第14話 真人(しんじん)
「間違いない。〝十咫の剣〟…これは大星石だ」
150㎝をゆうに越える漆黒の長刀。夜の闇よりも黒く、星の光よりも輝く。…それを深刻に、それでいて満足そうに黒い刀身を眺めている。あー…
「…この『剣帝』とかゆー中二自称をしたオッサンを何て呼べばいいんだ?」
「眼帯なし
そのまんまじゃねーか。
「〝ヤシチ〟ってのも、単に『8人中7番目』って意味らしいしなぁ」
「ブービーマン」
…それひどくない?
「『真人』ってなんだっけ?」
「両目キラキラ星人」
…うん。スケさんが、あいつ嫌いな事だけは分かった。
「もう『盗人』で十分だろ?」
蔑みきったスケさんの視線の先にある〝十咫の剣〟は、そもそも彼女達サムライの先人が命を懸けて残した物だからな。この深夜の駐車場結党の勝者として、カクさんを倒した彼女が手に入れる筈だった物でもある。
盗人猛々しい…と言うには余りにも静かな表情で、ヤツ、はこちらを見ていた。
「なんとでも、好きに呼べ」
「じゃあ、ブービーマン」
「剣帝だ‼」
…好きに呼べって言ったのに。
「古来より『帝』とは八卦や卜占の頂に立ち世を統べる者だ」
「それが〝真人〟か」
真人…って、なんだっけ?道教での道士の目的は、真人になる事だったような…〝真なる人〟〝人類の到達点〟…今の所、ただの両目が光る人、だな。
「両目が光る意味、か」
「目からビームがでる、とか?」
その、道端の犬のクソを見る目、やめろ‼
光るその瞳は、同じ『白』でも大凶星の鈍くどす白い光ではなく、輝き刺す様なうな眩しさでもなく、それは、温かみすら感じる柔らかな光だ。
…それにしても、眼帯をしていた時はそれに人の目は集中し、眼帯をとったら、今度は両方光る星石眼へと人の目は集中する…結果「あれ?あいつどんな顔してたっけ?」となる。その実態は、…どこにでもいそうな新人サラリーマン面。
「さらばだ。…もう会う事はない」
白く輝く両目で、黒く輝く〝十咫の剣〟の刀身をひとしきり眺め終えると、ヤツ、は深く頷いた。そして慎重かつ丁寧にそれを鞘に戻すと、この深夜の廃病院を立ち去ったのである。言葉の通り、もう二度と彼が後ろを振り返る事はないだろう。
完。
「ちょ、ちょっと待て⁉」
…えー。もうさ、このままバイバイしちゃわね?
そんな俺の思いが通じたのだろうか。ヤツ、はギンの制止する声に、全く聞く耳を持とうとせず、立ち止まる素振りすらなかった。お疲れさまでした‼
その後頭部に、刃物が投げられた。
「待てっつってんだろヤシチぃ‼」
…せめて、先に言ってから投げようぜ?
完全に不意打ちで、死角へ投げられた刃物を…あっさりと弾き落とし、ヤツ、はこちらを振り返る。かつても見たような光景だったけども、スケさんを見るその目は違いすぎた。彼女が後ずさってしまう程、蔑むような、憐れむような眼だった。
「刀が手に入った今、もう君に用はない」
「え…」
「待てよ‼」
それはギンの声だった。おさげを力なく垂らして沈黙したスケさんに代わって、ギンが激高していた。ムキムキマッチョの面目躍如…十分、怖い。そもそも、こいつがナヨナヨしてんのってカクが絡んだ時だけだしな。
…その後ろでいつでも援護できるよう控えるカクの顔は、異様に青白い…最後、刀を持てなかった理由が出血だとすると、結構ヤバいんじゃなかろうか…
「最初からその刀目当てで潜り込んだのか⁉ヤシチ‼」
「…そうだ。大星石を集めるのが、我ら〝真人〟の任務だからな」
面倒くさそうに吐き捨てた。それは、このまま立ち去る事を諦めた顔だった。かつての旧友の代わりすぎたその他人顔に、サムライ達は惑い、そして怒る。もはや同じ黒コートを着ていることが、余りにも胡散臭かった。
ただ、最も深刻な顔は、リョウマだ。
両目が光るのを見て以降、…こいつのこんな顔、初めて見るな。驚愕に続いて、深刻…その眉間には常になく深々としわが刻まれ続けているのだけど、それはこいつを美しく見せはしても、醜く見せる事はなかった。
って、じろじろ見ていたら、向こうもこちらに視線を向けてきた。
「貴様の目は光らんな」
「え?」
「星石は、運命を変えようとする人の願いだ」
「はぁ」
「真人は、仙人ではない、か」
…頼む、俺と会話してくれ。
『星石による運命操作』とゆートンデモ技術を用いる〝サムライ〟は、一般人がそうそう入門できる場所ではない。そこでヤツ、は後継者が途絶えてサムライを廃業した家を探し出し、その遠縁と名乗ったようだ。
別に秘密結社ではないので、それ以上の詮索はなかったようだけど。
まんまと潜入に成功し、ある程度の権限を得る為に実力をほどほどに出し、敵を作らない理想的な人間を演じて探したヤツ、だったが、…刀は一向に見つからない。
…まぁ、
「仕方なく、一計を案じた」
「ま、まさか!父上を陥れたのは⁉」
「そうだ。お前の父上の、盗撮を警察に告げたのは、私だ」
…いや、それ良い事じゃね?
「じゃ、じゃあ!あの更衣室の、盗撮映像も⁉」
「ああ、警察に見つかるように仕向けたのも、私だ」
…だから、それ良い事だよね?
ギンは血涙を流すほど眼を充血させ、爪が食い込むほど拳を握り締めた。飛びかからないのは、カクが非力ながらも体を引きずるように止めているからだ。
…なんだかなぁ。
結果、親父は逮捕、自分も…逮捕。気持ちは分からなくもないのだけど。ヤツ、が100%真人だかの任務の為にやったのは間違いないからな。
さらに詰めようとするギンの前に、小さな影が立っていた。肩も、おさげも、視線も、全てを下へと落としながら、まるで幽霊のように立つ、小さな影。
「アタシに近づいたのも、…その為だったの?」
「…そうだ」
いきなり斬りかかる…と思いきや、スケさんは無感情にしか見えない。
「君以外に、そこの二人に勝てる者がいなかったからね」
…確かに。この二人がサムライトップクラスの実力者なのは間違いないし、何よりも、カクがギンを裏切る事はないからな。
そして、サムライ以外誰も知らなそうなのに、もはやサムライの誰も興味がない〝十咫の剣〟…それへの捜索にサムライをおびき出す為には『次の長は、強い者がなるべきだ』という議論が不可欠だ。兜を斬る、技量を試す儀式だから。
「アタシ…〝天才〟だから」
「君はずっとそう言っていたな。いつも一人、隅っこで」
「………」
「だから、殆どその才能を知られず、派閥もない。…いきなり現れる最強の存在、それは組織にとって最も有害な〝異分子〟になる」
スケさんは未だ無感情だった。ヤツ、が剣を奪う為に利用されていた事を聞かされても、それは別に、彼女にとってどうでもいい事らしかった。
「だから…告白した時、断ったの?」
「………」
「アタシに憎まれてボロクソに扱われても、付き従う…そら、相対的にアタシの強さと存在がアピールされるしぃ?みんなの注目も引けるしぃ?」
思い当たる事があるんだろうな…ギンとカクが顔を見合わせる。ぼっちの女の子が、突然脚光を浴び、サムライ最強の座に上り詰め、ついには〝長〟になる。そのシンデレラストーリーの為のイベントの一つだったのか。
「いや…あれは、あの時に言った通りだ」
それは、かつての〝ヤシチ〟の顔だった。
「私と君では年が離れすぎている。もっと年の近い子と、普通の恋愛をしてほしいと思ったからだよ。そうだな…父親ぶりたいお年頃、なのかな」
「…あ、そっか。分かったわ」
あっけらかんな顔をして、スケさんはポンと手を叩く。
「アタシさー、アンタにフラれたから、アンタの事が気に食わない…ブッ殺したいと思うんだって…今までずーーーーっとそう考えてたんだけどさ、違ったわー」
無感情な笑顔、から、怒りの感情が噴き出しこぼれる。
「…その、上から目線の父親ヅラが気に入らねぇんだよ‼」
同時に、黒コートから色とりどりの刃物が噴き出しこぼれた。
「千手観音…斬舞‼」
八本の脇差がスケさんの頭上で舞う…それに目を奪われた一瞬後、その中の一本がヤツ、の喉笛を切り裂こうとしていた。咄嗟に後ろに飛んだ、ヤツ、の視界にスケさんの姿はすでにない。咄嗟にかざした〝十咫の剣〟の鞘は青い脇差を受け流す。
さらに後方に飛んで距離をとると、ヤツ、は〝十咫の剣〟を壁に立てかけた。
「その刀、使ってもいいのよぉ?」
「やめておこう。万が一にも、君を傷つけてしまうかもしれないからね」
「…イチイチ癇に障るヤロウだな‼」
その瞳に、光り届かぬ深海の底と同じモノが揺らめいていた。
まさに八面六臂の大活躍。八方位どこからでも襲い来る瞬間移動の様な体術と、まるで腕が6本あるかのように空に放った脇差とコートの内の脇差を自在に用いる技量。それらを前にして、八門五行をも含む、あらゆる防御は紙に等しかった。
少なくとも、あの時のリョウマはそうだった。
ヤツ、も殆ど反撃することも出来ず、防戦一方だ。…しかし、その『あらゆる八門の防御を無効にする』攻撃を、全てを受け流し続けてもいた。未だ手傷を負っていないどころか、その刀を折られたりもしていない。
つまり、リョウマよりヤツ、の方が実力は上という事か。
リョウマの気持ちはどんなもんだろうな…あの、完璧な造形の横顔からは何も分からない。その視線の先では、スケさんの刀がまたヤツ、の頬を斬り割いた。…本来なら。実際には斬り割かれていないので、ヤツ、が神回避をしたんだろうな…
…いや、
「当たっているな」
うん。〝当たっている〟…よな?
