狐仙奇譚~目覚めるモノたち
黒崎かずや
序章 『夢か現か』
オリーブ色のカーゴパンツにミリタリー風の黒いシャツという服装で、胸元には澄んだ紫色の〝勾玉〟が。その一風変わったペンダントを除けば、
鬱蒼とした木立ちに敷かれた小道は、緩やかな右カーブを描きつつ、三十メートルほど先で霧に呑まれている。
その白く霞んだ景色を見据え、伶人は黙々と
しばらく進むと、細い道が右に
それが当然の選択であるかのように、伶人は迷わず枝道へ。
やがて石造りの鳥居があらわれ、そこから先は急な石段になっていた。
石段を登るにつれて霧が晴れ、
ほどなくたどり着いたのは、今を盛りと咲き乱れる山桜に囲われた空間だった。
広さは学校の教室ほどで、
それらが導く先に、白木造りの小さな
それは神棚のような
よく
さも意味ありげな封印だ。
それが妙に気にかかり、伶人は社に近づこうとする。
そのとき、不思議なことが起こった。
胸元の勾玉が淡い光を放ちはじめたのだ。
そして、次の瞬間──
一陣の風が渦を巻き、伶人は散り舞う桜花にくるまれた。
その花吹雪が空に
すると、護符と輪注連が炎をあげて消え失せ、ひとりでに開いた扉の奥から白い光が溢れてきた。
その
蜃気楼のように揺らぐ
なめらかな曲線で構成された
◆ ◆ ◆
「──またか」
はっ、と目を覚ますなり、伶人は溜息混じりにつぶやいた。
身をよじって枕元の時計を見ると、時刻は午前八時をすぎたところ。
登校も出勤もする必要が無い身分なので、好きなだけ惰眠を貪っていられるのだが、かといって二度寝を決め込む気分でもなく、頭をかきながらベッドを降りる。
「また、あの夢……」
伶人は寝室のカーテンを開けると、窓際に置かれた机の
起き抜けの乾いた喉に染みるメンソールが
「……なんなんだ?」
細く
霧にけむる雑木林を歩いて小さな
そんな夢をみて目を覚ましたのは、これで何度目だろう。
そもそも夢というものは、雑多な記憶の
えてして
けれど──
あの神棚のような社には見覚えが無い。
いや、あるのだろうが、思い出せない。
ということは、無意識の領域にしまいこまれた
だとすれば、あの〝光の少女〟は何かしらの幼児体験の
夢の中の自分は今現在の姿だから、今の自分の視点で過去を
そして、かくも思わせぶりな現象を引き起こしているのは──
「──これか」
伶人は机の上の小さな
中には、
それは七歳の誕生日に祖父から贈られたもので、御巫家に代々伝わる
綺麗だからこうして飾っているけれど、本来なら実家の神棚にでも供えておくべきものだろうから、普段身につけて歩くことはない。
なのに夢の中では必ずこれを身につけていて、いかにも意味ありげな現象をみせているのである。
それは、つまり──
「──こいつが夢の謎を解く鍵、ってことだよな」
伶人はケースから勾玉を取り出し、窓越しの朝陽にかざした。
「ひょっとして、俺は何かを思いだしかけてるのか? この勾玉に関係する、何かを」
もし、それが幼いころの記憶であるのなら、雑木林というロケーションで思い当たる場所は一ヶ所しかない。
「──とすると、あれはやっぱ子守山だろうな」
御巫家の私有地である、郊外の里山だ。
あそこなら小さいころから何度も行っているし、いわゆる霊域とされる場所なので、
あの〝光の少女〟に象徴される記憶──思い出すべき〝何か〟が、そこにあるのか?
「……行ってみるか」
伶人は、その〝何か〟を探してみることにした。
のちに彼自身が『奇譚』と名付けることになる数奇な物語は、そこからはじまる。
【つづく】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます