#12:不発に(決勝その3)


 ―これは一方的な展開となってしまったかぁーっ、オスカーの射程自在な蹴りや膝が、ガンフ必殺の間合いに入る隙をことごとく潰しているーっ!! 防戦一方のガンフ、丁寧に急所を外してはいるものの、その両腕が真っ赤に腫れあがり始めたぞぉーっ!! 何より組み合いに持ち込めないのが痛いかっ、しかしマスクの奥の目は全く闘志を失ってはいないっ!! おぉーっとぉっ!! ガンフまたしても距離を詰めにかかるぅーがっ!! オスカー軽く半歩下がってまたも電撃の右ローっ!! ガンフの左脚はもう限界ではないかっ!? いやっ!! これは敢えて食らったっ!? オスカーの撃ち終わり、に合わせてそのしなやかなボディに直角に曲げた掌を撃ち込むぅーっ!! これはオスカー想定外っ!! 軸足に全体重が乗った瞬間を狙われたっ!! いなせもせずにほぼ素立ち状態での被弾っ!! ガンフこの試合では意図的に打撃を出していなかったが、いろいろと技は持っている選手だ!! これまで敢えてそれを見せず、相手の意識外においてからの、見事な不意うちっ!! みぞおち辺りに強烈な一打を食らったオスカー、後ろに飛びすさって間合いを取るがっ!! ダメージは隠せていないーっ!! ガンフ、チャンスか? 今度はあからさまに打撃の構えをちらつかせながら、じりじりとリング端まで相手を追いつめていくーっ………


「……マスクは新調するのかしらぁん? それともこないだ預かったガンフマスクを修繕して使うのぉん?」


 ジョリーさんがそう尋ねてくるが、あの殺人的悪臭マスクの洗浄を頼んでたのって、ここだったんですね。


「……マルオ、お前さんが決めてくれや。ま、新しいのをオーダーメイドで作った方がよさそうだな。あのニオイが完全に取れるかは甚だ疑問だしよぉ」


 うーん、どうするかですね。あの「オオハシ」のデザインは凄い良かったんですけど、ねえ。


「大まかなデザインをこの書式に描いてくれれば、その通りに仕上げるからねぇん。ま、1週間見といてもらえると助かるわぁん」


 言いつつジョリーさんが、人の顔の輪郭が正面・側面と描かれたA4の紙を何枚か手渡してくれるけど、「1週間」? 結構複雑な作りだと思いましたけど、マスクを一枚作るのにそれだけで出来ちゃうもんなんですか?


「……優秀な助手君が入ってくれたおかげで、私の体が空いてんのよぉん。ま、プライベートでも空いてるんだけどねぇん?」


 獣の目つきでこちらをねめつけてきたけど、そこは咄嗟に用紙に目を逸らし回避する僕。俊敏な動きは日々の訓練の賜物です。マスクの件は、とりあえず持ち帰って検討ということにしてもらった。そしてコスチュームの方はまあ、両腕両脚の稼動を邪魔しないなら、予算の都合もあるし有り物でいいだろうということに結局なり、僕はこれだけはもう既に決めていた、黒いショートタイツ(新日仕様)と、同じく黒いリングシューズを選択した。


「……にしてもガンちゃん、あのマスク、本当に洗って直しちゃっていいの? 思い出詰まってそうだったけど」


 早速それらを包んでもらってホクホクの僕だが、ジョリーさんが急に改まった口調でそうオオハシさんに問いかける。


「……いいさ。後継も見つかったことだしよぉ。俺は本気でこいつとケチュラに出るつもりだぜ? いい機会だと……思ってるわけよ」


 ふっ、と遠い目をしたかのようなオオハシさん。何だろう。何かあるのだろうか。少し気になった僕だったが、


「よし、帰りは俺の愛車を使ってくれていいぞぉ、俺は庶民の足、電車で帰る」


 問いたげな僕の視線を躱すかのようにして、オオハシさんは自転車のキーを放ってきた。ええー、15kmですよ? 自転車でも結構ありますって!


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