第13話  全ての真相が語られる時



 『大事なご隠居は預かった。命が惜しければニンジャ屋敷に来い』

 …どっから見ても悪党の台詞じゃねーか、おい。


 宣言した通り、リョウマはちゃんとじーさんを治療した。…ニンジャ屋敷でだけども。その上で、この罠としか思えない脅迫文をサムライ屋敷に送ったのだ。


 っつか、ぶっちゃけ罠である。


 今頃、リョウマ考案の八門五行を使う連中を対象にした罠を、ニンジャ屋敷のいたる所に設置中だろう。全体指揮はアンさん、技術指導はシルバ、あとの二人は肉体労働担当か?…っつか、実は結構人がいる気がするんだよね。あの施設。


 そして、


 「なぁぁぁぁんで、みんなでこっちに来ちゃうかなぁ。ご隠居かわいそ~」

 盛大にカラぶったけども。 


 「ここ、ニンジャ屋敷じゃないよねぇ?」

 そこはずっと昔に潰れた病院の跡地だった。とはいえ、すでに器具などは撤去されてガランとしており、今はせいぜいセーターのタートルネックで鼻の辺りまで隠した青年の、剥がれかけたポスターが、僅かにこの場所の過去を伝えてくれる。

 外観の劣化はそれほどでもなく、せいぜい休業中にしか見えない。…まぁ、地元住民は知っているので、肝試しの場所によく使われるらしい。


 「『全員ご隠居の所に行くなら、ここが手薄になる』…考える事は同じねぇ」

 今、その一室に〝全員〟集まっていた。


 …いや、全員じゃないか。さっきまた、ニュース速報に『トイレから汚水が逆流して、うんこまみれ』事件があがっていた…言うまでもなく、赤いニンジャの目撃情報があるらしい…あいつには、じーさんの連絡すら届いているか怪しいな…


 なので、ここにいるのは『眼帯以外の三人』だ。


 「でぇ?あんたが〝ハンニャ〟だった。って事でいいの?」

 「…そうだ」

 「カ~~~クぅ」


 最初から正体を隠す気はないんだろうな。サムライを象徴する黒コートのまま、カクはハンニャの面を半分くらいしかかぶっていない。

 そこから覗くのは、今までに見た事がない冷たく青白い無表情だ。チャラいスポーツイケメンから、チャラさをとったら…ただの人殺しだった。

 人懐っこい笑顔やサービス精神満点の陽気さが、こいつの魅力だったんだな。


 面を捨てて抜き放たれた刀身は、光すら反射せずに吸い込む…まるで宇宙空間の様に完全な〝黒〟…にもかかわらず輝いて見える、この星石の光とは何なんだろうか。その光は刀の動きに合わせて線を描き、ギンに向けられて止まった。


 「カッちゃん、何で…」

 「…次の〝長〟になる為、に決まってんだろ?」


 ギンが驚き、と言うか、もう青ざめきってしまっているのは、刀を突きつけられたからではないだろう。ハンニャがカクだという事実が、受け入れがたいのだ。厳つい顔と巨躯を忘れさせてしまうその動揺は、嘘や芝居とは到底思えなかった。

 別にこいつは臆病ではないのだけど、…銃弾に身をさらしたりしてるし。なんでかイメージが〝クマの図体とハムスターの心臓〟だよなぁ。…あいつが絡むと、か。


 ただ一人、いつもと変わらないのがスケさんだ。「めんどくさーい」と顔が言っている。その二つおさげの髪形といい、つまらなそうにスマホをいじる女子校生みたいだった。…まぁ、いじってるの脇差だけど。

 まぁ、そもそも彼女は、この二人のどっちかが犯人だと言ってたしな。


 「…アタシはこのくだらない一件が終われば、どーでもいいけど。ってゆーか」

 そこで、スケさんは目を細めた。


 「アンタいつまでそーしてんの?」

 …俺はクマですよ?


 「そこのお前だよ」

 …熊に話しかけてたらヘンな人ですよ?


