第57話 彼女だけが知っている
「ぎいいいいいいいいいえええええええええええええええ!!!!!??」
「先輩!?」
和室で荷物の整理をしていた私は、2階から聞こえてきた悲鳴に驚いて手元にあった衣服をぽとりと落としてしまいました。
ゴキブリでも出たのでしょうかと、一瞬楽観的な考えに至りそうになりますが、すぐさまその考えを改めます。
まさか豊中先輩が……いえ、幾ら何でも行動が早過ぎます。
「ということは泥棒……でしょうか?」
そう思うと一気に恐怖感が襲いかかってきましたが、しかし先輩の一大事に駆けつけないわけにはいきません。
私は整理も早々にその場から立ち上がると先輩と自分の身を守るために和室に飾ってあった模造刀を手に取ります。
「先輩……! 今行きます!」
リビングを抜けるとそのまま階段を上がり、先輩専用にと用意したマスタールームへと飛び込みました。
「大丈夫ですか!? せんぱ――?」
よくよく冷静に考えると私は先輩の部屋から一番遠いので仕方なのないことではあったのですが、しかしその光景に呆気に取られてしまいました。
何故なら壁際で動揺する先輩を、まるでSPの如く囲むようにしてつぐ先輩と豊中先輩と服部さんがいたのですから。
「三国さん安心して下さい、この陣形であれば壁を破られない限り大丈夫です」
「しかし武装した女が一人いますね」
「りんちゃんなにそれ……流石に物騒過ぎるよ……」
「えっ……いや、あのその……」
確かに私も少し大袈裟過ぎた気がするのは否めませんが、しかし何となくそれはお互い様と思うのは気の所為でしょうか……?
「というか……悲鳴をあげたのは悪かったけど、こうも囲まれるとちょっと恥ずかしさが勝るというか何というか……」
「男の子が女の子に守って貰うのが駄目というルールはございませんので」
「昌芳くんの身の危険は私の身の危険ですから」
「ええ……」
「あの……それはいいのですが、どうして三国先輩は悲鳴を……?」
あまりにも独特過ぎる展開に趣旨が若干ズレてしまっている気がしたので、それとなく話を戻すことにします。
それにしても先輩は全く本当に……。
「ああ……いや、なんて言えばいいのか……もし気の所為だったら申し訳ないんだが……その、そこの窓から見える庭に人が――」
「人……ですか?」
まさか本当に泥棒……? それとも観光客が誤って? などと考えている内に即座に豊中先輩とつぐ先輩が窓際へと駆け寄っていきました。
「ううん……?」
「今はいない……みたいですね」
「三国さんの勘違い……ということはありませんか?」
「昌芳くんが勘違いなどする筈がありません」
「有り難い信用度ではあるけども……」
「それにまだお昼で晴れだし、何かと間違えるってことも無さそうだよね」
確かに暗闇で物音がしたのであれば勘違いとも言えますが、こんな真っ昼間に敷地内に人がいたというのはとても勘違いとは思えません。
「三国先輩、その、庭にいたという方はどんな人だったんですか?」
「うん? そうだな……女の人……だったな」
「女の人!?」
「女……?」
「おやおや……」
三国先輩の発言にお三方が過剰に反応を示します。もしかして皆さん以外にもまだ先輩には……? と思う所を抑えて更に質問をします。
「ええと、特徴とかそういうのはなかったのでしょうか?」
「そうだな……俺よりは多分年上だと思うけど、若い人だったと思う、髪は首元くらいまであって色は茶髪」
「茶髪……?」
「ああ、それで……偶然かもしれないんだが、凄い形相で俺のことを睨んでて、それで思わず声をあげてしまったというか」
「昌芳くんを睨む……? 冗談にしても笑えないですね」
「い、いや、そう見えただけかもしれないですし……」
ううん……見た目の特徴だけですと何処にでもいそうな、普通の女性に感じます。言い方は悪いですがありきたりと言いますか……。
ただどうしてでしょう。その特徴は妙に身近な人のように思えるのが……。
「…………」
「りんちゃん? どうかしたの?」
「えっ? あ、ああいえ、何でもないです」
「ふむ、ですが侵入者とあらば一応確認はしておいた方が良いでしょう、一人にならないよう二人三人に分かれ――ああ、丁度三国さんとわた――」
「編集部、電話」
「――失礼、全員で行きましょう」
「?」
ともあれ、何かがあってからでは遅いのは事実ですので、私達は全員で庭、屋内、家周辺まで含めて捜索を開始することにしました。
◯
「……誰もいませんでしたね」
豊中先輩の言う通り、念には念をとくまなく探した私達でしたが、何処を見渡しても三国先輩が見たという女性は見つかりませんでした。
「何か申し訳ないな……やっぱり俺の勘違いだったのかもしれない」
「いえ、そんなことはないですよ先輩。そ、それに――こんなことを言うのもあれですが、少しホラーチックな感じもありましたし」
「凄くプラスな見方をすればだけど、夏の風物詩感はあったよね」
「はい。そういう感覚を本以外で味わえたのは少し楽しかったです」
呑気なことを言っている場合か、と言われても仕方がないのですが、実はあまりこれ以上この話を引きずりたくない気持ちがありました。
というのも、私はこの捜索で大凡の検討をつけてしまっていたのです。
本来あるはずもないものが置いてあり、それに見覚えがあったことが、私の疑念を確信へと変えてしまいました。
だからこそここはホラーでもいいので話を終えたかったのです。
ですがこれは……困りましたね……。
「結果的に誰もいなかったですからね、ですがもしかしたら逃げた可能性もあるので、泥棒にしろ、迷い込んだ観光客にしろ、警戒はしておきましょう」
「戸締まりは忘れないようにして、あと不在時、就寝前は警報器も付けておくことにします、それなら大丈夫だと思いますし」
「警察に電話はしておかなくていいの?」
「まだ確定とはいませんから……取り合ってくれるかどうか」
「それもそうですね。何にせよ保護者として一安心です」
「申し訳ない、迷惑かけてしまって」
「いえ大丈夫ですよ。では本来の話に戻しましょうか」
どうにか話を収束に持っていくことが出来ました……ほっと一安心。とはいきませんが、取り敢えず母親には連絡をした方がいいですね……。
まさかお姉ちゃんが来ているかもしれないなんて、口が裂けても言えません。
「それにしても、結構歩き回ったから汗かいちゃったねー……?」
「……確かに、それに関しては同意です」
「ではそうなると、やはり温泉でしょうか」
「温泉……ですか」
その言葉に触れた途端、皆さんの目の色が一瞬にして変わります。
そう――私はお姉ちゃんの可能性ばかりにかまっている場合ではないのです。
この世界には裸の付き合い――いえ、裸から始まるお付き合いというものがあるのですから。
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