第2掌『神隠し』④

「……おい。鶏ガラなんて、どうするんだよ」

「決まっておろう。ダシをとるのじゃよ」

「いや、まぁ、そうだろうけどさ……」

 夕食の材料を仕入れるためスーパーに立ち寄った伶人は、なんともいえない不安にかられていた。

 夕餉ゆうげはわらわに任せろ、と意気込む瑠姫が次々とカートに放り込む食材を見るにつけ、その不安はつのる一方だ。

(なんか、えげつないモノを食わされそうだな。一応、保険かけとくか)

 万が一の為にと、伶人はレトルトカレーを二つ、カートに入れた。

 直後、瑠姫は小さく身を震わせ、「む?」と天井を見上げる。

「どうした?」

「……白羽しらはが、消えた」

「消えた?」

 それから買い物を終えて車に乗るまで、瑠姫はずっと黙りこんだままだった。

 伶人は車を発進させながら問いかける。

「なぁ。式神が消えたって、どういうことだ?」

「消された、ということじゃ」

「誰に?」

「神隠しの下手人に決まっておろうが」

 瑠姫は苦々しげに言い、唇を噛んだ。

 白羽は主に偵察ものみ伝令ことづてに使われる式神で、神気かみけを遮蔽する結界を着せることで霊的な隠密ステルス性を付与できる。

 その結界は白羽自身の索敵能力も制限してしまうため、あえて使わなかったのだが──

「結界を着せておけば、尻尾を掴めたかもしれんな。ぬかったわ」

「もう一度、式神を飛ばしてみたらどうだ?」

「いや、無駄じゃろう。ともすれば、罠を仕掛けて待ち受けておるやも──」

「…………?」

 不意に言葉が途切れたので、伶人はちらりと助手席となりを見た。

 瑠姫は腕を組み、ニヤリとしている。

 明らかに、何かたくらんでます、という顔だ。

「お前、なに考えてんだ?」

「ん? 罠じゃよ。かかってやるのも一興と思ってな。それで相手の力量も解ろう」

「敵の策を逆手さかてにとろうってのか? こりゃあ知恵比べだな。いや、狐と狸の化かし合い、か?」

「ふふっ! 言い得て妙じゃの。狐の沽券こけんにかけて、狸には負けられんな」

 瑠姫は不敵な笑みを浮かべた。

 これ以降、〝狸〟というのが、二人の間でのみ通じる神隠しの犯人の符丁コードネームになるのだった。



「──さぁ、出来たぞ。名付けて地獄鍋じゃ」

「なんか……すごいな。予想はしてたけど、これほどとは」

 土鍋の中で煮えたぎっている瑠姫の手料理は、その名の通り、ちょっとした地獄絵図だった。

 それは確かに『鶏の水炊き』ではある。……のだが、より濃厚なダシをとるために投入された鶏ガラが入ったままなので、どうにも見た目がよろしくない。

 はっきり言って、グロい。

「料理って、見た目も大事だと思うぞ?」

「文句は食ってから言え」

 不安を隠そうともしない伶人に、瑠姫はつけ汁の入った小鉢を差し出した。

 つけ汁は、刻んだネギと生姜を混ぜた味噌を鍋の汁で溶いたものだ。

「じゃあ、いただきます」

「おう。いただけ」

 伶人は覚悟を決め、まずは骨付きの鶏肉を口にした。

「どうじゃ?」

「──美味い。いけるよ、これ。水炊きといえばポン酢が定番だけど、味噌ダレもいいな」

「じゃろ?」

 溺れた鳥の腐乱死体のような見た目とは裏腹に、地獄鍋はすこぶる美味だった。

 味噌ダレと溶き玉子を入れたシメの雑炊も、また絶品。

 意外と舌の肥えた伶人もこれには賞賛を惜しまず、瑠姫は「恐れ入ったか」と胸を張ったものである。

 そうして楽しい夕食を済ませると、瑠姫はさっそく〝狸〟に仕掛ける罠の準備にとりかかった。



解八門禁かいはちもんきん──いざや、いでませい」

 次々と造り出された白羽がテーブルの上に整列する。

 その数、六羽。

 クチバシで羽繕はづくろいする様子などは本物の鳥にしか見えない。

式神こいつらをけしかけて、いぶり出そうってのか?」

「うむ。まずは敵を知らねばならぬ」

 そのために瑠姫が立てた作戦は、ごく単純シンプルなものだった。

 五羽の白羽を陽動おとりとして遊弋ゆうよくさせ、後方に隠密の結界を着せた偵察役の一羽を潜ませておく。

 首尾よく〝狸〟があらわれたら、陽動部隊が突撃して手の内を探り、全てを見届けた偵察役が情報を持ち帰る──という寸法だ。

「強行偵察か。捨て駒にされる子たちは、ちょっと可哀想だけどな」

 とはいえ悪くはない作戦だと、伶人は思った。

 ただ、ひとつ疑問がある。

「ところで、白羽こいつが見てきたことを、どうやって俺たちに知らせるんだ? こいつら喋れるのか?」

 伶人は白羽たちを眺めて言った。

 そっと手を近付けると、一羽が指にとまる。

「喋れはせんが、心配はいらん。白羽が見聞きしたことは、あとでわらわの心に写し取ることができるでな」

「へぇ、便利だな。式神の記憶をダウンロードできるのか」

「だうんろうど?」

「書き写すってことだよ。いや、ちょっと違うか」

「お前はときおり、訳の分からぬことを言うのう」

 瑠姫は首をひねるも、深く考えはせず、ベランダの窓を開けた。

「頼んだぞ、お前たち。さぁ、行け」

 白羽たちが一斉に飛びたち、編隊を組みつつ夜空に消えてゆく。

「うまくいくといいけどな」

「ま、ダメで元々じゃよ。そう思っているほうが気楽じゃろ?」

 そうは言いながらも、瑠姫は成功を確信しているようだった。


 しかし──


 夜が明けても、白羽は一羽たりとも戻ってはこなかった。

 消え失せてしまったのである。

 それこそ、神隠しに遭ったかのように──



【第2章・了】

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