 「刀投げんぞ」

 「よ、よくぞ俺の完璧な変装を見破った!」

 「病院に、クマの剥製ねーだろ」

 だよねぇ⁉俺もアンさんにコレ手渡されて、そー思ったんすよ‼


 イヤガラセで渡された着ぐるみを脱ぎ捨てると…全員にすっごい目で睨まれていた。このユニフォームが一部ファンの間で『暗黒時代の呪いユニ』と呼ばれているから、ではないだろう。とても「仙人殿!」とか言ってくれる雰囲気じゃねぇ…


 「何でここにいんの?アンタ」

 …何でって、


 「じーさんを人質にとれば、その隙をついて十咫の剣を始末に行く誰かが現れるから『お前が潜んで』そこを各個撃破すればいい。…とリョウマと脅されました」

 …俺、かわいそう。


 「この場所は?」

 「監視カメラの映像とか、ぶっちゃけ警察の人海戦術です」

 ビバ、国家権力‼


 見るからにビビって白旗を上げている俺をそのまんま表した、正直すぎる自白は疑われなかった。ただ、別に友好的にもならなかったけど。

 「じゃあ、まずは皆でこいつを始末しようよ‼ね⁉」

 コラーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 とりあえず仲間内での戦いを回避したいというその発言は、…俺に死ねと言っていた。その、ギンにチラチラ見られているカクだが、そのカクの目は刀を向けているにもかかわらず、ギンを見ていない。勿論、俺の事も見ていなかった。

 一度伏せ、睨めあげたその右目は青い光を放つ。


 「目撃者は〝全て〟始末する。…それで問題ない」

 「…あんたがアタシに勝てるつもりなのぉ?」

 「この刀を前に、お前の曲芸が役に立つのか?」

 もう、対決は決まっていた。


 「ってゆーかぁ、あのヤシチだって止めたんでしょぉ?その刀」

 「…あの時は、ヤシチだから殺す気がなかっただけだ」


 ギンに突き付けていた刀を降ろし、正面を警戒しながらカクは後ずさり、後ろの扉から外に出る。向かう先は…駐車場だろうな。そら、あの長刀を室内で振り回すとか不利にも程があるし。それを理解した上で、スケさんはその後に続く。

 車がすれ違うだけの細い道を抜けた先、半分ほど病院の屋根の下というその駐車場は…ゴミ置き場だな。廃業した病院に入る人間は多くないのだけど、ここには人の入った形跡がありすぎる。っつか、あの飲み食いの跡は一昨日くらいだよねぇ。


 「…この辺のガキどもの秘密基地、なわけね。だからスケさんも知ってたのか」

 「そ。…ま、こいつらのエロDVDのタイトル見た時は、ドン引きしたけど」

 それは忘れてあげて‼


 それでも駐車場、刀を振り回すスペースは十分にありすぎた。カクが何となくバットのように十咫の剣を構えているのだけど、それでも天井まだは余裕がある。対するスケさんは、未だ身も小さくして黒コートに両手を入れたままだった。

 …無論、俺がいつでも逃げられるよう、出入り口にいるのは言うまでもない。


 「ふ、二人とも、やめようよ…」

 皮肉にも、それが始まりの合図だった。


 十咫の剣を大上段に構えた姿勢でカクは大地を蹴り、その〝全てを切り裂く刀〟を、躊躇せずにそのままスケさんめがけて振り下ろした。

 「この刀の前に、全ての防御は無意味だ‼」


 「北西に〝大威徳明王〟、南に〝軍茶利明王〟」

 するとスケさんは、くるりと体を反転させる。…まるで舞うように。気づけばその右手には赤い、左手には黒い、脇差が握られていた。そして、流れのまま刀を背中越しに受け流し、回転で勢いを増した右の刀でカクに斬りかかった。


 「こ、攻撃を一点に〝集中させ〟、その一点だけ〝当たらなくする〟だと⁉」

 右手の甲を浅く切られ、カクは顔を歪めた。…が、その眼前で黒コートから取り出した8本の脇差を見せびらかすスケさんの顔の歪みには、到底及ばない。


 「北東に〝愛染明王〟、北北西に〝大威徳明王〟、東北東に〝軍茶利明王〟」

 8本の脇差を空に投げつつ、スケさんは地を蹴った。


 その鼻先を十咫の剣の斬撃がかすめるも、紙一重でかわしつつ落ちてくる脇差をジャグリングの様に回転させる。そこに第二撃が襲い掛かるも、左手の青い脇差で止めてから受け流すと、最後にそれを手放した。

 代わりに両手で握った白い脇差を突き出され、カクの脇をかすめる。脇を抑えた場所から流れる血が、落ちて砕けた青い脇差へとたれた。


 「い、一撃目をただの体術でかわし、二撃目をわざと〝当て〟た場所を〝固め〟斬撃の結果自体は〝ずらし〟て、脇差にかぶせるだと」


 …それからもう十余合は打ち合っただろうか。…カクの攻撃はことごとく、かわされ、当たらず、防がれる。反対に自らの体は、もう血まみれだった。どれも深手ではないようだけど、スケさんの行動はそのことごとくが体を切り刻んだからだ。


 ええと…『軍茶利明王』は〝攻撃が当たらなくなる〟『愛染明王』は〝攻撃を固く止める〟『大威徳明王』は〝攻撃を集中させる〟…だったっけ?

