第2話 幾星霜の時を経て、現世に顕現した至高の秘宝



 「もーーーーーーーーー‼何回、職質されるんですか⁉」

 4回目だな。


 「いいから、さっさと免許書見せてやれ」

 驚愕、気付き、謝罪…慣れ切った、そこから始まる警官達の一連の様式美…もうさ、その免許書を拡大コピーして首から下げて歩いてくんねぇかなぁ…

 …アンさんが、ちんちくちんにこのワンピース着せた理由が分かった。


 「これなら、猫耳メイド服の方がマシだったよ」

 「…うわぁ」

 ドン引きすんな‼


 「っつか、不審者ニンジャスタイルになってくれよ、もはや」

 「猫耳ニンジャですか?」

 もうコミケとか行けよ、お前‼


 博物館の正面玄関付近は、緑の多い広場でそのまま公園へと繋がっていた。この公園を経由して、いくつかの美術館や博物館やその倉庫へと繋がっている。


 ああ、わんこがいっぱい散歩してる。全て忘れて肉球ぷにぷにしてぇ…

 「そーゆーいやらしい目で散歩してる人を見てるから、職質されるんですよ!」

 「失礼な事を言うな!俺が見てるのは、犬だ‼」

 「………ぇ」

 …うん。言い方を間違えたな。キョウのドン引きがハンパねぇ…


 目の前の博物館を見上げてみると、…高さは4階建てアパートくらいか?壁は白と言うよりクリーム色で、入口のある正面はその半分ほどがガラス張りだ。分かり易く言えば『でっかくて四角くて綺麗な建物』だな。

 入口正面の旗にはデカデカと、『インドの秘宝展』と書かれていた。


 「さぁ!伝説の大星石を確認に行きましょう‼」

 どうも話がかみ合わないと思ったら、大星石そっちが目的だった。

 俺からひい爺さんの話を聞いて、チケットを見たリョウマの脳内にあったのは〝大星石〟…そら、あの顔になるがな。色恋なんてカケラもなかった。


 リョウマが女を俺につけて派遣した理由も、本日限定で展示される、今まで門外不出だった幻の秘宝が〝大星石〟かを確かめさせる為だ。だから、キョウかコンの二択だった。…無能アンさんじゃ、大星石の目利きができないからな。


 「あの遺跡から数々の大星石を発見した方が、寄贈したモノなんですよ!」

 …俺のひい爺さんだけど。


 ひい爺さんの思い出なんて、勿論、ない。ひい爺さんは考古学者とゆーか冒険家とゆーか墓泥棒とゆーか…そんな人で、全ての戦利品を骨董屋やっていたひい婆さんに貢ぎまくっていたらしい。それがうちの質屋ルーツ。

 その縁で、俺んちに無料招待券が来たんだけどさ。…しかし、ひい爺さんは何でひい婆さんに貢がずに、それを博物館に寄贈しちまったんだろう?


 「〝大星石〟だからに決まってるじゃないですか‼」

 キョウが相変わらずの都合の良い解釈をしていた。世界を揺るがせかねない〝大星石〟だからこそ、個人で所有せずに博物館に預けたに違いないとか、今まで門外不出だったのがその証拠だとか。…だったら何で、一般公開するんだよ?


 ちなみに、チケットにも、そして入り口で配布されているチラシにも、大星石…ひい爺さんの遺物については何も書かれていなかった。それがまた怪しい!と、ちんちくりんが鼻息荒く息まいているのだけど…そうか?


 「大星石だったら、悪人に見つかる前に確保せねば‼」

 「まぁ…な」

 キョウが鼻息荒く意気込んでいる。その隣で俺が暗く頷いた。


 …一瞬、脳内をフラッシュバックしたあの光景…あの、見渡す限り全てが最悪の〝死門〟と化したあの情景は、忘れたくても忘れられる筈が無かった。


 実際に感じられない人にはその絶望を説明しづらいのだけど、見渡す限り『地球最後の日の、全てが死滅した荒野』になったと思って貰えばいいだろうか…星石は、運命を呪う人の想いが込められた石。だからこそ、運命を変える力があるらしい。


