3本目のワインを空けるまで

 


 ようやく1本目がスパークリングワインに決まったのは、僕が、コルクの栓を山茶花を生けた花瓶に当てたせいではなかった。

 この日のメインディッシュの牡蠣鍋を食べるのに、君がデパートで買ってきたボジョレー・ヌーボーを1本目にしたいと言い張ったからだ。


「牡蠣と赤ワインの組み合わせは、あったもんじゃない」


「わたしが、この日のためにせっかく買ってきたのに」


 この噛み合わない主張の決着を、スパークリングワインとボジョレー・ヌーボーの飲み比べで決着するまで相当の時間を使った。


「それでも、赤ワインで牡蠣を食べれないわけでもない」

 なんて言う君の言葉はエノキダケにでも聞かせておいて、さっきまでギンギンに冷えていたはずのスパークリングワインをいただいた。

 その代わりに「牡蠣がぷりぷりしていてとても美味しい」という僕の言葉を、君はしらたきにでも聞かせていたんだろう。


 


 2本目のボジョレー・ヌーボーをなかなかいただけなかったのは、牡蠣鍋にうどんを入れるかご飯を入れるかで言い合ったからだった。


「うどんは昼に食べたし、僕は玉子雑炊が食べたいんだ」


「わたしが、この日のためにせっかく香川県から取り寄せたのに」


 この噛み合わない主張の決着を、じゃんけんで決着するまで相当の時間を使った。

「せっかくのボジョレー・ヌーボーをこんな気分で飲むとは」

 なんて言う僕の言葉を、君は残っていたネギにでも聞かせていたんだろう。


 


 3本目の赤ワインをなかなかいただけなかったのは、どっちが3本目のワインをコンビニに買いに行くかで言い合ったからだ。


「夜も遅いし、君は相当酔ってるから僕が行く」


「せっかくの日なのに、あなたに買いに行かせられない」


 この噛み合わない主張の決着を、僕が振り切って自転車に乗って出掛けるまであまり時間は使わなかったけど、コンビニから帰ってきたら、君は台所で焦げ付いた牡蠣鍋をすごい形相でスポンジで擦っていた。

「無理しないで明日まで水につけといたらいいよ」

 なんて言う僕の言葉を、君は誰に聞かせていたんだろ。

 


 僕は、洗剤の泡が取れていない君の手を無理やり引っ張ってテーブル前に座らせて、3本目の赤ワインを注いだ。

 1杯目を飲むと「ああ、美味しい」と君も僕も同時に言った。

 あんなに食べたあとなのに、付け合せのチーズもよく売れた。

「3本も飲むなんて、すごいね」って君に言われとき、もう僕は我慢できなかった。

 君と0cmになりたかったからだ。





「あっ、忘れてた」


 僕の腕の中の君が目を開けて言った。


「今日、まだ、誕生日おめでとう、って乾杯してない」



 テーブルの上の2つのグラスには、まだ、3本目の赤ワインがほんの少し残ってた。





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