Re:格×闘×王×コン×シ×デン×ト
gaction9969
#01:唐突に
「明日はもっと持ってこいよ、マルオよぉ」
そう言ってへらへら笑った相手に膝の辺りを蹴られた。瞬間、みぞおちあたりがきゅっとなる。
「やっぱり、諭吉くんがいないとよぉ、俺もテンション上がんないわけよ」
人からお金を奪っておいて、そんな言い草……僕はさっきまであれほど膨らませていた数々の想像が虚しく縮んでいくのを顔と共にこわばった頭全体で感じていた。
「じゃあまた、よろし頼んますわ」
面倒くさそうな足の運びで、背を向けて去っていく同じクラスの男子を見送り、僕は何というか、無表情と半笑いの中間のような、妙な顔つきで立ちつくすしかなかった。
(やっちまった……やっちまったとしか)
言えない。昨今そうはないほどの作法通りのカツアゲのされ方だった。明日からどの面で、どんな対応をしたら……諸々考えようとしつつも、いっさい何も出てこない白紙状態のところに、
「少年」
いきなり背後からかかった低い男の声。びくっとして振り返る。わざわざ人気の無いキャンパス内の鬱蒼とした雑木林を交渉の場に選んだのに(それもまずかったのかな)……誰かに見られてたのか。
「なん……です……か」
その男は僕の右ななめ後方、朽ち果てようとしている木のベンチの背もたれのところに腰を据え、座席部に汚いサンダル履きの足を置いて座っていた。座っているが、目の高さは僕と同じくらいのところにある。思わずその濁った目と目が合ってしまった。胸ぐらいまで伸ばしに伸ばした髪は白髪交じりでうねっている。見た目結構なおっさんなのに、長髪。そこにアウトローというかイレギュラーというか、何というか不審者感が禁じ得ないけど。
「少年……君は……いいな」
その艶も脂も無い簾のような髪の隙間からねっとりとした視線を浴びる僕。ええ? しゃがれた声でいきなり何を言い出すんだ。
「君は……いい」
連呼するのはいいが、もしや僕は狙われているのではないだろうか。いやこの僕を? ちょっとした徒歩でもはーはー言うほどの肥満体ですぞ? でも世の中にはいろいろなマニアが跋扈してると聞くし……とりあえず後ずさる。腰を落とし逃走の態勢を僕は整える。そんな中、
「俺と……」
僕の様子もあまり気にせずに、長髪おっさんの言葉はつらつらと続いていくようだけど、もはや聞いている場合じゃない。逃げるんだ。しかし、
「『一番』を目指さないか」
予想外の言葉に、身を翻そうとしていた僕は少しつんのめってしまう。「一番」? 「目指す」? どういうこと?
「少年。君は逸材だ。『世界一』を狙える逸材」
おっさんは腰をきつそうに伸ばしながら、ベンチから降り立つ。ひょろ長い感じの人だ。てろてろのポロシャツとぐずぐずのジーンズをその体に身につけている。
「……ちょっとこのあと用事があって」
「ないだろ。よしんばあったとして、からっけつで出来ることなんか少し置いとけ」
まあ、ね。強いて言えば今奪われたお金で文庫本を買いに行くくらいだった。とはいえ、あなたに関わり合いたくもない。
「……今時いないよなあ。あんな風にカツアゲされんのはよぉ。少年らの世代はSNSとかで済ませちまうのかと思ったが」
……さすがにSNSでカツアゲはない(振り込ませるのか?)。これからターゲットとしてさらされる可能性は大だけど。
「いやそれにしても……いい感じだ、少年。俺と『頂点』を目指さないか」
長髪おっさんはくっくと喉の奥で笑い声を発しながら、そう続ける。何だろうこのしつこさは。怪しすぎる。
「さっきからその、なんですか。何かを成し遂げようとしている感は。僕とあなたで何をするつもりなんですか」
「……」
「申し訳ない話ですが、いや、見た目からもわかると思いますけど、僕は運動系ダメですよ。かといってクイズ王的なものを目指せる知識があるわけでもないし、詰め込める頭もなし。運的なものだって悪いほう。何をやってもダメなんです」
さっきのカツアゲも本当はお金を渡すつもりなんて無かった。穏便に話せば分かってもらえると思って……その瞬間、完全に僕を舐めきった表情をした男の顔がフラッシュバックし、僕はいぃぃぃぃとうなり出したくなる。
「……見つけたぜ」
長髪おっさんは僕の言葉が聞こえていないのか、薄気味悪い笑みを浮かべて「見ぃつけた、見ぃつけた」とつぶやいている。
「ダメ。ダメ。ダメ。いいじゃあないか」
そして両手を広げて演劇のような口調。何が言いたいんだろう。
「逸材も逸材。やつらの青ざめる顔が見える」
そしてなぜか低く笑い出す。本当に大丈夫だろうか。
「少年。俺らが目指すのはケチュラの頂点」
本当に、何を……言っているんだ。
「格闘王の、格闘王による、格闘王のための祭典。それこそが、ケチュラマチュラ・ハヌバヌーイ・シラマンチャス」
人の顔にかさついた人指し指を突きつけながら、その長髪おっさんが言い放った言葉がすべての始まりであった。
僕と、烏合のキング・オブ・マイナー格闘家たちの、壮絶な戦いの幕開けだったのであった。
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