第16話 レイ先生、つい言ってしまう。

 午後は剣技演習からである。


「ポック、あなた休みすぎよ」


 ロゼが、ようやく現れたポックに言った。


「俺の勝手だろ」


「な、私は室長よ、勝手もなにも」


「まあまあ」


 とアルトが止めに入る。なんやかんや副室長っぽい。

 扉の開く音とともに、タケミ先生とケントさんが闘技場に現れた。剣技演習が始まる。

 前回行った型を再び行う。最近は毎日寮の屋上でも型をしているからか、前回よりも辛くない。型が一通り終わると、次にずらずらと盾が並べられる。


「小盾中盾大盾、装着部分も違ったりと、いろいろある。好きに試してもいいよ」


 ケントさんが、盾を並び終え、言った。

 投擲演習のときと同じように、生徒たちが好きずきに盾を物色し始める。

 そういえば、中盾を持つといい、とレイ先生からアドバイスをもらったな。

 持ってみる。結構重い。片手剣に中盾か。オーソドックスなスタイルだと思う。腕に装着できるタイプがいいな。少し軽い。隣で、かちゃかちゃとシュナが盾を物色している。


「って、シュナ、なんで大盾?」


「え、はは、戦闘スタイル、二種類あってもいいかなって。いつもは絶対に盾使わないから、必要なければ投げて使ったり、なんて。ダメかな」


 そんなのありか。

 ずいと現れるタケミ先生。なんか言ってるが聞こえない。


「よい、とてもよい考え方だ、と言ってるよタケミ先生は。普段背中に背負っておいて、敵によってスタイルを変えたらいい。いらないなら投げたらいい。大盾は目くらましに使えたりもする、とのこと」


 通訳はケントさんである。

 こっそり聞いていたリュウドウが、大盾を持ち「うむ」と頷いた。今まであまり盾に興味を示していなかったが、リュウドウなりに盾を持つ意味ができたようである。

 それぞれが、選んだ盾で打込みを受けてみたりする。まだまだ形にはなっておらず、遊び半分だ。授業の終わりをつげるチャイムとともに、ぞろぞろと生徒たちは闘技場を後にする。


「ポックくん」


 ケントさんがポックを呼び止めた。俺とリュウドウも、なんとなく立ち止まる。


「なんすか」


 最近ずっとつっけんどっけんなポック。ややすました言い方である。


「レイ先生が用があるって」


「レイ先生?」


「ああ、君はまだ会っていないんだね。投擲の先生だよ。なんでもこのあと君に用があるみたいで、闘技場に残ってほしいと」


「俺もこのあと別の用があるんで」


 とケントさんのことばを待たず、ポックは出口へと向かう。


「おい、ポック」


 と俺が呼び止めたそのとき、何かが体のそばを通り過ぎた。その何かは、ポックが持とうとした扉の取っ手に突き刺さった。一心に伸びたそれは、まぎれもない、本物の矢である。


「ポック、私の演習をさぼったな」


 矢の主が、闘技場に響くほど大きな声で言い放った。闘技場の観客席から、その女が飛び降りた。後ろで大きく束ねられた髪の毛は、かんざしでまとめられている。ピンと伸びた耳、筋の通った鼻筋、切れ長の目、堂々としたウォーキング。やはり美しいな。


「レイ先生」


 とケントさんがお辞儀をする。タケミ先生は、いつものごとくあわあわしている。

 ポックは不貞腐れた様子である。


「さぼった理由は何か」


 とレイ先生は問うた。

 すでに他の生徒は闘技場をあとにしており、俺とリュウドウとポックだけになっていた。


「俺に投擲の演習は必要ねえよ」


「魔法学と魔法演習も休んだときいたぞ」


 ポックは小さく舌打ちすると、扉を開ける。レイ先生は、さらに続ける。


「お前の魔法に関連しているのか。毒魔法は投擲と相性がいいんだぞ」


 レイ先生のことばに、タケミ先生がさらにあわあわし始める。じっと地面を見つめていたケントさんは、はっとしてレイ先生を見た。

 毒魔法。そうか、そういうことか。


「うるさい!」


 とポックは闘技場を出た。乱暴に閉められた扉が、一度二度と開いては閉まる。

 追うべきか?いや、追ってどうする。どちらにせよ、この沈黙が気まずいな。いつもあわあわしているタケミ先生ですら、ケントさんと同じように地面をただただ見つめている。甲冑なので顔はわからないが。後ろにいるリュウドウは、顔を見なくともわかる。何も考えていないだろう。考えていたとしても、この空気を打開するタイプではない。レイ先生はどうだ。怒っているのか?ちらりと表情を伺う。

