第18話 『伝説の魔剣と、真のサムライマスター』



 「さぁ、戦おうぜ~」

 武器がないから無理ぃーーーーーーーーー‼


 …って叫びたいけど、「じゃあ、素手で殴りあうか」とか言われそうなので叫ばない…っつか、むしろ泣き叫びたい。誰か助けてぇええ‼

 俺はポケットから携帯電話を取り出した。


 「リョウマーーーーーーーーーーーーーー‼」

 「おかけになった番号は現在、着信拒否中です。かけなおさないでください」

 んな着信拒否設定があるかーーーーーーーーーーーーー‼


 投げつけられた電話は破壊され、折れ飛んだ半分側が、血まみれの着流しに当たった。自然、上がっていく視線は、その返り血の元である日本刀を握る右手を通って、傷だらけの…すっげぇイイ顔で笑う眼帯天然パーマで止まった。

 〝凶〟に〝悪〟がついた顔してんぞ‼


 慌てて顔を背け、真っ青になった顔を落とし、自分の野球ユニフォームについているポケットというポケットの、底まで引き出す。…が、ゴミしか出てこなかった。


 「ちょ、ちょっと待て!大凶星‼」

 「…何だよ?」

 「何で、俺がお前と戦わなくちゃいけないんだよ⁉」

 「だって、決めなきゃいけねーだろ?」

 「…何を?」

 「どっちが真の〝サムライマスター〟かをなぁ‼」

 〝仙人〟だよねぇ、俺ぇーーーーーーーーーーーーーーーー⁉


 …って叫びたいけど、叫んでも「仙人で、サムライマスターだよな?」と謎論理を言われそうなので叫ばない…っつか、ほんと泣き叫びたい。誰か助けてぇええ‼

 この部屋に俺を助けてくれる人はいないだろうか…


 「………(ぷいっ)」

 無言で顔をそむけんなーーーーーーーーーー‼


 アンさんとケイが同時に逆方向を向く。前者は1㎜のズレもなく切り揃えられたロングヘアーを1㎜も乱さず自然に、後者はそのポニーテイルを振り乱しまくって不自然に。…いや、うん、確かにさ、この大凶星と戦うとか無理だよね!

 でも、もーちょっと心配とかしてくんないすかね‼


 「男と男のタイマン勝負に、水は差しませんよ!」

 …お前はどーでもいい。


 ニカっと笑って親指を立てる赤い忍者服の小学生は見なかったことにして、破壊されつくした部屋の中を見回す…見回す…見回しても、戦闘不能になった男が二人しかいねぇ…他には、元オフィスビルの、崩れた壁、壊れた机、あと…掛け軸?

 『勝てば官軍』とか書いてあんぞ、あの掛け軸…


 「じゃ、やろうか」

 ひぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい‼


 「ん?」

 気圧されるまま尻もちをついた拍子に、手に何かが当たった。ずっとズボンのベルトにチェーンで繋がれていたから、ちょうど手に触れたようだった。


 「…これは」

 あの、白い棒だ。


 「それ、…中に何が入ってんだ?」

 訝しげな顔で、大凶星が首をかしげている。…ああ、そーいえばこいつは殆ど見てなかったっけ、これ。この20㎝くらいの、卒業証書の様な白い筒の中にはね、


 「………」


 『ち』で始まり『ん』が真ん中で『こ』で終わる、棒状の物体が入ってる、な。


 「は?」

 「…『百年の時を越えて世に現れた至高の秘宝。神々の力の宿る神器』だ」

 「なるほどなぁ」

 納得された‼


 「だから、そんなにも〝星石〟の光が出ているんだろ?

