第2話 最も信用できる人達

         最も信用できる人達



 テレポートして出たのは、砂浜の上空。


 街と海岸を隔てる、高さ5m程の防波堤の裏には、見覚えのある景色が広がっていた!

 しかも、上手い具合に夜だ!

 これなら、大騒ぎにはならずに済みそうだ。

 俺は、辺りの景色を確認しながら、弧を描くように、その砂浜に着陸する。


 よし! この世界との時間は、それ程ずれていない!


 俺は、あの世界とのタイムラグを心配していた。

 俺が召喚されてから、3年。元の世界では何年経っているか、分かったものじゃない。

 下手すれば、1万年単位の時間のずれがあるかもしれない。そうなら、大きく地形が変わっている可能性がある。


「ようこそ、俺の故郷へ!」


 俺が着地すると、背中から、サヤとアマンダが、周りをきょろきょろしながら地面に降り立つ。


「流石はシンさんっす! 戻って来れたっす!」

「ここがシンさんの世界なのですね…。夜なのに、そこら中に灯がともって、とても綺麗ですわ!」

「住所は、兵庫県西宮市のはずだ。ここは、俺が昔遊んだことのある海岸だよ。そして、ここならあの防波堤のおかげで、あまり人目につかないはずだ」

「へ~、ここが西宮っすか。え~っと、確か、甲子園球場のあるとこっすよね?」

「うん、そうだ。とにかく、ここで一旦休憩だ。流石に、世界を超越するテレポートには、大幅に魔力を消費したようだし。それで、アマンダは絶対にサヤから離れないでくれよ。貴女の容姿は、間違いなくこの世界じゃトップクラスだ。余計なトラブルに見舞われる可能性がかなり高い」

「え…、少し照れますわ。でも、かしこまりましたわ」


 俺達は、これからの行動を相談する。

 先ずはこの世界でも、魔法やスキルが使えるかを確認することにした。


「五月雨斬り!」


 これはサヤの武術スキルだ。彼女が腰の刀を抜くと、砂浜に廃棄されていたと思われる、テトラポットの一つがばらばらになった。


「サンダーランス!」


 空から雷線が走り、海上に雷が落ちた!

 ふむ、アマンダの魔法も問題ないようだ。


「じゃ、俺も試そう。ファイアブレス!」


 俺は口を開け、そっと息を吐く。

 俺の口から直径1m程の火球が防波堤に向かって直進し、焦げ跡を残して消えた。


「うん、威力もあまり変わらないようだな。何でこの世界の人が魔法を使えないのか、少し疑問になるな。しかし、それは後回しだ。サヤ、日付と時間を確認したい。コンビニに行こう」

「そうっすね。でも、金無いっすよ? メリュー金貨なら、腐る程あるんすけど」

「私も宝石とかなら、それなりにありますわ」


 ふむ、貴金属を買い取ってくれる店は結構あったと思うが、必ず身分証の提示を求められるはずだ。

 今の俺達にそんなものは無い。それに、あの世界の貴金属が、この世界ではどう判定されるかもかなり怪しい。

 まあ、サヤの能力があれば、万引きとかし放題なのだが、絶対にそれをさせてはいけない!


「う~ん、金の件は、今はどうしようもないな。それより、サヤは家族とかいないのか? 上手くすれば、サヤとアマンダはそこで暮らせるだろう。まあ、俺は、あまり人目につかないところに隠れるしかないか」


 そう、メリューでは、俺専用の広大な部屋を用意してくれたのだが、この世界じゃそんなもの、ある訳もなく。なので、この二人とは暮らせないだろう。


「そうっすね~。でも、あたいもこの世界じゃ死んだことになってるはずっす。良くて行方不明っすね。それに、あたいは決めてるっす! シンさんについて行くって!」

「そうですわ! シンさん、私をこの世界に拉致した責任は取って欲しいですわ! 私も死ぬまでシンさんと一緒ですわ!」


 ぐはっ!

