第66話 魔王のダンジョン~古代の英雄が復活した件~

女に抱きつかれた謎の男は、辺りを見渡したあとダンジョンの天井を見つめて動きを止めた。

「なぜだ。俺はもう解放されたはず。なぜここに・・・」

男の嘆くような呟きに、ほほを赤く染めた女がすぐさま答えた。

「それはもちろん、私があなたに会いたかったからです。ずっとあなたに会いたくて、何でもしたんですよ。さぁ昔みたいにまた愛し合いましょう」

女が男を抱き締める腕に一段と力が入った気がした。

「・・・なせ」

「はい?」

男は女の腕を振り払うと、ダンジョンが揺れるほどの迫力で叫んだ。

「離せといったのだ!お前がなんと言おうと、俺達はすでに終わったのだ!誰が蘇らせてくれと頼んだ!俺はもう疲れたのだ!いい加減俺を自由にしろ!」

男はひとしきり叫んだあと、ダンジョンの天井を突き破りそのままどこかへと飛んでいってしまった。

「全くあの人ったら。何時までたってもはずかしがり屋なんですから。追いかけるのですら嬉しいですからいいですけどね・・・」

女は後を追うように、男が開けた穴から外へと飛び去っていった。

「・・・何だったんでしょうね」

「さぁな、それよりもスライムちゃんだ」

天井の穴を見上げる聖女と、全く気にせずにスライムちゃんを介抱(?)するショウ。

「とりあえずここから出るか、スライムちゃんも帰ってきたし、あいつらのことは後回しだ」



「私のいないうちにまたおもしろ・・大変なことになってますね。それで、その人たちはどこへ行ったんです?」

ショウと聖女は巫女への報告もかねてエルフの城へと戻っていた。

「外へ出たときにはもう影も形もありませんでしたよ。しかし本当に空を飛ぶなんて、いったいどんな魔法なんでしょう」

「そんなことよりスライムちゃんが心配だ。どうにかして元気になってくれないかな」

消えた二人のことなど全く気にせずに、スライムちゃんを抱き締めているショウ。

あれから何度も回復魔法をかけてもらったが、スライムちゃんの元気が戻ることはなかった。

ステータスは相変わらず1のまま、レベルだけは9999だった。

弱々しいながらもレベルドレインはできるようで、上がっていたショウのレベルもマイナス999に戻っていた。

「スライムちゃんが一番ですが、あの二人も放っておけませんね。何をしでかすか分かったものではありませんから」

「私の予言にも反応があるんですが、どうも場所がはっきりしないんです。色々な場所をどんどん告げてしまって、今はこのお城で何かがあると言っていました」

巫女の言葉にショウと聖女は顔を見合わせた、聞き間違いだろうか。

「ちょっと待て。今はこの城で何かが起きるって予言が出てるのか?」

「ええそうですよ。でもまだ何も起きてないですし、ショウ様や聖女様もいるんですから何か起きても平気でしょう?頼りにしてますよ!」

屈託の無い笑顔で見つめてくる巫女を見ると、二人は怒る気力も無くなってしまった。

「まぁいいでしょう。何か起きると決まった訳でもないで」

「巫女様!お話し中のところ失礼します!現在城の正面に不審な人間が現れ、兵士たちを次々と薙ぎ倒しながらこちらへ向かっております!私たち兵士で時間を稼ぎますので、巫女様は避難を!勇者様、聖女様!巫女様のことをお願い致します!」