 「へ?」

 見ると、棒の先っぽから青い光が漏れ出していた。

 この、感覚に訴えかけてくるその光は、紛れもなく〝星石〟の光だ。すでに夜もふけ、周りがいっそう暗いからか、いつもより輝いて見える気がする。…俺は恐る恐る白い棒を持ち上げ、ひび割れから放たれるその光を自らの眼前に立てた。

 …その姿は、まさに…


 「ビームサーベルだと⁉」

 「………」

 なにこの世界一イヤなビームサーベル‼


 …いや、この、ちん…『古代人の遺物』が〝大星石〟ってのは、リョウマも認めてたじゃねーか。つまり、ちん…これが、光を放つのは当然だ。その、ちん…の光がひび割れから漏れ出して、1mくらいを保っているのは星石の光ゆえ、かもな。

 その姿は、まさにビームサーベル。


 「カッコイイですね‼」

 アレの先から出てる光だからな⁉これぇ‼


 「なるほどな…マーラブレイドか」

 …いや、まぁ、確かに〝魔剣マーラブレイド〟だな。

 「マラの剣だろ?」

 「そっちで呼ぶなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 知ってんじゃねーか、お前‼


 さて、SFにはよく出てくるビームサーベルだけども、…ふつーに考えたら鍔迫り合いとかできるとは思えない。だって〝ビーム〟だからね‼まぁ、〇〇粒子みたいなので辻褄を合わせているのだけど…

 これ、ただの懐中電灯だよ…な?


 「それでどーやって俺の刀を止めるのかなぁ!」

 「その考えが纏まるまで待ってぇぇぇ‼」

 …くれる筈もなかった。


 考えなしに大上段から振り下ろされる大凶星の刀に、俺は殆ど背中を見せた態勢で合わせるように、その懐中電灯を…〝魔剣マーラブレイド〟を振り上げた。


 「え?」


 刀が折れた。


 「…うそ」

 ちょうど真ん中あたりでへし折れた刀は、振り下ろした動きから解放され、ぽとりと床に落ちた。長さを失った刀が俺を斬れる筈もなく、大凶星は勢い余って折れた刀を地面にたたきつけた。…ついでに、その拍子で落ちた刀先に刺さっている。


 「…なんでだ?」

 大凶星の刀が折れた理由…その断面からして、鋭利に斬られたのではなく、力づくで折り取られた…折れたという感じだ。…いや、確かに、ついさっきの剣帝との激戦を考えれば、その刀が折れる事には何の疑問もないのかもしれない。

 しかし、大凶星の顔は疑問で埋め尽くされていた。


 「なんで、このタイミングで折れたんだ?」

 「〝偶然〟だろうな」

 そうとしか言いようがない。


 「そうだな」

 あっさりと頷いて、顔を上げた時、いつもの大凶星の凶悪面がそこにあった。


 「それでどーやって俺を斬るんだよ?」

 「う、うわわわわわわ⁉」

 慌てて、俺は反射的に魔剣マーラブレイドを袈裟懸けに振り下ろした。


 「なにぃ⁉」


 大凶星の胸が割られ、血が噴き出した。


 「…マジで?」

 血の滲む着流し自体に切断された様子はないので、どうやら古傷が開いたとか、そういう事らしかった。結構ぱっくりと開いてしまったらしく、血の量が半端なかったし、心なしか眉をひそめて片膝をついた大凶星の顔も血を失って見える。


 「…なんでだ?」

 大凶星の古傷が開く理由…もまた、ついさっきの剣帝との激戦を…考えなくても、こいつは日常茶飯事で不幸に見舞われるからいつでも傷だらけだ。傷が完治していないでまた傷つくこともざらなので全く不思議ではない。

 でも、大凶星の顔は疑問で埋め尽くされていた。


 「なんで、このタイミングで古傷が開くんだ?」

 「〝偶然〟だろうな」

 そうとしか言いようがない。


 「そうだな」

 「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!おかしいでしょ⁉あんたら‼」

 やっぱりあっさりと頷いた大凶星を、今度はケイが力いっぱい否定する。否定された俺達は、それをもまた否定し返せずに、顔を合わせて一つ笑う。


 …いや、まぁ、それがさ、おかしな事だとは分かってはいるのさ。ただ、それを…『運命』を、受け入れちまうのが〝仙人〟であり〝大凶星〟なんだろうな。多分。


 そこから先は勝負ですらならなかった。


 俺が振るう魔剣マーラブレイドの光がかすめた、そこが血を噴く。…大凶星の体は古傷だらけだしな。そして、それは何物をも止められなかった。着物の、刀の、そして太い柱の、影に隠れても、全く関係なくヤツの体を容赦なく斬り割いた。


