第18話 ポックと和解する。
校舎を抜け、中庭へ。さっきよりも星が奇麗だ。
「待て、カイ、誰か来る」
リュウドウのことばに足を止め、木陰に隠れる。
森を歩く音がする。目を細め、その音の方を注視する。
つなぎ服に収まりきれないくらいの満月おっぱいが揺れている。ケイ先生だ。向こうも警戒しているのか、きょろきょろと周りを伺いながら校舎の方へと歩いていった。何してたんだろうこんな夜まで。
「行くか」
と再び歩き始める。
昼間とは違い、真っ暗でとにかく道がわからない。ポックもいないし。そして、なぜか自信満々に先頭を歩くリュウドウ、それについていく俺とロロ。デメガマの道を知っているのは俺とロロなのに。
当然のごとく、迷った。
「すまん」
とリュウドウは反省してる。
「いや、俺も悪い」
本当に、俺も悪い。そもそもなんと、勇者一行必須アイテム魔力ライトを忘れたという。
一旦来た道を戻ろうとしたが、真っ暗闇でさらにわからなくなった。
わけもわからず進んでいると、緑色の光が一面にあった。歩が自然と緩む。これは、茸だ。植物学でやったな。たしか、そのままの名前だ。夜光茸。
「いくつか持っていこう。とったあとも少しは持つはずだ」
と俺は2つ3つと夜光茸をむしった。
「ご、ごめんね、僕のせいで」
「いや、ロロのせいじゃない」
ロロは、少ししんどうそうである。まだ体調がフルではないのだろう。
左に少し道っぽい道がある。獣道なら逆にやばいか。いや、『チョウデッカイケン』を携えたリュウドウがいればその心配はないか。にしても、森のなかにあってしっかりと細い道になっている。本当に獣道か?根拠のない不安を感じる。このまま奥に進んでいって大丈夫だろうか。しかし、人間心理というか、道がある、そこに、ゆだねたくなる。誰からというわけではなく、その道に誘われるように進んでいく。
不安な足下を無言で歩きつづける。虫の音が五月蝿い。目印の小川もなかなか見当たらない。過ぎる時間に焦りを感じていたが、今はそれどころではなくなった。最早門限が過ぎて怒られるうんぬんの話ではない。無事に帰られたら、それでいい。
夜光茸の光が切れたちょうどそのとき、先に、開けた場所があった。木々を縫うようにそこへと向かう。
月が一層美しい。
「なんだ、ここは」
リュウドウがだれとなしに訊ねた。
だだっ広い草地である。その先に、廃墟があった。草地の真ん中を歩き、廃墟の方へと向かう。森のなかとは土の種類が違うように感じた。まるでグラウンドだ。長い間放置され、草地になったのだろう。ということは、3階だてはあるだろうこの廃墟は、校舎か。いや、ヴェリュデュール勇者学校は俺たちが一期生のはずだが。別の学校でもあったのか。しかし、相当の年季である。破壊されたような穴がところどころにあいている。
目の端に影がちらついた。廃墟の右におんぼろ小屋があった。そこから、誰かに見られているような気がした。もういない。いや、最初から誰もいなかったかもしれない。ただの勘違いか。しかし、なにか嫌な予感がする。
「わからん。が、とりあえず戻ろう」
と俺は時差を置いてリュウドウの問いに答えた。そのとき、廃墟がうねり声をあげた。ように聞こえた。実際は、ガラガラと廃墟の一部が崩れた音である。崩れたところから、うにょりと太い鞭のようなものが現れる。それが、廃墟のなかを壊しはじめた。瓦礫が飛び散る。
「逃げろ!やべえぞ」
なんとか森へ逃げ込めれば。月明かりを背に走る。自分の影が、先へ先へと伸びていた。その影を、さらに太い影が覆う。
「まじかよ」
剣を抜き、振り返る。
しかし、そんな近くにはその鞭はいなかった。少し離れたところで、まるで月に届けといわんばかりに、その体を上へと伸ばしていたのだ。
「下だ!」
リュウドウが珍しくも大声を上げた。
めりめりと草地がえぐれたかと思うと、地面から太い鞭が襲ってきた。間一髪、横っ飛びで避ける。飛び散った石が頬をかすめる。
「大丈夫か」
とリュウドウが朴訥と訊ねた。
「ああ、問題ない。ロロは後ろへ」
「う、うん」
太い鞭に見えたが、ぶっとい根っこのように見える。それが右へ左へ下へ上へと動き回っている。
「来るぞ」
と俺は身構えた。ぶっとい根っこが、上からむち打ってくる。
俺とリュウドウ二人掛かりで受ける。
押される。重い。
リュウドウが、うなり声とともに力を込めると、根っこが二つに切れた。圧から体が解放される。ほっと一息つき、
「ナイス、リュウドウ」
と言ったそのとき、背後でロロの悲鳴がした。
地面から伸びた根っこが、ロロの体を締め付けている。
「ロロ!」
俺とリュウドウがその根に切り掛かる。しかし、背後に現れた別の根に、二人とも弾き飛ばされる。全身に痛みが走る。
「大丈夫か、リュウドウ」
「ああ」
とむくりとリュウドウは立ち上がる。
