第60話 そして全ては繰り返される

 ボーンエレパスが消え去り、後には古びた骨が残された。それだけでイクシマの身長と同じぐらいの代物で、どう見ても大腿骨だ。

 けれど素材回収係を自任するヤトノは、それを軽々と持ち上げ運んできた。

「御兄様、今の戦いは最高です素敵です! さあ勝利の証をお受け取り下さい!」

 ズシッと重く、渡されたアヴェラは蹌踉めいてしまう。

 これはアヴェラの問題というよりは、ヤトノの特性による。ほっそりとした見た目によらず力持ちなのは、やはり人ではなく神の一部だからだ。その気になれば、きっとドラゴンでも片手で持ち上げるに違いない。

 しかし、無邪気な笑みを浮かべるヤトノを見て、そんな事が出来るとは誰も少しも思わないだろう。

「なんだか嬉しそうだな」

 アヴェラの問いに、ヤトノは両手を軽く打ち合わせた。

「それはもう! 御兄様の勇姿に機転に活躍! わたしはもちろん本体も楽しんでおります。喜びのあまり、思わず権能を大盤振る舞いしたぐらいです」

「権能って災厄だろ……やめておけよ」

「御兄様のいけず」

「そんな拗ねた顔をしたってダメだぞ」

「焦らされて禁止されてしまう。ああ、そういうのも素敵かも」

 頬を染めたヤトノは口元に手を当て悶えるような仕草をしている。どう言おうと何をしようと、もう喜んでしまうらしい。

 アヴェラは困った気分で大きな骨の表面を叩いた。

 滑らかな感触で、骨と思わなければ硬質なプラスチックにも思える。これがもし骨付き肉のような生々しさであれば触りたくないが、ここまで乾いていると気にならなかった。


 ノエルとイクシマは向かい合って手を取り合い揃って跳びはね喜んでいる。

「勝ち戦の後は最っ高の気分じゃ!」

「そうだよね。最っ高だよねー」

「ようし、あれやるぞー」

「やっちゃおー」

 イクシマとノエルは二人並び腰に手をあてる。それを見たアヴェラは軽く後退る。何をするか分かっているので、巻き込まれたくないのだ。

「さあ、勝ち鬨じゃぁっ! えいえいおー!」

「えいえいおー!」

 その声に呼応したわけではないのだろうが、空中に宝箱が出現。トスンと軽めの音を響かせ二人の目の前に落下した。

「わわっ木の宝箱だよ」

「こやつミミックだったりせんじゃろな……どれ、確認のため攻撃してくれようか?」

「それダメだよ、大変な事になるかもだからさ」

「むっ、そうなんか?」

「宝箱を壊すとさ、中身と一緒に消えるらしいんだよ。そうなるとさ、もう一度ボーンエレパスと戦わないとダメになるでしょ。もし壊れなくってもさ、壊そうとしただけでも消える事があるらしくって。そういうのって、運が悪いとなるわけだからさ……」

「確かにのう、そうなると確実に消えるじゃろってな」

 なにせノエルは不運の神の加護を強く受けているのだ。日常の何かにつけ運が悪く、不運というものを引き寄せてしまう。

「そうだよね……」

 ノエルが項垂れると、イクシマは慌てた様子で手を振り付け加えた。

「別にノエルの事を責めておるのではないぞ」

「うん、分かってるよ。それならさ、開けてみるからさ」

 ノエルはスカウトスキルⅠを使い解錠を試みた。

 これまでは解除不可能に近い低確率なレア宝箱ですら一発で解錠されたが、それは不運が逆転した天運の為せるものだ。誰でも簡単に開けられる木の箱が、今はなかなか開かない。

