旅の宿にて
歳はおそらく僕と同じくらいだと思われるその女は
一応 脚を組んで椅子に座ったりもするけど
まるで 喫煙することを恥じているかのように
顔を僕から背け
目前わずか20cm足らずの白い壁を見つめながら
白いフィルターを口から離して白煙を吐いたかと思うと
すぐにフィルターを口にあてがう動作を繰り返していた
狭いこの喫煙室で彼女と二人きりで時間を共にするのは
この数時間で4回目だ
彼女は4回とも一番奥の同じ椅子に座り
4回とも顔を背けて壁を見つめながら
文字通り“ひっきりなしで”煙草を吸った
一本目をあっという間に吸い終わると
すぐに二本目をソフトケースから取り出して
ライターで火をつけて 一本目と同じように
渾身の力を込めながら思い切り吸って思い切り吐く動作を
短いインターバルで繰り返した
そして 二本目を吸い終わると
浴衣の裾を気にしながら椅子から立ち上がり
喫煙室のドアを開けてどこかへ去っていく
旅先での赤の他人とはいえ
僅かな時間ながらも密室で二人きりで過ごすのが4回目ともなると
“なにか言葉を発しないといけないんじゃないか”
と 困り半分で思ってしまうから不思議だ
「なんだか よくここで一緒になりますね」
あまり考えないで発した僕の陳腐な言葉に対して
彼女は
背けた顔をこちらに向けることも
返事を返すことも無く
そのまま喫煙の動作を繰り返した
僕が発した言葉は
彼女と僕が吐いた白煙に揺られながら
格子状の小さい換気扇の中へと消えていった
いや 本当はそんなことを確認してはいない
すっかり恥ずかしくなった僕は
彼女が二本目を吸い終わって
僕の前を通って ドアを開ける前に
僕が一本目を吸い終わろうと
無理して煙を吸い込むことだけに集中した
だけど
一本目はなかなか吸い終わらなかった
「もう 此処で一杯 やっちゃいますか」
にすれば まだ反応してくれたかな
わけないか
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