 レイ先生は、毅然と、ポックの出て行った扉を見ていた。凛々しいな。奇麗なのでどんなときでも絵になる。ん?いや、なんかうっすらと目に涙が。


「やってしまったか」


 とレイ先生は、膝からがくりと崩れ落ち、その奇麗な顔を両手で隠した。手には無数の古傷があった。


「やってしまったのか」


 誰かの返事を待つように、再びレイ先生は繰り返した。


「い、いやあ、まあ、ね。どうなんでしょう」


 とケントさんは、苦笑いで斜め上を見ている。なんか面白がってないかこの人。タケミ先生が、あわあわしながらレイ先生の背中をさする。何か慰めのことばを言っていると思う。聞こえないが。


「タケミ、ありがとう。しかし、私はやってしまったのか」


 しつこいなこの人も。


「毒魔法、っていっちゃたのは、確かにまずったのかなあ。でも聞いてたのこの二人だけだし」


 とケントさんは苦笑いで俺とリュウドウを見た。

 レイ先生はずいと立ちあがり、俺とリュウドウに寄って来た。


「お前たち、言うなよ」


「は、はい」


「カイ、何か、不都合があるのか?」


 リュウドウは、朴訥と訊ねた。こいつは世事に疎い。


「毒魔法の使い手は、忌避されんだよ」


「ふむ」


 とリュウドウは理解したのかしていないのかわからないが、頷いた。まあこいつが公言する心配はないだろう。友達もいないし。

 ケントさんが補足する。


「毒魔法はね、使い手がそもそも少ないんだ。魔法適性は遺伝に因るところが大きいんだけど、なぜか毒魔法は発生しにくくてね。ヒールよりも貴重なんだ」


「なぜそれで忌避される?」


 リュウドウがさらに訊ねた。俺が答える。


「単純に毒のイメージも悪いが、それよりも、人型のモンスターに、毒魔法を使う有名なのがいるんだよ。そもそも少ない毒魔法の使い手だ、そのモンスターとなんか関係があるんじゃないかって忌避されることがあるんだ。いや、待てよ、遺伝的に発生しにくいなら、関係ないんでは」


 自分で説明しておいてわからなくなってきた。

 私が説明しよう、とレイ先生が話し始める。


「そもそも人間と人型モンスターの関係性の問題にもなってくるんだが、それは一旦置いておこう。ケントは発生ということばを使ったが、それは正確には間違いだ。毒魔法の素地を持つものは一定数いる。ただ、しっかりとした適性をもつものとなると、これは極めて珍しい。かなり突然変異で現れる。魔法適性は遺伝に因るものが大きいというのは周知だが、毒魔法の特別性は案外知られていない。そのせいで、間違った偏見、つまり人型モンスターと関係があるんではないかという偏見が広がった。結果、毒魔法の片鱗が出た子どもが捨てられるというケースが増えた。また別の偏見を生んでしまったんだな。出自もわからなくなるしな」


 なるほど。毒魔法を使うものが周りにいなかったのでぼんやりとしか知らなかったが、偏見の背景にはそんなものがあったんだな。ポックは魔法適性診断書を捨てていたぐらいだ。かなりコンプレックスになっているのだろう。同時に、改めて思う。言っちゃっていいかな。


「えっと、レイ先生」


「なんだ、カイ」


「結構なところをつつきましたね」


 白い肌が、みるみる赤らむ。怒ってる?いや、違った。その死線を超えて来ただろう両手で再び奇麗な顔を覆い、地面に膝をつき


「やってしまいました。つい、出てしまった」


 と小さな声で言った。後悔するなら言わなければよかったのに、とは思うが、まあこういうのって治らないんだろうな。


「カイ、頼みがある」


 さっと立ち上がり、レイ先生は俺の両肩を力強く掴んだ。奇麗な眼にはじんわり涙が浮かんでいる。やだ、どきどきしちゃう。でも結構な握力なのでちょっと肩が痛い。


「なんとかしてくれ」


「へ?」


「頼む」


 レイ先生は頭を下げた。


「はあ」


 とりあえず頷いた。とりあえずで頷いていい案件なのか。まあ、頷いてしまったものは仕方がない。


「頑張れ!青春だ!」


 とケントさんが握りこぶしを作った。いや、なんだろう、結果いい思い出になればいいんだが、しかし今日部屋戻るの気まずいな。

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