 何度も挑戦し精神的な限界が迫ったところで、ようやく成功した。

「よし開けてみるね」

「待て待てーい! ノエルよ、お主はまた罠の存在を忘れておるじゃろって」

「あっ、そうだった」

「と言うかな、もう確実に罠があるじゃろって。我にはわかるぞ、この宝箱には罠がある」

「そんな力一杯に言わないでよ、もうっ」

 ノエルは軽く頬を膨らませてみせた。


 そこに大きな骨を抱えたままのアヴェラが近寄る。

「二人とも下がってくれ。この宝箱は開けよう」

「でも危ないんだよ」

「仕方ないさ、どうせ宝箱に鍵が入ってるのは間違いないからな」

 都市へと戻る転送魔方陣が利用出来る扉は施錠されている。

 これまでのフィールドボスがドロップした宝箱の中に鍵が入っていた。少なくとも周りに鍵が落ちている様子もないため、今回もそうなのだろう。

「とりあえず、この骨を盾にして開ければダメージも少しは減るだろ」

「お待ち下さい」

 しかし、そんなアヴェラを止める者がいた。

 ヤトノだ。

「それでしたら、わたくしが開けましょう。わたくしであれば、たかが罠程度で傷つく事はありません。ここはわたくしにお任せあれ」

「いいのか?」

「もちろんですとも。戦闘には参加できないこの身の上、これぐらいの事でしかお役に立てませんので。あとで御兄様に可愛がって頂ければ、もう充分でございます」

 言ってヤトノは、なんとなく袂で口を押え恥じらうような様子をしてみせた。ただし、目は笑って冗談めかしている事がわかる。

 心情的には危険な目に遭わせたくはない。

 しかし、冷静に判断すれば確かにヤトノが開ける事が一番間違いない。なにせ厄神の一部である分霊なのだ。人間を遙かに超える力を持っているのだから。

 少し考えたアヴェラであったが、頷いて大人しく引き下がった。

「任せる」

「はい、任されました。ああもう、御兄様に任されるなんて素敵」

 ヤトノは無造作に蓋を開け、何気なく手を払ってみせた。気付けば、その手には何本かの鉄矢が掴まれている。

「ふむ、矢が飛び出ましたか……なんて芸のないこと」

 つまらなそうに呟くと、まとめて圧し曲げ投げてしまう。ヤトノの手にかかれば、三本だろうがなんだろうが簡単に折れてしまうらしい。それを地面に放り出し、満面の笑みで振り向いた。

「さあ御兄様、どうぞ中を改めて下さい」

「助かったありがとう」

「うふふっ、わたくし御兄様に感謝されてます」

 心の底から嬉しげなヤトノは両頬を押さえつつ、しかしアヴェラの邪魔をせぬよう場所を空けた。そこは流石に良妹賢妹を自称するだけある配慮を、極々自然にやっている。

 しかし、イクシマがのこのこ宝箱に近づくと不機嫌そうだ。

「小娘、そこは御兄様に譲りなさい」

「別に構わんじゃろって。と言うか、小娘とか言うなー!」

「しゃー!」

「がぁー!」

 吼えながら、しかしイクシマは宝箱を覗き込み鍵を取り出した。

 それを掲げるとアヴェラに差し出す。ニッと笑い頗る上機嫌だ。


「よいかー、戻ったら絵本を読むんじゃぞー。約束したんじゃからなー」

 この世界における絵本は子供の読本と言うよりは、全般的に広く読まれるものとなる。専門的な文字だけの本は、一部の学者や研究者、魔術師や賢者が読み記すものだ。

「絵本か。絵本じゃなくて、お話でもいいか?」

「むう、約束とは違うが……まあ良かろ、我は心優しきエルフじゃでな。それで勘弁してくれよう。で、どんなお話なんじゃ?」

「タイトルはJ王の奇妙……いや、J王と円卓の騎士たちとでもしておこうかな」

「ほほう、なんぞ面白そうじゃって。では、ゆっくりと聞かせるのだぞ」

 イクシマは目を輝かせた。

「楽しみにしておるでな。よいな我との約束じゃぞ」

「それ私も一緒に聞いてみたい」

「うむうむ、共に聞こうぞ。なんじゃったら甘い物なんぞを用意するってのはどうかのう。こうして強敵を倒したのであるし」

「それいいよね。ニーソちゃんも呼んで皆でお茶と甘い物で楽しもうよ」

「うむ、物語を語らせつつ茶を嗜み甘みを喰らう。考えただけでも実に良いのう。よっし! 早う戻ろうぞ!」

 気合いを入れたイクシマはアヴェラの背を押していく。

 入手した鍵を使い扉を解錠、意気揚々と転送魔方陣を使用し都市へと帰還した。ひんやりとした空気に薄暗い空間、外からは街の喧騒も聞こえ――そこに冒険者がいた。

「うぉう、びっくりしたぁ! この時期に突破者かよ!?」

「もしかして君たちって今年の合格者! 凄い、最速記録なんじゃない?」

「徽章がないって事は、ギルド未所属とか!」

「将来有望、即戦力!」

 なにか口々に勝手なことを言っている相手を見やる。

 持ち込まれたと思しき毛布や枕、飲物や食料品、娯楽のカードゲームなど。明らかに、この都市へと帰還される部屋で待機しているらしい。

「せっかく苦労して突破したってのに」

「これ、どうしよう」

「どうしたもんかね」

 アヴェラとノエルが困惑していると、その腰に後ろからイクシマが飛びつき抱きかかえるようにした。そしてグイグイと押しだす。

「んなもん、決まっておろうが。とりあえず……」

「とりあえず?」

「逃げるんじゃあっ!」

 その声を合図に三人揃って走りだす。捕まえようとする冒険者の手をかいくぐり、または払いのける。扉から飛び出す様は、モンスターから逃走する時よりもずっと必死であった。

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