#05:拙速に(四回戦)
―ああーっとおっ!! ガンフ初めて苦戦しているぞぉーっ!! 相手のウチョ=クラウユ選手、凄まじい手数で押しているー!! これはガンフ選手が初戦で見せた『カラァテェチョプー』!! 何と!! あの技をもう自分のものにしたのかあ、ウチョ選手!! 右、左、と交互に打ち込んでいくっ!! これはガンフまずいか!? 後退しているぞ、後が無いぃぃっ!! ウチョ選手の!! とどめの一撃が打ち下ろされ……かわしたぁ!! ガンフこれを待っていたのか? 空を切ったウチョ選手の体が右へ流れる!! そこを!! 素早く後ろに回って相手の腰に両腕をがっきと巻きつけたぁー!! どうするんだ!? 抱きついただけか!? 締めるっ!? いや違うっ!! 腰を落として相手の体を高々と抱え上げぇぇぇぇ、何だこれは!? 後ろに自分の体ごと反り返って相手を頭からマットに叩きつけたぁー!! これは堪りませんウチョ選手っ!! 起き上がれないぃぃ!!………
次の日から、特訓が始まった。大会まではあと二ヶ月ちょっとしかないらしく、突貫で勝つための全てを叩き込むとのこと。
「……」
早朝5時に井の頭公園に集合と言われ、そんな朝型の生活に慣れていない僕は、家中のアラームを全てセットして寝たけど、結局は興奮してそれらより早く起きてしまった。
「よく来た少年。じゃあ軽く体をほぐすために園内を一周だ」
長髪を後ろで乱雑に縛り、黒い野球帽を深く被ったオオハシ……さんは会うなりそう言うと、乗ってきたと思われる古びた自転車を七井橋の傍らにぞんざいに置いて、園内を巡るアスファルトで舗装された道を軽快に走り始めた。ええー、早ーい。僕は慌ててその光沢のある白いジャージの後ろ姿を追いかける。
「ぜ、ぜー、こひゅー、こ、はっ、せこー」
形容しにくい呼吸音は、僕の口から漏れ出ている。走り始めて1分も経ってないだろうけど、僕はもう限界だ。高校の時の学校指定の臙脂色のジャージは、体から吹き出る汗を吸ってまだら模様になっている。大学に入って1年と3ヶ月ちょい。ろくに体を動かした記憶がないわけで、この程度の運動でもかなり胃とか肺に来るものがある。
「……こいつぁ、荒療治が必要かもなあ。予想以上、いや未満だったわ」
振り返りつつオオハシさんがそんな僕の様子を見て、あちゃあというような顔をする。だから言ったでしょうに。
「これからは俺んちで寝起きするように。食生活から見直さんとな。ケチュラはそんなに甘くないぞ?」
オオハシさんは言うが、昨日は「逸材」とか「体重イコール強さ」だとか言ってたじゃないですか!! やはり僕は騙されていた。でもここまで来たらやるしかない。僕にここまで真剣に向き合ってくれた人なんて、両親も含めて今までいなかったわけだし。
「ほれ、次はスクワットだ。腰落とせよー」
その後も厳しい指導と、筋トレを主体とした練習が昼過ぎまで続き、僕の体はこわばっていない所を探す方が難しいくらいの状態に至っていた。昼メシはおごってやると言われて、吉祥寺駅に向かう道沿いにある焼肉屋に連れて行ってもらい、肉ならいくらでも食べていいと言われたので、極限の空腹も相まって3人前を平らげたけど。
「明日もここに5時集合だが、最低限の泊まる用の荷物だけ持ってこいよ。どうせ大して学業の方もやってねえんだろうし、毎日訓練だ」
そう念を押されて解放された。僕はそのまま吉祥寺駅までとぼとぼ歩き、汗でどろどろのまま中央線下りで下宿最寄りの武蔵境駅まで、周りの人の奇異な目線をぼんやりと受け止めながら電車に揺られていた。
体はぎしぎしと限界に近いけど、何か充実感みたいなものを体そのもので実感しているような……そんな悪くない気分だ。よし、今日は早く寝て明日に備えよう。僕は、酷使した体には上り階段よりも下りの方がなおきついということを発見しながら、家路につくのであった。
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