第5章『目覚めるモノたち』①

「──ほう、今度は武器えものを用意してきたか」

 狐仙変化こせんへんげした瑠姫は、薙刀なぎなたを構えて対峙たいじする烏頭女うずめに冷ややかな笑みをみせた。

 持ち主と同じく、その薙刀も土塊つちくれで出来ているのだろうが、よもや鈍刀なまくらではあるまい。

「ならば、こちらも──!」

 瑠姫は右手の刀印で宙を斬りあげた。

 その軌跡に沿って青い炎が走り、一振ひとふりのつるぎ顕現けんげんする。

月華方剣げっかほうけん!」

 剣をとって構えると、つばに付いている二つの鈴が涼しげなかなでた。

 その刀身やいばは厚く、幅広で、先端は切り落とされたように角張っている。

 まるで舟を漕ぐかいの柄を切り詰めたような、無骨な剣だ。

「へぇ。あいつ、あんな武器を持ってたんだな」

 やや離れた場所で観戦している伶人が、状況のわりには呑気な口調で言った。そのふところには千花が収まり、シャツの間から顔をのぞかせている。

「木で出来てるのか? あれ」

「うん。見た感じ、木剣ぼっけんみたいやねぇ」

 伶人と千花の会話に、固唾を呑んで見守る、というような緊迫感は無い。

 瑠姫が負けるとは夢にも思っていないのだ。

 事実、この一週間で瑠姫は五体の烏頭女うずめと闘い、全て易々やすやすと打ち倒しているのである。

 夜な夜な白羽しらはを放って市中を警邏パトロールし、出会でくわした烏頭女うずめを片っ端から狩ってゆく──そんな場当たり的な作戦が、ともかくも功を奏しているのだった。

 しょせんは対処療法いたちごっこだが、更なる神隠しを阻止できているのなら、無駄骨ではないだろう。

 かくして八日目の夜である今しがた、郊外の公園で六体目の烏頭女うずめに遭遇したのである。



「参る」

 にらみあいにれてか、先に仕掛けたのは瑠姫だった。

 剣を正面に据えた正眼せいがんの構えから、やや右に寄せた八双はっそうの構えに変え、踏みこむ。

 対する烏頭女うずめは、瑠姫の出足をぐべく薙刀を振るった。

 それを紙一重でかわし、ほぼ垂直の斬撃を浴びせる瑠姫。

 薙刀の柄で受け流されるも、返す刀で烏頭女うずめ防御ガードを崩し、中段の打突つきへとつなぐ。

 その攻撃はとかわされた。が、それでいい。

 欲しかったのは、必殺の一撃を確実に当てるための間合いなのだ。

「もらった! 神機発動 しんきはつどう!」

 瑠姫は月華方剣を抜き打ちの姿勢で構え、神気かみけをこめた。

 白木の刃が光輝オーラをまとい、ぜる火の粉のような光の粒子つぶを散らす。

「──月華光刃断げっかこうじんだん!」

 輝く剣を水平に一閃するや、その一瞬だけ刀身が巨大な光の刃となり、烏頭女うずめの腰のあたりをぎ払った。

 まさしく一刀両断された烏頭女うずめの体が砕け散り、土に還ってゆく……

「お見事」

 伶人は拍手した。

 千花も拍手するが、いかんせん肉球を打ち合わせても、いい音は出ない。

「気に入らんな……」

 あざやかな勝利にも関わらず、瑠姫は不満げだった。

 何がだ? と言いたげ伶人を一瞥しつつ狐仙変化を解き、千花に問う。

「士郎という奴は、式神を一匹しか打てんのか?」

「んーん。たぶん、五体くらいは同時に操れるんやないかなぁ」

「ならば何故、御丁寧ごていねいに一匹ずつ差し向けてくる? 一騎打ちではわらわに勝てぬと分かっておろうに、数を頼んで攻めて来ぬのは、どういうわけじゃ? 遊んでるのか?」

「──確かに、戦力の逐次ちくじ投入ってのは愚策だよな」

 そのことは、実は伶人も気になっていた。

 同時に複数の式神を繰り出せるのなら、そうするほうが断然有利なはず。

 なのに士郎は決して力押しで攻めてこようとはせず、持久戦に持ち込もうとしているように思える。

 それでは消耗するばかりだろうに、どうして?

 石橋をこれでもかと叩いてから渡る性格なのか?

 さもなくば、何か思惑うらが──?

「……なんか、嫌な感じだな」

 伶人は眉をひそめ、夜空を見上げた。

 ほんの少しだけ欠けた月が、雲間に浮いている。

「もしかすると、俺たちは狸の策にはまってるのかも」

「……どういう意味じゃ?」

「いや、陽動の可能性があるんじゃないかと思ってさ」

「ようどう?」「よーどー?」

 瑠姫と千花が声をハモらせた。

おとりに俺たちの目を引きつけておいて、その隙に……ってことさ」

 伶人には、そう思えてならなかった。

 だとしたら、俺らはと踊らされてるわけだ──とまでは言わなかったが、言わずとも察したようで、瑠姫はひどく苦い顔になっていた。



 翌日。

 いつものように朝のワイドショーを観ていた伶人と瑠姫は、昨晩のいい知れぬ不安が杞憂おもいすごしではなかったことを知った。

 瑠姫が六体目の烏頭女うずめと闘っている間に、七件目の〝神隠し〟が起こっていたのだ。

 残すは、あと一人。

 八人の依代よりしろがそろえば、士郎の野望くわだては実現してしまう。

(してやられたわ。こうなったら奥の手を使うしかないか? じゃが、それは──)

 腹立ちまぎれに煎餅せんべいをバリバリと噛み砕きながら、瑠姫はしばらくテレビを睨みつけていた。



【つづく】

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