次に会う時は

松丸 紅凛

 地下鉄の改札。

 頭を撫で「またね」と言う君。心の死んだ笑顔。なけなしの力で握っていた手がするりと離れた。

 瞬きをしたらこぼれてしまうと我慢をする私。

 同じ路線で帰れるのに別の改札へ消えていった君。

 無心なふりをしてICカードをかざした。

 

 人混みに逆らって階段を下ると、スーツ人間がたくさんいた。酷く混んでいる上り電車を背にし、ホームドアを見つめる。

 電車は3分遅れでやって来た。ドアが開く電子音と共に足が動く。あぁ、時間が止まっているのは私の心だけなんだ。私がどんなに悲しい思いをしていても、世間は何食わぬ顔で1日を消化する。そんな世間の波に取り残されているようだった。

 反対側のドアに寄りかかって外を見つめてみるけれど、単調に壁が流れていくだけだった。窓越しには私の顔が映っている。それはそれは酷い顔だった。君の前では流れなかったものが左右の頬へ交互につたう。

 せっかくメイクしたのにな。今日の私、人生で一番の不細工顔。どうかこんな私を見つけないで下さい。車内にいる程良い数の人は、画面を見たり寝ていたりしている。今日ばかりは都心の冷たさに感謝してやろう。俯き、鼻を押さえるふりをしてタオルで顔面を整えた。


 気が付けば地下を抜けていて、外は明るくなっていた。できれば終点まで地下に潜っていたかった。今の私に地上は眩しい。輝きを失った人間が一人、ここにいる。

 このまま家には戻れない、親の前でこんな顔は見せられないから。酷い顔を身内に見せるくらいなら、たった一度すれ違うかどうかの人間達がいる町にいた方がいい。

 思いついた場所は映画館だった。何をやっているかも知らずにただその場所へ向かう。単線電車に乗り換え、端に座ってスマホを開くが速度制限で何も見えない。SNSは更新されないしインターネットも読み込めない。アルバムは開けるが君との写真で溢れている。オフラインで聴ける音楽のプレイリストは心に刺さるものしかなかった。


 3つ目の駅で降りて、歩道橋を渡って建物に入る。黙々とエスカレーターを歩いて3階の奥まで進み、券売機の前に立った。公開終了まで残り3日の映画を選んだ。空席ばかりだったから後方の中央に席を取った。発見されたチケットを持ち、そのまま入場した。

 大音量で予告が流れている間もタオルを手放せなかった。暗い部屋に入れたことは正解の行動だったと思う。画面を眺めていれば時間は経過するし、なんとしてでも虚無感を感じたくはなかったからだ。

 内容はちゃんと頭に入った。コメディ映画だったからちゃんと笑えた。ちゃんと理解もした。でも、なぜかエンドロールで1人鼻をすすっていた。

 私は何回顔を汚せば気が済むのだろう。


 帰りは来た路線とは違う線の電車に乗った。1駅隣の駅は本来の最寄り駅と比べると、家までの距離が3倍ある。薄暗い中1人で歩く一本道は、明日からの生き様を先に見ている気分になった。歩みはとにかく遅かった。ランナーが私をどんどん抜かしていった。また私は置いていかれるんだ。この暗い道から抜け出せずに。


 「またね」って言葉、信じていいのかな。

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次に会う時は 松丸 紅凛 @matsumaru-kureri

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