#11:滅裂に(決勝その2)


 ―リング上の二人、反時計回りに間合いを計っている? どちらも仕掛けないまま、じりじりと緊密な時間が流れていく……っと!! 先に動いたのはガンフ!! とにかく距離を詰めないと自分の技に持ち込めないと判断したか? やや前傾気味にオスカーの懐に、いや、これを待っていたオスカー!! 溜める動作無しでいきなりそのしなやかな右脚でガンフの首を刈らんばかりに振り抜くぅぅぅっ!! しかしこれは!! これはガンフ読んでいた!! 左腕をしっかり引き締めて自らのこめかみを狙う死神の鎌を巧みにブロックだぁぁぁぁっとぉ!! 右脚を引くオスカーの一瞬の動作の隙に、掴める距離まで入ったぞぉぉっ!! 出るかガンフ必殺の投げっ? いや!! オスカー体を右に流しながら、その動きのまま、ガンフのわき腹に強烈な膝を入れたぁぁぁっ!! これは流石のガンフも動きが止まってしまうぅぅぅっ!! さらにさらにオスカー追撃の右ロー!!………


 汗だく過ぎて、体の表面全体に水の膜が覆ったかの状態になりつつも、吉祥寺→渋谷間を何とか走り通した僕だが、もう限界だ。10km辺りで足が動かなくなってからが本当にしんどかったよ。自販機横の地べたに座り込んで、オオハシさんの差し出したスポーツドリンクをぐぐいと三口くらいで開けてようやく一息ついた感じだ。


「服全部取っ替えちまった方がいいな。人も通らんし、ま、その自販機の陰あたりでちゃちゃっとやっちまってくれ」


 オオハシさんが言うとおり、東急ハンズの裏手から少し行ったあたり、急激に日が差さなくなった路地裏は、渋谷とは言え、人通りがほとんど見受けられなかった。僕はそれでもそそくさとTシャツやら短パンやら、迷ったけれど、ずぶ濡れのパンツも履き替えて、ややさっぱりとしつつ、オオハシさんが付いて来いと促すままに、雑居ビルと思わしき建物の入口へと向かった。


 蛍光灯も切れかけで、薄暗くかなり細い雑居ビルの内廊下を突っ切った最奥に、その店舗はあった。いや店舗かな?


 <berrirlyant>


 黒い光沢のあるプレートに濃いピンクの筆記体が踊る。「ベリルリャン」とでも読むのか、何となくいかがわしさを感じさせる看板が掛かった扉を、オオハシさんは躊躇せずぐいと奥へと押し開ける。すると、


「あら〜ん、珍しい。ガンちゃん、どしたのよぉ」


 その店らしき所に足を踏み入れた瞬間、きついバラ系の香りがむわりと漂いまくってきた。表からはまるで予想つかなかったけど、かなり天井が高い。5〜6mくらいか? 壁に沿って張り巡らされた何本もの金属のパイプには、これでもかというくらい、色とりどりの服が吊るされていた。壁が布を重ねて出来ているみたいだ。


「やだ、だーれー? このガチムチ君はー」


 そしてその吹き抜けの大きな空間の中央、服に取り囲まれてちょこんとあるガラス製のカウンターにしなだれかかっていた人物に、ものすごいつけまつ毛の下からロックオンされた。


「うちのホープだ。マルオっていう。今日来たのは他でもねえ、『ケチュラ』で着るコスチュームを誂えてもらいてえのよ」


 オオハシさんがさくりと要件に入るが、地毛なのかヅラなのか、透き通るような白いおかっぱ。その下の顔面についてはあまり描写はしたくないけど、エラの張った無駄に彫りの深い巨顔にはどぎついメイクが施されている。体は引き締まったかなりの長身。よせばいいのに肩幅をより際立たせるノースリーブのシルクっぽい質感のロングドレスを身につけている。夜会なのかな?


「マルオちゃんね。よぉーこそ『ブリリアント』に。あたいはジョリー。このファッション最先端砦のオーナーよん」


 つづり「brilliant」だよね……確か。まあいいか。


「ん・で? どんなイメージを考えてるのぉん? ガンフみたいなマスクマンがご所望かしらぁん?」


 無駄な流し目と尖らせた唇。ナチュラルさは微塵もない。あるのはコテコテの、女性は持ち得ない女性らしさ。つまりまあ、このジョリーという人は何というか、ま、身も蓋もない言い方をすれば、ステレオタイプの昭和のオカマだ。


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