 脇差などの星石を周囲に配して運命を操作する、サムライの技だ。


 スケさんは、豪速で全方向から襲ってくる〝全てを切り裂く刀〟に対して、ジャグリングしている刀を、完璧に計算して正確に配する。だから、全てかわせているのだ。脳の回転の速さも、その脳の言う通りに動く体も、…人間じゃねぇ。


 そして、十咫の剣が地面に落ちた。


 「こ、こんな、…同時に別の〝構え〟ができるなんて」

 「…え?」

 スケさんが素っ頓狂な声を上げた。


 「えっ?えー?………まさか、できない、の?」

 わざとらしいトボケ顔をした、次の瞬間、


 「ゴメンなさいねぇ‼アタシが天才すぎてさぁぁぁあああああ‼」

 ゲス顔が半端ねぇ‼


 「いちおー手加減してあげたんだけどぉ?ゴメンねぇ、やりすぎちゃった」

 こんなにうさんくさい謝罪顔、見たことねぇ‼


 てへぺろ。の眼下では、カクが震える手で何とか刀を拾おうとしていた。…しかし、力が入らないのだろうか、指のどれかが動かないのだろうか…いっこうに成功しない。ついには右脇に柄を抱きかかえるようにして、なんとか立ち上がった。

 「まだ、俺は死んじゃいねぇぇええええ‼」

 「もういい‼」


 満身創痍のカクの前に、巨体が立ち塞がる。その顔は、心の底からの嘆願だった。そして、それが向かう先は今まさに殺そうとするスケさん、ではなかった。

 「もういいよ、…カッちゃん」

 その顔が何を言おうとしているのか、…まぁ、想像はついた。


 「刀を盗ったのは…ハンニャの正体は、俺なんだから」

 「そーそー、ギンが犯人だって、最初から分かってるから」

 うん。ぶっちゃけ、俺もそんな気がしてた。


 「…あれ?」

 意外に平静に受け取られて、衝撃の告白をしたはずのギンが戸惑っている。それに助け舟を出すのは、やっぱりあいつだった。

 

 「ハンニャは俺だと言っているだろ」

 「カッちゃん…」

 「俺が犯人だった。…それでいいだろ?何の問題がある?」

 「…あんたって、いっつもそう。代々ギンの家に仕える家系だからってさ」


 カクはいざという時は、いつでも自ら身代わりになる覚悟をしていたんだろう。そして、実行した。全ての責任を取って、犯罪者として牢屋に…いや、腹を斬れと言われても、無言でそうするだろう。そう思わせるに凄みが、その瞳にはあった。

 …アレは、忠義なんだろうか友情なんだろうか愛情なんだろうか…


 「若殿と小姓だしなぁ」

 「バカか?貴様は」

 後ろに、いきなり白い忍者が立っていた。


 〝十咫の剣〟を見て、美しいと思うよりも死を想ってしまうように、リョウマの美しすぎる顔を見たサムライ達は、戦慄していた。〝美しい〟という視覚情報の、数百倍もの威圧感を、五感の全てで感じてしまったからだ。

 …そもそも、どんなに美しかろうが『ゴミを見る目』だからな…


 「説明しろ」

 「な」

 「二人とも死刑になりたいなら後で俺が殺してやる」

 黄金の瞳に射抜かれて、ギンが情けなく助けを求めてキョロキョロするも、頼みの綱のカクは見るからにボロボロで、スケさんは一度負けたトラウマを拭い去り切れずに歯ぎしりしている。…おい、俺を見るな。


 「な、何で、いつから、ここに…」

 「俺は『世界一逃げ足の速い男』だぞ?」

 それ威張って言う事なのぉ⁉


 「これだけダラダラと戦っていれば、現れるのが当たり前だろうが」


 サムライ3人は全員、リョウマに向けて警戒を向ける。…まぁ、3人がやっていたのは『ケンカ』だからな。眼前の明らかな『敵』とは違う。

 だからこそ、リョウマは忍者服を着てきているし、それなりの用意もしていた。

 「こちらには、貴様らのご隠居がいる」


 言いながら、リョウマは通信機をONにする。


 「ゴラーーーーーーーー‼クソじじぃ、どこ触っとんじゃボケェ‼」

 「…では、この『腰の矯正マッサージ・オメガ』を試してみましょうか、ケイ」

 「あいあいさー‼………うりゃあ‼」

 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」

 「…アンさん、それ、頭のツボのページデース」


 ぶちっ


 「…結構、楽しそうだったな?」

 殺意を籠めた目で見降ろすな‼


 ただ、意外な効果があったようで、それで冷静さを取り戻したサムライ達は、今さら真実を隠してニンジャと対決するバカバカしさに気づいた。調べれば、分かる事だからね。難儀に顔をしかませていたギンが、ぽつりぽつりと語りだした。


