虹色の詰め合わせ

霜月 風雅

お姉ちゃんは宇宙人

   ぼくのお姉ちゃんは、宇宙人だ。

別にこれは悪口じゃない。だって、お姉ちゃんが自分で言っていることだから。

「あのね、紅也。私は、紅也の本当のお姉ちゃんじゃないのよ。」「・・・なんで?」

「だって、私は宇宙からやってきた宇宙人だから。そのうち、宇宙船が私を迎えにきて星に帰らなくちゃいけないんだ。」

これがぼくのお姉ちゃんの口ぐせだ。いつも、何かあるとこう言っていた。だから、ぼくもずっとお姉ちゃんは宇宙人だと思っている。

 だって、ぼくのお姉ちゃんはちょっと変わっている。だから、本当に宇宙人なんじゃないかと思う。

「ほら、小紅!起きなさい。遅刻するわよ!!」朝はいつも、お姉ちゃんがお母さんに起されている声でぼくは目を覚ます。お姉ちゃんは、一度布団に入ると全然出てこない。ぼくはさっさと起きて学校に行く準備をすることにした。どうしてかって?だって、これからお姉ちゃんとお母さんの朝の大バトルが始まるからだ。

「うう、行かなあい。今日は、行きたくなあい。」「あんた、そう言って昨日も休んだでしょ?ほら、起きて。」「やだああ、行きたくなあいもん。」

ぼくのお姉ちゃんは、学校が嫌いだ。お姉ちゃんは、ぼくよりも7歳年上で今は、大学生だ。それなのに未だに計算は指を使わないとうまく出来ないし、ぼくでも書けるような簡単な漢字も書けない。なのに、とても難しい小説を何時間も何時間も部屋にこもって読んでいたり、その日のテレビ欄を全部覚えていたりする。ぼくのお姉ちゃんは頭がいいのか、それとも悪いのかよくわからない。

 ぼくが、ご飯を食べて準備をしている間にお姉ちゃんはむっつりとまるでおもちゃを買ってもらえなかったぼくみたいな顔をして、リビングにやってきた。今日はどうやら学校に行くみたいだ。こういうときは、お姉ちゃんは何を言っても何も返してくれないからぼくはさっさと顔を洗ってしまうことにした。

「ごめん、炊くの忘れちゃったの。今日はパンで我慢して。」「・・・朝は、朝ごはんは、お味噌汁とご飯なのに。今日は、水曜日なのに。」お姉ちゃんは、毎日決まったものを食べることが多い。だいたい、平日の朝はお味噌汁とご飯に漬物。そしてお休みの日は朝と昼を一緒にトーストだ。それじゃないとお姉ちゃんは、あまり食べない。今日も、泣きそうな顔をして牛乳を見つめている。

 ぼくが着替えているとお姉ちゃんが、食べ終わったお皿を流しに持っていって歯ブラシを出す。お姉ちゃんは何でも順番をつけるのが好きだ。朝は、ご飯を食べたら、歯磨き、顔を洗う、着替えるの順番だ。これはいつもで毎日のことで、この順番でないとお姉ちゃんはしばらく固まって動かなくなってしまう。ぼくはこれをフリーズすると呼んでいる。前にパソコンをしていたお母さんが、動かなくなったパソコンをそう呼んでいたのから着けた。

 ぼくのお姉ちゃんは宇宙人だ。ぼくはずっとそんなお姉ちゃんと一緒にいたから、これが普通なんだと思っていた。だけど、学校の友だちのお姉ちゃんは、同じ大学生でもっと大人だった。あんな風に大きな声で猫やぬいぐるみに話しかけないし、はげているおじいさんを見て笑ったりしない。見たかったテレビが録画できていないだけで泣いたりもしないし、初めて行く場所で知らない人に怯えたりしない。

「あ、お姉ちゃんだ。」学校の帰り道、家の近くの原っぱでお姉ちゃんがしゃがんで何かをじっと見ていた。今日は、お姉ちゃんはぼくより早く学校が終わっているはずなのにまだ、背中に大学の教科書が入っているリュックを背負っている。

「何しているんだろう。」

お姉ちゃんは、ときどき何かに気を取られて何時間も動かないことがある。それは、家の中でも外でも場所は関係ないし、ただの鉛筆だったり見たことのないマンモスの骨だったり色々だ。ぼくとお父さんたちが通り過ぎてしまうような物にお姉ちゃんは、とても興味を持つ。そうして、何時間も何時間もずっとそれを見ている。

「あ、紅也だ!おかえり~」「うん、お姉ちゃん。ただいま。」

どうしようか、と迷いながら脇を通るとお姉ちゃんはぼくに気がついて顔を上げた。それから、ぴょんぴょんと跳ねながらぼくの隣りを歩く。

「お腹空いたね。」「そうだね。」

お姉ちゃんは、人に触られるのが嫌いだ。それはぼくでもお母さんでも、誰であっても嫌なのだと言っていた。小さい頃抱っこされるのも嫌がって大変だったとお母さんは言っていた。だから、ぼくはお姉ちゃんと手を繋いだことがない。その代わり、お姉ちゃんがぼくの隣りを歩くときはいつもぼくのかばんを握っている。迷子にならないように、としっかり握ってくれている。

 ぼくのお姉ちゃんは、宇宙人だ。お姉ちゃんは、今日もいつもと同じ時間に夜ご飯を食べてお風呂に入って、テレビを見ている。お姉ちゃんはテレビと話せる。

「おっと、そろそろ寝る時間だ。もう、寝なきゃ。お水、お水、」お姉ちゃんは、毎日決まった時間に決まったコップでお水を一口飲んでからトイレに行ってそれから、布団に入る。

「じゃぁ、おやすみなさい。」

 ぼくのお姉ちゃんは、宇宙人だ。それは一緒に暮らしているぼくが一番よく知っている。お姉ちゃんは、普通の人間じゃない。本当に変なお姉ちゃんだ。

 だけど、ぼくはそんなお姉ちゃんが宇宙人でも大好きだ。

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