 まあ、そうなる気はしていたが。


「う~ん、気持ちは嬉しいけど、二人には、この世界で普通に暮らして欲しいのだけど。そして、それは俺と一緒じゃ絶対に無理な訳で」


 しかし、二人は俺を睨みつける。

 あ~、これは引きそうにないな。うん、俺も腹を括ろう。


「分かった。じゃあ、アマンダもサヤも、覚悟はいいな? 今から俺は、この世界での俺の生存権を確保しに行く。かなりの強硬手段なんで、少々危険だと思うが、構わないか?」

「当然っす!」

「勿論ですわ!」

「じゃあ、乗ってくれ。今から行くところは、俺の中では、この日本で最も信用できる人達が居る場所だ。確か、それ程遠く無かったと思う。俺も、車で前を通ったことがあるだけなんで、テレポートはできないからな」


 俺は再び二人を乗せて舞い上がる!



「ふむ、この道が171号線だろう。じゃあ、これに沿っていけば最短のはずだ」

「もう少し高度を上げた方がいいっすね。下から、こっちに気付いた気配を感じるっす!」

「分かった!」


 うん、あれだな。

 眼下に、迷彩模様の車両や、砲身をつけた車両が並んでいる敷地が見えた!

 そう、ここは、自衛隊の伊丹駐屯基地だ!


 ふむ、あそこなら迷惑にならないだろう。

 俺は、ヘリポートに舞い降りる。


 しかし、そこで、大音量のサイレンが響き渡り、建物から、わらわらと人が出て来た!


「アマンダはそのままで! サヤ! ここは自衛隊の基地だ! 取り敢えず、降りて危機感知してくれ!」

「了解っす! って、赤点だらけっす! これはヤバいっす!」

「まあ、俺の身体を見れば、当然の反応だろう。でも、あの人達なら、絶対に早まった行動はしないはずだ!」


 サヤが降りて辺りを見回していると、迷彩服を着た隊員達が、銃を構えながら俺達を包囲していく。ちと、サーチライトが眩しいが、これも当然だろう。


 やはり発砲はしてこない。

 うん、俺の判断は間違っていなかった。やばい国なら、既に戦場になっていてもおかしくないはずだ。

 そして、これなら安心だ。


 俺は、大声で話しかける。


「あ~、俺はシン! ご迷惑をおかけして済みません! こちらからは危害を与えるつもりはありません! そして、話がしたいです! 誰か、お願いできますか?」


 ん? ちと大きすぎたか?

 サヤ以外、全員、耳を押さえて蹲ってしまった。背中を振り返ると、アマンダも縮こまって、耳を押さえている。

 ふむ、俺やサヤみたいに音波耐性を取得していない人には、これだけで、一種の攻撃になるようだ。


「しゃ、喋った?」

「今の、あのドラゴンだよな?」

「こら、私語は慎め!」


 ふむ、かなり驚いたようだが、全員、立ち上がって、再び俺に銃を向ける。


「それで、どうでしょうか?」


 俺はボリュームを下げて、再度訊いてみる。


 すると、一人の男が、銃を構えながらも、サヤの前に進み出て来た。


「はっ! 私は、中部方面、第131地区警務隊一尉、松井です! こ、こちらも話は伺いたいです。先ず、貴方達は何者ですか? そして、貴女、服装はともかく、髪の色からして、東洋人ですよね? でも、その、ドラゴンに載っている方は、え~っと、その、宇宙人ですか?」


 そして、これも当然の反応だな。


「先ず、今から言う事は、嘘じゃないです。信じてくれなくても構いませんが、それは貴方達にとっても、有益ではないでしょう。俺達はこことは別の世界、メリューって国から来ました。色々あって、説明するのが大変ですが、俺には、平成28年までの、この日本の記憶があります。それで、今、ここは何年、何月何日の何時ですか?」


 そいつは少し安心したのか、銃を降ろしてくれた。

 だが、依然として、周りの隊員は、銃を構えている。


「今は、明和2年、10月2日の、21時です。そ、それで貴方は…?」

「え? メイワ?」


 聞いたことの無い年号だ。サヤも首を捻っている。


「西暦2020年ですね」


 なるほど、タイムラグはそれ程無かったようで、これも安心だ。


「分かりました。ありがとうございます。俺はあの世界、メリューではアークドラゴンと呼ばれる種族に、魂だけ転移させられた、元日本人です。そして、貴方の前にいる奴はサヤ、こいつも元日本人です。最後に、俺に乗っている女性は、アマンダ・メリュー・エルバイン。メリュー王国の女王です。それで、詳しい話をしたいし、彼女達も休ませてあげたい。どうでしょうか?」

「わ、分かりました。しかし、ここではなんですね。彼女達だけと、建物内で話をしたいのですが、よろしいですか?」


 う~ん、ここで彼女達と分断されるのは不味いか?

