第33話 ジンクスなんて関係ないよ

 冷静なフリをしているけど、心臓はバクバクと鳴りっぱなしだった。


 か、完全にやっちゃった……これは幾ら何でもやり過ぎだった……?


 でも、この観覧車のジンクスが本当に適用されるのかなんて淡い期待を抱いて三国くんを誘ったのは、事実ではある。


 ただそれは胸の内にしまっておくつもりのもので、本当は普通に景色を見ながら観覧車を一周して終わるだけのつもりだった。


 なのに――またしてもこのおっぱい女の乱入で予定は大崩れ。


 彼女に対して腹の立つ思いと、あまり強く言わない三国くんにも納得のいかない気持ちも沸き上がって――半ばヤケクソに口にしてしまっていた。


 妙な空気感が流れる中、先に口を開いたのは豊中先輩だった。


「私はそういう下らないジンクスは信用しませんが――」

「じゃあ私が三国くんとキスしてもいいんですね」


「いえ、それなら私が先に昌芳くんとディープキスします」

「え、なんでディープ?」


「ソフトでもディープでも構いませんけど、それだと信じてますよね?」

「違います、昌芳くんのキス童貞を貴方に奪われたくないだけです」


「私だって豊中先輩に三国くんの初キスは奪われたくないです」

「いやあの……キスするのは確定なんですかね……?」


「じゃあ三国くんは私とキスしたくないの?」


「え? …………へっ!?」


 正直自分で言っていてすごく馬鹿げているのは分かってはいるんだけど……でもこの気持ち抑えることはどうしても出来なかった。


 何でだろう、恋愛においてここまで余裕がなかったことなんて一度も無かった。


 いつもどんな時でも、愛を囁くのは自分じゃなくて相手で――自慢じゃないけど私が可愛いから当然と思っていた部分もあったのは事実。


 クドいようだけど私はモテる、追いかけるのではなく、追いかけられる存在で――でもそんなことに興味を持たなかった私がいざ追いかける立場になった時、こんなにも感情を揺さぶられるなんて思いもしなかった。


 何より――追いかける人達の途方も無い速度に、私は焦っていた。


 もっとゆっくり話をすれば良かったのに、差をつけられるのが嫌で、すぐにデートに誘ったのもそれが要因。


 だからもう止められない――と思っていると、あたふたしていた三国くんが「うーん」と唸って考え込むと、こう口を開いた。


「――――そう、だな……確かにキスはしたい」


「え?」

「昌芳くん……! では私を好きに使って――」


「いや黒芽先輩待って――ぐぎぎぎ……顔を掴まないで……」

「ちょっと! 何してんのよ! 抜け駆けは許さない――」


「おかしいおかしい! 二人揃ってそんなに強く顔を引っ張られたら首が折れる、折れるからァ! た、頼むから話を最後まで聞いて――」

「あっ……ご、ごめん……」


 三国くんの顔が物理的にくしゃくしゃになっていたのはちょっと笑いそうになったけど、対抗心で三国くんを苦しめるのは駄目だと思い、慌てて手を離した。


「はぁ……はぁ……あ、あのさ……こんな何の取り柄もない俺にここまで好意的でいてくれるのは本当に嬉しい話ではあるんだ……」

「そんなことないです! 昌芳くんは取り柄しかないです!」


「黒芽先輩、嬉しいですけど本当に取り柄なんてないんですよ、先輩みたいに人を魅了する才能も、山中みたいに社交的で人を笑顔にさせる才能も、俺にはないから」

「三国くん……?」


「だから何というか……それならせめて中途半端でいちゃいけないと思っているんだ」

「中途半端?」


「勢いでなし崩しに……なんて言い方は良くないかもしれないけど、そうじゃなくてちゃんと理解して、自分の気持ちを整理した上で言葉にすべきというか……」

「…………」


「多分流されるままになると、俺は山中も――黒芽先輩も不幸にさせてしまうから」

「そんな、私はどんな理不尽があっても不幸になんて――」


「黒芽先輩違うんです、例えそうでなかったとしても、俺が嫌なんです」

「三国くんが――」


 そんなことを、三国くんが思う必要なんて、何処にもないんじゃ――


 好きなら好きで、付き合ってから考えればいいじゃんと、それはおかしいのかなと思っていると、彼は再度真剣な表情を私に向けてきた。


「だから、そういう事の積み重ねの先に、き、キス的なものもあるのかなと――」


 恥ずかしそうにしながらそう言った彼に、私の気持ちはかなり落ち着いていた。


 ああ……やっぱり三国くんは不器用なくらい、優しい人なんだね。


 自分より相手のことを優先して考えていて、でも自分はそれが出来ていないと思っているから、だから一生懸命になろうとする、仮にそれが恋だとしても。


 結局、皆が嫌がるようなことを率先してやるのも、それが誰かの為にという意識が根底にあるから、本人は自覚がないのかもしれないけど。


 だからそんなことは無いって言っても彼は否定する。


 ……でもさ。


 きっかけは些細なことかもしれないけど、皆そんな三国くんから貰い続けているから、嬉しくて返しているだけなのにね。


 たった一回きりのことじゃ、そんな簡単に乙女心は靡きませんよ。


「――ぷっ」

「ど、どうした山中?」


「いや――三国くん深刻に考えすぎだよ、肩に力が入り過ぎてるって」

「な――貴方何を言って――!」


 笑ったことが許せなかったのか、豊中先輩が明らかに怒った声を上げたけど、私はそれを見て冷静にこう返した。


「あの、豊中先輩、ここは一時休戦と行きませんか?」


「は……? 急に何を――」

「三国くんを労ってあげようって言ってるんです、豊中先輩なら、私の言っていることが分かると思いますけど」


 分かって貰わないと困る、でも分かっている筈だとも思う、だから私はそれを言った後も暫く彼女を見つめたままでいると、豊中先輩は呆れたような溜息を漏らし、こう言った。


「……貴方に言われるのは癪ですが、分かりました、同意しましょう」


「焦る必要なんてないですよ――だって三国くんなんですから」

「あ、あの、二人共何を言って――?」


「えー? 何って、美人二人に挟まって休んで貰うだけでございますよ? そんな大好意を無碍にしちゃったら流石にどうかと思うけどなぁ?」

「はい……? そ、それは……」


「昌芳くんごめんなさい、私ももっと昌芳くんのことを想えるように、昌芳くんの為にあれるように頑張りますから……これは反省の気持ちです――」

「く、黒芽先輩……別にそんなつもりは――」


「三国くん、今日はありがとね、とっても楽しかったよ――でもごめん、私、自分のことばっかり考えちゃってたみたい」

「そんなことは――ちょっ、ちょっと山中まで――」


 到底三人では座りきれない座席に、無理やり三国くんを挟んで座ると、身体を寄せた。


 ……うん、やっぱり私は三国くんのことが好き。


 だって彼に寄り添って触れたら、こんなにも心が落ち着くんだもん、嫌いな人とか友達とか、そんなんじゃこんな気持ちにはならない。


 きっと三国くんを挟んで向こう側にいる豊中先輩もそう思っているだろう――あーあ……こんなライバルの多い人を好きになっちゃうなんて、私も駄目だなぁ。


 でも、もう迷わない、私は三国くんのことが好きなんだから。


 そしていつか、ちゃんと三国くんにも、好きになって貰ってみせる――


「三国くん」

「昌芳くん」

「こ、これが……ジンクスって奴なのか……?」



 ま、そんなこんなで。


 観覧車から降りたら係の人が引いてた気がするけど、それはご愛嬌ってことで。

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