3-3 五月の行楽日和の屋外で、セックスセックスと何度も言い合って、あげく一生童貞と決めつけられる人生
「萌さん、すみません。今日はちょっと出かける用事が」
『そうなの?どこ行くんですか』
「えっと、ちょっと写真を撮りに」
『それは、どこです?』
「まだわからないんですけど」
『わたしも一緒にいってはダメですか?』
「人と一緒なんです」
『あ、すみません。彼女さんですか』
「いや、彼女ではないです」
『お邪魔になってしまいます?奥田くんがどうやって写真を撮るのか興味があるんです』
「邪魔ってことはないんですけど、バイクに二人乗りで出かけるんで」
『じゃあ、無理ですね。またの機会に、写真撮るところ見せてください』
「ええ、見ても退屈だと思いますけど。またの機会に」
『じゃあ。いい写真撮れるといいですね』
「はい、ありがとうございます」
通話が終了して、ふうと息を吐き力を抜く。山口を振り返ると、カーペットの上に大の字になって寝転がっていた。
「いまのが萌さん。カズキがお熱な人」
「いや、ぼくはそういうんじゃない」
山口は勘違いしている。
「いまの電話聞いてたらバレバレだよ」
「ちがうったら。萌さんは好きな人がいるの。ぼくのお客さんのことが好きなの。それで協力を頼まれた」
山口が起きあがる。
「なにそれ。人がいいにもほどがあるってもんでしょ。それとも、協力したらやらせてくれるの?」
「山口。人の恋愛に協力するのは、自分のことのように楽しいことなんだよ」
「でも、断られるかもしれない」
「それは、悲しくなるな」
「うまくいったって、ありがとう、はいさよならでしょ。すぐに忘れ去られるだけ」
「ぼくはそれでいいと思ってるよ」
「カズキ、どエムなの?」
「恋愛の成功例を見るのは、自分のためにもなると思わない?」
「まったく。爆発しろ」
「そうか、ごめん。山口とは考え方がちがうんだ。ぼくのやり方に目をつぶってくれ」
「ふん」
「もう、この話は終わりにしよ?洗濯が終わったら、干して出かけるんだろ?」
ぼくがいれたコーヒーはほろ苦かったけど、人生ほどの苦みはない。山口も感想をいわなかった。褒めるところがなかったのだろう。
山口に無理やり買わされたライダースーツを着て、ヘルメットとカメラバッグといういでたちで部屋を出た。冬の間はバイクじゃなくて電車の移動になるけど、春にはいってからは休みのたびに山口とバイクの二人乗りで遠出してプチ撮影旅行をしている。ぼくに拒否権はない。山口は、バイクに乗れて、写真も撮れて一石二鳥。宿も二人で泊れば一人より安いから、さらにもう一羽お得が追加になる。
山口はひとつ年下で、ぼくと同じ専門学校に通っていた。ぼくが専門学校で撮影旅行の計画をしてパンフレットをあれこれ吟味していたら、見ず知らずだった山口に計画を横取りされてしまった。ぼくはあちこち連れまわされて、おちおち撮影していられないというさんざんな撮影旅行だった。女の子が一緒だということもあって、旅行自体もずっと落ち着かなかった。いまでも、よく落ち着かない思いをさせられる。それでも、ずっと一緒に撮影旅行にでているというのは、拒否権がないということもあるけど、一番は山口の写真がいいからだ。ぼくは、山口のセンスを盗みたいと思っている。かわいい女の子と旅行ができるという特典もうれしい。それが一番では、断じてない。
山口のバイクの免許は、専門学校にはいってすぐ取得したものだ。一年後、ぼくがいまの会社にはいった年から、二人乗りができるようになった。以来バイクのシーズンは二人乗りでの撮影旅行が続いている。それまでは一年中電車移動だった。
去年、山口も就職した。広告制作会社。専門学校の写真科で一番人気がある就職先だ。やっぱり山口の写真はいいのだ。平凡なぼくは嫉妬してしまう。
山口の運転するバイクは高速にのった。二人乗りで高速に乗るのは寿命が縮まる思いがするから、ぼくはやめてもらいたいんだけど、時間がもったいないから文句いえない。
サービスエリアで一度休憩になった。屋台でビー級グルメを買って、プラスチックのテーブル席で楽しむ。
「仕事はどうなの?」
「相変わらず。大きい仕事はやらせてもらえない。でも、話をするのが苦手だから、やらせてもらえる日がくるのかわからない」
「なんでそんなことやってんの?」
「なんでっていわれても、ぼくには選択の余地がなかったんだよ。広告制作会社に就職できなかったし。ま、そっちもぼくにできそうにないけど」
「カズキはなにやりたいの?」
「ぼくは写真が撮りたいから、いまでも撮れているってことではいいんだけど。向いているかっていうと向いていないかもしれない」
「ぜんっぜん向いてないよ。女の子撮るんでしょ?そういうときはヤリたいと思って撮らなきゃダメなの。目の前でセックスしてるの見ても、街角でスナップ撮っているような気持ちで撮ってたらダメなのわかるでしょ?」
「わかるような、わからないような。現場ではむづかしいかも。人がいっぱいいるんだよ」
「つまり向かないってこと。目の前で女の子が着替えているのに何もしないなんてヘタレだからダメなんだよ。手だしなさい」
「?」
おそるおそる山口に手を差しだした。
「これはなに?」
「なにって、手をだせってイテっ」
スネに激痛が走った。手で膝を抱えようとしたら、膝をテーブルにぶつけた。今度は慎重に膝を抱えて、スネをなでる。
「なにすんのさ」
「手をだすの意味まちがってんでしょが。小学生か。セックスしろっていってんの」
「山口、セックスは好きな人としたほうがいいぞ?」
「わたしがセックスしたいっていってんじゃないの。カズキってホモなわけ?女はダメなの?」
「ぼくは、ホモではない」
「わたしに魅力がないってこと?」
「ううん、山口は魅力ある」
「じゃ、なに?なにが問題なわけ?」
「ぼくを信用してるからうちに泊まるんだと思うし、ぼくは山口と付き合っているわけじゃないし、ぼくは山口の彼氏になる自信がないし、山口の人生に責任もてないし」
「なにこの腐れ童貞は。もうそれ、セックスしたら結婚するしかないってこと?」
「いや、そこまでは思ってないけど。でも、ゆくゆくはそうなるつもりでないと、軽々しくできないかと」
「そう。カズキ、あんた寂しい人生を歩むことになりそうだね。一生童貞のままの可能性大だ」
「そんな」
五月の行楽日和の屋外で、セックスセックスと何度も言い合って、あげく一生童貞と決めつけられる人生って一体なんなんだろう。見上げた春の空がもの憂かった。
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