 もはや、大凶星にできる事は、無様に、必死に、何とか、剣の届かない距離へ逃げるだけだった。それは、絶対の敗北を先延ばしするだけの、絶望的な逃亡。すでに息も絶え絶えで、片足を引きずるように、胸を押さえて崩れた壁の影に座り込む。


 「こんな、…圧倒的じゃねーか」


 「…折れず、朽ちず、曲がらず、あらゆるモノを斬る光り輝く剣…」


 そのつぶやきは、剣帝だった。

 …あー、そういえば別に致命傷を受けた訳じゃなかったしな。さっきの戦いで、大凶星に敗れた後…ずっと〝あのまま〟だったのか。

 …うずくまり、黒コートに埋もれるようにして、ただただ呆然と折れた刀に向けられていた、その深淵を覗く虚無のようにどす白い瞳は…何か、あんま変わってなくね?恐怖と驚愕と、そして羨望に満ちた瞳をこちらに向けていた。


 「それが〝伝説の魔剣〟か」

 「これが〝伝説の魔剣〟でええの⁉」

 ただのワイセツ物ですよ、これ‼


 ツッコミしようと振り返った、その隙に斬りかかろうとした、大凶星の胸を魔剣マーラブレイドが貫いていた。瞬間、大凶星は恐ろしい形相でもだえ苦しみ、地面を転げまわる。…まるで、心臓を鷲掴みにでもされたように。

 実際、それと同様の何かが〝偶然〟起きたのだろう。


 「…素晴らしい。まさに全ての剣士が夢に描いていた〝伝説の剣〟そのものだ」

 「全ての剣士の夢がこれで、本当にええのぉ⁉」

 中に入ってんの、モザイクですよ⁉


 確かに…理屈上はそうだよ?折れる訳も、朽ちる訳も、曲がる訳もないよ。…だって光だもん。そして確かに〝あらゆるモノを(偶然)斬る〟剣だけども。


 「〝あらゆるモノ〟…って、これもかよぉ⁉」

 振り返ったそこで、大凶星が積み上がったガレキの山ごと、机を持ち上げていた。その苦悶の表情と、痙攣する筋肉、そして奴の巨体に比してのそれをみれば、あれがとんでもない重量だ。…俺を押し潰すには十分な程に。


 「この‼単純な物理攻撃を止められんのかよ⁉そのお光さまで‼」

 「バカか貴様は?」

 その声は、イヤホン越しではなかった。


 「五行で言えば〝木気〟の〝東方の仙人〟が持つ〝青い大星石〟だぞ?あれは」

 もう限界とばかりに、大凶星は持っていた机を俺に向けて放り投げる。迫ってくる黒い影に目掛けて、俺は魔剣マーラブレイドを振り下ろすしかなかった。


 「存在そのものが〝雷〟だろうが」

 落雷が、ガレキもろとも机をぶち抜いた。


 パラパラと降ってくる破片を呆然と見ていた大凶星は、ハッと気づいて俺を見る。そして刀を握り締めた俺の瞳の決意を見て…僅かに微笑んだようだった。


 「落ちろ‼〝伏儀〟の雷‼」


 俺の命じるまま、俺の振った魔剣マーラブレイドの軌道のままに、天からあの巨大な落雷が降り注ぐ。それは世界を光で埋め尽くして、人から光を奪った。世界の終焉を伝えるラッパのように、轟音と、地鳴りと、空気の震えが続く。

 その中心で直撃を受けた大凶星は…いなかった。白い光が消えた後、ただ、大きすぎ、そして深すぎる大穴だけがそこにあり、奴の姿は影も形も消え失せていた。


 たった一言をだけ残して。


 「お前こそ、真のサムライマスターだ」

 「…んな訳あるか~~~~~~~~~~~~~~~~い‼」

 歴史上のサムライに謝れ‼


 俺の息が荒いのは、…いい加減、ツッコミ疲れたからだ。っつか、どーせ死んでねーし、あいつ。…だから、この男の登場にも何も言う事はないのだった。


 「これで光を止めておけ」

 「…ああ」

 投げ渡されたキャップと留め具で、白い棒から出る光の流出を止めた。


 そして『絶対に安全になった事を確信したので出てきた美形さま』は、何事もなかったよーにアンさんに事後処理を指示していく。アンさんも何事もなかったよーに従う。何やら命じられたキョウも何事もなかったよーに敬礼していた。


