第4話 

 その日から、蟻は毎日、お午になるとやってきては、ジャム付きのパンくずを一粒貰っていくようになりました。


「どうだい、わしのかみさんの拵えたジャムはうまいだろう」


「ええ、とっても甘くておいしいです。

 それだけじゃない、栄養があるんです。

 その証拠に、昨日は卵が百個もかえったんです。

 それから、女王様が新しい卵をもう百個、お産みになったんですよ」


「そうかい、大家族になったじゃないか」


「ええ、本当、にぎやかになって嬉しいです。

 巣も、どんどん広げているんですよ。

 兵隊さんのジャムをひと舐めするとね、みんな元気が出て、今までの何倍も働けるっていうんです」

 

「そうかい、そうかい」


 番兵は、おいしいお午と一緒に、蟻とのおしゃべりも楽しみにして心待ちにするようになりました。




 ところが、ある日のことです。

 番兵は、やってきた蟻に言いました。


「すまんなあ。今日からしばらく、ジャムは食べられそうにないんだ」


 ちぎって差し出したのは、甘いジャムではなく、しょっぱいバタ付きのパンでした。

 蟻はちょっとがっかりしたように見えましたが、すぐに元気を取り直して言いました。


「おいしそうじゃないですか。

 たまには気分を変えるのもいいですよね」


「…うん、そうだな。そう考えるのも、いいな」


 番兵は景気をつけるように勢いよく言いましたが、その声にはなんだか本当の元気がないようでした。

 そしてそれっきり、ジャム付きのパンのお午は食べられなくなってしまったのです。




 そんなある日、気のなさそうにバタ付きのパンをむしっていた番兵は、ふと蟻に話し出しました。


「蟻よ、すまんなあ。

 …実は、かみさんが寝付いてしまってなあ…。

 医者にも診せたんだが、どうも、はかばかしくないのだ。

 幾瓶もあったジャムも、とうに切れてしまったし、当分、かみさんのジャムは食べられそうにないんだ。

 かみさんは、故郷に帰って養生したいとしきりに言うのだよ。

 しかし、それは難しくてなあ。

 わしも、そうさせてやりたいのはやまやまなんだが、仕事が仕事だから」


 番兵と奥さんの故郷は、とても遠いところにありました。

 そこへ行くには、幾つもの山や川を越えて行かねばなりません。

 番兵が奥さんを送り届けて帰ってくるには、時間がかかりすぎるのでした。

 けれども故郷はいつも涼しい風が吹き、ひんやりときれいな川が流れ、何より静かで、病気を治すにはもってこいの場所なのです。

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