 サヤは問題ないが、アマンダが心配だ。


「仕方ないな。サヤ、俺の服を頼む。アマンダも降りてくれ」

「了解っす! アイテムボックスも、ちゃんと使えるみたいっす!」

「承知しましたわ」

「よし、アバターモード人型!」


 俺は、魔法で人間に擬態する。

 容姿はイケメンとかも可能だが、目立つのは嫌なので、生前の自分に似せる。

 大してハンサムでもなく、かといって、醜男とも言えない、普通の日本人だ。


隊員達全員、呆気に取られ、銃を降ろすというか、落としてしまったが、ま、これも仕方あるまい。


 俺が人型になると、すぐにサヤが抱き着いてきやがった!

 まだ裸だし、公衆の面前なので、とても恥ずかしい。もっとも、ナニは再現させていないが。 

アマンダは、すぐに手で目を覆うが、あれはしっかり見てるな。


「おい、せっかく擬態したのに、元に戻す気か? とにかく、勘弁してくれ! で、早く服を頼む!」

「本当に残念っす。はいっす!」


 彼女は虚空に手を突っ込み、黒のスーツセットを取り出してくれた。あの世界じゃ戦闘ばかりで、服なんて滅多に着る事は無かったのだが、買っておいて正解だったな。


「うん、ありがとう」


 俺はその服を着込みながら周りを見回すが、全員まだ呆然としている。


「じゃあ、行きましょうか。後、建物内では、絶対に俺を怒らせないで下さいね。もし彼女達に危害を与えようものなら、その場で実体化してしまうのは間違いないですから」

「そ、そんな事絶対にしませんよ! で、では、こちらです」



 現在、俺達は伊丹基地内の、会議室のような部屋に通されている。

 目の前には、迷彩服ではなく、イベントで見るような、スーツ風の軍服を着た男と、先程の松井さんだ。


「う~ん、こうしてみると、君達二人は本当に只の日本人だね~。そちらの女王様は、流石に規格外だけど。あ、申し遅れたね。私は中部方面警務隊、隊長の池上(いけがみ)一佐だ。月並みだけど、ようこそ地球、そして日本へ」


 まあ、アマンダが規格外って感想は当然だろうな。

 もっとも、サヤだって、アイドルグループでなら充分活躍できるだろう。流石にセンターは無理だと思うが。しかし、アマンダをTVに出すと、芸能界の仕組みが変わってしまいそうだ。


 そして、この男、かなり肝が据わっていると見た。

 俺だって、初めて自分の身体を見た時は、ちびりそうになったのだが。


「それで、先程の俺の説明は理解して頂けたでしょうか?」

「うんうん、まだ目を疑っているけど、実物を見せられたらね~。おまけに、各方面のレーダーからは、アンノウン出現って、大騒ぎになってるし。なので、来るなら、直接ここに来て欲しかったかな。ネットでは、もう君の動画までアップされちゃったからね~。そっちも、ユーマ出現って大騒ぎだよ」


 ぐはっ!

 そこまでは考えてなかったが、これは納得だな。


「えっと、ネットとか、ユーマって何ですの?」


 ふむ、アマンダにとっては当然の疑問だな。

 彼女の世界にはインターネットとかは当然無かった。文明は中世レベルだ。

 そして、流石だな。彼女も、きっと俺達同様、ランゲージスキルを持っていると見ていいだろう。彼女が今話したのは、メリュー語ではなく日本語だ。


「あ~、ユーマってのは、未確認生命体。ネットってのは、情報を共有する空間? まあ、説明すると長くなるんで、それはまた後で。それで池上さん、俺の目的は、彼女達を、日本人として受け入れてくれることだけです。ま、俺一人なら、何とでもなりますからね。俺の力なら、この基地くらい、1分かからず壊滅できますし。そういや、中華料理とか、暫く口に出来なかったしな~」