 「…えー」

 ケイだけが、置いてきぼりだった。憧れのイケメンニンジャさまへの思いと、危険を感じて一人勝手に逃げたヤツへの思いの間で、ポニーテイルが揺れていた。


 「ケイ、これをお願いできますか?」

 「りょ、了解であります!」

 アンさんに一言かけられて、あっさりいつものケイに戻ったけど。


 しかも結局、ケイが一番働いてんな…アンさんは指示するだけだし。コマネズミ様にちょろちょろ動くその様を眺めながら、俺は手の上で白い筒をクルクルと回す。

 「でもさ、これでこの大星石も〝使用済み〟だなぁ。もはやただの」

 …大人のおもちゃだな


 「貴様がもっていれば、いずれ回復するのではないのか?」

 「え?…俺が仙人だから?」

 「『わいせつポイント』が溜まればいいのだろう?」

 そんなクソみたいなポイントで発動すんの⁉このアルテマウェポン‼


 まぁ…否定できねぇなぁ。〝星石〟ってのは、運命を呪う人の〝想い〟が込められているらしいからさ。この、ちん…石に、勇気とか友情とか思いやりとか、込められてたら、逆にビックリ仰天だよね?じゃあどんな想いって言えば、…ねぇ?


 …っつか、俺だったらってどーゆー意味?

 「だから、仙人は童貞でなくてはならないのか」

 転職の神殿はどこですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉


 「あ、でもさ、これって、じゃあ大星石の超武器を量産できんの?凄くね?」

 「バカか?貴様は」

 ゴキブリを見る目で俺を見下ろすな‼


 「そんな〝握る為〟に用意された形状が、都合よく存在しないだろ」

 「………いや、別に〝握る為〟にこの形状してるわけじゃないっすよ?」

 人類がもっとも握った『棒』だけども。


 「動かないでください!」

 …くだらない自分の心を見透かされたと勘違いして、俺が飛び上がった。…が、キョウが叫んだ先にいたのは、自らも重傷を負っているにもかかわらず、気絶した友を肩に担いで、敵の中を進んでいく、…なんか、俺と正反対の立派な男だった。

 

 「キョウ、下がれ」

 〝真人〟二人に今にも忍術を発動しようとしたキョウを、リョウマが制した。それは決して武士道などではなく、あらゆる意味で〝無意味〟な行為だったからだ。


 ボロボロの執事を担いで進んでいた黒コート足が、俺の前で止まった。振り向いたその顔は、ほんの少し気が弱そうで、ほんの少し堅苦しそうで、そして、とっても他人に気を遣っている、…眼帯はしていないのだけど、あの〝眼帯〟の顔だった。


 「あの子に…スケさんに詫びておいてくれ。騙していて悪かった、と」

 「…それ、言わない方がいいやつだと思うなぁ」

 「そうかもしれん。が…お願いするよ」

 …それ、俺がぶん殴られるやつじゃないのかなぁ。


 去っていくその後ろ姿に、特に感慨もない俺は、そのままトキへと目を…あ、タマモがいる…ベリーダンサーみたいな美女が、泣きながらトキの無事を確かめて抱きしめていた。あいつは、…彼女を救いに来たんじゃなかったんだろうか…

 勿論リョウマは、その『パン袋の留め具』に興味も示さなかった。


 代わりに…長いまつ毛の下で右目の黄金色の瞳を向け、完璧な黄金比をしていそうな整った顔の先に、白い彫像のような造形の指を当てて思索するように、…リョウマはずっと俺を眺めていた。そして、口を開く。


 「これが〝伝説の魔剣と真のサムライマスター〟か」

 ※違います。



                     (おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命の駒たち  真のサムライマスターと伝説の魔剣 まさ @goldenballmasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