 「はい、チケットを拝見しま………え」

 チケットを係員に渡した瞬間、顔を二度見された。勿論、すぐにその失礼を詫びてチケットを戻し、視線を逸らしたけど。…何だ?視界の隅では、他のスタッフ同士もこちらを見て、何やら明らかに噂して、さらに人を呼ぼうとしていた。

 一応、警戒するか…大星石だしな。

 

 「キョウ、…」

 振り返ると、そこではワンピースがほふく前進をしていた。


 「…何してんだ?」

 「大星石を狙ったテロリストに狙撃される可能性があるでしょ⁉」

 弁解の余地のない不審者じゃねーか。


 とりあえず、いや、まぎれもなく、他人になる事にした。すすすすっと、10m向こうの壁際まで移動する。あ、案の定、呼ばれた警備員のご厄介になってるな。すんません、その不審者、外につまみ出してください。

 

 入り口前の売店を通り過ぎて、綺麗に整備された中庭の見えるガラス張りの通路を抜けると、一転、真っ暗な廊下に繋がっていた。ふと見上げると、特徴的な濃さのあるインド風の絵で『この先、インドの秘宝展』と看板が立っていた。

 チケットに同封された手紙に書かれてたのはコレだな。


 さて、チケットは2枚送られてきて、無論、うちの場合は俺と姉貴の2人分なのだろうけど、…カップルが多いな。それも若い。こういう博物館系で見かける、老人とか、家族連れとか、いない訳ではないのだけど、相対的に少なく感じた。

 その理由は、すぐに判明する。


 「すげぇな…こりゃ、皆さん見に来るわな」

 「あの~、…すみません」

 不意に呼び止められて振り返ると、そこでは係員が小学生を連れていた。


 「困りますよ~、…お連れさんとちゃんと一緒にいてください」

 「先に行かないでくださいよ!もー」

 …この呪いのアイテム、どこの教会行ったら外せるんすか?


 「凄いですね!これは皆さん見に来るはずです‼」

 俺とほとんど同じ感想を口にして、キョウが『インドの秘宝展』の会場を見渡している。そこにあるのは、金銀財宝…いや、マジで。金や宝石をふんだんに用いたアクセサリーが100点以上展示されているのは、壮観の一語だった。

 おそらくは設計上そうなっているんだろうけど、その光の反射で目が眩む。


 その金銀財宝よりも遥かに目を輝かせて、来客者が食い入るようにガラスの中の宝石やネックレスを魅入っていた。綺麗で、かつ、高価なもんだからねぇ。

 キョウも御多分に漏れず、食い入るようにガラスケースの中を凝視していた。


 「これ星石ですよ!」

 …着眼点が普通人と違うな。


 「ええと『手にする人を次々と不幸にした、いわくつきの宝石』だそうです!」

 モノホンの呪いの石じゃねーか‼


 「これ、ポケットマネーで買えません?」

 ポケットに億の札束は入らねぇ。


 ふと警備の人と目が合った。まぁ、これだけ金銀財宝があるのだから当たり前だけど、館内は警備員が普通以上にいる。それも定位置にピッタリと止まって目を光らせている系。反射的に愛想笑いを返して、俺はそそくさと先を急いだ。

 別に盗もうとかそーゆー悪い事考えてないんだけどさ。…ただ、まぁ、このガラスケース触れると警報が鳴るだろうな。とゆー誘惑は感じる。


 いや、ちょっと待てよ…


 つるっ


 「危ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 …悪寒が一瞬遅れてたら、キョウがガラスに顔面から突っ込んでいた。その結果は、顔面血だらけで防犯ブザーが鳴り響く地獄絵図…まるでフィギュアスケートのようにキョウを高々と持ち上げ抱える下で、俺は重い息を吐いていた。

 ぴょん、っと飛び降りたキョウは、すでに次の標的に駆けだしている。


 「アレが今回の目玉、500カラットのダイヤですね‼」

 「それに近づくなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」


 つるっ


 「危ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 宙に浮いたキョウの体を、咄嗟にさらに空へと持ち上げ飛ばし、空中でクルクルと回転して落ちてくるのを見事にキャッチ!やっぱりフィギュアスケートな大技で緊急回避した、俺を待っていたのは…キョウのお叱りだった。

