青春グレイ。
美澄 そら
青春グレイ。 1
短い短い夏休みが明けて、気だるそうな生徒の群れに紛れて登校する。
校舎と私道を挟んで反対側のプールでは、トンボが重なるようにして飛び、水面に卵を産み落としている。
トンボの作った小さな波紋は、プールの端まで届かずに消えていった。
まだ夏の暑さがあちこちに残っていて、日差しを浴びるとじっとりと汗が浮かんでくる。
三階にある教室へと向かう道中、階段の踊り場の窓から校庭が視界に入った。
突き抜けるような青空、校庭の砂に日差しが反射して輝いて見える。
その校庭に、見慣れないものが目に映る。
校庭に描かれていたのは、野球部のダイヤと、陸上部のトラックだけのはずだった。
窓に近付いて、目を凝らす。
陸上部のトラックよりももっと大きな円が校庭の中心にあり、内側には幾何学模様がびっしりと描かれている。
イタズラだろうか。
それにしても、この大きさのものを作るのにはかなりの技術が要るだろう。
――ひょっとして、ミステリーサークル?
のめり込むようにして、窓に両手を触れると、氷に触れたように冷たさによる痛みが走った。
驚いて反射的に体を離す。
いくら校内のほうが涼しくても、手の平に刺激があるほど冷たくなるものだろうか。
不思議の思って手の平を見詰めていると、周囲からざわめきが消えていることに気付いた。
振り返ると、先ほどまで後ろを歩いていた生徒達の姿が見当たらない。
おかしい。玄関でまだ七時半を回っていなかった。
いくらミステリーサークルに見入っていたとしても、チャイムが鳴るまで時間があるはず。
ふと、気配を感じて横を見ると、見知らぬ男の子が同じように校庭を見ている。
すっと通った鼻筋。薄い唇。長い睫毛に縁取られた瞳の色は異国を思わせるグレー。
身長はすらりと高く、手足も長い。
なんとも綺麗な人だなぁ。一体どこの人だろう。
「……なに」
「いえ、なんでも」
視線を下げる。
制服はうちのブレザーだけど、違う学年だろうか。
「あんた、見えるの?」
見える、ってなにが?
そう聞き返そうとして、顔を上げると、鋭い視線とぶつかった。
「俺、あんたのことを絶対好きになんてならないから」
そう言って、彼は階段を上がって行った。
今、なんで振られたのだろう。
綺麗な人だとは思ったけれど、初対面だし、告白するほど好意を抱いた覚えはない。
それでも、鋭利なナイフで切り裂かれたかのように胸が痛い。
深く溜息をついて、横目で見た校庭には、先ほどまで見えていたミステリーサークルがなかった。
幻覚でも見ていたんだろうか。
目を擦って、いつもの校庭を見て首を傾げる。
ガラスの反射で、階段を上ってくる生徒が見えて、またざわめきが戻ってきたことに気付いた。
立て続けに起こる奇妙な現象に背筋が粟立つ。
混乱している間に予鈴が鳴ってしまった。
両手で頬を叩いて、慌てて階段を駆け上がる。
教室に滑り込むと、席が一つ用意されていた。
先生に続いて入ってきた人影に目を奪われる。
「転校生の
「どうも」
壇上で頭を下げたのは、今朝の美形さんだった。
わたしが座る席よりも後ろに位置する、空いている席へと歩いていく姿を見送る。
通り過ぎる瞬間、視線が合ったような気がした。
さっきの鋭さは感じはしなかったけれど、体はびくりと反応してしまう。
何事もないようにショートホームルームが始まって、クラスの中は小さなさざめきだけ残して静かになっていった。
灰島くんはどこにいても目立っていた。
始業式での体育館。三時間目の移動教室。灰島くんは女子も男子も関係なく視線を攫っていくけれど、誰かと親しく話している様子はない。
時々、遠巻きに彼を見ていたわたしと視線がかち合う。
その度に灰島くんは無表情で視線を逸らした。
そして、翌日。
早く目覚めたわたしは、支度を済ませて、朝食を食べ終わると同時に家を出た。
爽やかな朝の空気。
朝の寝惚けた日差しに照らされながら、通学路を走る。
消化できていないせいで、途中からは早歩きになりながら、学校に辿り着いた。
まだ校門は開いていないし、部活の朝錬も始まっていない。
フェンス越しに校庭を覗くと、ぼんやりと淡く輝いている。
誰もいない静かな学校。
わたしは目線の高さの校門にしがみつくようにしてよじ登って中へ進入すると、脇目も振らずに校庭へと走って向かった。
そして校庭の中心には、昨日と同じミステリーサークルが確かにそこに存在している。
「なんで」
ぽつり独り言を漏らし、じりじりと近付く。
昨日と違って、淡く発光しているミステリーサークル。
朝陽に照らされているわけじゃない。自ら光を放っている。
なにで出来ているのだろう。
しゃがんで、右手を伸ばす――と、逆の方向へと腕を引かれた。
「なにしてんだよ!」
見上げると、灰島くんが眉間に皺を寄せてわたしを睨んでいる。
鬼のような形相、を初めて見た。
さらさらの髪と灰色の瞳が朝陽を浴びてきらきら光っている。
「……これに触れるな」
灰島くんはわたしの腕を叩きつけるかのように振り払うと、さっさと校舎の方へ行ってしまった。
目の前にあったミステリーサークルは、徐々に光を失って消えていった。
やっぱり昨日の灰島くんも、これを見ていたのかもしれない。
――これに触れるな。
灰島くんはなにか知ってるのだろうか。
もう見えなくなってしまった彼の背を追いかけた。
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