「当たってるのに、何でよぉ⁉」
スケさんの斬撃は、もう何回かヤツ、の体に当たっていた。最初は気のせいかと思い、次は偶然かとも思ったけど、完全に、当たってるよね、アレ…
ただ、血のひと筋も流れなかった。
…いや、
「外れているな」
うん。〝外れている〟…よな?
「何で、外れるのよ⁉」
八門五行を用いた運命操作で〝偶然〟切断したり破壊したりというのは、勿論、とんでもなく精密な作業だ。一分のミスで、そのありえない偶然は起こらない。
その、一分のミスが、絶妙に起きていているようだった。
一見、互角の勝負に見えるのは、もう何度もスケさんの必殺の一撃が無効化されているからだ。本来は、こんな長丁場にすらなっていない。リョウマと同じくものの数合で武器を破壊される等で、とうの昔に終わっている戦いだ。
息を切らして一度退くスケさんを、二つの白く光る瞳が見降ろしていた。
「これが、我ら真人の『絶対防御』だ」
「…ぜっ…たい」
「この世界の全ての『不幸』は〝偶然〟我ら真人を避けて通りすぎる」
伊達に、両目が光ってるわけじゃ、なかった…
〝偶然〟攻撃が当たらない。…これ自体は、リョウマも用いていた。リョウマは前に吉格を配する事で〝偶然〟銃弾の雨の中を無事に歩いていたからな。サムライが用いる明王の技も似たようなものだろう。〝偶然〟防ぎ、避け、他に当てる。
その上位互換…完全版か。常に、何もしなくても発動…
「………」
それ、無敵って事じゃねーか。
分かり易く言えば、RPGでダメージ〝0〟しかでない、イベント上、絶対倒せない敵ですがな。ゲームだったら、イベント終わるまで「ぼうぎょ」でもしてればいいんだろうけど…現実だと、一方的にスライスされて刺身になるな…
…うーん、ゲームとかだと、こーゆー時はアイテムの出番なんだけど…?
「これかーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
「おお!仙人殿、その白い棒は⁉」
「………なんでもないっす」
女子校生の前でコレ見せびらかしたら、俺ただの変質者‼
「別に、今と何も変わらないだろ」
「犯罪者になるんだよ‼」
俺が危うくゲスな犯罪者になりかけた、その前では、…ゲスな犯罪者顔、としか形容できない顔へ、スケさんがその可愛い顔を歪めていた。そして抜き放った長刀を右後ろに履くと同時に、左上に青の脇差を構えた。
「東南に風神、北西に雷神」
「…それって、まさか…」
「風雷神剣‼」
同時に使えんの、それぇ⁉
振り下ろされた白刃の先に生じた小さなつむじ風が、進むにつれて辺りの風を巻き込んで強大になっていく。そして、天へと繋がり黒い渦になった。石を、ゴミを、看板を…それは、まるでブラックホールのように吸い込み飛ばしていく。
そして、ヤツ、を飲み込むのと同時に、その頭上めがけて轟雷が落ちた。
「天才でゴメンなさいねぇぇぇぇええええええええええええ‼」
地を揺るがす轟音と天を揺さぶる暴風の中、…ゲスすぎる笑い声が響いていた。周囲全てのありとあらゆる電気系が暴発し、吹き上げられた砂埃やゴミで視界は無いに等しい。大地の震えも、落ちてくる小石も、一向に収まる気配はなかった。
…って、もうヤベェんじゃねぇかな、この建物自体…
言ってる傍から、天井がボロボロ崩れて危うく潰されかける。避けたその背後にガラスが降り注ぎ、折れ曲がった鉄の棒が垂れ下がってくる。天井の穴から…何か外が見えるんすけど。あれ、どこの空?…もはや天変地異だな…
轟雷が落ちたのは一瞬、竜巻もすでに天へと還ったようだが…まだ周りは殆ど見えなかった。不快極まるゴミと埃に、口と目を抑える俺の横には、
「うおぅ。ニンジャがいる⁉」
って、リョウマか。…やっぱあの純白のハチマキみたいなもんは、巻き付けるとニンジャ頭巾になるらしい。俺と同じく、この砂埃やゴミを避ける為みたいだけど、未だかつてなく、ルックスは〝ニンジャ〟だった。
「ニンニン、って言ってみて」
「………」
ヒトゴロシの目で俺を見るな‼
「…リョウマ、お前も、アレできんの?」
「
そっか…
「………」
今、何事もなく部下を『アイテム』って言わなかった?
