第4話 十咫の剣
目の前に、サムライが立っていた。
「サムライなら、ちょんまげを結ってほしいものです!」
…それ、街中歩けねぇだろ。
ツッコもうと思ったけど、…やめた。そこでは真っ赤な〝
ごめん、街中歩いてる奴いたわ。
俺が何故その男を〝サムライ〟と認識したかといえば、両手に日本刀を握っていたからだ。左手に持つ長刀と、右手に持つ脇差。
チン…、コレ握り締めてる俺は、何と認識されてるんだろうか。
「変態っすよね?」
俺の心の声にツッコミ入れんな。
しげしげと〝コレ〟を見ていたからだろうな、…ケイに言われて元の白い筒の中へと戻し、チェーンで繋いでズボンのベルトから下げる。
『幾星霜の時を越えて現代に蘇った伝説の秘宝』なのにぃ‼
「…やっと、しまってくれたか」
あ、何か、前のサムライがホッとしてる。
「アレをいつまで衆目にさらしておくなんて、非常識にも程がある」
この人にも変態と思われてんのか、俺…
刀を除けば、別に格好はサムライでもない。背姿でしかないのだけど、見るからに分厚い黒コートを羽織って、その下にジャケットを着ているようだ。とはいえ、防弾なのか、防刃なのか…現代の『鎧』ではあるのだろう。
「私の忍者服と同じですね‼」
「…それ、ただの『ぬののふく』だよね?」
絶体絶命の危機、の前に立つ男。…に俺が思うのは、お礼ではなく疑問だった。
「〝とあた〟って何だ?」
「気合の言葉です‼」
トアター‼…の剣ってなんじゃそら。
『長さの単位だ。咫は親指と人差し指を開いた長さ。15~6㎝程度か』
ああ、なるほど。150~160㎝って事か〝十咫〟の剣………?
「リョウマ?」
ふつーに流しかけてしまった。…その声は間違いなくリョウマだった。しかし、声はすれど、姿は見えず…周囲をどれだけ遠く見まわしても、あんなに目立つ白い詰折制服を見つける事はできない。しかし、今の台詞…間違いようがねぇ。
…あいつ、逃げたんじゃないのか?
袖を引かれて視線が落ちる。そこではキョウが俺の耳を指さしていた。…ああ、インカムか。そういえば、ケイに無理やりつけさせられた気がする。
「…お前、どこにいんだよ」
『1㎞先のビルの上だ』
どんだけ逃げてんだよ⁉
っつか、まだ5分と経ってねーぞ⁉この短い時間で、どうやったらそこまで逃げれるんだよ⁉無駄を承知で遠くを眺めてみるも…見つけられる筈もない。勿論、ビルは見つかるけど。見つかりすぎるけど。
「よそ見をしていると、死ぬぞ」
や、やべぇやべぇ…一瞬、ハンニャを忘れてた…そんな無防備な俺がハンニャに斬り捨てられなかったのは、ひとえに前にこの男が立ってくれているからだろう。両者ともに明らかに警戒して、間合いを図っているからな。
忠告してくれた、前に立つ男。…に俺が思うのは、やはりお礼より疑問だった。
「…眼帯?」
振り返ったその顔の、どうしても見てしまうそれによって、彼の顔の左側は完全に覆われていた。頭を斜めに巻き、おそらく革製の黒いそれは…やっぱり眼帯だよね?明らかに左目の視界は塞がれているので、おそらく見えないのだろう。
…えーと、どうも眼帯のせいで分かりにくいんだけど、造形は普通の20代後半だったよな。精悍で丸ではなく角のくっきりした目…鼻、頬に顎。特に美形でなくとも、贅肉のない運動で引き締まった顔立ちなので、普通にモテそうでもある。
ただ、本当に気になる事柄は口に出せない。
「あの右目って、星石の光ですよね‼」
「…お前、警戒心とかね―の?」
『何?…ここからではそこまでは見えないな』
「…うん、そら1㎞も遠くからじゃねぇ」
そう、光ってるんだよ。
眼帯の男の…眼帯をしていない側の瞳が、揺らめきながら…ぼうっと白い光を放っている。キョウ(赤)や、リョウマ(金)と同じ様に。あの、微妙な輝きは星石眼で間違いない。つまり、こいつも〝運命を操る者〟って事か。
…白、って事は、あいつと同じか…
「それは、光るさ。〝サムライマスター〟だからな」
「おおおおおおお‼俺達のサムライマスターが来てくれたぞーーーーーー‼」
