第5話 貴方の為なら何でもします

 私の名前は豊中黒芽とよなかくろめ


 2月29日生まれの17歳、閏年換算だと4歳。


 血液型はAB型、バストはF、スタイルは良い方。


 県立宝生北高等学校に通う3年生。


 学業は自分の口から言うのもなんですが悪くはありません。


 スポーツは……苦手です、からっきしです。


 趣味で小説を書いていますが、記念に送ったら新人賞を受賞しました。


 嫌いなものは特にありません、強いて言えば、論破したがる人です。


 好きなものは――いえ、好きな人は三国昌芳みくにまさよしくんです。


昌芳まさよしくん……ああ早く昌芳くんに会いたい……」


 4限目の授業が終わりに近づくにつれて、私の身体にピリピリと電気が走るような感覚がして途端に落ち着かなくなる。


 こんな感覚、生まれて初めてのことでした。いつも何処か無気力で、受賞した時ですらこんな気持ちにはならなかったのに。


 まだお昼休みではないのだから、慌てたら駄目と自分に言い聞かせても、疼く身体と、火照る身体の熱を抑えることが出来ない。


 だから、4限目の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、挨拶も早々に私は教室を飛び出してしまっていた。


 目指すべき場所は屋上、きっとそこに彼はいる筈。


 何故こんなにも私は恋してしまったのか、きっと傍からみたら見た目で一目惚れしただけだと思われるかもしれないけど、そうじゃない。


 だって、私は生きるのがかなり面倒になっていたから。


 元来人との関わりも希薄で、学校での生活にも何一つとして楽しみを見出だせなかった私。


 だからといって家に帰ってもしたいこともない、あまりにも漠然とした日々に、生きているのか死んでいるのかすらも分からなくなっていた。


 だからなのかもしれないけど、この世にない事象を織り交ぜ、理想の世界を作るのが癖で、それがいつしか文字に書き起こすようになる。


 所詮は妄想の垂れ流し、でもそれが本となった時は、もしかしたらそこに人生の楽しみが見出だせるかもしれないと思ったけど――


 新人としては異例のヒットをしても、ファンレターが沢山届いても、銀行口座に見たこともない金額が振り込まれても、私は何も感じなかった。


 唯一の娯楽すらこうなのかと思った瞬間、私の中で何かがプツリと切れた。


 何も書くことが出来ないし、何も書く気が起こらない、こうなったらもういっそ――そう思った時、昌芳くんが屋上で寝ていたのです。


「はぁ……はぁ……」


 屋上の鍵がかかっていない……なら間違いなく昌芳くんはいる筈と、私は息を切らしながら扉を開け放った――けど、そこには誰もいなかった。


「ううん……昌芳くんはいる……」


 そう、私には何処にいるのか大凡匂いで分かる、微かに感じる昌芳くんの香りを嗅ぎ分けると、屋上に唯一ある鉄製の梯子を登った。


「よいしょ……っと――ああ……見つけた……」


 受水槽の脇で眠っている彼の寝顔を見つけた瞬間、一気に心臓の鼓動が早まり、自分の生きている意味を実感する。


 そう、初めて昌芳くんを見つけた時も、彼はこうして眠っていました。


 睡眠なんて生きる上で必要だからしているに過ぎないと思っていた私は、あまりにも幸せそうに眠る彼に少し面を喰らってしまった。


 全てが虚無に思えた私に対し、彼はただ寝るだけに幸せを感じている――


 それがあまりに不思議で、誰かと自分を比べたりしたことのなかった私は、気づけば当初の目的も忘れて、彼の側に寄り添って眠ってしまっていたのです。


 でもそれが結果として私の中に多幸感を生んでいた。


 彼がくれたものなのか、それは定かではないけど、私はいつの間にか彼に気づかれないようそんな行動を繰り返し、その内幸福は好意へと変わり――彼の為に生きたいとまで思うまでに。


 馬鹿げているかもしれないけど、私は彼に救われていたのだ。


「む――……んん……?」

「あ、昌芳くん……起こしてしまいましたか……?」

「ぬおっ!? とよな――く、黒芽先輩……?」

「おはようございます、昌芳くん」

「お、おはようございま……って、ど、どうしてここが分かったんですか……?」

「何千回と嗅いだ貴方の匂いを間違える筈がありませんから」

「にっ、におっ――――!? 痛っ!」

「昌芳くん!」


 不用意に私が起こしたせいで、慌てて起き上がってしまった彼は受水槽に頭をぶつけてしまう。


「ああ……! ご、ごめんなさい……!」

「いてて……い、いや大丈夫です、そこまで強くぶつけてな――むぐぐっ!」


 彼を傷つけてしまったことがいたたまれず、反射的に彼を抱き寄せると、私はぶつけた部分をそっと手で覆って優しく撫ぜる。


「私のせいで……ごめんなさい……ぶつけたのはここですか? 痛かったですよね? ああ……私はなんてことを……」

「ほ、ほっはいが……む、むぐぐ……」

「本当にごめんなさい……今すぐ保健室から氷嚢を貰ってきますから――」

「ぷはっ! だ、だだ大丈夫! 本当に大丈夫ですから!」


 手当てをしたい一心でそう言いますが、昌芳くんは私の肩を両手で抑えると、ぐっと離されそう言われてしまう。


「で、ですが……」

「これはあくまで俺の過失ですから、黒芽先輩が気にすることじゃないです、気持ちだけで十分嬉しいですので……」

「う、嬉しい……? そんな、私も嬉しいです――」

「はい?」


 ただでさえ彼と一緒にいるだけで幸せなのに、昌芳くんにそんな優しい言葉を掛けて貰えるなんて、この上ない幸せ――


 ……でも、こんな空っぽな私に昌芳くんは色んな物をくれたのに、私はまだ何も返して上げられていない……やっぱりこのままじゃ駄目です。


 そう思い至った私は先日の、本鈴によって有耶無耶なった話を再度持ち出すことにしました。


「あの、昌芳くん、前のお話のことですけど――」

「前の……? も、もしかして……あの養うとかって話ですか?」

「はい! そうです!」

「あれは黒芽先輩のサインを頂けたのでそれでいいと――」


「あの時は時間がなかったのでそれで了承はしましたが……でも私はもっと貴方が望むことなら何でもしたいんです!」


「は……? な、何でも……?」

「そうです……何故なら今の私は昌芳くんのお陰で存在しているからです、新作を書くことが出来たのも貴方のお陰――だからこの身も、心も、お金だって全て貴方の物なんです!」

「ま、待って下さい! 話が膨らみ過ぎですって! 第一俺は黒芽先輩に何もしていませんよ!」

「そんなことないです! だってここに昌芳くんがいなかったら――」


 つい気持ちが籠もってしまい、思わず彼に近寄って、呼気を強めてそう言ってしまう。


 そんな私に彼は少し身体を仰け反ってしまいましたが、「参ったな……」と小さく呟くと、髪の毛を二度掻きこう言うのでした。


「――分かりました、じゃあ一つだけ」

「はい! 欲しい物があれば何でも言って下さい! そ、それとも脱ぎましょうか? 私身体には自信はあるので、そ、それに貴方になら初めても――」


「これからも、上尾藍うえおあい先生の作品で、俺を幸せにして下さい」


「……………………え、好きです、抱いて下さい」


「何でそうなる!?」

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