死にたがりの綺想曲
字書きHEAVEN
Op
雨が降っていた。
ばらばらと地面を叩く雨音に鼓膜を埋め尽くされている。
錆びた柱に寄りかかる小さな身体は冷えきって、あらゆる感覚が遠い。
切れかけの常夜灯が気怠げにまたたいては、貧民窟のしなびた夜を浮き上がらせた。
色とりどりの小さな石がそこら中に散らばっている。
おもちゃ箱をひっくり返したような有り様だ。
雨に濡れ、水溜りに沈みながらとろりとした光を返す。
これによく似た光景を知っている。
マーケットに飾られたモミの木の、きらきらとしたオーナメント。
あれは綺麗に見えるのに、どうしてここに散らばる石は無残で哀しいだけなんだろう。
眠たくて、眠ってしまいたい気がするのに、一度深く瞼を閉じれば二度と開かない予感があって、だからどうしても眠りにつくことが怖い。
石になったら冷たい気がする。今だって、もう十分に温度がないのに。
不意にぱしゃりと水音がした。水溜りの跳ねる音。それから、傘が雨を弾く音。
ぬかるむ地面に投げ出す脚に影が差す。眼差しだけで見上げた先に覚えのある男がいた。
胸まで垂れたシルバーブロンド。
色のないアイスブルーを嵌め込んだ、人形じみた無表情。
四番街の細工屋だ。
やたら綺麗に整った、ふたつの同じ顔の内、極端に温度や愛想の欠落した方。
その細い指先が、見惚れるほど繊細な銀細工を仕立てる様を、窓の外から眺めていた。
「おまえ、死ぬの?」
初めて聞く男の声は甘く掠れたテノールで、見た目通りに冷めきっていた。
見りゃわかるでしょ。紡ぎかけた唇は、凍てて震えただけだった。
「俺と来る?」
あんたなに言ってんの。
こんな死にぞこないをどうするのと、嗤ったつもりで嗤えたかどうかはわからない。
手を、伸ばそうとしたのだった。
考えなしに、錆びて鈍った指先を。
ぱしゃりと水を踏む音がした。
雨が止む。男の傘の内側で。
手首に絡んだ指先が、冷たくて熱い。
火傷する。その感覚が胸に痛くて、なのにたぶん心が溶けた。
なんであんたが泣いてるの。
男の変わらない顔つきに、なぜかそう尋ねたくなる。
乾いた頬を拭ってやりたい気がするのに、もう指が動かない。
そうして、引きずり込まれた泥のような眠りの底で、止まない雨の降る音を、いつまでも聴いていた。
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