どっと湧き起こる歓声。どうやら警察関係者と眼帯は既知の間柄らしい。しかも友好的な。…まぁ、あからさまに銃刀法違反者だから、むしろ、当たり前か。まさに『救世主降臨‼』的な大歓迎を受けていた。
『ふむ…この、ニンジャマスターが現れた時とは、…ずいぶん違うな』
自覚してるなら、改めようよ‼なんか色々‼
「OHーーーーーーー‼サムラーーーーーーーーーーイ‼」
…なんかシルバもポリと一緒になって目を輝かせていた。っつか、写真撮ってるただの一般観光客だ。同じ一般人でも、ケイは怯える市民A。アンさんは、一人無言でパソコンに目を落とす。キョウは…何か、専門家目線で見降ろしてるぞ…
「サムライの力、見せてもらいましょうか」
すでに男は…〝眼帯のサムライマスター〟は、視線を正面に戻していた。相手のハンニャもおそらく同じサムライマスター。余所見は即、死を意味するからな。
慎重に間合いを計りながら、立てた脇差を正面に、長刀を後ろ腰の高さに寝かせて構える。二刀流?抜き身のそれらは…特に脇差は輝いているかのように、光を反射していた。…いや、反射というか、刀身の内から出てるのか…
「…やはり十咫の剣は黒…水気か。方位は、東南」
と思ったら、脇差を黒いコートの中へと戻した。
「東は開門、西は驚門、南は死門、北は景門…南方の守護を」
と思ったら、脇差を黒いコートから取り出した。
「愛染明王の構え」
いや…さっきと違って脇差の刀身が赤い。それを自分の左後ろへと地面を指し、長刀をやや斜め右にハンニャのサムライマスターと向ける。うーむ…
…いや、隙だらけだよねぇ?
勿論、俺はチャンバラ素人だけども、…刀が両方とも敵を向いてない、ってか、あからさまに体の中心線も守ってないしなぁ。〝愛染明王の構え〟って何だ?
ただ、何となく予想は付いていた。
『〝忍術〟を用いるのに、足元に星石を配置するのと同じか』
「ああ。特にあの脇差の輝きは、紛れもなく〝星石〟のそれだな」
頷こうとして、舌打ちをし、俺は背後のビル群を無意味に見る。
「…だから、よそ見をするな‼」
後ろを振り返った、その俺の視界の片隅に、ハンニャのサムライマスターの顔が入った。無防備な隙を見つけて振り下ろされるその刀は、…踏み込み突きつけた、眼帯のサムライマスターの長刀を滑るように…俺の鼻先を突き抜けていった。
「危ねーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
『惜しかったな』
どこ目線にいるのぉ⁉
犬のよーに四足歩行で逃げる俺の後ろでは、突いた勢いを右足で踏み殺し、そのまま逆方向にハンニャのサムライマスターが跳躍していた。まるで突いた勢いを倍加する様にして、振りかぶった刀は振り下ろされる。
そして、響き渡ったのは…黒板をひっかいた時のようなイヤな折衝音。
「…ウソだろ?」
止めやがった。
今まで、全てを豆腐でも斬るように容易く斬り割いてきた黒い刀が、真紅の脇差によって止められていた。一瞬前の様に受け流したのではなく、そのまま力づくの押し合いへとつながる、完全な停止である。
これが、愛染明王の構えか…
「愛染明王…って、兜の前立てに〝愛〟ってつけてる人ですよね?」
「…直江兼続が、だよな?」
「私も〝忍〟を頭につけようかなぁ」
『忍』と書いて目立つ忍者にどうツッコミをしろと。
上から両手で力を込めているにもかかわらず、右手一本で脇差を握る眼帯のサムラは微動だにしない。それだけで凄い膂力なのだけど、片手で止めているという事は…その左手には、自由になる長刀が握られていた。
「愛染…明王斬り‼」
長刀を、そのまま横に掃くのではなく、わざと一度天を仰いでから、振り下ろす。その理由は明白だった。そのコンマ一秒で、ハンニャのサムライマスターが距離を取ろうと後ろに跳躍したのだけど、それでもその動作は必要な事だった。
そのまま横に振っても、あの黒い刀に…悪くすれば、折られちまうから。
追って自らも跳躍した眼帯が振り下ろした刀は、真っ二つに両断した。電柱を。ブロック塀を。その威力を知って、距離を飛んで離れていたハンニャの面は斬れなかったが、それらは見慣れてしまった〝あの〟完璧に平面の美しすぎる断面。