 「急に大声出さないでください‼ビックリしたでしょ⁉」


 …失敗した。こいつをここに連れてきたのは、ニトログリセリン山盛りの科学室で鬼ごっこするよーなもんだぞ‼大参事の予感しかしねぇ‼

 俺は必死で荒れる息を整え、血走った眼を閉じて心を落ち着ける。


 「…キョウ、我々の目的を見失うな‼」

 「そうでした‼」

 ハッとして頷いた、キョウの脳内では『世界中のテロリストが狙っている、世界をひっくり返す力を持った〝大星石〟を発見、保護する』とゆー妄想劇場が繰り広げられているに違いない。…ふぅ、まぁ、これで少しは慎重に行動し…

 

 「片っ端からガラスを取って、一個一個調べましょう‼」

 それ宝石強盗ーーーーーーーーーーーーー‼


 即断即決、今にもそれを実行に移そうとするキョウを、まんまフィギュアスケートの様に両脇の下をもって上空へと奉げ上げ、空高く伸ばした俺の掌の上で、体重を支えようと下に突き出したキョウの掌が合わさる。


 体操選手の様にTの字着地をしたキョウに、周囲からまばらな拍手が送られている。その表情は「…何だろう、アレ?」とゆー困惑。…そして、さっきから、あからさまに不審な行動をしている俺達を、警備員がロックオンしていた。


 やべぇやべぇやべぇ‼このままだと明日のスポーツ新聞の三面記事確定‼


 超大技の連続で極大疲労し、文字通りの血眼になって俺は『ひい爺さんの大星石(仮)』を探す。右に左に、突然後ろに、首と体を回転させ続ける。…ここで展示されてるのは間違いねぇんだ。どこだどこだどこだどこだ…?

 

 「…あんま怪しい動きしてるから、人が遠ざかってますよ?」

 お前がゆーな‼


 「…人?」

 それに気づいて、立ち止まり、大きく周囲を見回してみる。…明らかに、人の流れが一方に向かっていた。反対側を見ると、緑の非常口ライトの先にさらに明るい次の展示室への通路が見える。つまり、順路とは違う方向に進んでいるのだ。

 「あれか…」

 よーーーく見ると『特別展示室』の看板があった。


 その看板は、この展示室の端っこに掲げられていた。端っこにあるのもさることながら、この薄暗い室内で、しかも入り口を分厚い壁と同色のカーテンでおおわれているのが、一番見つけにくい原因かもしれない。


 胸に手を当てて深呼吸をしてから、俺は一般人に紛れて列の一部になった。その後ろでキョウは、…隣の人と足を持つれてすっ転び、足を滑らせて前の人のズボンを降ろし、ポシェットを落としてゴキブリのよーに這い回ってる。

 勿論、無視して俺は分厚いカーテンを潜る。通り過ぎる刹那、ふと視界の端に『撮影厳禁』と極太ゴシック文字で大きく書かれた張り紙が入ってきた。


 「つ、い、に!大星石と対面ですよ‼くー…ワクワクしま」

 「あ、すみません。ちょっとこちらに来ていただけますか?」

 「え?」

 キョウがナチュラルに係員によって排除された。


 特に気にも留めず、俺は中に入る。結構広いな…そして、暗い。前の部屋も薄暗かったのだけど、ここはもう『暗い』。すぐに目が慣れないほどに。

 その暗がりの中、いくつかの光が反射していた。気付いて振り返ると見失ってしまう小さな光…それはシヴァリンガと呼ばれる小さな丸石だ。並べられた文面を見ると、どうやら特別展示品の説明の為に置かれているらしい。


 ただ、目当てのモノだけは、見失いようが無かった。


 その中央、…まるで、群がり見上げる人だかりを従えるキングのように見下ろすガラスケースの中に〝それ〟は鎮座していた。この暗闇の中、唯一、上からの強烈な光に照らされるさまは、選ばれた啓示者のそれだった。


 「こ、これが、ひい爺さんの遺産…⁉」


 長さは20㎝、太さは5㎝くらいの円筒形。色は青黒くて、水晶なのか瑠璃なのか…先端が半円に膨らんだ、その形状を例えるなら…春を告げる傘を被ったツクシか、秋の味覚の王様マツタケか、海を統べるイカの魔物クラーケンか…

