四夜目 『ばあさんと彼女』


彼女が、ワタシのばあさんと会ったという。彼女と祖母は何の接点もない。

もちろん生前にも面識はなかった。

だが「あれは絶対あなたのおばあちゃん!」と言って聞かない。

面識がなくとも、お互いの事が分かりあえる。『あの世』とはきっとそういう所なのだろう。


そもそもワタシが死んだヒトの姿を見るようになったのは、祖母の死がきっかけだった。


今から2年前の夏。祖母が亡くなった。94歳の大往生だった。

晩年は痴呆が酷く、ワタシの顔も忘れてしまっていたが、たまの見舞いのとき名を呼ぶと、少女のようににっこりと笑って「はい」と答えた。


幼少時のワタシは、いつも祖母と一緒だった。

共働きの両親のかわりに、幼稚園の送り迎えも祖母の役目だったし、夜寝る時も祖母の布団で寝ていた。両親には申し訳ないが、ワタシは祖母に育てられたと思っている。


祖母の通夜の晩、ワタシはひとり線香守をしながら、葬送の辞の文言を考えていた。

明日は病気で声を失った父のかわりに、ワタシが葬送の辞を詠まなくてはならない。


祭壇の前でひとり酒を呑みながら、ぼうっとした頭で言葉を繋ぎあわせていたとき、飾られた菊の花がかすかに揺れた。

酔っちまった、そう思ったとき、「ありがとう」という言葉が聞こえた。聞き慣れた懐かしい声。それは紛れもなく祖母の声だった。


翌日、出棺前の葬送の辞に、ワタシは『さよならのおみやげ』という詩を詠んだ。



 逝くひとへの「さよなら」は、言葉の「さよなら」を待ってはくれません。

 祖母にも言葉の「さよなら」は間に合いませんでした。


 でもこうして言葉にしてみると、「さよなら」って「ありがとう」に似ているよう

 に思います。


 さよなら、ばあちゃん。

 ありがとう、ばあちゃん。


 きっと祖母は、にっこり笑ってくれているでしょう。

 そしてその笑顔こそが、祖母がわたしたちに残してくれた

 『さよならのおみやげ』なのかもしれません。



詠み終わって祭壇を振り返ったとき、自分が眠る棺の前に祖母が立っていた。

笑顔で何度も頷きながら、祖母は「ありがとね」と言った。


その日から、ワタシには死者の姿が見えるようになったのだ。



「おばあちゃん、すごく嬉しかったって」彼女が言う。

「そうか。良かった」ワタシは祖母の笑顔を思い出しながら答える。

「私のときにも、あなたに葬送の辞を詠んで欲しかったな」

少し困ったような、悲しげな笑顔で彼女が言う。

そうだな。できればそうしてやりたかった。

だがきっと当時のワタシには気の利いた言葉ひとつ紡げなかったに違いない。


「なあ」ワタシは彼女を見ずに言う。

「俺の時には、お前が送ってくれるか?」


彼女は答える。

「絶対、やだ」

「それにお見送りは私の仕事じゃないでしょ?」


そうだな。確かにお前の仕事じゃない。


「いつかあなたがこっちに来たら、おばあちゃんのところに連れて行ってあげるからね」


「ありがとう」

ワタシがそう返したときには、もう彼女の姿はどこにもなかった。

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