ストロベリー・パンケーキ

星染

第1話

 ミドリとはキッチンでキスをした。キッチンにいる時の私が、ミドリは一番好きだから。

 私は背が低いから、彼とキスをするとき少し背伸びをしなくてはならなかった。私の家のキッチンは狭くて、暗い。電気はむき出しの蛍光灯だから、つけると色んなものが、不自然なくらい生白くうつる。ステンレスのシンク、少し汚れたラグ、そしてミドリの Tシャツ。

 ミドリの骨っぽい手の甲はその光によく映えた。不健康そうに染まる肌の色に、浮かぶ血管に、ミドリが生きているということをはっきりと感じられる。

 屈みもせずに私を見下ろして、目を細めて笑うミドリの顔が好きだった。ミドリの一重瞼は、笑うときゅっと三日月型になってかわいい。

 こんなにかわいいのに、ミドリはいつも喧嘩をしていた。問題児、なのだ。たばこをやって、酒をやって、セックスをやる。誰とでも。そうして誰にでも、とびきりやさしい。そういう人だった。

 ミドリと会ったのは、去年、高校に入学して少し経った夏の頃だった。

 黒い髪は細くてやわい猫っ毛だ。風ですぐめちゃめちゃになるそれは、いろんな方向にぴょんぴょんはねていた。頬を拭う彼の手の甲にはしゅっとした血の跡が残っていた。それが陽の光を受けて白く反射して──なんて綺麗な人なんだろうと思った。すべてが、私にはないものでできている男だと思った。

「ねえ、さやか」

 ミドリは私のことをさやかと呼んだ。私の名前はさやかではないけど、私がそう頼んだのだ。私は自分の名前が嫌いだったから、私が一番かわいいと思う名前で呼んでって、頼んだのだ。本名でない可愛い名前で呼ばれる私は、幸せだった。

「なに」

「髪。いい匂いする」

「変えたから」

 シャンプーを変えたのはずっと前だけれど、私は嘘をついた。こうする方がミドリは喜ぶってことを知っていた。ミドリ。笑ってほしい。ミドリの笑った顔に、私はずっと恋をしていた。

「いいじゃん。好きだよ」

「ほんと?」

「うん、でも、さやかの髪だから好き」

 ミドリは、簡単に好きを言う。でも、それがよくいる浮気がちな男みたいに、上っ面の適当なものじゃないってことを、私は知っている。本気で言ってるのだ、私のことが気に入っていると。記念日も誕生日も好きな色も、味も、場所もぜんぶ、ミドリは好きだと言ってくれる。

 教室で見るミドリと、教室にいる私は、ただの不良と地味な学級委員だった。ミドリは笑わないし、私は目が悪くないのに眼鏡をかけていた。ミドリが人をなぐるのを、私は見ないふりをした。私につい昨日ぴったりふれていた唇から、考えつかないくらい汚い言葉が飛び出すのを、不思議な気持ちで聞いていた。ミドリの字がほんとはすごく綺麗なのを知っているのは、私だけだった。そうして私の眼鏡に度が入っていないことを知っているのは、ミドリだけだった。ミドリの大きなピアスがその耳でぎらぎら光るたびに、日陰の私はまぶしく目を細めて、ただ耐えるように本のページをめくっていた。

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