけど……」
桜の言う事も尤もだ。でも、だからこそ私にはそれが素敵に思える。
「『悲しい思い出』だって、『あきらめ』だって、それがあるから人って強くなれるんじゃないかな。楽しい思い出も、諦めない心も、それはそれで大事だけど、きっとそれだけじゃ人生味気ないよ」
その言葉を聞き、納得したようにゆっくり頷いた桜。その顔に、涙の痕はもう無かった。
私が一通り昔を懐かしみ終わると、悪戯っぽい笑顔を浮かべた桜が目に映った。桜は手に持っている大きな袋から、何かを取り出そうとしている。
「私ね、今年花屋に就職したんだ」
そう言って私に差し出したのは、白い花束。いや、白いリコリスの花束。
「小学生の頃、泣いていた私をスズが慰めてくれたこと、あったよね。あれが切っ掛けで、私は花屋になる夢を持てた。そして、これはその夢が叶った、ありがとうのプレゼント」
桜は、花束を花瓶に入れ替えて、私から見やすいように置いてくれる。
「うん。これでよし! じゃあ、またね。あの世からちゃんと見守っててよ。スズ」
そして、桜が帰って、また静かになった室内。でも、桜が飾ってくれたリコリスの花を見ていると、心が温まるのであった。こちらこそ、ありがとうだよ。桜。
リコリスは彼岸花とも呼ばれる花で、燃えるような赤い花が特徴だが、現在では品種改良も進んでおり、赤以外の花も珍しくない。
中でも、白い花には特別な花言葉がつけられていて、その花言葉とは――
――『また逢う日を楽しみに』
また逢う日を楽しみに 松野椎 @matsuno41
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