第3話

 さて、ある日のこと。

 番兵がいつものようにお午(ひる)を食べておりますと、いつのまにか、ゲートルの上を一匹の蟻が這い登っているではありませんか。

 番兵は、何の気なしに蟻を指の先で払おうとしましたが、ふと思い直して考えました。

 ちょうど、季節は春から夏に席を譲ろうとしているときで、おいしい実のなる木にはまだ花が残り咲き、青い硬い実も付き初めておりました。


 …ここいら辺は、このおいしい実のなる木のほかは花の咲かない草が生えているばかりで、蟻の食べ物になりそうなものといえば、それこそ自分が守っている木の花か実しかない。

 だが、蟻一匹とはいえど見逃すわけにはいかないぞ。

 大事な花を落とすかもしれないし、実をかじるかもわからんからな。

 …よし、ここはひとつ取り引きをして、約束をしてもらうことにするか


 そこで番兵は蟻に声を掛けました。

 小さな蟻が驚かないように、ささやき声のように小さな声を。


「蟻よ。えさを探しておるのかい」


 蟻は番兵の声に顔をあげました。

 黒い顔に、針の先で突いたように小さい目が賢そうに光っています。


「あ、兵隊さん、はじめまして。

 ええ、そうなんです。

 さっきからずっと、巣に持ち帰る甘いものを探しているんですよ。

 ……でも、この辺には、そんなものは何もないようですねえ……」


 番兵は、蟻が意外と礼儀正しいので好意を持ちました。


「ああ、この辺りは草ぼうぼうの荒れ地だからなあ、おいしいものは見つかるまいよ。

 だけれどそれではあんまり気の毒だから、わしのお午の弁当を少し分けてやるよ。

 なあに、ただのジャム付きのコッペパンだがね」


「ジャム付きのパンだなんて!

 そりゃ、すごいごちそうじゃありませんか!」


 蟻は喜んで飛び上がって言いました。


「そんな上等なもの、長いことずっと見たことも食べたこともありませんよ。

 ありがたいなあ。嬉しいなあ」


「そうか、そんなに嬉しいか。

 それは、よかった。

 ただし、ひとつだけ、約束してほしいことがあるのだよ」


「何ですか?

 ジャム付きパンのためなら、ぼく、出来ること、何でもしますよ!

 難しいことなら、一生懸命練習して出来るようになって見せますよ!」


「…そうか、それはよかった。

 なあに、難しいことではないんだ。

 わしの見張っている、この囲いの中の木の花も実もかじらないでいてほしいのさ」


「なあんだ。そんなこと、お安いご用ですよ」


「おまえさんだけでなく、巣の中のほかの仲間にも、そういうことをしないでほしいんだよ。

 …どうだい? 約束できるかい?」


「もちろんです! 約束します!

 これから巣に帰って、一族全員に言って聞かせますよ。

 これから生まれてくる子供たちにも、卵のころから覚えさせましょう」


「はは…、そうかい。それなら安心だ。

 …では、約束したよ。確かにしたよ!

 …それでは、ほら、これは今日の分だ」


 番兵はパンを小さくちぎると、甘い苺のジャムをできるだけたっぷりすくいとってやりました。

 そして、それをそっと蟻の前に置きました。


「うわあ、今夜はごちそうだ!

 これで、当分は食料に困りませんよ!

 兵隊さん、ありがとう!

 このお礼は、いつかきっと、忘れずにさせてもらいますよ!」


「ははは…。

 そんなことは、気にしなくていいんだよ。

 ほんのひとかけらなんだから」


「いいえ、蟻というものは昔から勤勉で実直ですが、律儀でもあるんです。

 そう、働き者の兵隊さんたちのようにね」


「…そうか。では、楽しみに待っているよ」


 かといって、こんな小さな蟻に何ができるのだろうと思いながら、番兵は笑って蟻を見送りました。


 蟻は大喜びでパンくずを背負うと、よっこらよっこら体をゆすりながら、長い時間をかけて帰っていきました。 

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