 ついに、事件の真相が語られる時が来たのだ。


 「そもそもの発端は、俺の父…先代の長が逮捕されたこと」

 「…なんかの陰謀か?」

 「いや………『県の迷惑行為防止条例違反』だった、かな」

 盗撮じゃねーか。


 「その捜査の過程で………道場の更衣室を撮ったフォルダが見つかって」

 ただのクズじゃねーか。


 「クビになりました」

 「当たり前だ」


 真相ってこれぇ⁉


 …結果、後継者争いが始まった。不祥事の後に権力争いがあるのはお約束だし、むしろ順当に長の息子が「はい。決定」となったら凄い。

 そもそも、この3人が〝長〟候補だった訳ではなく、候補だったのは息子のギンだけで、あとの10人余りもいる候補はみんな中年だ。そこにあるのは、家柄だとか利権だとか権力だとか、そんなお約束の亡者たち。

 ただ〝天才〟であるスケさんを推す声があったのも事実だった。…ぶっちゃけ、小娘を傀儡にして、権力を手中にしようとゆーお約束な理由だけども


 「その中でポッと出てきたんだ〝十咫の剣〟の話が」


 〝最も強い者が長になるべきだ〟…スケさんを推す声が上がるのと同じ理由だけど、これだけ収拾がつかなくなれば、当然サムライとゆー暴力集団はそこに行きつく。利益とか家柄とかより、その原理主義への賛同者は多いだろうな。


 「…ただ、誰も刀の場所を知らなくってさ」

 「はぁ?」

 「戦後の混乱期にどっかに隠したまんま、…みんな、忘れてた」

 刀護る為に死んだ英霊が浮かばれねぇなぁ…


 そもそもギンが〝十咫の剣〟を探していたのは、組織をボロボロにしたダメ親父の贖罪だったらしい。この状況を何とかする為に、できる事はなんでもしよう。見つからない刀を見つけたら、もしかして昔に戻れるんじゃないか、という。

 で、あの博物館の倉庫にあるという情報を得て、行ったのか。


 「そしてついに見つけたんだ。〝十咫の剣〟を」

 「そうだったのか」

 「その時、…非常ベルが鳴って」

 「え?」

 「なんか『盗賊が侵入した』って」

 ………あー。


 「この剣だけは盗られちゃいけないと思って、とにかく持ち出したんだ。そして、裏口から博物館を出ようとしたら…いきなり、あの赤いニンジャに襲われた」

 …うわぁ。


 「…もう、問答無用で襲い掛かってくるもんだから、ともかく博物館の中にあったハンニャの面をかぶって正体を隠して、も、勿論、逃げるのを優先したさ‼」

 …うわぁ。


 「でも、逃げようにも、あいつメチャクチャに火をつけまくるわ、壁を壊しまくるわ、雷を落としまくるわでさ、…もう、あいつを止めた方が早いと思って」

 …うわぁ。


 「…仙人さんに会った時は、俺もヒステリー起こしちゃって、すっかり〝ハンニャ〟になりきってたけども、そ、それでも!死人は出さないようにしてたよ⁉」

 「………」


 つまり、全ての原因は、あいつか。


 勿論、これは何の証拠もない、しかも犯人側の言葉だ。…が、もー目に浮かぶよ、その光景がありありと、まるで記録映像のよーに詳細にさ。そもそも俺も現場にいた当事者だから、時系列からそれが真実だと頭が答えをはじき出すのよ。