 それが、まさに天を突く様にそそり立っていた。


 「………って」

 これ、ただのチンコじゃねーか‼


 すまん…現実逃避して、何とか一生懸命ほかのモンに例えようと頑張ってみたけども、…ムリ‼これ否定しようがなく、それ以外の何物でもねぇ‼

 こんなもんシヴァリンガでも何でもねぇ‼ただの古代人の大人のオモチャだよ‼なにこのすっげぇリアルな造形‼そら『撮影厳禁』だよ‼今まで一度も公開されない筈だよねぇ‼門外不出ってか、ただの自主規制ですがな‼


 「…そら、ひい爺さんもひい婆さんに贈らずに寄付するわ」

 …キョウがナチュラルに排除された理由が分かったよ。っつか、あの分厚いカーテンはレンタルDVD屋の『18禁』カーテンと同じか。


 改めて、気を取り直して、落ち着いて…ソレを眺める。


 …これは、どう見ても…ああ、うん、形状はもう、いい。問題はこの輝き…このテカって…じゃない光は、間違いなく〝星石〟だ。しかも、この大きさ、太さ、硬さ…いや、まぁ、…これだけの純度と大きさと輝きの星石は、真紅のドクロ以来?


 …ダメだ。真面目に考えようと頑張ってるのに、何かダメだ。


 溜息を吐いて辺りを見回すと、意外にカップルが多いな。誰もが度肝を抜かれたのは間違いない。…が、そのあとにはそれこそ喜怒哀楽、様々な想いがあった。


 「…ちょ、なにコレ…こんなん見に行こうって、あんた…」

 「ま、待って!こんなんだと思ってなかったんだよぉ‼」


 「すっご~~~い‼あんたの粗末なアレと比べモンになんない、ご立派~‼」

 「………さよなら」


 おいぃ!カップル破局しまくってますよ⁉このチケットデートに使えないにも程がありますがな⁉俺は誘う段階で失敗して、連れがアレになっててよかった‼


 「…まったく、何で私が…」

 そのワンピース少女が、クマちゃんポシェットから取り出したサイフに免許証を入れながら、ブツブツ文句を言って入ってきた。


 「よし!それじゃあ‼」

 「帰るぞ」

 「ぇええ⁉私、まだ見てないんですけど⁉」

 …見んでええ。


 そもそも、物理的にキョウの背丈では見えなかった。肩車でもすれば別だけど…無論、んな事をするつもりはねぇ。何とかして見ようと、…飛び跳ねて足を踏んだり、背中をよじ登ったり、…周りの人に迷惑をかけてるな。すみません。


 「ここからで、十分輝きは分かるだろ?アレは確かに〝大星石〟だ」

 「あの輝き…一体、どれだけの人のどんな想いが込められているのでしょう?」

 「………」


 いや、それ主にエロい想いじゃねーか?


 「よし!すぐ確保しましょう‼今すぐ博物館は閉鎖です‼」

 「待て待て待て‼展示は今日限りなのだから、閉店後に話せば済むだろ?」

 「何故ですか⁉」

 めんどくさいから。


 …とか言ったら烈火のごとく怒りそうだなぁ。いや、もうすでに70%位ソレなんだけども。片目も完全に炎上状態だし。…でも、ここでニンジャマスターの強権発動なんかしたら、夜まで拘束される未来しか見えねぇ。

 「アレが…〝大星石〟がどれだけ恐ろしいモノか、アナタも知ってるでしょ⁉」

 「いや、まぁ、そらな」

 「今にも、テロリストが攻めてくるかもしれないんですよ‼」


 瞬間、明かりが消えた。


 いきなりパニック、にはならなかった。ただ、不安と恐怖と驚愕でその場から動けずに、ざわついている。そんな中、2人か3人かが出口へと駆けようとして、悶着を生み、怒声と悲鳴が滲みだし、その場で蹲る人も出始めた。


 俺とキョウだけが、瞬時に身構えていた。それは、俺達だけがこの状況を想定していたからだし、何よりも、あのチン…大星石ならではの輝きを感じていたからかもしれない。俺達にとって、この暗闇は暗闇ではないのだ。


 暗闇の中、俺はポケットのサイコロを掴み、キョウは星石鎖を、

 「…キョウ、それは自転車のチェーンだ」

 「あれあれあれあれーーーーーー‼」


 さらにポーチの中身を暗闇にぶちまけて、…キョウは戦う前から戦闘不能。戦闘か…クソッ!頭に浮かんだその言葉に、舌打ちせずにいられなかった。

 …ああ、確かにこの前のは国家転覆どころか世界大戦を画策していたテロリストだったよ。マシンガンどころか戦車まで用意してたよ。…そいつらなら、確かに警備員も客も皆殺しにして大星石を奪うくらいやりそうだったな…!


