第26話「その希望に彼は突き進む」
自ら崩壊へと進むのは、二つの種族が交わるが故のバグと判断した。
ならば、一方の要素を排除してしまえばいい。
最後の望みをかけて、全く異なる世界を創造した。
しかしなおも、結果は変わらなかった。
過程は違えど、行き着く末路は同じ場所。
そしてついには『 』はそれらの全てを見放した。最早救いようがないと、そう判断した。
しかし見放された世界は、そこに存在を残留しシミュレーションを繰り返した。
途方もない時間をかけて、永遠に。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、永遠の中をさまよった。
致命的な欠陥は誰にも気づかれぬまま。
自己修復のパターンが、組み上げられていった。
――――
装置の駆動音で目が覚ますようになってから、もう何年が経っただろう。
目を開けるとそこは薄暗い部屋の中。ここ数百年はずっとそんな毎日が続いている。衰えた肉体は節々が痛み、その日を生きるための体力が徐々に少なくなっていくのを実感する。
もうそろそろ転生をして次の身体に生まれ変わる時期だろうか。自分にとっての転生は最早季節の移ろいに合わせて服装を変えるように、自分の生活の一部になっている。
「おい、しょと……」
そんな掛け声なしでは身体を起き上がらすこともできない。
しかしそれでも動かなければならない。この身はただそれだけのためにある。
「教授、おはようございます」
お茶の匂いが鼻をくすぐった。どうやら既にここに来て目覚めのお茶を淹れておいてくれたらしい。
これもまた日常。
「ああ、おはようリナリー」
そう助手であるリナリーに告げると、紅色のしっぽを軽く振った。リナリーは紅色の肌の、人型の魔物だった。肌の色と腰からしっぽが生えていること以外は、人間とさして変わらない。
俺はあれから、ずっとこの部屋にこもって研究に明け暮れる毎日だ。
美奈を救うための方法など結局皆目見当がつかず、ただがむしゃらに世界の理を追い求めた末が、薄暗い部屋での半ば軟禁状態の暮らしだった。
しかしそれらの一切が無意味であったかと言われると、必ずしもそうとは限らなかった。
「教授」
リナリーがお茶を俺の机に置きながら、俺を呼ぶ。そういった時は大体何かしら俺に問いたいことがある時なのを知っていた。
「なんだ?」
「本当に、するのですか?」
何を、とは言わずとも明白だった。
「ああ。今日、これから」
数年前、不思議な現象を観測した。
それは別の実験による副次的な結果であったが、本来の目的よりもそちらの方に強い興味を抱いた。
その結果が意味することは、俺たちが今まで使ってきた結界魔法には、時空を断絶するという特性を持つというものだった。
この世界には時の砂時計というものが存在する。それは特殊な砂を使った砂時計で、正確な時間を測れる道具だ。時の砂時計の計測する時間は、現在の技術をもってしてもその誤差を検出できない。
しかし先日の実験では、時の砂時計で結界魔法の内側と外側を計測すると、流れる時間に微小のズレがあることが判明した。
今まで俺たちは結界魔法というものは単純に物理的な障壁を作り出しているのだと解釈していた。しかしそうではなく、実際には時空的な断絶を生み出しているという可能性を発見したのだ。
つまり結界は、その内側の状態を時空的に維持しようとする。
そんな仮説が生まれた。
例えば炎魔法による火の玉が飛んできて、それを結界で防ぐという状況があったとしよう。もしも結界が何らかの理由で火の玉が当たる前に解除されてしまったとすると、あったはずの結界の内側で火の玉が通過するだろう。
しかしもしも仮説が正しければ結界がある場合、結界の内側は火の玉が飛んでこなかった状態を維持しようとする。そうすることによって、結界は外からの衝撃を防いでいる。
それは状態の不連続性を生じさせているということと同義であり、さらに言えばこれは因果律を崩しているとも言えてしまう。火の玉が飛んでくるという事実を内側ではなかったことにする、否定している。
それから数々の実験を重ねた。結界の外側と内側の状態の差異が大きければ大きいほど、時間の流れは如実に差異を生んだ。
なら、もしも究極の守りを誇る結界の内側で、一瞬で世界を塵にするほどの爆発が起こったとしたら、一体何が起こるのだろうか?
答えはまだ誰も知らない。
だから、それを確かめなければならない。
――――
準備は終えた。
というのも必要なのは俺の身一つなのだが。
強固な結界も、強大な爆発も、俺一人がいれば解決してしまう話だからだ。かつての勇者時代の経験がこんな形で役に立つとは思いもしなかったが。
「教授……」
心配そうにリナリーが俺を見つめる。今ではこの世界で唯一、俺という存在を知っている人物だった。
この実験がどのような結果を迎えるにしても、俺の肉体は保たないだろう。そうなれば、次に会えるのはいつになるのかわからない。最悪の場合、次の転生ができないなんて事態にも陥る可能性も否めなかった。
故にこれは今生の別れにもなり得るのだ。
「リナリー、君たちの一族には本当に助けられた。どれだけ礼を言っても足りないくらいに」
始まりはリーナだった。
この世界の魔法学研究所にいた、異端な科学者。
その彼女が俺の手を引いてくれて、この研究は始まった。
彼女のおかげで、俺は希望を見失わずに済んだのだ。
それから彼女の一族の恩恵に預かり、これまで研究し続けてこられた。その恩はきっと一生かけても返せない。
彼女には俺のことを全て話した。
108の世界を救うために異世界転生を繰り返し、その中で一人の少女に出会ったこと。
しかし全ての世界を救い終えたことによって、その少女を失ってしまったこと。
それから何千年もかけて幾多の世界を巡って旅をしてきたこと。
今にして思えば、自分のことをちゃんと魔物に話したのは初めてのことだったのだ。
リーナから数えて11代目となるリナリーも、それらを知っている。だから、俺のこの無謀な実験にも強く反対はせずにただ見守っていてくれていた。
「いえ、いいのですわ。それより、うまくいくといいですわね」
「ありがとう。本当に、長い間」
「いえ……。ワタクシも教授の助手としてここで研究をできたことを、心から誇りに思います。きっとワタクシの母も、祖母も、みんな同じ気持ちです」
「……ありがとう」
運命を覆す。
そのために俺は今まで生きてきた。
神への冒涜と言ってもいい行為に、今から俺たちは挑もうとしている。
「リナリーも、達者でな。同じ志を共にする者として」
「ええ。神への挑戦、ですわね」
それはいつだったか、リーナが口にしたセリフだった。
実在するかは別の話にして、もしもこの世界に神がいるのなら、この世界の仕組みもその神が作ったものだ。
だとすれば世界の理を知ろうとしている俺たちははそれを解き明かそうとしている、言わば神への挑戦者なのだ。
冒涜と挑戦ではまた意味が違うように思えるが、神に挑戦なんて言葉の時点で冒涜ものだろう。
これはそんなリーナの言葉を胸にしてきた結実だ。
「あなたの願いがどうか叶いますように」
リナリーのその言葉に頷きを返して、俺は転移魔法を唱えた。
向かう先は女神様の元。
これが最後になるかもしれないのだ。ならば挨拶くらいは必要だろう。
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