第40話 それとこれとは別の話

「三国くんおーはよっ」


 あの一件から5日後の週明け月曜日。


 俺はいつものように誰よりも遅く起き、朝食も取らずに制服に着替えると、家への外へと足を踏み出し学校へと向かう。


 陽気な暖かさでも歩いていると暑さを感じ始めるこの季節、今日も今日とて長く険しい山道を歩いていると、その途中で山中と鉢合わせた。


「おはよう山中」

「三国くん、いやあ今日も生きているようで何よりだねえ」


「そんな始まり方の日常会話はおかしいだろ……」

「いやはや三国くんだとどうしてもそこから始まっちゃうんだよねえ――あれ? でも今日は大分目の下のクマが落ち着いてるね?」


「そうか? まあ、ここ数日は割と寝てるからかもしれないな」


 というのも、実はあれから一度も黒芽先輩とは会っていなかった。


 そもそもあの未遂事件自体も、黒芽先輩としては俺の不眠具合を慮ってのことだったらしく、故にあの行動も俺が断ることを前提にしたという話なのだった。


 とはいえ、それにしては不自然なものがあまりに多かったので、それとなく問い詰めた所あわよくばという気持ちもあったらしいのだが……。


 いずれにせよ今回の件に関してはそれで終わり――というよりは黒芽先輩に時間がなくなってしまったのである。


 理由は寄稿予定の短編の締切が迫っていたことと、次の作品の改稿作業? とやらに追われて殆ど会えなくなってしまったのだ。


 それでも黒芽先輩との約束は果たすつもりだったのだが、彼女から「大丈夫」と言われてしまい、今日に至るまで一度も会えずじまい。


 無論電話でのやり取りは続けていたが――それもあってか予想以上に暇を持て余す結果になったのは事実。


 お陰で土日に関しては12時間も寝てしまった、そりゃ目の下のクマも薄まるというものである。


 まさか服部さんが……? いや考え過ぎだな。


「まあ、その方が格好いいとは思うよ、不健康は不細工の元だからね」

「そりゃどーも」


「そういえばさ……豊中先輩の家に行った後ってどうなったの」

「えっ? い、いや……別に特に何もないけど……」


「本当にぃ……?」


 まあ……何もなかったと言えば嘘にはなるが、そういうことがあった訳ではない(多分)ので俺は目の色が変わった山中に対し動揺しつつもそう答える。


 山中とはあのデートの件以来学校でもよく話をするようになった、それ自体は一重に嬉しい事実であるのに他ならないのだが……。


 黒芽先輩とは犬猿の仲みたいな所がある為、若干黒芽先輩を気にする(悪い意味で)発言が多いのが気になる所ではある――それにしてもよく未遂事件の時に山中と何も起こらなかったな……。


「ふ……普通に話をしてそれで終わりだよ、しかもそれ以降は私用で忙しかったみたいであんまり話をする機会もなかったし」

「ふうん……私も部活で忙しかったからアレだけど……やっぱり遅れてる気がするなぁ……」


 何やら小さく呟いて考え込んでしまう山中。


 しかも目まで瞑って歩いてしまっていたので、普通に危ないと思った俺は丁度したい話もあったので、別の話題を振ることにした。


「あのさ」

「……ん? どうしたの三国くん」


「山中は――俺と一緒にいると楽しいか?」

「……? 楽しくなかったら一緒にいないと思うけど、何で?」


「いや……そう言ってくれるのは有り難い、でもさ、誰かと一緒にいるってそんな楽しいことばかりじゃないだろ? 時には嫌なことだってある」

「そりゃあるよ、何なら嫌なことが起こらないように会話の仕方、振る舞い方まで考えるのが普通なくらいだしね」


「俺もそういうもんだとは思ってる。だけど最近相手のことを考え過ぎて余計なことをしているんじゃないかと思ってさ……」


 それは黒芽先輩を通して実感したこと、彼女はいつだって俺の為にいてくれようとする、だから俺も彼女に出来ることをと行動してきた。


 でも――そうすることが果たして本当に彼女の幸せになるのだろうか、もしかしたら不幸にさせてしまっているのではないろうか。


 そう思い、考えれば考える程、答えは出てこなかった、それは今も同じ。


「だから、そういうことを俺は山中にもしていないかと思ってな……」

「まー、今はないね、それだけははっきりと言える」


「そ、そうか……じゃあもし今後そうなったらどうする?」

「んー? その時の状況によって変わるだろうから何ともだけど、多分憎さあまって何をするか分かんないかも」


「怖すぎない……?」


 確実に学校生活が終わる奴だよそれ、女子に囲まれて罵詈雑言ぶちまけられる未来しか見えない、ドM街道まっしぐらかよ。


 だが、それを包み隠さず正直に言ってくれたのはとても助かることだった。だから俺も今思っている考えを伝えてみることにした。


「じゃあ、そういうことなら……もしそういうことがあった時ははっきりと俺に言ってくれないか? 実はそういう部分は直していかないといけないと思っていて――」


「……ぷっ、なにそれ、あははは!」


 結構真面目に言ったつもりだったのだが、何故か思いっきり笑われてしまった。


「そ、そんな笑う所あったか……?」

「ごめんごめん、でもさ、悪いけどそれは止めといた方がいいと思うよ」


「へっ……? で、でもそういう訳にはいかないだろ?」

「いやいや、あくまで私としてはだけど、三国くんにはそうなって欲しくないかな。欠点を潰していくってことは自分の良さも消していくことでもあるんだからさ」


 自分の良さを……消していく……?


 それはあまりに想定外の言葉で、俺は呆気にとられてしまう。


「だから何て言えばいいかな、はっきり言って何でも良い人でいようとする奴なんて気持ち悪いし胡散臭いから、真剣でも止めたほうがいいって感じかな」

「それは……ぐうの音もでないな……」


「でしょ? だいたい三国くんは難しく考え過ぎだよ、そりゃ自分の行動が多人数から嫌われてるなら駄目だけど、そうじゃないじゃん」

「そう……なのかね?」


「だからいつもの三国くんでいることが一番良いことだよ、ご機嫌を窺うような人になっちゃ駄目。そんな人に誰も何かしてあげようなんて思わないからね」

「…………」


 これ以上無い正論に俺は何も言えなくなってしまう。


 ううむ、いつもの俺でいながらであることが前提か……でもそんなこと出来るのだろうか。


 出来ていないからこそ俺は今危機感を覚えて――と思っていると、山中が「ああ……」とため息混じりの変な声をあげた。


「でもあれか、やっぱりこのままでも駄目なのかな」

「え? おいおいどっちなんだよ」


「でもそればっかりはねぇ、私の口からどうこう言えることじゃないんで」

「いや大事なのはそこで――あ、おい――!」


「おねんねばっかりしてるからそういうことになるんですよーだ、精々悩み苦しむがよいさ、ばーかばーか」


 そう言って山中はいたずらっぽく笑うと、俺を置いてそそくさと走り出してしまうのであった。


 追いかけるべきと思ったが、追いかけた所でゴールが見える訳でもないので、俺は結局足を止めて立ち止まってしまう。


 弱ったな……とても大事なことを聞けたような気がしないでもないんだが、同時に増々分からなくなってしまったのは気のせいだろうか……。

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