愛の意味



朝 勢いよく玄関のドアを開けると

昨日の夜に挨拶を交わしたオケラが同じ場所で

そして 同じ姿勢のままで居た


少し驚いた僕は 彼にも朝の挨拶をしてから階段を降りていったけど

彼は昨日の夜から もう命がなかったのかもしれない

と 思いなおした僕は咄嗟に再び階段を駆け上がったけれど

彼の後ろから声を掛ける勇気はやっぱりなかった


愛されたいのだ

愛するよりも 愛されていたいのだ

愛の意味すらわからないというのに




昼 床の模様を見つめながら歩いていると

聞き覚えのある靴音と

聞き覚えのある鞄についているキーホルダーの音が前から聞こえてきた


少し驚いた僕は 身をひるがえすことを一瞬考えたけど

それよりも 願うことを安易に選んだものだから

おそらくこわばった顔をしていた僕を察知した音の主は

さらに下から僕の顔を覗き込んで薄ら笑いを残していった


愛されたいのだ

愛するよりも 愛されていたいのだ

愛の意味なんてわかりもしないのに




夕 脇目も ましてや下も見ることなく

きちんと前を見て運転していたら

細い辻の真ん中に橙色の夕陽がかろうじて浮かんでた


少し驚いた僕は 車を停めて夕陽を見つめたけれど

さすがに眩しさに耐えられなくなって目を閉じて

カラスの鳴き声が聞こえなくなる頃に静かに目を開けると

フロントガラスに落し物が白くべったりと着いていた


愛されたいのだ

愛するよりも 愛されていたいのだ

愛の意味なんてわからないけれど




夜 何も考えたくなくなった僕は

すでにオケラの姿が無い踊り場を抜け

走る車のライトが頼りの歩道を歩いて煙草を買いに行った


真っ暗な店の前の明るい自動販売機になぜかほっとして

小銭を入れてからお目当ての煙草のボタンを押そうとしたときに

同時に名も知らない小さな羽虫がボタンに停まった

そして 僕の人差し指の下で彼の命は終わった


だけど

もう 驚くことはない

もう 何も驚くことはないんだ


ただ

愛されたいのだ

愛するよりも 愛されていたいのだ

愛の意味すらわからないけれど





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