「愛染明王斬り…この力は、まさか」
「〝愛〟の力です!」
違ぇよ。
「…これも〝偶然〟かよ」
この為にわざわざ『南西方向から』斬りつけたのだ。
「AHHHHHHHHHHH‼サムラーーーーーーーーーイ‼」
シルバ、うるさい。
面のせいで表情は分からない。が、ハンニャのサムライマスターは明らかに警戒していた。その、全ての光を吸い込むような…そもそも、その表現自体がおかしいのだけど、実際、黒い光を放つ長刀〝十咫の剣〟を改めて握り直す。
一方で、眼帯のサムライマスターも先程と同じく、真紅の刀身から燃え上がるように光を放つ脇差を左後ろに構える。同じくやや前に構える長刀も、それ自体はただの光を反射しているだけだが、柄の部分に埋められているのは間違いなく、
『星石だな』
そこからよく見えるよな、お前!
『東南の黒い大星石により、眼前全てを凶格へと変えられたので、北に構えた深紅の脇差で景門、傷門、驚門、を集め、北に構えた長刀に残る吉格を集中したか。また、それで生まれた〝杜門〟に向けて刀を振り下ろした』
…この、インカムの向こうの世界一逃げ足の速いニンジャと同じく、サムライもまた『八門五行』を用いる連中って事だ。〝運命〟を都合よく操作して〝運良く〟振った刀が良い所に当って、…結果、何でも〝偶然〟真っ二つに斬り割く。
どんだけ〝偶然〟があれば、それできるか知らんけど。
どうやら、あの脇差が〝基本〟みたいだな…さっき、脇差を取り換えたのは基本となる星石を白から赤へと変えたんだ。文字通りの護り刀だな。そして、長刀の柄などの小さい星石で誤差を修正する…そんなとこか?
「あんなのおかしいです‼」
いきなり、キョウが顔を膨らまて、ぷんすか怒り出す。
「私達は、数十個の星石を、それこそ幾万通りも計算して配置しているんです!とんでもない数の〝偶然〟の結果として、炎や雷を落としてるのです‼あんな、たった数個の星石で〝偶然〟スパスパ斬れるなんて論理的におかしいんです‼」
「…じゃあ、あの現実をどう説明するんだよ」
「〝愛〟の力です」
そっちのが非論理的だろうが‼
「…お前らは、炎とか出したり雷とか落とそうとしてるからじゃね?」
サムライマスターは単純だ。斬る。防ぐ。俺は八門五行なんて知らないけど、何もない所に火をつけるよりも明らかに少ない偶然でできそうだ。
そして、目的の為にそもそも体を作っている。あの瞬間移動のような、とんでもない踏み込みは、星石関係ないからね。星石が無くても、さすがに電柱は斬れなくても、豚の丸焼きくらいは斬れるだろう。それを星石でブーストしているのだ。
…あの黒い魔剣が、その最上位って事か。
「サムラーイが、何でも斬れるのは当然なのデース‼」
…シルバ、静かにPCと睨めっこする隣のアンさんを見習ってくれ。
もはや、この眼帯…〝サムライ〟と、あの黒い魔剣…〝十咫の剣〟との関係は明白だった。登場時の台詞が「十咫の剣を返してもらおう」だし。ハンニャは未だ全くの不明だけども、そこから正体探しの足掛かりにはなりそうだ。
『よし、あの眼帯に剣の事を聞け』
「やだよ‼」
『…使えん奴め』
今、この場で一番使えないのお前ぇ‼
「〝十咫の剣〟は数百年前から伝わる、我々サムライの秘宝だ」
わざわざ小耳に挟んだ事を答えてくれたよ!なんて良い眼帯なんだ‼
「人を斬って斬って斬って…斬りまくって、黒い血の跡が刃に染み込み、千人を超えた時、この世に斬れないモノが無くなった。と言われている」
「呪いのアイテムじゃねーか‼」
それ、ゲームだったら間違いなく装備したら外せなくなるヤツだぞ‼
勿論、星石を炉に入れてそれを打つ、なんてことはできる訳がない。何百人も、何千人も切り殺していく過程で〝星石〟になった。と考える方が自然だろう。…まぁ、その星石に込められた『想い』はあんま想像したくないけど。
「決して、折れず、朽ちず、曲がらず、…あらゆるモノを斬る光り輝く剣」
…その言い伝えは、大げさじゃね?