 「…いや、真の犯人は『怪盗☆白仮面』か‼」

 つまり、怪盗☆白仮面がキョウをギンの字の前に誘導した、と。ギンを犯罪者に貶める為に…なんか、あのちんちくりんもそんなことを言ってた気がする。


 これは、我ながら名推理のように思えた。…が、世間の反応は寒かった。

 「…あー、それはないよ?」

 「なんでだよ、カク」

 「いや、あいつさ、犯行をほぼリアルタイムでネット配信してんのよ。その…思いっきり逃げおおせた。無駄にド派手なフィナーレの瞬間まで」

 「へ?」

 「…あの赤ニンジャ、最初からギンとしか戦ってないよ?」

 …おい。


 「ちなみに、動画はすぐに削除されちゃったけどな」

 「犯罪行為だから?」

 「…いや、『わいせつ物陳列罪』だったかな」

 やっぱ〝あおぐろいぼう〟は放送禁止なのか‼


 「…えーっと、つまり」

 できれば到達したくない真実に、俺は辿り着きそうだった。


 たまたま、あのわいせつ物の公開の日に、同じ敷地内でギンが十咫の剣を発見してしまい、それを安全な場所に持ち出そうとしたら、怪盗☆白仮面と勘違いしたちんちくりんに襲われたので、やむなくハンニャになったと。


 「全ては〝偶然〟か」


 無感情に結論付けるリョウマは、象牙細工の彫像の様だ。…いや、リョウマ以外の人間は、無感情になりきれないから、そう結論付けられないのだけども。

 俺が咄嗟に『怪盗☆白仮面犯人説』という陰謀論を考えてしまったのも、それが理由だったかもしれないし、それを否定したカクもまた否定材料を探すうちにネット配信に行きついてしまったのかもしれない。


 …その後は、折を見て刀を返そうとしたのだけど、翌日にはニンジャマスターに呼び出されて、お前らが犯人だと宣戦布告。その日の内にカクが襲われて戦争開始。警戒されてとても返しに行けずに今日まで追い詰められて、…こーなったと。


 「これが、真相だ」

 「………」

 …しょーもな。


 いや、おそらく全ての人が同じ気持ちだったに違いない。刀を探す原因がしょーもないし、その刀を見つけた者がハンニャになった理由もしょーもない。真犯人を責める気持ちなど湧き上がってこない、ただただ残念な気持ちでいっぱいだよ…

 たった一人の例外を除いて。


 「真相など、どうでもいい。さっさと刀をよこせ」

 …お前が説明しろって言ったんだよねぇ?


 誰もツッコむ気力がなかったけど。むしろ、最後の力が抜けた様に、カクは無気力に無警戒に無造作に、刀をリョウマへと差し出すのだった。


 「え?」

 ただ、その刀は背後の人影に取り上げられた。


 「ヤシチ?」

 その眼帯ヅラは見間違える筈もない。間違いなく、ヤシチ、その人である。

 …にもかかわらず、疑問形になった。名前を呼んだギンの字も、刀を取られたカクさんも、…一番ヤシチを知っている筈のスケさんまでが、同じ顔をしている。


 『…こいつ、誰だ?』と。


 勿論、いきなり狂暴になったとか、下品になったとか、そんなあからさまには変わってはいない。いつもの凡庸サラリーマン顔に、服装もそれまでと全く同じ黒コートだ。…ただ、全くの別人だった。それは、身内だからこそ分かる…いや、


 「他人、か」

 そう、他人になった。


 今まで、誰よりも仲間思いで、チームの和を尊び、組織の為に滅私奉公していた男が、まるで初めて会った男の様だった。どんなに近くにいても「鬱陶しいな」としか思わない、記憶に残らない満員電車での見知らぬ他人のように。


 「お、おい、ヤシチ?どうしたんだよ」

 話しかけられても見向きもせず、眼帯は取り上げた刀を真剣に眺めていた。すぐに鞘から抜き放たれた刀身は漆黒の光を放っている。その光は星石の光なのだけど、つまり、刀身が星石なのか…まるで鑑定士の様にじっくりと隅々まで刀を見ていた。

 「これが〝折れず、朽ちず、曲がらず、あらゆるモノを斬る光り輝く剣〟」


 「おぃい‼呼ばれてんだから返事くらいしろよ‼ヤシチぃ‼」

 「…ヤシチ?」

 自分の名前を、まるで目に入った看板でも確認するように繰り返す。そして、一度空中に視線を向けて何かを考え、不意に眼帯を外した。


 「目が…光ってる」

 眼帯の下から現れたのは、真っ白く光る左目…星石眼だった。てっきり潰れているからとかの理由で、眼帯で隠していたと思っていたのに…ではないのは、間違いない。この場の全員から、言葉を失わせた、…これほど体を震わす驚愕の原因は。


 「りょ、両目が…光ってる」

 右目も今まで通り光っているからだ。


 「俺は八真人の七番目、〝剣帝〟だ」


 『何で片目だけが光るのか』…それは、両目ともに光る上位存在がいるからだ。

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