 サヤとアマンダは、俺を睨みつけるが、それは無視して、ここで俺はにやりと微笑んでやる。

 当然、これは真実だ。そして、俺の存在は既に各国にばれている。なので、この言葉の意味は、俺は一種の兵器で、且つ、俺一人なら、何処にでも身売りしますよって意味だ。

 そう、もし俺がヤバい国にでも行こうものなら、アメリカに何を言われるか、分かったものじゃないだろう。


「うん、そのお二人の受け入れは可能だと思う。だが、君については時間が欲しい。まだ君のことを、我々も良く知らないからね~。そして、そういう言い方をする君なら、意味は分かるよね?」


 なるほど、彼の一存では決められないと。

 そして、もっと、俺の能力を教えろってことだろう。


「論より証拠って奴ですか。で、何処なら、俺の事を知って貰えますかね?」


 喰らった事が無いから分からんが、対空ミサイルくらいなら、軽く避けられる自信がある。もし当たっても、俺のこの頑丈な身体に深手を与えるのは厳しいだろう。流石に核は無理だと思うが。もっとも、当たる前に破壊する自信はあるが。


「う~ん、本音としては、さっさと何処か行って欲しいところなんだけどね~。だが、君の喋り方から、元日本人なのは間違いない。ならば、我々としてもできる限りの事はしてあげたい。どうだろう、そのメリューの女王様に、今から日本のシンボル、富士山を見せてあげようとは思わないかい?」


 ふむ、やはり俺には興味があると。そしてこの男、かなりあけすけに言うな~。まあ、そっちの方が信用できるか?

 そして、富士山? あ~、そういう事か。富士の演習場だな。


「分かりました。ただ、今から乗り物での移動は勘弁して欲しいです。もし寝てしまったら、あの体に戻ってしまうんで、かなり迷惑かけるかと。ん~、俺達だけなら、多分、数分で着くから、先に行っていましょうか? あ、池上さんも一緒にどうです?」

「え? あ、数分って……。ここから直線でも400キロくらいあったと思うけど~? うちの戦闘機でも、10分はかかると思うんですけど~?!」


 池上だけでなく、松井も目を丸くしている。

 あ~、驚くのも無理はないか。

 これも測った事はないが、本気を出せば、秒速数キロくらいか?

 実際、俺の翼は飾りに近い。魔法で飛んでいるというのが実情だろう。

 アマンダは、距離の感覚が掴めていないのか、きょとんしているが、サヤは、うんうんと頷いている。


「まあ、信じるも信じないもご自由に。それで、どうです?」

「ちょ、ちょっと待って欲しい! だが、これは確かめたくもある! でも、ばれるのは避けたいし…。う~ん……」


 ふむ、この反応は、俺の能力が、彼の予想を大きく上回っていたと考えるべきだろう。

 きっと、攻撃力はともかく、速さは、昔の戦闘機程度と高を括っていた可能性が高い。


「一佐、私は同乗させて欲しいです!」


 お、松井は乗り気だ。

 少し後押ししてやろう。


「どうせもうばれてるんでしょ? 今頃、日本上空では、軍事衛星が宴会してるんじゃないんですか? それに、俺も少しは自分の力を誇示しておきたいですね。舐められて、変な国にちょっかい出されても嫌ですし」


 うん、日本はスパイ天国だと聞いた事がある。


「さ、流石に私の一存では無理だ! なので、今日はうちでゆっくりするといい。うん、快適とは言えないが、君の寝場所も用意しよう! なので、明日まで待ってくれ!」



 池上は、俺用にと、ヘリコプターのハンガーを提供してくれた。

 うん、これなら屋根もあるし、上空からの監視の目からも隠せるだろう。

 また、彼女達は、どうしても俺の傍を離れたくないと言い出し、無理を言って、そこに簡易ベッドを運んで貰った。

 ただ、ハンガーの入り口には、ものものしい警備がついてしまったので、少々落ち着かないが、これは仕方なかろう。


 俺も疲れていたのだろう。服を脱ぐなり、そこで爆睡してしまったようだ。

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