3-4 これがキス。すばらしいではないか、キスというのは。
山口に連れられて、ダムと瀧で撮影した。強い日差しで、コントラストが高い条件。空と水の青と新緑が映える。水しぶきの白はまぶしかったし、瀧の水量は十分だった。
日が沈んで、撮影を終了した。宿は旅館だった。
食事がうまかった。固形燃料で皿を下からあぶって肉を自分で焼くのがメイン。筍もおいしかった。
生ビールを飲んでほろ酔い気分で、食事した広間から部屋にもどった。
部屋には布団が二組ならべて敷いてあった。はじめてのことではないから気にならない。パンツ一丁になって布団に潜り込む。シーツの肌触りがひんやりする。枕に頭をのせると、そのまま寝入ってしまいそうだった。せっかくだから大浴場で足をのばして風呂に入りたい。欲をいえば、朝もひとっ風呂あびてから出発したい。
山口は、風呂に行った。
今日の山口は、すこしヘンだった。萌さんのことを勘違いして焼きもちを焼いたわけではないだろう。ぼくがエッチなことをしないから腹が立ったということだったのかな、昼間のスネ蹴りは。エッチなことをしたほうがいいのだろうか。でも、セックスしたいわけじゃないといっていたし。すると、寸止めみたいな感じでお互いに欲求不満になるんじゃないか。かといって、セックスしてしまうと、あとで後悔させることになるだろう。したくなかったのに、セックスしちゃったといって。
キス。キスはどうなんだろう。チュッとやるだけなら大丈夫かな。したくない相手とでも、軽くチュッとやるくらいなら、ダメージが小さいんじゃないだろうか。ぼくは山口とキスしたいだろうか。うん、していいならしたい。しちゃダメだったら?山口に悪いな。するまえに聞いてみたら?うん、聞いてみればいいか。ぼくと山口の仲なら、キスしてもいい?って聞いてもおかしくない気がする。山口が風呂から戻ったら、ぼくも風呂に入って、帰ってきたらキスしていいか聞いてみる。そうしよう。なんかドキドキしてきた。
山口が風呂から帰ってきた。旅館の浴衣を着て、ロングの髪をアップにしている。色っぽい。
「なに」
「いや、色っぽいと思って」
「そうでしょう?わたしは色っぽいんだよ」
山口は前かがみになって胸をのぞかせようとする。
「ぼくも風呂に行ってくる」
「なーんだ」
部屋の端によせられたテーブルに置いたペットボトルのお茶を飲みはじめた。ぼくは浴衣を着て、替えのパンツをもって部屋を出た。鍵は自分で閉めた。
旅館の風呂は、控えめに言っても最高だった。露天風呂もあって、ぼくは露天風呂を堪能した。夜になって冷えた空気で風呂からたちのぼる湯気。控えめな照明。風呂に注ぐ温泉の湯がたてる音。それらがすべて、いい雰囲気を醸し出していた。お湯につかって熱くなった体を外気で冷やすのが、また気持ちよかった。
「いやー、最高だね、ここの風呂。すっごいリフレッシュした。生き返ったよ」
山口はまだ寝ていなかった。ぼくは部屋に戻るなり、山口に向かって温泉評論家のように語りだした。テーブルは端に寄せてあるから、山口と同じ側にならんですわる。
ひとしきり語ったらノドが乾いて、お茶を飲みたくなった。テーブルの上にポットとお茶セットが載っている。
「山口もお茶飲む?」
自分の目の前にあるポットに手を伸ばす。山口も立膝でテーブルに肘をついてポットに手を伸ばす。ぼくの目の前に山口の胸が迫ってきた。ぼくの手は止まり、ポットは山口の前に移動した。
「わたしがやるから」
山口はなんでも自分でやろうとする。ぼくのことを弟か何かだと思っているのかもしれない。もしかしたら、出来の悪い息子かも。山口の親切にいつも甘えてしまうんだけど、ぼくはどこか釈然としない。大人の扱いをしてもらいたいと思う。色気を振りまいてくるのも、ぼくがなにもしない子供だと思っているから安心してやっているんだと思う。
ぼくの前にお茶がはいった。ちゃんといい味している。ぼくが淹れるとこうはいかない。
いよいよ、キスしていいか聞くときだ。思ったより勇気がいる。それに興奮している。山口を見る。大人の女の体をして、浴衣姿ですわっている。手をのばせば、肩を抱けるし、胸だって触れる。心臓の高鳴りを押えられない。お茶をもう一口。咳ばらいをひとつ。
「あの、山口」
「なに?」
「キス、していい?」
「は?どうしたの?」
「してよければ、山口とキスしたいと思って」
「急にどうしたの?」
「うん。ほら、セックスはハードルが高いだろ?昼間話したみたいに。エッチなことをすると、途中でやめたら欲求不満になるし。キスならそんなことないかなと思う。ぼくが山口のこと魅力的だって思ってることもわかるかなって」
「わかった。しよ、キス」
山口は体の向きをかえて、ぼくのほうを向いた。ぼくも体の正面を山口に向ける。山口が前かがみになって、顔をちかづけてくる。ぼくも同じように畳に手をついて顔を近づける。山口の唇を確認して目を閉じる。唇と唇が接触する感触。山口はリップを塗っていたのか、ぺっとりした感触があった。やわらかい弾力を感じる。ずっと感じていたいと思う。でも体勢がきついこともあるし、惜しみつつ唇をはなした。ゆっくり目を開ける。山口も目を開けた。恥ずかしい。でも、幸せな気分だ。顔がにやける。これがキス。すばらしいではないか、キスというのは。
山口がぼくの頬を両手ではさんだ。なんだろう。山口の顔が近づいてきて、おでことおでこをゴツンと、音が頭に響くほど強く打ちつけた。
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