7-4 アイドリング状態でバイクにまたがった山口がいる。

 山口がロフトにあがって、上にきてという。それは危険ではないかと思う。それでも、欲望にあらがえず、ロフトにあがる。布団に仰向けに寝ている山口がいた。山口に覆いかぶさるように四つん這いになる。山口が目をつむる。キスしろということだ。肘をついて顔をちかづける。足をのばす。下半身は山口に体重がのっている。上半身は肘でささえている。唇をあわせる。今度はぼくから舌をいれてみる。山口が舌をからめてくる。ざらざらぬるぬるして、心地よい。

 これが山口のいうキスだったのだ。まえに旅館ですべきだったキスは、これなのだ。たしかに、ぼくのしたキスとは全然ちがう。期待したものとちがったから、山口はあのとき、ぼくに頭突きしたのか。

 顔をはなして、山口の顔を見る。頬が紅潮している。興奮して、エッチな気分になっているのかもしれない。山口のとなりに寝転がる。腕は痛いし、心臓がドキドキして胸につかえている感じだし、股間が苦しい。山口が抱きついてきた。

「もう終わり?」

「もうって、いっぱいしなかった?」

「満足しちゃったの?」

「うん、けっこう。山口は足りない?」

「ぜんぜん」

 ぼくの顔を手で横に向けて、山口がキスしてきた。これなら楽かもしれない。体ごと山口のほうに向く。今度のキスはさらにコッテリしつこかった。山口がやっとぼくの顔を解放した。ぷはーっと息をつく。呼吸ができなかったわけではないけど、なにか息苦しい感覚がある。また仰向けになる。

「山口はげしいね。初心者にはハードだよ」

「カズキ、キスもあんまししたことないの?」

「あまりっていうか、前回がはじめてで、いまが二回目?どうやって数えるんだろ。もう三の、四回目かな?」

「数えるな。そういえば、旅館でしたときそんなこと言ってたっけ。じゃあ、ファーストキスだったんだ」

「そうだよ、ぼくのファーストキスの相手は山口だよ。幸せだな」

「本当に?」

「そう思わないの?ヘタクソでしょ?」

「そうじゃなくて、幸せ?」

「うん、それは自信もって幸せだよ」

「どうして?」

「どうしてって、山口はかわいいし、仲良しだし、キスして気持ちいいからかな」

 でも、すこし罪悪感がある。付きあっているわけじゃないのにキスしていいものだろうか。

「山口は幸せを感じない?ぼくじゃダメなのかな」

「そんなことないけど。すこし不安なの」

「不安なの?ぼくとキスしていいのかなって?嫌なら言ってね」

「うん。カズキはもう満足?」

「またしたくなるかも」

「こっちは満足してないみたい。さっきから当たってたよ」

 山口が指でぼくの勃起した股間をなぞる。快感のようなものがくる。

「山口のそういうところ、よくわからない。キスで不安なのに、手とか口でしてやろっかとかいうところ。キスより気軽にできるものなの?からかってるの?」

「からかってるつもりはないんだけど。してほしい?」

 ぼくは否定の意味で首を横にふった。

「してほしいっていわれたら、山口はするの?」

「カズキがしてほしいなら、する」

「いやー、ぜんぜんわからないな。本当は、なんでキスしていいのかもわからないけど。ぼくが山口にキスしたいって思うように山口も思ってくれてるのかなって納得してるんだけど。手とか口とかでするって、もっと進んでるというか、セックスする人がするんじゃないかな」

「セックスしたい?」

「したいけど、したくない」

「カズキもわからないこといいだした」

「山口のことを考えなければしたいよ。でも、それは山口じゃなくてもいいっていう、したいなんだ。山口なんだと思うと、しちゃダメだって思う」

「大切にしてくれてるの?」

「うん、大切だよ」

「すごく大切?」

「そう、たぶん世界で一番大切」

 昨日の夜もそんな話題になったのを思い出す。山口は忘れているみたいだけど。

「でも、それは好きとはちがうの?」

「好きだよ。でも、まだよくわからないんだ。友達の好きなのか、付き合いたい好きなのか、もしかしたら両方なのか。ぼくは子供なんだ。山口に甘えてるんだ。青木さんにいわれたことだけどね。山口に甘えてるんだって。いまは写真のことがあるから、写真で先に進めたら山口のこと答えをだす。どうかな、しばらく待ってくれない?キスまでの仲で」

「じゃあ、カズキの童貞は予約?」

「童貞?予約?そういうこと?」

「でも、カズキはそのあいだ大変だね。欲求不満で」

 ぼくは乾いた笑いしかできなかった。そのあとも何度も、山口とキスをした。ぼくが上になったり、山口が上になったり、また横向きになったりしてキスした。たしかに、大いに欲求不満になった。山口もたぶん欲求不満だったと思う。キスしながら、けっこう声がでてた。

 キスに飽きたわけではないけど、山口とバイクの二人乗りで横浜へ行くことにした。ぼくが珍しがって写真集を開いてぼやぼやしているうちに、鍵かけてきてねといって、山口は先に部屋をでていってしまった。しばらくしてバイクのエンジンがかかる音がした。

 山口はヘルメットを玄関に忘れていったみたいだ。取りにもどってこないところを見ると、ぼくが気づいてもっていくと思っているんだろう。ぼくのヘルメットは家に行かないとない。

 トントンと玄関の床を蹴って靴をはく。自分の荷物を背負って、山口のヘルメットをかかえて、カギをかける。アパートの敷地をでる手前のところに、アイドリング状態でバイクにまたがった山口がいる。カッコいいと思って、バッグからコンパクトデジカメを出して撮る。

「わたしの写真なんか撮ってないで、ヘルメット」

 ヘルメットをよこせとこちらに手を伸ばす。それはそれで様になっている。もう一枚。

「もう、よしてったら」

 山口が笑う。かわいらしいからもう一枚。そんなことをやっていたらいつまでも終わらないから、おふざけは終わりにしてヘルメットを渡した。山口は顎紐を左右に引っ張ってヘルメットを広げてかぶる。ぼくはカメラをバッグにしまって背負う。ヘルメットがないけど仕方ない。二人乗りでぼくのアパートへ行った。アパートでぼくもライダースーツとヘルメット姿になって、あらためて横浜を目指す。

 駐輪場にバイクを預けて、ライダースーツを着替えて、普通のデートをした。といっても、ふたりともカメラマンだからカメラは手放さなかった。このときの山口は機嫌がよくて、ぼくの腕と関係なくいい表情の写真が撮れた。ポートレートの中では、一生で何枚も撮れないだろうというくらいの傑作だと思う。もともとポートレートをあまり撮らないんだけど。

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