#04:意外に(三回戦)


 ―ガンフ、相手の背後にするりと回り込んだぞーっ!! 一体何をするつもりなのか? 相手の脇の下から自分の腕を差し入れ! もう片方を首に押し当て、顔の前でクロスさせたぁー!! がっちり固まっている! エモリータイ選手苦しそうだっ!! 顔面が赤黒く染まっているぞぉーっ!! 外せるか? いや外せないー、降伏か? ……降伏の意思を示したぁーっ!! ガンフ・トゥーカン、破竹の三連勝っ!! 離れても組んでも未知の技が飛んでくるっ!! これは強すぎます!!………


「……男はケチュラのリングで躍動した。プロレス同好会で鍛えた技の数々が、格闘素人のドチュルマの選手たちに面白いように決まったんだ。リング周りの客の熱狂もそりゃあ凄まじかった」


 オオハシは焼き鳥を串から外さず、そのまま食らいつきながらそう喋る。既に冷酒に切り替えて結構なペースだが、目の下がわずかに赤くなっているくらいで、酔っている感はあまり見られない。でもプロレス……僕も実を言うとマニアだ。観る方の。新日の内藤の試合は必ずチェックしている。技の研究らしきこともしたことはある。ひとりで、布団相手にだけど。


「男は行き詰まりを抱えていた人生で、ほんの一瞬だが、光り輝いたのさ。救われたんだ、ケチュラに。だからこそお前さんに、行き詰まっているお前さんにこそ、ケチュラを体感して欲しいってわけだ」


 そう言って隣の僕を見やってくる目は、何か自然で優しい感じがする。それにつられるようにして、


「僕は小中高といじめられ続けてきました。大学になってもそれは変わらずで、今日みたいにお金をせびられるようにもなってきてます」


 僕も自然と、口をついて言葉が出てきた。


「クラスでも、殴られたりするか、イジられるか、いないものとされるか、そんな感じで。普通のやり取り……普通に僕に向き合ってくれる人はいませんでした」


 そして自分の人生はこんなもんだ、と思い込んで、いや無理やり思い込ませるようにして日々をやり過ごしていた。


「僕も……輝けるでしょうか? 自信を……持てるでしょうか」


 媚びたり、偽ったりしてない、ほんとの言葉が僕の奥底から溢れ出てきているようだった。視界は酒のせいなのか何なのか、ぼんやり滲んでいるけど。


「勝つんだ少年。勝たないと人生はクソになる。何でもいいんだ、勝つ。それが重要だと、俺は思っている」


 オオハシは自分の前の小皿に目線を落としながら、そう自分に言い聞かせるように呟いた。


「勝つ。……勝ち……たいです。僕も勝ちたい。ケチュラマチュラ・ハヌバヌーイ・シラマンチャスで」


 僕の言葉に、オオハシはくっくと笑って半分くらいに減ったグラスを掲げてきた。


「少年なら出来る。『世界一』に……なってやろうじゃねえか。この地球の、ナンバーワンに」


 僕もジョッキを差し出し、遠慮がちにコツリと乾杯する。何というか、高揚していた。人生に風穴が開きそうな、そんな予感……しかし、これが凄まじい試練・鍛錬の始まりだったということに僕はまだ気付けていなかった。やっぱり人生ってやつは、そうは甘くなかったわけで。


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