 刹那、スポットライトが暗闇を斬り割いた。


 「怪盗☆白仮面、参!上‼」


 「………」


 そんなサプライズは求めてねぇぇぇぇぇえええええええええええええええ‼


 なんか、真っ白いタキシード姿の仮面野郎が、一転、眩しい程に明るくなった室内で、スポットライトに照らされて、何かオーケストラの指揮者みてぇに両手を掲げた変なポーズとってるんだけど⁉誰こいつ⁉


 冷静に二度見してみるが、うん。…ただの『変な人』だぞ?明らかに、テロリストとか八門五行使いとか、そーゆーんじゃねぇ。人殺しは勿論、人に危害を加える匂いが全くない。皆様に驚きと笑顔を、ってイイ顔してるけど…


 一般ぴーぼーは、まだ現実を認識できずにキョロキョロしてる。そんな観客達が落ち着くのを待たずに、畳みかけるのがエンターテイナーだった。手にバラを持っている、と思った次の瞬間、それはカードに変わっている。


 「この僕の予告状…怪盗カードは、見て頂けたかな?」

 「…んなもん、イタズラとしてソッコー廃棄だろ」

 「アウチ‼」

 アウチ、じゃねーよ。


 「幾星霜の時を経て‼ついに現世に顕現した至高の秘宝‼神の力の宿る神器‼」


 明後日の方向の、誰もいない空間に向けて、恍惚とした表情と手を差し伸べる…一々、抑揚をつけまくった大げさな、言い回しとリアクションだな。さっきもピッと俺を指さしたり、片手で頭を押さえて嘆いて見せたり…

 ようやく、一般ぴーぽーが危険が無いと思って隣の人に語り掛けようと思う、一瞬前、指のひと鳴らしで壁際のライトが一斉に点灯する。それでまた、人々は奴から目が離せなく、奴しか見えなくなった。…この辺、さすがだな…


 「で、お宝はどこですか?」

 「それ」

 俺はあっさりと指さした。


 「………」


 今までのリアクションが嘘のように静かだった。怪盗☆白仮面は、ガラスケースを易々と開き、前から、横から、後ろから、上から下から…あらゆる角度からじっくりたっぷりねっとりと〝それ〟を観察する。その面持ちは、真剣の一言。

 一通り終わった所で、首をかしげて俺と視線が合う。


 「これ、ただのワイセツ物ですよねぇ⁉」

 ああ、やっぱり、そー見えるのか。


 八門や五行を知る者にとっては、あらゆる願いを叶える〝大星石〟なのだけど、ふつー人が見たらただのワイセツ物だよね、やっぱ…宝石や骨董品の専門家であるこの怪盗から見ても、それらとしての価値すらないらしい。


 「アディオス‼」

 「何しに来たのぉ⁉」

 怪盗☆白仮面は去って行った。


 怪盗☆白仮面が窓を割って去るのと、警備員が駆けこんでくるのは同時だった。勿論、室内にも警備員はいたのだけど〝観客〟の一人になっていたからな。そもそも、ここにいたのは『ワイセツ物を撮影しようとスマホを出す人』を止める係だ。

 どうやら、停電やらなんやらが起きていたのは、この『特別展示室』の室内だけだったらしい。どーりで非常ベルも鳴らないはずだ。時間にしても、実は登場から退場まで5分も経っていない。…まぁ、計算通りなんだろうな。


 「皆さん、心配いりません。落ち着いて係員の誘導に従ってください」

 その適切かつ冷静な誘導と、それに整然と従う客たち。…ま、危険は全くなかったしね。むしろ「アトラクションじゃね?」みたいな引きつった笑顔もある。


 …ただ、開いたガラスケースにも、その場に転がる物体にも、誰も見向きもしなかった。そして、ついには警備員すらその存在すら忘れて部屋を出ていく。


 誰か心配してやれよ‼幾星霜の時を経て現世に顕現した、至高の秘宝を‼


 唯一、それの価値を知っているのがキョウだったが、今は電話中だ。無論、警備員に声をかけられたのだけど、堂々と「ニンジャマスターの部下です!」と宣言して…、まぁ、気合勝ちした。警備員は上に確認すると姿を消す。