時間にして十数秒程だろうか、ようやく落雷と竜巻の被災中心地からも徐々に砂ぼこりが晴れてきた。…破壊の爪痕は凄まじく、その痕跡をも吹き飛ばされてしまったそこは、もうかつての原形をとどめていなかった。
そこにヤツ、が全くの無傷で立っていた。
「そ…んな、バカな…」
唯一の被害、だろうか…黒いコートの色を変えてしまった砂埃を眉をしかめて払っている。その表情は、砂埃に向けられていたのではなかった。
「…だから、戦いたくなかったんだよ。あのまま行かせて欲しかった」
もはや、それは哀れむような瞳だった。
「仮にここで核爆発が起きたとしても、我ら『真人』を傷つける事は出来ない。〝偶然〟何かが盾になり、そして〝偶然〟放射線にさらされても無事だ」
…それはさすがに〝幸運にも〟安らかに死ぬんじゃないすか?
「いや〝偶然〟不発になる、かな」
修正したぞ、おい。
「ま…まだぁぁぁあああああああああああ‼」
スケさんが黒コートを脱ぎ捨てた。露になったのは同じく真っ黒な、オーバーオール。…きっと、ポケットがいっぱいついているからに違いない。
もはや互いに星石を使い切り、刀一振りで打ちあっている。それも、もう何十合と打ち合ったのだろうか、未だ互いに無傷だった。ヤツ、は『絶対防御』があるからなのだけど、スケさんは純粋な剣の技量だけで全てを紙一重でかわしきっていた。
一見、互角に見えるけど、実際は、余りにもその距離は遠すぎた。
「…当たってるのに、当たってるのに、当たってるのにぃ…⁉」
「私は古今東西のあらゆる剣技をマスターしたつもりだったが、…それでも、君の技量には及ばない。…初めて会った時、言われたとおりだよ」
ヤツ、は決して手を抜いていない。…というか、少しでも気を抜いたらフルボッコになってるだろう。たとえ、それで傷を負わなかったとしても。ヤツ、は全力で数えきれないほど打ち込んで、スケさんに毛筋ほどの傷もつけられないのだった。
「当たってるのは、アタシの攻撃なのぉ‼」
「君は、紛れもなく〝天才〟だ」
言ったその左掌に刀は振り下ろされた。
「…ただし、所詮は〝ただのヒト〟にすぎない」
何のダメージも与えられなかったけど。
振り下ろされた刀を左手で、…無傷でむき出しの刀身を握る。思わずスケさんが力任せに引き抜こうとした、一瞬前にヤツ、は手を放す。当てが外れ、ぐらりと体制を崩したスケさんの、そのがら空きになった胴体をヤツ、は横一文字に切り裂いた。
腹を刀で横殴りにされた勢いで、スケさんは背後のゴミの山まで吹き飛ばされた。その異臭に顔をしかめる事も忘れて、オーバーオール…自身の腹へと視線をやり、手でさする。そこからは臓物…どころか、一滴の血さえ出ていなかった。
「…みねうち、だぁ?」
「言っただろ?君を傷つけたくはない」
「そーゆーのが気に食わねぇ、っつってんだろ‼」
立ち上がろうとした、その体を電撃が貫通した。
「どうぞ出過ぎた真似をお許しください。剣帝」
「…いや。ありがとう、雷帝」
胸の辺りに手を当てて、執事が深々と首を垂れていた。その、謙譲やら尊敬やらでゴテゴテに装飾された台詞とは真逆の、全く抑揚のない声。あの、世界メイド蝋人形展で会った男だった。〝雷帝〟とはよくいったもんだ。今の電撃も…
…ってゆーか、
「両目が…青く光ってる…」
こいつも『真人』って事かよ…無敵が二人‼
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