『バカか貴様は?と言ってやれ』
やだよ‼
「まぁ、私もそう思っていたけど」
あららん。
「…だけど、あの十咫(150~160㎝)の刀身全てが星石…〝大星石〟には違いなさそうだ。とするなら、伝承もあながち大げさとも言い切れないよ」
んー…、そーいえば、5色全ての大星石を揃えればどんな願いもかなうとか、誰かが言ってたよなぁ。不治の病を治そうとか、過去を変えようとか…あの、一面全てが〝死門〟となる光景を見た俺は、どうしても否定できなかった。
「…とにかく、あのハンニャが何者なのかは分からないけど、あんな素性も知れぬ者に持ち出されたのでは、我らサムライ恥辱の極み…必ず取り戻すよ」
この間にも、もう2度、二人のサムライマスターは斬撃を交わしていた。互いに紙一重でかわし、未だ一滴の血も流していない。…が、その動きは対照的だった。
愛染明王の〝構え〟と言ったように、眼帯のサムライは基本的に不動。〝運命〟を都合よく操作して待ち構えている以上、方角が肝だからな。一方、ハンニャのサムライは、ゆらゆら…からの、豪速。あれ…方角関係なくね?
今もまた、問答無用で電話ボックスを真っ二つにブッった斬った。反す刀で街灯をブッた斬る。…まるで、あの大凶星のよう…ではない。
大凶星は基本的な剣技がメチャクチャで、もう、ただ、鉄の棒を振り回しているようなもんだ。…それが、当たるとブッた斬る。一方でハンニャの剣技は凛として整然緻密。むしろ眼帯と同じく、斬れる物をブーストしていると言うか…
『より強力な〝大星石〟でサムライの能力を最大限にしているのか』
「そう、それ」
〝十咫の剣〟なんて大仰に名付けられた、あからさまに規格外の、漆黒の長刀…アレが真紅のドクロと同じく、チート〝大星石〟の可能性はある。ってか、絶対そうに違いなかった。…ただ、使い続けているけど、使用制限とかないの?
っつか、
「さっきから随分とヒマそうででいいよな‼解説のリョウマさん」
『…ふむ、相手があの大凶星ではない以上、俺が駆けつけてもいいのだが』
「早く来てぇ‼」
『電車の時間があるから、15分後だな』
逃げたのと同じくらい全力で来やがれーーーーーーーーーーーーーーーー‼
『(ちゃららららら~)間もなく、3番線に普通、博物館駅行きが到着します』
ほんとに電車で来る気だよ‼せめて、快速に乗ってぇ‼
『ただいま博物館駅で〝人身事故〟がありまして、運転を見合わせております』
ああああああああ⁉駅が封鎖されとるぅぅぅうううううううう‼
『残念』
「諦めんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
ただ、眼帯のサムライマスターが戦ってくれているので、俺達はそんな危険ではなかった。互いに手探りなのか、手の内を知っているのか…双方ともに慎重で、そもそも手数が少ないという側面もあった。
「サムラーイのホンバのチャンバラが見れるなんて、ラッキーすぎマース‼」
今や、周り全て『観客』と言ってもいいだろう。熱烈なファンのシルバ、評論家のキョウ、ケイまでもが付き合いできたけど意外に面白そう…な、お客。唯一、アンさんだけは変わらずパソコンしか見ない。リョウマへの連絡してるのか?
「同じ〝サムライマスター〟でも、アレは比べ物にならない大迷惑だったなぁ」
「呼んだ~?」
「呼んでねぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええ‼」
〝アレ〟が、…来た。
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