 だからこそ、警備員すらいなくなったこの部屋に俺が残っているのだけど。カーテンが全解放され、すっかりと眩しい日の光が差し込み、あの暗闇はどこへやら。がら~んと広くて真っ白な、殺風景な部屋だったんだなぁ。


 「私は奴を追いかけます‼」

 なんで?


 …いや、別にあいつは星石狙いじゃないよね?実際、置いて去ったし。なら、俺等には関係ないんじゃね?そもそももう間に合わねーだろ…と言っても無駄なので、言わないけど。キョウの視界にあるのは、もう怪盗☆白仮面が出ていった窓だけだ。


 「あなたは大星石を確保し、ここから持ち出してください‼」

 「なんで?」

 さすがにこれは声に出た。


 「アンさんからの指令です‼」

 反論しようとした目の前で、ワンピースを脱ぎ捨てて真っ赤な忍者装束に変身したキョウに、…開いた口がふさがらなかった。無言のままの俺にビシッと手を振って、真っ赤な忍者は駆けだして行く。…あ、コケた。


 その後姿を見送った後、俺は床に視線を落とした。

 「…じゃあな。お前も元気で頑張るんだぞ」


 「あ、あの人!特別チケットで来てた人‼」

 部屋を立ち去ろうとする、後ろが何やら俺に向けて騒がしい。明らかに俺を探しているその声を無視する訳にもいかず、振り返ると、そこにいたのはあの入り口のチケット係。それと、六十歳くらいの燕尾服ジェントルマンなオジサマ。

 燕尾服のオジサマは、俺の前で礼儀正しく頭を下げる。釣られて俺も会釈した。そして打ち捨てられていた、チン…じゃない『現世に顕現した至高の秘宝』をつまみ上げると、紫の絨毯の様な手ぬぐいの上にそっと添えた。


 「こちらは、あなた様のモノです」

 なんでやねん。


 「…いや、正直、当博物館でも持て余していたんですよね。せっかくご寄贈頂いたのですが、歴史的文化財的価値はないし、その、展示できる物でもないので…」

 ひいじーさん、邪魔物扱いされてますよ⁉


 「ですから!これはご子孫のあなたにお返しします‼」

 いらねーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「アンさん?と仰ったか、…すでに、全ての手続きを終えてくれておりまして、これはもう正式にあなたの所有物です!どうぞ、気兼ねなくお持ちください‼」

 アンさーーーーーーーーーーーーん⁉余計なことしないで‼


 「それでは、我々は、その、この騒ぎで、色々と、アレですので、失礼」

 …おーーーい、押し付けて去って行ったよ…こうもあからさまに厄介払いされると、この棒も何か可哀想に…ならないな。いや、ほんと心の底からいらねーけど。


 あおぐろいぼう、を拾いますか?


 「いいえ」

 …って言うと話が進まない理不尽なRPGのよーだよ。


 これは世界の命運を変えるとも言われる大星石。とりあえず、リョウマに渡して保管して貰えば良いべ。杞憂だったものの、それこそ軍隊レベルの武力で大量虐殺も気にしない連中が、コレを求めているんだからさ。


 どうやらとっくに誘導されて、館内に残っている客は俺だけのようだ。がら~~~ん。ただ、所々に警備員がいて、避難経路から閲覧順路へと行く者が居ないか見張っていた。宝石やら貴金属やらの周りのガードの固さが容易に想像されるな。

 非常灯の下を通って不格好な扉を開けると、日光が降り注いで来る。数台のパトカーがすでに到着しており、そこそこの騒ぎにはなってるみたいだな。

 よし、俺も外に出るか。


 「あいつチンコを白昼堂々持ち歩いてんぞ⁉」

 「キャーーーーーーーーーーー‼変態ぃぃぃぃいいいいいいい‼」

 「…キミ、ちょっと来て貰おうか」


 三歩も歩かずに、警察のご厄介になったよ‼

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