急に部屋へと入ってきた兵士は一息にそれだけ告げると、焦った様子で部屋の外へと出ていった。

静かになった部屋の中で、巫女はショウと聖女の視線を受けて固まっていた。

次第に視線に耐えられなくなったのか、巫女は上目使いで二人を見つめると、甘えるようにこう言った。

「お二人とも・・・頼りにしてますよ?」



ショウと聖女はスライムちゃんを抱かせた巫女を部屋の奥へ下がらせると、油断なく武器を構えた。

「結局こうなるのか・・・」

「まぁ良いじゃないですか。それにもしかするとスライムちゃんを狙っているのかもしれませんよ?」

それだったら話は別だが、とりあえずスライムちゃんの安全のためにも戦うしかないか。

ショウと聖女がドアの前で待ち構えていると、兵士の悲鳴がどんどん近づいてきた。

気のせいか城も少しだけ揺れている気がする、しばらくすると急に辺りが静かになった。

「来るぞ、油断するなよ」

ショウと聖女が身構えたその時、ドアが勢いよく開け放たれた。

現れた人影を見て、ショウと聖女は思わず手を止めてしまった。

「お前は・・・」「あなたは・・・」

そこに立っていたのは、あのダンジョンでどこかへ飛んで行った、謎の男だった。



ショウと聖女、巫女、そして謎の男4人でテーブルを囲んでいた。

ショウは男が不審な動きを見せればすぐにでも斬りかかれるように、カタナを握っていた。

「そう警戒するな、暴れたりはせん」

「あんな被害を出していますからね、そう簡単に信用できません」

男はショウや怒っている巫女のことなど全く気にせずに、優雅に紅茶を啜っていた。

「それにあれは奴らが先に手を出してきたのだ、俺からは手を出していない。正当防衛と言うやつだな。死人が出ないように手加減してやったのだから、問題ないだろう」

「確かに、この人の言う通り死人はおろか怪我人すら出ていません。みな気絶か軽い打ち身程度でもう通常の仕事に戻っていますからね」

聖女の言う通り、兵士たちに大した被害はなく、物損に関してもほとんど無いとのことだ。

「それで、お前は何をしに来たんだ?というか何でここへ来たんだ?」

男はショウの質問に対し、呆れたようにため息を吐いた。

「俺が蘇らせられたあの場所に、貴様ら二人がいただろう。聞きたいことがあって、気配を探らせてもらった。そして俺の名前はアルスだ、覚えておくがいい」

アルスと名乗った男は、なぜか勝ち誇ったような顔をしていた。

「ちょうどいい、俺たちもお前に聞きたいことがあるんだ。とりあえず、お前は誰だ?あの女との関係は?」

「せっかちな奴だな、それに俺はアルスだと言っているだろう。これでも分からないとは、ここはかなりの田舎のようだな」

「失礼な人ですね!ここは由緒正しい歴史あるエルフ族の城ですよ!ここを知らないなんて!あなたのほうが田舎者なんじゃないですか!?」

ワイワイと言い争っている3人とは対照的に、アルスという名前を聞いてから黙っていた聖女が口を開いた。

「思い出しました!アルスという名前は、城の文献に書いてあった古代の英雄の名前です。まさかあなたがその本人だとでも言うおつもりですか?」

「まさかも何も俺の姿を見てわからないのか?こんなにいい男は世に二人といないだろう」

椅子から立ち上がりポーズを決めるアルス、本気なのか冗談なのか分からない・・・。

「よし分かった。お前が英雄だとして、あの女との関係は?俺たちに話ってなんだ?」

こいつのペースに飲まれる前に、話を本題に戻さないとまずいと、ショウの直感が告げていた。

「そうだな、そろそろ本題に移ろう。まず貴様らの質問に答えてやろう。あの女の名前はイレーヌ、俺が死ぬ前は、認めたくはないが妻だった女だ。そして俺がここへ来た最大の理由についてだが・・・」

アルスはショウと聖女と巫女の三人を観察するようにじっくりと見始めた。

「ショウとか言ったな、貴様は合格だ。俺ほどではないがかなりの強さだ。そして人間の女、貴様もぎりぎり合格だ。あの女ほどの魔力ではないが、貴様も役に立つだろう。最後はエルフの貴様だが・・・お前はだめだな!一点だけ素晴らしい才能があるが、そのほかは全く役に立たん!というわけで合格の二人は俺と共にあることをしてもらおう」

「お前は礼儀ってものを知らないのか?まぁいい、とりあえず何をしてほしいかさっさと言ってくれ」

怒られたにもかかわらずアルスは何が悪いのか全く分かっていないのか、悪びれる様子もなく、さらりととんでもないことを言い出した。

「うむ、貴様ら二人には、俺と共にイレーヌを殺すのを手伝ってもらおう!」

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