森とグラウンドの境目まで飛ばされた。そばに木があった。その根の部分に手をつき、立ち上がろうとする。むにゅりと、気持ちの悪い感触が手を襲う。この茸は、あれじゃないか。何かに使えるか。しかし根っこみたいな生き物にこれが効くのか。
ぶっとい根っこに巻き付かれ、ロロが苦しそうにもがいている。時間がない。しかし、これをただ投げても意味がない。
そのとき、一閃の弓が根っこを射た。根が、だらりと落ちる。誰だ、と弓の出所を見る。木の上に人影があった。
「いけ、リュウドウ!」
木の上から、その人影が叫んだ。
リュウドウが走り出す。
「ポック!」
と俺は、その人影、ポックにさっき見つけた茸を見せた。
「カイ、それを投げろ!」
ポックの指示通り、俺は、茸を根に向かって投げた。
ポックが宙に浮いたそれを弓で射ると、そのまま根に突き刺さった。一瞬の間を置いて、根が小さく震え出した。勢いで出した案だが、根に効くのか?笑茸が。
その隙に乗じて、リュウドウが、ロロを締め付けていた根をぶった切る。
ロロは根から解放されるが、そのまま地面に倒れた。やばいか。とにかくヒールを施そうとロロのもとへ。
「ご、ごめんね、僕、迷惑ばかり」
「大丈夫だ。深呼吸してろ」
意識はしっかりしている。
ポックが、魔力ライトでロロを照らす。
締め付けられていたお腹の部分が、赤く腫れ上がっている。そこにヒールを施す。まあ、大丈夫だろう。
リュウドウが、地面からせりでたその大きな根を持っていた。心なしか、根は地面に潜りたがっているように見える。
「なんだ、どうするんだ?」
と俺が問うと、「いや、まあな」とリュウドウはおもむろに、その根を引っ張り上げた。なんて無茶な。
埋まっていた根が、地面にひび割れをつくり、ずずと地表に現れる。
なんちゅう馬鹿力だ。
「ま、待って」
ロロが、リュドウを止める。
「そ、その子は、朦朧として、なんか、こ、怖がってる。んだ、よ、多分」
となんとかことばを振り絞った。
「そうだったのか、すまん」
と相変わらずの調子でリュウドウは答え、根を離した。
根は、ぐったりと地面に落ちた。先っぽが特に弱ってみえた。明らかに普通の生物でなないように見えるが、ここまで弱っているとなんとも。
「どうしたんだろうな」
俺が誰となしに訊ねると
「俺の毒だ」
と小声で、ポックは答えた。
「致死毒か、ポック?」
「いや、刺さった部位が麻痺するぐらいだ」
「なら、回復を早めるぐらいならいけるか。にしてもモンスターを回復させるはめになるとは」
ぽりぽりと頭を掻く。モンスターをね。しかしモンスターは目が充血していて赤い瘴気を帯びているというが。
「い、いや、この子はモンスターじゃないと思う。たぶんだけど、ハードクラッカーっていう植物」
と自信なさげにロロは答えた。植物か。植物!?やっぱり根なのか。
とにかく、ポックの矢が刺さっていた部位(根)に、ヒールをかける。ぴくりぴくりと部位が動き出すと、ゆっくりと、ハードクラッカーは地面に潜っていく。にしても、笑茸に助けられるとは。あらためて、その白い茸を持ってまじまじと見る。匂いはかがないようにしないとな。ロロが「ありがとう、ポックくん。これで助けられるのは二度目だね」と言い、ち上がった。笑顔のロロに、ポックは背を向け、「じゃあな」と立ち去ろうとする。こちらは根が深いな。
「まて、ポック。俺が昨日言いそびれたことばを聞け」
俺のことばに、ポックは立ち止まる。
「二年時には4人パーティを組むことになる。俺とパーティを組め」
ポックは、握りこぶしを一層強く握っている。
「は?俺は毒だ。毒にしかならねえ。勇者様とは」
「お前の毒がなければロロは危なかったろうよ」
「でも」
「お前が毒なわけじゃねえし、それに、俺も勇者じゃない。お前は、知識もリーダーシップも、強さもある。少なくとも、俺よりも勇者だ。だから、俺を助けろ」
葉擦れとともに、風が吹いた。静かな夜になった。ハードクラッカーも地面の下で俺の臭いセリフを聞いているのだろうか。
「自己中なやつだな」
と振り返ったポックの表情は、月明かりでよくわからなかった。ぽたりと、ポックの右手から血が落ちた。ヒールをかけようと、その右手を持つ。
微かに震えている。温かく、小さな手。あ、そうだ、こいつ女だった。ヒールをかけずに、すぐに手を離す。
ポックは、少し照れているのか、右手の人差し指で鼻頭を掻いた。次の瞬間、ポックの口角がにんまりと上がり、「にひ、にひひひひ」と笑い出した。
「な、なに笑ってんだ、俺の誘いを!」
ん?いや、待てよ、この笑い方は。そういえば、ポックの手を握った俺の手は。
「ははは、お前、俺の手についてた笑茸の毒が、ははは」
10数秒後、笑茸の毒から解放されたポックは、怒ってさっさと歩き出した。俺たちは、ポックの機嫌をとりながら、なんとか夜の森を抜けた。
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